主なきノラネコたちの家   作:もちごめさん

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十八話

「……あぁ? 何言ってんだぁ、お前ぇ」

 

 怪訝なふうに呟いたのはサンペーだった。威勢よく立ち上がったリアスに対峙しながら、吐かれたのはクラピカへの眷属化の要請。“私を守りなさい”と、まるで助けを求めるような台詞に、奴は肩透かしを食らったような心地なのだろう。

 

 そしてそれは向けられたクラピカも同様。サンペーのように間抜けに呆けたわけではないが、困惑を吐き出す。

 

「リアス殿!? 今はそんな場合では――」

 

「いいえ。クラピカ、貴方が今、必要なの……!! お願い、私を信じて眷属になって!!」

 

 遮り、必死に訴えるリアス。確かにクラピカの言う通り、今は戦闘中。悪魔への転生などしている場合ではない。無防備に儀式を行うこと自体、自殺行為だ。

 

 だがそれでも必要だった。クラピカが悪魔に、リアスの眷属になることが、俺の思いついた策の必須条件なのだ。

 そして必須であるその理由は策自体を明かすことと同義であるので明かせず、それ故にリアスはただ『信じて』と繰り返す以外にない。それではクラピカにその内の困惑を越えさせることがわかっていても、やはりそれ以外になかった。

 

 加えて追い打ちするように、彼の今の状況。ウボォーギンの攻撃がクラピカに命中する、大きく鈍い音が響き渡った。

 

「おい、シラケさせるなよ鎖野郎……!!」

 

「ぐあッ!!」

 

 肉が潰れ、骨が折れる音。苦悶の呻きを漏らすクラピカは今もウボォーギンに狙われて、僅かに意識を逸らしただけで隙となってしまうほどギリギリの戦いを続けている。戦闘を続けながらリアスに構う余裕はない。

 

 とどめに、たとえそれらの問題を解決して悪魔となったとしても大した意味がないという事実が、公然とそこにある。だからこその躊躇、しかしリアスの声調に即断できないクラピカに、ウボォーギンは忌々しげに鼻を鳴らした。

 

「悪魔の力があれば、一瞬そう思ったな? バカが。悪魔の駒(イーヴィル・ピース)だったか、使った程度でお前が勝てるわけねぇだろ。オレがあの虫野郎の力で強くなったってのもあるが、それ以上に、お前の能力()がもう見えてんだ(・・・・・)よ。……期待してたんだが、リベンジのしがいもねぇ」

 

「く……!!」

 

 彼の武器である対旅団能力、【束縛する中指の鎖(チェーンジェイル)】。五指の鎖に込められたその他の能力も、多くがすでに奴らに露見していると聞いている。一度それらの能力で殺されたウボォーギンになら見切ることは難しくないだろう。

 

 そして、悪魔化によって得る力、身体能力の向上や魔力の獲得などがあっても、それら“詳細を知られた念能力”という穴を埋められはしない。

 故にリアスの懇願も、僅かなクラピカの傾きも、そこに見た希望の全ては幻。意味はない。

 

「――あー……、そうかぁ、そういやぁ、悪魔の駒(イーヴィル・ピース)ってぇのがあったなぁ」

 

 が、一人サンペーが気が付いた。奴の落胆と呆れが、面倒くさそうな苛立ちの滲むため息に変わって吐き出される。

 

「あれは確かぁ、死んだ奴でも蘇らせて悪魔にする、ってぇもんだったよなぁ」

 

「……おい、つまり今鎖野郎ぶっ殺しても、そいつが生きてたらまた蘇っちまうってことか?」

 

 ウボォーギンも気付く。プフとユピーの【幽世の聖杯(セフィロト・グラール)】のように際限なくとまではいかないが、こちら側にも蘇生の手段があるのだということ。

 

 踏まえ、見えてくるのは殺害の優先順位だ。

 

「なら決まりね。ウボォー、鎖野郎の前に、あの娘よ」

 

 パクノダの声に続いて、三人の殺気が一度にリアスへと向けられた。

 集まる眼はリアスが恐怖を思い出すのに十分で、その毅然が剥がれ、喉の奥で悲鳴が鳴る。そんな彼女を守るために前に出るゼノヴィアと朱乃だが、その身はカタカタと音まで立てて震えている。彼女たちが一時の盾にしかなれないことは明らかだった。

 

 故に、瞬間に地面が爆ぜる音が響き、迫るのを知覚したと同時に俺は叫んでいた。

 

「ジャンヌ!! リアス殿を――」

 

「言われなくてもわかってるわよッ!!」

 

 しかし叫ぶ前からジャンヌも動いていた。

 

 旅団の二人からダメージを受けているのだろう。苦しげな声で、それを堪えながら、恐らく能力である聖剣を地面に突き立てた。

 

禁手化(バランス・ブレイク)――【断罪の聖龍(ステイク・ビクティム・ドラグーン)】!!」

 

 解放された【聖剣創造(ブレード・ブラックスミス)】の力が矢のように地面を走り、そして俺たちの眼前で発動した。

 

 見えないが、現れるのは聖剣で作られた大きなドラゴンだ。彼女はかつてピトーに襲われトラウマを植え付けられたらしく、そのせいでドラゴンの図体は禁手(バランス・ブレイカー)に目覚めた当初よりも防御寄りに変化している。

 

 攻撃性がその分防御能力に回されており、つまり守りに関しては一級品の盾。それから、次の瞬間、すさまじい破砕音が響き渡った。

 

「【超破壊拳(ビックバンインパクト)】!!」

 

「そんな……これですら……ッ!!」

 

「ハッ!! 脆いなァ!! こんなもんじゃ俺のパンチは止められねぇぞォ!!」

 

 ウボォーギンの攻撃、拳は、もはやピトーのそれのレベルなのだろう。ジャンヌ一人では抑え込めず、粉砕されゆくドラゴンが苦痛の叫びをあげる。

 

 そこに、ルフェイの慌てた声が割って入った。

 

「ッ!! ジャンヌさん、援護しますっ!!」

 

「ぬ、うおっ……!!」

 

 恐らく魔法による支援。それで辛うじてドラゴンは蘇り、ウボォーギンの攻撃と突撃は跳ね返されたらしい。しかしそれでも一歩後ろにのけぞらせるのが精一杯だったようで、一瞬の驚きはあれど、ウボォーギンの戦意は衰えなかった。

 

「褒めてやるぜ、半分程度の力とはいえ、オレの拳を止めやがるとはな。……じゃあ次は遠慮なく、全開でやってやるぜ!」

 

「……ふん! それって負け惜しみか何か? クラピカのストーカーなんかに、私たちが負けるもんですか!」

 

「そうですそうです! クラピカさんもリアスさんもやらせません! お二人を狙うって言うのならまず私たちを倒していってくださいっ!」

 

 如何にも余裕といったふうなウボォーギンに強気に返すジャンヌとルフェイ。しかし、あの二人でもこの状況ではあまり長くは持たないだろう。ウボォーギンの余裕の中に本人の言う通りの余力があるのは、恐らく本当だ。

 となれば、今の攻撃でぎりぎりであったドラゴンが本気のパンチに耐えられると考えるのは楽観的すぎる。身を焦がすような危機感は、加えて二人がウボォーギンにかかりきりになればパクノダがフリーになってしまうという事実に加わりさらに増した。

 

 危惧の通り、直後に銃声が轟いた。考えるまでもなく、その銃口が向いているのはリアス。空を貫く【念】を纏った弾丸が彼女の身体に風穴を開ける光景を幻視し、潰える望みに対する恐怖心が、聖槍の反対の手に反射的にもう一つの神器(セイクリッド・ギア)、【邪龍の黒炎(ブレイズ・ブラック・フレア)】を発動させ、邪炎の盾を展開した。

 とっさのそれで奴らほどの念能力者の攻撃を防ぎきれるかはわからない。それでも少しでも威力を削げればとという思いだったが、しかし盾は弾丸を焼き溶かすことも、素通りさせることもなかった。

 

 その直前で、ぎゃりん金属が金属にめり込むような音。そして彼は、リアスの身を案じる言葉を告げた。

 

「無事ですか、リアス殿!」

 

「あ……う……」

 

 クラピカは、その鎖の能力でパクノダの弾丸を止めたのだろう。守られたリアスは向けられた殺意を改めて理解し怯えるが、しかしすぐに我に返り、もう一度クラピカへ言う。

 

「そ、そう、大丈夫……。だからクラピカ、私の眷属に――」

 

「申し訳ない、リアス殿。今は本当にそんなことをしている暇がない」

 

 だがやはりというべきか、間を置いた彼はリアスの要請時間の無駄と認識したようだった。場の殺意の恐怖に彼女が錯乱でもしたのだろうと考えたのだろう。

 そこで俺も、背を押す焦りに任せて声を出した。

 

「暇はないが、必要なんだクラピカ! 頼む……!」

 

「曹操……!?」

 

 “策”の説明は、時間がなく、近くにサンペーもいるはずなのでできない。故に声を出した俺も、リアス以上のことは言えなかった。が、それでもリアスに加えて俺までもが必死にそれを言う光景は、妄言と切って捨てることを思い止まるだけの余地を再び彼に与えたようだった。

 

 生じる迷いと困惑。しかし周囲の脅威を思い出したようで、彼は改めて憔悴から漏れる呼吸音を噛み潰し、その言葉に少しだけ怒気を滲ませる。

 

「……最初にリアス殿にそれを願ったのは私だ。奴らを再び捕らえることが叶えばもちろんあなたの眷属になりましょう。だから今は――」

 

「クラピカ」

 

 苛立ち混じりのその声が、不意に遮られて止まった。

 

 止めたのはゴンだった。真剣なその声色がクラピカと、そして俺たちをも捉え、そしてまた短く言う。

 

「信じよう」

 

 ゴンは“策”を知らないはずだ。クラピカが今、リアスの眷属になる意義など理解しているはずがない。

 なのにその一言には、長き時と苦楽を共にした真なる仲間に向けるような信頼に満ちていた。

 

 リアスと俺の言うことを無条件に信じ、任せると言わんばかりの、信頼故に自信のこもった一言。眼にも、きっと同種の光が宿ってクラピカを見つめているのだろう。リアスと曹操は信頼に足る人物で、だから大丈夫なのだと。

 

 そしてその信頼は、眷属たちにも伝わりその絆を思い出させた。

 

「……そうだ、私たちが部長を信じなくてどうするんだ! なあ副部長!」

 

「そう……ですね……! 私たちはリアスの下僕、リアスはいつも私たちを正しい方向へ導いてくれた……! 私たちの、(キング)のリアスは……!」

 

「ゼノヴィア、朱乃……みんなも……!」

 

 二人だけでなくアーシアやギャスパーの頷く声も聞こえ、リアスが感極まったように声を震えさせる。ついさっきまで無様を晒していたことを思い、それでも信用してくれている下僕たちの存在が彼女をそうさせているのだろう。

 

 そして信頼は眷属だけに留まらず、ハンゾーの口からも出る。

 

「リアスさんはもう大丈夫だよ。こんな状況で無駄なことを言う人じゃねーってことは、もうお前にもわかってるだろ? ……心配すんな。転生が終わるまで、お前とリアスさんは俺たちが絶対守る」

 

「……そういうこと。オレも……念魚くらいならどうにかなる。あんたが悪魔になるってあんまり現実感ないけど……大丈夫だからいって来いよ、クラピカ」

 

「………」

 

 ハンゾーと、次いで少し弱気ながらもキルアが言い、その背を押す。黙り込んだクラピカは、しかしその時、覚悟を決めた。

 

 リアスの傍に、ざっ音を立てて膝を突く。

 

「リアス殿、先ほどは失礼しました。眷属となる以上、私もあなたを信じるべきだった。こん私ですが改めて……あなたの眷属にしていただきたい」

 

 リアスはやはり震えた声で、しかし嬉しそうに、毅然の声でそれに応えた。

 

「……ありがとう、クラピカ。……貴方はもう、私たち眷属の、家族の一員よ!」

 

 そして続き、周囲の眷属(仲間)たちへ、

 

「だからみんな……転生の儀式が済むまで、私とクラピカを守りなさい!」

 

「「「はい、部長!!」」」

 

「うん!」

 

「ああ!」

 

「任せとけ!」

 

「は、はいぃ!」

 

 眷属たちと、ゴン、キルア、ハンゾーの声が、その意思に束ねられた。ギャスパーすらも弱々しくだが同調する。一息で、俺たちの希望が蘇った。

 

 だが打ちのめされていたはずの彼女らの復活。それは当然、サンペーたちにとって面白いはずもない。その声に含まれる苛立ちが、さらに濃く大きく吐き捨てられた。

 

「あぁくそぉ、また演劇かよぉ、どいつもこいつも舐め腐りやがってよぉ……! 作戦か何か知らねぇけどぉ、そんなにぶち殺してほしいならぁ、お望みどおりにしてやるよぉ!!」

 

「ッ!! みんな伏せて!! 雷光よ……ッ!!」

 

 恐らく念魚が、サンペーに誘導されて襲い掛かる。察知した朱乃が叫び、直後に雷鳴と、まるで光線のように鋭い水音が響き、ぶつかった。

 

 確かサンペーの念魚には口からウォーターカッターのように水を吐くものがいたはずだ。それと対峙した朱乃の電撃は、そこに含まれる光の力の熱によってほとんど水蒸気爆発のような蒸発を引き起こす。

 

 俺の周囲にまで蒸気が満ちるのがわかった。肌に纏わりつくような湿気を感じる。と思えば次の瞬間、頬の生暖かな空気の感触が切り裂かれ、冷たい空気の圧がそれらを吹き飛ばした。

 

「はぁッ!! 副部長に任せっきりにはできない!! 私たちも一匹でも多く念魚を倒すんだ!!」

 

「わかってるし、そのつもりだよ!! けどさすがにこりゃ……」

 

「……いくらんでも多すぎだぜ……!! このままじゃ、すぐにこっちの体力が尽きる!!」

 

 ゼノヴィアとハンゾーとキルア。それぞれ戦うが、やはり皆、朱乃の雷光のような広範囲かつ高威力の技を持たない以上、念魚の“数”には押されることとなっているらしい。いや、正確にはゼノヴィアのデュランダルを使った念能力に類する大技があるが、あれはコントロールがまだ甘く、味方を巻き込みかねないので使えないのだろう。

 

 さらに、念魚に加えてサンペー本人もがこちらに戦意を剥けている状況だ。取れる手段はなお少ない。

 

「ジャン、ケン――ッ!!」

 

「どけぇガキんちょぉ!!」

 

 だが一つ、手がある。念魚をまとめて葬る方法。

 俺と同じくそれを知っている、否、覚えているからサンペーはゴンを押し退け俺を攻撃しようとし、そしてゴンは直感的にそれを悟ったのか、抗った。

 

「グー!!」

 

「ぐぅッ……ちぃ、相変わらずパンチ力だけはいっちょ前だなぁ!! 邪魔くせぇ!!」

 

 ゴンのパンチに、しかしサンペーは耐え切ったようだった。そのまま力を出し切ったゴンを払い除けたのか、彼から呻き声と共に焦りの声が飛び出てくる。

 

「うわぁッ――!! 曹操さん!!」

 

「ッ――!!」

 

 【念】で身を固めた。直後、俺の身体にサンペーの攻撃が突き刺さる。身体の内側であばら骨が軋む音がした。

 

「が、は……ッ!!」

 

「クソがよぉ……おとなしく吹っ飛べ邪炎野郎がぁ!!」

 

 俺の【邪龍の黒炎(ブレイズ・ブラック・フレア)】は過去にサンペーの念魚を一掃したことがある。できるだけの威力があることを、その時に証明しているのだ。

 

 故にリアスたちの前に俺へと狙いをつけたサンペーだったが、しかし俺が防御したことで攻撃は致命傷には至らず、悪態をつく。

 しかし声に反してその【オーラ】にはそれほどの焦りは感じられなかった。理由は当然俺の目。念魚に狙いをつけることができなければ、呪いの炎はゼノヴィアのそれと同様に不用意に放てない。その、狙いをつける暇さえ与えなければいいと、奴はそう考えているのだろう。

 

 だが奴はどうやら、俺たちには“仲間”の存在があることを忘却しているようだった。

 正確には、非戦闘員たるアーシアの存在だ。

 

「え、えいっ!!」

 

 戦場に似つかわしくない彼女の可憐な声が、上空で響いた。そして直後、

 

「お――!!」

 

 サンペーの驚きを掻き消す破裂音が、空を覆うように鳴り響いた。

 

 それは恐らく、彼女たちがレーティングゲームなどで使うトラップの類の術式だ。敵の接近に反応して発動するその騒音は、周囲の空中を回遊する念魚たちをトリガーに即発動。ダメージはないが、音と光と衝撃を撒き散らす。

 

 それに対して、自立した一生物のように具現化された念魚たちがどう反応するか。驚き、それから逃れるように動くだろう。それさえわかればサンペーのエサ玉のように、俺たちにもある程度は念魚をコントロールできる。

 

「いいぞ曹操! そのまま撃て!」

 

 破裂音の中で耳元に聞こえるのはコンラの声。彼がアーシアと共に術式を仕掛けたのだろう。なら、不安も躊躇も必要ない。

 あばらのダメージに折れそうになる身体を必死に留め、俺は正面に手を突き出した。

 

「燃え、尽きろッ!!」

 

 ごぉっ、と空気をも焼き尽くしながら、邪炎は念魚たちへと放たれた。

 

 俺が一度に放てる限界の規模の【オーラ】を費やしたそれは、集められた念魚の尽くを焼き殺せるだけのものだった。取り逃しはない。そのはずだと、そう確信した。

 

 だが、それは一瞬のことだった。

 

「なぁ、【終末違漁(ビリ)】ですでに具現化してるとはいえぇ、おいらが今まで釣竿持って戦わなかった理由、わかるかぁ?」

 

 これ見よがしに奴の手の中で、釣竿を弄ぶような音がした。

 

 そして術式の破裂音が止み、聞こえるようになった周囲の音に含まれる、直前まではしていなかった、重量感ある鳴き声のような低周波音。

 

「【暗黒大戮鯨(ブラックホエール)】ちゃんはなぁ、デカすぎるから自分でいくらか浮上してくれるまで待たねぇとだめだったんだよぉ」

 

 その正体は、

 

「巨大な……クジラ……!!」

 

 巨体が大勢の念魚を燃やすはずの邪炎を一身に受け止めたのだと、俺は悟った。

 

 突如現れた未知且つスケールの大きすぎる念魚に、一瞬俺の思考が止まる。いや、止まったのは俺だけではなかったらしい。念魚が突進してくる音と打撃音が、コンラの呻き声と共に聞こえた。

 同時に俺の身体にも攻撃の衝撃が走り、重いそれに重心が持っていかれる。倒され、背中を固い地面に打ち付け、その時ようやくクジラからの動揺から抜け出した俺は、明瞭を取り戻した耳に迫りつつある低周波を感じ取った。

 

 俺めがけて襲い掛かってくるクジラの念魚との間に、もはや守りが何もない。それが絶体絶命の状況であることを、俺は悟らざるを得なかった。

 

「じゃぁなぁ、邪炎のにぃちゃん」

 

 周囲で念魚と戦う皆の悲鳴が聞こえた。その声がクジラによって塞ぎ止められる、その直前。

 

断罪の(ステイク・ビクティム)――、聖龍(ドラグーン)……ッ!!」

 

 息も絶え絶えなジャンヌの声で、クジラの放つ低周波音の鳴き声が悲鳴に変わった。

 

 聖剣のドラゴンがクジラを食らったのだろう。巨体とはいえクジラは所詮一匹の念魚。加えて俺の邪炎を受け止めたその身にジャンヌの禁手(バランス・ブレイカー)を受け止める耐久力は残っていない。悲鳴と宙を泳ぐその音は、やがて薄れて消え去った。

 

 だが一方、荒く息をするジャンヌの体力は、再度の禁手化(バランス・ブレイク)の発動で明らかに尽きていた。故にその背、俺を守るために力を使い果たしてしまった彼女の傍からどこか憮然としたウボォーギンの声がしたことには、息が詰まるような恐怖感はあれど、驚きは存在しなかった。

 

「せっかくのタイマンだってのによそ見なんぞしやがって……と言いてぇが、嫌いじゃないぜ、その根性」

 

「く……ッ!!」

 

 苦しげに呻くジャンヌ。動くことも叶わないほど消耗した彼女に、ウボォーギンの【オーラ】が膨れ上がる。

 

「……ジャンヌっつったか、名前は覚えといてやるよ――ッ!!」

 

 増大した【オーラ】の攻撃が、放たれた。確実にとどめになり得る威力には悲鳴すら聞こえない。だがそれほど圧倒的なパワーに一人、割って入る逼迫の声。

 

「ダメです――ッ!!」

 

 ルフェイだ。魔法による障壁か、ウボォーギンの攻撃はジャンヌではなくまず硬い壁にぶつかったような衝撃音を撒き散らした。

 

 しかしそこに舌打ちが混じり、次いでバキバキと破砕音。結界はウボォーギンのパワーを防ぎきることはできず、砕け、そしてそのままジャンヌを穿った。

 

「ジャンヌさん!!」

 

「く……くそ……!!」

 

 吹き飛ばされた彼女を、彼女と浅からぬ縁のあるゴンとキルアが受け止め歯噛みする。声色からして死んではいないのだろう。ルフェイの結界が辛うじてその命を繋げたらしい。

 

 だが戦闘不能であることには変わりない。さらに、続く銃声が一発。

 

「あう……っ!」

 

「彼を生き延びさせたのはいいけれど、代償に見合うものかしら。二人もやられちゃったわよ?」

 

 パクノダの手によりルフェイもやられてしまったらしい。致命傷にはならずとも、知っているだけで二発もの【オーラ】が込められた弾丸をその身に受けてしまっている彼女もやはり、戦えなくなる時が近いだろう。

 

 そして俺たちもそうだ。サンペーの念魚たちはほとんどが顕在で、俺たちを狙ったまま。一掃の機を逸した以上、もう持たない。

 

「リアス!! まだか!?」

 

「もう少し……もう少しなの……!!」

 

 クラピカの転生が完了すれば事態を動かせるが、このままではその前にこちらが全滅してしまう。腹の底から上ってくる冷気のような恐怖感があった。

 

 サンペーが、そんな俺たちを嘲笑うように声を張った。

 

「ははぁっ! 辛抱強く待った甲斐があるってもんだなぁ、ようやくだぁ」

 

「っ……勝った気になるのは、まだ早いですわよ……!!」

 

 念魚たち相手に戦いながら強気に返す朱乃だが、どうあがいてもそれは虚勢。念魚の撃退ももはや焼け石に水だ。消耗の方が大きすぎる。

 

「何を企んでるかは知らねぇけどぉ、それやる前にぶっ殺しちまえば終わりだろぉ? 諦めて現実受け入れなぁ、堕天使のねぇちゃん」

 

「ぐ……誰が、諦めるものか……!! 一誠のためにも、みんな私が死なせない……!!」

 

 疲労からか息を荒くしながら、ゼノヴィアが改めて強く聖剣を握る。そんな抵抗の意思も、もはやサンペーの眼には滑稽にしか映らないようで、

 

「じゃ、頑張って守ってみせなぁ!!」

 

 嗤い、念魚たちを差し向けえた。

 

 生臭いエサ玉のにおいが弾けると、釣られて念魚たちの殺気が一斉にその鋭さを増す。迫りくる濁流のような音に皆が息を詰まらせ、俺の胸中にも戦慄と絶望感が溢れかえった。

 

 直後だった。

 濁流の音が止まった。

 

「なぁ……っ!?」

 

 驚愕を露にするサンペー。奴が目にしたであろう光景を、数舜後、遅れて俺も感知した。

 

 魔力だ。それも朱乃たちが使うそれとは段違いに強力なものが、襲い来る念魚たちを包んで止めている。

 そしてその強力さ、感じるその魔力の気配の正体は、記憶に残る彼女のものと一致する。それは、

 

「ぐ、グレイフィア!?」

 

 リアスが驚き思わず声を上げる。それは魔王サーゼクスの女王(クイーン)、リゼヴィムたちに戦闘不能にされたはずのグレイフィアのものだった。

 

 突如現れ、俺たちを守った彼女。しかしやはり負ったダメージが癒えているわけではないようで、相当無理をしているらしい彼女の叫ぶ声は苦しげに歪められながら、唐突な事態へ怯む間を許さずすぐさまリアスへ向いた。

 

「そう長くは、持ちません……! リアス、早く……!」

 

「ちぃ……させるかよぉ、死にぞこないの悪魔女がぁ……ッ!?」

 

 忌々しげなサンペーの舌打ちが真っ先にそれに応えるが、一瞬遅れて止められる。ゼノヴィアとハンゾーが、決死の気合で奴のその脚を戸を止めてみせた。

 

「させないは、こっちの台詞だ……ッ!!」

 

「行かせ、ねーぞ……!! おとなしくしてやがれッ!!」

 

「ガキどもがぁ……!! ウボォー!!」

 

「おう、まとめていくぞォ!! 超破壊(ビックバン)――」

 

 念魚とサンペーを辛うじて止め、今度はウボォーギンの攻撃の矛先が向く。そして今度こそ、その攻撃を防ぐことができる者は残っていなかった。コンラはそもそも戦闘向きではなく、ゴンとキルアは力不足。朱乃とアーシアはウィザードタイプであれほどの物理攻撃には耐えられない。

 

 残るは、俺だけだ。だから俺はこの局面、盲目状態の手の中で隠し続けた唯一の切り札を、ここで使った。

 

禁手化(バランス・ブレイク)――【居士宝(ガハパティラタナ)】!!」

 

「――ッ!! (インパクト)ォ!!」

 

 手の聖槍が輝き、現れる【七宝】から俺の分身がウボォーギンの攻撃を受け止めた。

 

 それは俺が持つ能力で唯一の自立行動型。俺の技量を元にして動く幻影の分身だ。つまり俺の目が見えなくとも、勝手に動き戦える。今の今まで使わなかったのは、文字通りこれが最後の奥の手であることと、何より敵に俺自身を脅威でない存在と思わせるためだ。

 

 ボロボロにされる友人たちの様子に歯噛みしながら仕掛けたその策略は、確かにウボォーギンを驚かせその肉体を一瞬強張らせる。しかしそれは所詮一瞬のことで、ギョッとして攻撃が緩んだとしてもその威力は【居士宝(ガハパティラタナ)】では受け切れない。一撃で破壊される。

 

 だが、その一撃は止まった。止まったその間、稼いだ一瞬の時間で、辛うじて足りた。

 

「みみっちい小細工しやがって――!!」

 

 ウボォーギンが気付く。俺も背に感じていた。リアスの儀式を受けていたクラピカの気配が、人間から悪魔のそれへと変化したのだ。

 

 念魚とウボォーギンの攻撃で撒き散らされた砂塵を払う羽の音。クラピカの背からその証が現れたのだろう。既に転生したての下級悪魔のものとは思えないほどのプレッシャーを放つ彼は、その主と共に立ち上がった。

 

「……さあクラピカ、私の眷属として(・・・・・・・)最初の仕事よ」

 

 リアスの毅然とした声が響いた。

 

「彼ら幻影旅団を貴方の能力で捕え、この戦いを……終わらせるのよ!」

 

「了解しました、部長殿……!」

 

 クラピカの眷属化も完了していた。その事実を確認し、俺は聖槍を杖にしながら内心で安堵した。

 

 そして一方、サンペーはそれまでの情動の熱をそのまま吐き出すようにため息をつき、呟いた。

 

「あぁ、残念。間に合わなかったかぁ」

 

 びぃん、と糸が張る音が鳴る。

 グレイフィアが念魚を抑えていても、サンペーの手には釣竿がある。

 

「まぁ、どっちでもいぃけどよぉ。嬉しぃのはわかるけどぉ、隙だらけだぜぇ……っ!」

 

「ッ!! リアスッ――!!」

 

 朱乃が気付き、叫んだがしかし、同時にそのリアスの足元あたりから噴き出す水音がその先を掻き消した。

 

 釣り上げられたのは、音からして恐らく大型の念魚。リアスの焦った声が響く。

 

「っ!! これ、クラピ――」

 

 直後、彼女の声もまた唐突に途切れた。しかし何が起きたのかは見えずとも明らかだ。何の仕業なのかも、容易く想像がつく。

 

 彼女は過去に、その念魚に誘拐されかけている。

 

「こいつ――チョウチンアンコウみてーな――!?」

 

「おうよぉ。なかなか食いついてくれねぇんで、おいら参っちまったよぉ、【箱車誘魚(ハイエースフィッシュ)】ちゃぁん!」

 

 ハンゾーと、そしてサンペー本人の言う通り、それは大きなアンコウのようなあの念魚だ。地面から飛び出したその大口に、リアスは食われたのだ。

 

 突然のショッキングな光景に思考が止まるのか、一瞬の間。それから息を詰めた朱乃と、僅かに遅れてクラピカが同時に動いた。

 

「っ! リアスッ!!」

 

「……ッ!!」

 

 雷光と、クラピカが撃ち放ったのは恐らく水系の魔力だろう。それらは同時にアンコウに命中したようで、炸裂し、念魚の水鉄砲のように大量の水蒸気を撒き散らす。

 

 以前のそれと異なり味方同士の電気と水は共鳴し、互いの威力を高め合って念魚の身を焼く音。だがアンコウは、ピトーの力でも容易には破れなかったほど強靭で、故に充満する熱気の向こうから朱乃たちの悲愴な嘆きが響く。

 

「そんな……!!」

 

「部長さん!!」

 

「う……部長……ッ!!」

 

 誰もどうすることもできず、アンコウは釣竿に引かれるままに泳いだようだった。知覚した直後、ウボォーギンの太腕が無造作に振るわれ、俺を薙ぎ払った。咄嗟に【オーラ】で守ってもそれなりの痛みが襲い来るが、しかしそれ以上の追撃は来ず、距離を開けたウボォーギンはその拳を叩き、釣竿を操るサンペーにニヤリと叫んだ。

 

「おい、こっちに寄こせよサンペー! これ以上悪魔の駒(イーヴィル・ピース)ってのを使えねェように、オレが念入りに潰しといてやる!」

 

「蘇られちゃあ面倒だしなぁ! 逃がすなよぉ? そら行くぞぉ!」

 

 サンペーが応え、念魚から針が外れる音がした。ウボォーギンが拳に【オーラ】を集める。リアスの力では到底生き残れないほどの威力が、誰も止められないまま、念魚に向けて振るわれた。

 

 上がる悲鳴。だが俺も、そしてリアスにも(・・・・・)、動揺はない。この状況、クラピカがリアスの眷属となった状態で当のリアスが奴らに攫われることこそが、俺の思いついた起死回生の“策”であるからだった。

 

「ッ!!?」

 

 消滅する念魚の悲鳴。肉と骨がひしゃげる音に、さらに別の音が重なる。

 それは鎖同士がこすれて流れる音だ。強靭な【オーラ】が込められたそれらは瞬く間にウボォーギンの身体を覆い尽くし、瞬間、一際強く鳴って張り、奴の動きと【オーラ】を堰き止める。俺が感じ取れるほど強い奴の気配が消え失せた事実は、奴が強制的に【絶】状態にされたことを示していた。

 

 紛れもなく、それは対旅団用のクラピカの能力、【束縛する中指の鎖(チェーンジェイル)】によるものだった。

 

「――なんだと……!!」

 

 ウボォーギンの困惑は当然だろう。クラピカの鎖は幻影旅団のメンバーである奴らに対してほとんど無敵だが、しかしそれは命中すればの話。どうにかして不意を突く以外に方法はないが、能力の存在を知られて警戒されている以上、それは不可能に近い。真っ向勝負もそう。蒸気に紛れて攻撃を試みようとも、ウボォーギンがそれに気付けないはずもない。能力を抜きにしてしまえば、念能力者としての格の違いは明らかであるからだ。

 

 故のウボォーギンの困惑。己が身に絡みつき【念】を奪うその鎖が信じられないのだろう。だがその鎖を辿った先、目にする光景で、それはすぐに氷解したはずだ。

 

 そしてその頃に、穏やかな声でリアスが、クラピカがいるはずの離れた場所(・・・・・・・・・・・・・・・)から静かに声を響かせた。

 

「……キャスリングよ」

 

「なに……!?」

 

 ウボォーの間の抜けた声に、リアスは続ける。

 

(キング)戦車(ルーク)の位置を入れ替える、チェスの特殊なルール。私が念魚に食べられた後、水蒸気に紛れてクラピカと入れ替わったの。それだけよ。……戦車(ルーク)の防御力を得たクラピカなら、以前にも受けたあなたのパンチは耐えられる。そしてゼロ距離では、鎖を避けることも叶わなかったでしょう?」

 

 念魚の口の中にいたのは、クラピカだったのだ。さしものウボォーギンでも間近から、しかもリアスだと思い込んでいたモノが自身のパンチを耐え、しかも致死の攻撃を放ってくることなど、想像すらできなかったに違いない。

 無論対応できるはずもなく、結果クラピカはウボォーギンのパンチ【超破壊拳(ビックバンインパクト)】に恐らく腕を潰されるも、その鎖で奴を捕らえることに成功したのだ。

 

「一度捕えることができれば、貴様の怪力でも鎖を破壊できない事は証明済み。聖杯で強化されていようとも、それは私の悪魔化でのパワーアップを大きく凌ぐものではないようだ」

 

「こ……の、野郎……ッッ!!!」

 

 一転して憤怒のウボォーギン。以前に殺された時も同じくクラピカの鎖に囚われたらしく、同じ技を二度もくらったのだとなれば苛立ちも相当なものなのだろう。しかしそれだけの怒りを以てしても尚、鎖は全くきしむ音を慣らさず、壊れる気配はない。

 

 であれば、結末はもう揺るがなかった。

 

「終わりだ。……もう二度と、私の前に現れるな……ッ!!」

 

「く、そおおォォォッッ!!!」

 

 バキン、と、一際強い憎悪と共にクラピカの魔力が一瞬にしてウボォーギンを氷へと変える。そして返す刀で、クラピカ自身の拳がその氷像を叩き割った。

 

 粉々になった氷片が、その材料とは裏腹に涼しげな音を立てながら地面を流れて転がった。




オリジナル念能力

暗黒大戮鯨(ブラックホエール)】 使用者:サンペー=キリツチ
・具現化系能力
・巨大なクジラのような念魚。その大きさ故に釣り上げることも困難でサンペーの
腕でも時間を要する。巨体だが戦闘能力は高くなく、輸送能力に特化している。

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