主なきノラネコたちの家   作:もちごめさん

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十九話

「ウボォー……」

 

 獅子奮迅の暴力をふるっていた男が死に、一時静まり返った中にパクノダが呟いた。彼女にとってその喪失は二度目であるはずで、同胞を失ったその声はより深い悲しみが滲んでいる。

 

 仲間の一人、サンペーも、攻撃の手を止め深く息を吐き出した。

 

「……そりゃぁよぉ、油断してたおいらが悪いよぉ。わかってるさぁ、けどぉ……はぁ……わかれやしねぇ(・・・・・・・)なぁ、こりゃぁ。……なぁ、クロロよぉ……」

 

「……後は二人。クラピカ、みんな……! グレイフィアが念魚を止めているうちに倒すわよ……!!」

 

 語末が囁くように途切れるサンペーに、リアスは皆と共に気を緩めることなく敵意を研ぎ澄ませる。ウボォーを倒し、念魚を封じて戦闘力が削がれているとはいえ、サンペーもパクノダも幻影旅団、評価としては最も危険なA級賞金首の一人であるのだ。凶悪な念能力者で殺人鬼であるという事実は変わっていない。

 

 そしてやはり、その通りだった。サンペーが纏う悔恨と自責の気配が、一転して殺気に変わった。

 

「“生かすべきは個人ではなく、旅団(クモ)”。あぁ、そうだなぁ。その通りだぁ」

 

「お、おい……あいつ、何を……」

 

 ハンゾーが動揺をみせる。彼が気圧されたのは、俺にも覚えがあるサンペーの気迫。

 

 死を受け入れた狂気のそれだ。

 

「……ならやっぱぁ……鎖だろうが何だろうがぁ、おいらの念魚ちゃんたちは捕まえられねぇだろぉ」

 

「みんな気を付けろ!! 何か仕掛けて――」

 

 声を跳ねさせるゼノヴィアをも覆うように、その【オーラ】が膨れ上がる。否、感じたのはサンペーの全身そのもの(・・・・・・)が自身の【オーラ】に呑み込まれるような、そんな気配。

 

 意味するところを、俺は遅れて理解した。それは全身を使った能力の発動。自らを対価にした、【念】の具現化だ。

 

「――ッ!! 全員、奴から離れろ――ッ!!」

 

 俺の絶叫に皆が反応する間もなく、

 

「後は頼んだぜぇ、パクノダぁ……!!」

 

 発動した。

 

「【終末違漁(ビリ)】ィッ!!」

 

「な――ッ!!」

 

 誰かの驚愕は、鼓膜をつんざく大音量の破裂音に掻き消された。

 

 サンペーの【終末違漁(ビリ)】は推察するに、対価とする肉の量、大きさに比例して、具現化できる念魚の量や大きさが変化するものであるはずだ。クジラの念魚を具現化するためあらかじめ竿を垂らしていたのがその証拠。

 そして今、奴は捧げられる肉の最大値、自身の命までもを使って能力を発動させた。加えて以前、一度目の死の際に見せた死者の念。恐らく今もそうであり、つまり通常以上の強い念が込められているだろうその能力。

 

 俺たちの正面で爆音と共に弾けたそれは、それ以上の轟音を伴って、大量という言葉ですら足りない数の念魚の気配を生み出した。

 

 そしてそれらが、比喩でなく津波となって俺たちに遅いかかった。

 

「―――!!」

 

 波は俺を突き飛ばし、一瞬にして呑み込んだ。耳にはひたすら濁流が響き、身体の余すことなく全てに痛打を感じる。

 

 だがそれでも俺は運のいいことに濁流の薄い部分に当たったらしく、やがて全身を打つ勢いが僅かに緩み、同じく衰えた轟音の中に念魚以外の音を感じた。

 

「きゃあぁっ――!!」

 

「あ、朱乃――あぁッ!!」

 

 空を飛んでいるはずの朱乃の悲鳴と、連鎖するリアスのそれ。他にもまばらに皆の、ともすれば断末魔の叫びが聞こえてくる。

 ゼノヴィアたち眷属も、俺たちハンターたちもゴンとキルアとハンゾーも、そしてクラピカやグレイフィアも新たな念魚たちを止められない。呑み込まれたようだった。

 

 もはや誤差の範囲内ではあるが彼女が抑え込んでいた分も加わり、念魚たちはさらに勢いを増していた。そしてその進撃はやがて進行方向とは逆側で戦っていたルフェイにも及び、その身を襲う。

 

「くっ、うぅ……!! み、皆さん……!!」

 

 間があったために結界か何かで防御ができたようだが、息づかいは明らかに苦し気だ。銃弾に二回も身を穿たれ、血を失ってしまったのだろう。

 

 そしてそこに、三発目が放たれようとしていることを俺は悟った。サンペーの能力で、念魚はパクノダを襲わない。

 

 カチリと拳銃の撃鉄が起こされる音が、念魚が生み出す轟音の中でやけに鋭く響いた。もちろんルフェイにも聞こえただろう。察せられないはずがないが、消耗している彼女は念魚から身を守ることで精いっぱいで、銃弾には手の出しようがないことは明らかだった。

 

「まずはあなた。さようなら、お嬢ちゃん」

 

「っ――!!」

 

 ルフェイの声なき声。できることといえば自分に向く銃口を睨むくらいしかない彼女から、口惜しさと恐怖に歯が食い締められる音さえ聞こえた。

 

 皆は念魚に倒れ、彼女を守れない。もちろん俺も動けはしない。誰にもどうしようもなく、その時とうとうけたたましい銃声が俺たちの鼓膜に突き刺さった。

 

 だがその数舜前に、彼女の兄であるアーサーの動転した叫び声が銃弾の前に飛び込んだ。

 

「ルフェイ、危ないッ!!」

 

「に、兄さん……っ!?」

 

 銃弾が弾き返される音。彼の持つ聖王剣コールブランド、最強と称される聖剣が、凶弾からルフェイを守る。だが助けられ、兄の無事をも確認した彼女に喜びの類の感情は発生しなかった。

 

 アーサーに続いて地上に降り立つ二つの足音、そのうち一つが力なく倒れた事実によって、そこに起きている事態を認識したからだった。

 

「へぇ、とどめが必要かと思いましたが、その必要もなさそうですね。これほどの数の念魚を生み出すとは……人間にしては中々」

 

 プフだ。ルフェイたちのさらに上、頭上から、似つかわしくない凪いだ声が降っている。それに俺も、遅れて気付いた。奴に挑んでいた三人、アーサーたちは奴に敵わなかったのだ。

 

「とどめ、か……! 勝った気になっているようだけど、ヘラクレスだってやられただけで死んじゃいない。待っていなよ、すぐにその減らず口も塞いでやる……!」

 

「どうぞご自由に。まあ、できるできない以前に、あなたたちにはもうそんな余裕もなさそうですが」

 

「く……!」

 

 返す言葉も、中身に反して息が荒い。相当なダメージを負っていることが明らかなほど苦し気で、反してやはりプフのそれは平坦だ。ヘラクレスが倒れたのであればなおのこと、アーサーとゲオルグの二人で戦闘を繰り返しても、勝ちの芽はないだろう。

 

 あの二人でも歯が立たないという事実は信じ難い思いだが、しかしそれが現実だ。そして今、二人とも念魚の濁流の渦中に落ち、万事休す。俺にも正直、もはや碌な手が見つからない。

 

 そうして言葉を告げなくなる地上に対し、プフはさっきと同じく平坦な人を見下し嫌悪するかのような冷やかな声調で、感心するふうに呟いた。

 

「しかし……ミルたん、とか言いましたか。アレもまた素晴らしいですね。たった一人でユピーと渡り合っている。……いえ、聖杯とやらの再生能力がなければ、あるいはあちらが勝るかもしれません」

 

「『だというのに三対一であなたたちは』、とでも言いますか? ……王直属護衛軍と言う割に、随分底意地の悪いことを――」

 

「ふむ、後始末は念魚に任せて、私はユピーの援護に回るべきでしょうか」

 

 底意地どころかもはや興味もないと言わんばかりに、普段のクールさを殺して歯噛みするアーサーの言葉に被せる。プフは、恐らく戦うミルたんとユピーのほうに眼をやって、首を振るようにため息を吐き出した。

 

「……いえ、“王”の命令は彼らを残らず始末すること。私たちにそうお命じになられた。である以上、後始末とて手を抜いてはいけません」

 

「ッ!? 何を――!!」

 ひゅんと風切り音のような音がして、直後パクノダの困惑の声が途絶えた。邪魔をさせないためにプフが彼女を捕らえたのだろう。

 

「く……来ますよ、ゲオルグ――」

 

「待って兄さん! 念魚が……!!」

 

 そして再び殺意のその矛先を向けたプフに備えるアーサーだが、直後のルフェイにその緊張が揺らぐ。結界を盾にしたルフェイたちを通り抜けた念魚の大波が、また押し寄せようとしているのだろう。下手に飛び出せばアーサーたちも危ない。

 

 故の躊躇も何もないだろうが、その時、プフはその身にゆっくりと魔力を巡らせ始めた。

 時間をかけて高まっていく魔力は一点に集まり、すぐに地上一帯、俺たち全員を殺してなお余りあるほどの威力を秘める。慢心を消し、確実に“王”とやらの命令を遂行するため、奴はその魔力を携え、俺たちに向けた。

 

「それにどのみち、一瞬の手間です。大差ない、それだけのこと」

 

「ッ!!」

 

 プフの魔力が一際強く脈動し、そして放たれる気配。

 だがそれが俺たちの身を撃つ前に、周囲の念魚たちの気配の奥に、ふと感じた。

 

 そこに迫っているはずのプフの魔力の前に、別の魔力。そしてそれらは直後、ぶつかった。

 そして、炸裂する。爆発の余波は周囲の念魚の流れをも乱すほどで、俺も身体が押し流されそうになる。

 

 しかしおかげでプフの魔力がこちらまで届くことはなかった。突如現れた別の魔力と打ち消し合ったのだ。つまり同等の威力、魔王級以上と思われるプフの魔力と同レベルということで、それが意味するところは一つだけ。

 バラバラになった念魚の群れの中から、消耗しきったリアスの声が、驚愕してその名前を呼んでいた。

 

「お、お兄、さま……」

 

「リアス……ハァ、遅れて、すまない……!」

 

 魔王サーゼクスだ。グレイフィアに続いてその主である魔王までもが現れた。

 

 さらにその眷属たちらしい気配もが、乱れた念魚の群れの中に突入し、退けようと戦い始める。だが現われた援軍は、やはりリアスの声色から恐れの色を取り除くことはできなことはできなかった。現れた彼らから感じる魔力や【オーラ】が、到底万全なものではなかったからだ。

 

 彼らは既に、リゼヴィムや【魔獣創造(アナイアレイション・メーカー)】との戦いで相当に消耗してしまっていた。命をとした念魚とはいえただの人間の能力相手に苦戦を強いられていることがその証拠。全快且つ眷属総出であればたちどころに殲滅できてしまってもおかしくない程度の相手にてこずるほどのダメージと消耗が、未だ身体に残ってしまっているのだ。

 特にサーゼクスのそれは他の比ではないだろう。彼は一度、ピトーに瀕死の状態まで追い込まれてしまっている。傷ついた身体を引きずってプフの攻撃と相撃ったのはさすがだが、しかしそれ以上のことはとても期待できそうにない。

 

 荒い息からして、リアスの目にすらそのことは明らかだった。サーゼクス本人もそれがわからないはずはなく、念魚の濁流にやられたリアスを眼にし、怒りと無力感を味わわされているだろう。しかしそれは振り払った怒りのみを表に、彼はプフへと言い放った。

 

「よくも……私の大切な妹を、痛めつけてくれたね」

 

「訂正しておくなら、念魚は私ではなく人間の能力ですよ。もう死んでしまいましたが」

 

「サンペーか。蘇らせたのは君たちなのだから、関係ないと言うには苦しいだろう。それにどうであれ、私には、君が怨敵に見えている……!!」

 

 ぎゅわっ、とその時、空間を諸共食い破るような音が予兆なく響いた。ほんの一瞬の間もなく放たれたのは、プフの魔力を削り散らしたサーゼクスの滅びの魔力。

 それは間違いなく、プフに命中したようだった。奴の肉体が消滅する音。しかし奴の不死性は、何事もなかったかのようにその声でサーゼクスに返した。

 

「全く……先ほどの人間たちもそうですが、あなたがた、できもしないことを自信満々に言うのがお好きですね。実に滑稽です」

 

「なに……!?」

 

 嘲弄され、苛立ちを露にするサーゼクス。それへの応えは、しかし全く別の方向から聞こえてきた。

 

「だってあなた、もうとっくにガス欠じゃないですか! 今の攻撃だってすっごいしょぼい!」

 

「なッ!? ぷ、プフ、が、二人……!?」

 

 聞こえてきたのはゴンの驚愕。念魚の攻撃からどうにか生き延びたらしい彼が、プフと、新たに現れたもう一方のプフのほうとで視線を行ったり来たりさせているらしく、左右に振られる声がさらに続く。

 

「カストロさんの【分身(ダブル)】みたいな……」

 

「いや、違う……! あんなもんじゃ……二人だけじゃない……! 見ろ、もっといる……!」

 

「ええ全く、その通り」

 

 怯えの色を濃くしたキルアに、さらに三人目(・・・)のプフの声が頷いた。

 

「私たちはみんな本物。私自身」

 

 と、四人目。

 

「まあその分け身ですから、本体よりはぶっちゃけちょっと弱いですが」

 

 五人目が続き、

 

「でもでもそれでもお前たちを殺すには十分すぎる! 死んだ人間なんか使わなくてもよかったのに、全く私ってばおまぬけさんですねぇ!」

 

 六人目のおどけた言い口に、周囲で何十、何百人ものプフの笑い声が重なり空気を震わせた。

 大多数は本体と思われる最初のプフと違って声が甲高く、しかも物言いが幼稚だ。が、そんな分身一体一体でも侮れない能力を秘めていることは明らかだ。ゲオルグたちは、恐らくこれらにやられたのだから。

 

「奴は聖杯の能力だけじゃなく、肉体を粒子に変換し、再生できます! さらにはそれで分身まで造り出す……! 下手な攻撃は無意味どころか、奴の分身を手助けしてしまうんです……!」

 

「く……そんなのどうすれば……」

 

 体験したのだろうプフの能力を口にするアーサーに、ゼノヴィアが受けたダメージに苦しみながら息を詰まらせる。しかし能力を明かされたプフはまったく気にした様子もなく、分身の自分へ呆れを返した。

 

「あの人間たちを蘇らせたのは“王”の指示です。彼ら(アーサーたち)の実力の底が不明であるから、と。……まあそんなことよりも――」

 

 瞬間、周囲の全員が一斉に戦慄に息を詰めたことがわかった。プフが再び魔力攻撃を構えたのだ。先ほどの攻撃以上の圧を感じるそれは、恐らく威力も前以上となるだろう。

 

 サーゼクスが辛うじて防いだものを、さらに上回る攻撃だ。一度目のそれで力を使い尽くしたサーゼクスに、二度目を防ぐだけの余力など残っているはずがない。わかっているからこそ、プフの声色からも興味は抜け落ちていた。

 

「さっさと片付けてしまいましょう。ちょうどよく出がらしになったゴミも纏まってくれましたし」

 

「出がらし、だと……!」

 

「おや、また否定しますか? では試してみるといいでしょう」

 

 途端、空に広がる魔法陣の気配。展開したそれらは、見えはしないが冥界の不気味な空色を覆い尽くしているだろう。俺を含めた全員に逃げ場はなく、そして威力は必殺。サーゼクスが必死な様子で魔力を絞り出そうとして、小さなプフたちがそれを嘲笑う声がした。

 

 そこに紛れ、プフが呟いた。

 

「さようなら」

 

 だが、

 

「待ちなさいっ!!」

 

 プフの魔力は俺たちへは放たれず、冷酷なそれを打ち消すかのような、グレイフィアの制止の大声に制止した。

 サーゼクスが苦しげな様子で、その名を呼ぶ。

 

「ぐ、グレイフィア……」

 

「はぁ……全く下等生物というのはなぜこうも……あなたも彼らのように妄言を吐くつもりですか? 私を倒すなどと」

 

「はぁ、はぁ……ええ、そうです……!」

 

 グレイフィアは息も絶え絶えに、ため息を吐くプフの呆れを肯定する。息遣いで言えば、その消耗はサーゼクスよりも深刻だろう。だがそれは当然のこと、彼女はサーゼクスたちと同じく傷付いた身体で、念魚たちからリアスたちを守り、その上で魚群に呑まれて攻撃を受けている。

 

 だが、彼女は言った。

 

「貴方に、リアスたちは殺させない。サーゼクスも……代わりに私が、相手を、して、差し上げます……!」

 

「守りたいと。……ふむ……妙ですね。あなたは心の中ではそれが自殺行為であると知りつつ、最善の選択だとも考えている様子。そしてそれは自己犠牲のそれではない、と……?」

 

 身を投げ出すようなグレイフィアの言葉だったが、プフは手に練る魔力を止め、疑問符を浮かべた。人の感情を読み取る能力でも持っているのだろうか。奴が言う彼女の心境は、確かに値する矛盾だ。

 

 それを要約すれば、グレイフィアはこう考えていることになる。

 

「そこの悪魔にも、ハンターたちにも私は倒せないと知りながら、自分にだけはそれができると……? この中であなただけが私を殺せると、そう考えているのですか……?」

 

 魔力も体力も尽きている、彼女がだ。意気は頼もしいが、しかしそれはあまりに荒唐無稽。プフの分身たちが一斉に笑い出した。

 

「アハハハハ!」

 

「マジ!? マジで言ってるんですかこの女!」

 

「頭おかしくなったんじゃねーの!」

 

「今のお前なんて分身の私一人でも軽ーく捻れちゃいますねぇ!」

 

 重なって不協和音となる笑声には、怒りは生まれどサーゼクスでさえ否定の言葉を出せない。今のグレイフィアがどれだけ満身創痍であるかは、それほどに明らかなのだ。

 

 が、それでも彼女は笑い声を切って捨てた。

 

「そう思うなら、やってみればいい」

 

 一瞬でプフたちの笑いが止まる。なおも揺るがない声色が、とうとう奴らを捉えて言った。

 

「確かに今の私には、貴方を倒すどころかその攻撃を防ぐ力すら残っていない。貴方の一撃で、私は簡単に死ぬでしょう。……けれどそれでも、貴方に私は倒せない。そう……信じていますから」

 

 『信じている(・・・・・)』。その一言が、未だ念魚が跳ね泳ぐ中で不思議なほどよく響いた。それはもちろんプフにも届き、開く数秒の間。

 

 そうして奴は、本体も分身たちも一斉に大声で笑った。

 

「アッハハハハハ!! 信じている!? 何ですかそれは!? どうやら本当に頭がおかしくなってしまったようですね!! なら――」

 

「っ!! だめ――」

 

 俺の第六感を貫く危機感と、再起動を果たす強大な魔力の波動。放たれる攻撃の予兆に威力を悟るリアスが悲鳴を上げるが、待たずして、

 

「どうぞ、消えてください」

 

 二発目の極大魔力攻撃が放たれた。

 

 ただ本のページをめくるように、それは無造作だった。鳴り響く炸裂音は間違いなくグレイフィアを直撃しただろう。消耗しきった彼女に回避や防御の余力はなく、プフは動かない相手に攻撃を当てれないような使い手ではない。命は一撃で、あっけなく刈り取られた。

 

 そのはずだった。だが間近で響く爆発も衝撃波も、いつまでたっても俺に襲ってはこなかった。代わりにはるか遠くから爆発音がこだまして、その中で、リアスが絶望ではない唖然の声で、信じられないとその結末を呟いた。

 

「――え……こ、これどういう……」

 

「……へぇ、確かにどうやら、全くの無策というわけではないようですね。避けましたか」

 

 プフの声色が曇る。彼の魔力に晒されたはずのグレイフィアは、どうやら生き残っているようだった。確かに気配は健在。そしてプフ曰く、攻撃を避けたらしい。

 

 がしかし、それはおかしい。そう俺が思った通り、グレイフィアは否定した。

 

「いいえ、避けてなどいません。……貴方が外したのですよ」

 

 彼女が避けても、攻撃はその傍にいる俺たちを消し飛ばしてしまうからだ。

 しかし実際俺たちは無傷。微動だにしていない様子のグレイフィアもそうだろう。言った通りプフが攻撃を当てなかったとしか思えない状況に、少しの間、誰もが言葉を失った。

 

「……アハハハ! 外した? 私が? 自分の意志で!?」

 

「そんなわけねーじゃん!」

 

「何を言ってるんでしょうこの女!」

 

 やがて気を取り戻した小さなプフたちがゲラゲラ笑った。そして瞬間、宙にいる無数のそれらが一斉に一変し、獰猛な牙を剥く。

 

「わけわからないこと言ってないで、さっさとその正体を見せろッ!!」

 

 露になった狂暴性は、やはりというかピトーのそれとよく似ていた。

 

 キメラアントの本性。それが脅威と見做したグレイフィアに、恐らく分身体全てから攻撃が集中する。さっきの比ではない威力。余波だけでも嵐のようだ。

 そしてその只中で、やはり攻撃に当たらないグレイフィアが静かに語る言葉が、轟音の中で不思議なほどよく通り、俺たちの耳に届いていた。

 

「……私の弟は、幼いころから私を好いていてくれました。それこそ少し、度が過ぎるくらいに」

 

「なん、です!? 弟!?」

 

 当たらない、否、当てようとしていない攻撃を次々放ち続けながら、プフは出てきた単語を繰り返す。そしてその時、俺も思い出した。意味不明で思考の隅に追いやってしまっていたが、少し前の出来事だ。

 

 あの時、意識はしていなかったようだが、確か彼は――

 

「そんな子だからか、私がサーゼクスと結ばれた時、心の均衡を壊してしまったようで……以来、今日まで消息不明。かつての主たるリゼヴィムに付き従っているのではという噂もありました。ですから私も、もう二度と会うことは叶わないかもしれないと思っていました」

 

 そんなグレイフィアのことを、彼は一度、『姉上』と呼んでいた。

 

「……リゼヴィムの傍に、弟は、ユーグリットの姿はありませんでした。しかし代わりに現れた貴方は、聞けば彼の手で様々な生物を掛け合わせて人工的に生み出された魔獣だそうですね。……貴方に姉上と呼ばれてから、ずっと“そうではないか”と考えずにはいられませんでした。そして……やはり、そうだった」

 

 プフの攻撃が止む。そこに感じる気配からは、いつの間にか禍々しさが失せていた。代わりにある感情は、何だろうか。相反するもので混濁し、揺れ動いているように思える。

 

 グレイフィアは、そこに真実を告げた。

 

「貴方が扱うその魔力、悪魔の血は、ユーグリットのものでしょう……?」

 

「ッッッ!!!」

 

 喜怒哀楽の判別もつかない激情で、プフは声なく身の魔力を爆発させた。

 無理矢理に操り、そのせいで少なくない数の分身の気配が巻き込まれて塵に消える。その代わりに束ねた魔力は一塊に掲げられ、極大な威力を生み、放たれた。

 

 だが、

 

「貴方の中にユーグリットがいるから、貴方は私を殺せない。シャウアプフ、そういうことなのでしょう?」

 

 それは炸裂することなく、グレイフィアの言葉に吹き消されるようにして途中で霧散し消滅した。

 

 グレイフィアを守っていたのは、彼女の弟の病的なまでの愛情。プフの中に根付いていたそれに、意識があるわけではないだろう。ある意味で彼は死んでもおらず、プフを構成する一パーツとなり様々なモノたちと混ざり合ったのだ。その原型はもはやない。

 

 故に、グレイフィアを守るその想いは、間違いなくプフ自身のものだった。それはプフも理解できる、理解できてしまうのだろう。だからグレイフィアが言ったその言葉を、彼は否定することはできなかった。

 

「…………。だから、何だというんです?」

 

 だが、拒絶した。

 

「私は……シャウアプフ。誰に造られ、どう生まれようとも、この身の全てはただ一人、“王”のために……!!」

 

 激情をそのまま吐き出すかのように叫んだその直後、周囲から分身体の気配が一斉に消えた。いや、戻ったというべきだろう。粒子と化したそれらの気配はプフへと還り、その身の“力”をさらに高めた。

 

 本来の力を取り戻したプフは、それらを全てグレイフィアへと向ける。しかしそのどれもがグレイフィアを捉えない。空ばかりを切る。

 

「く……私の、身体……!! 言うことを……ッ!!」

 

「……本当に、バカな弟ね」

 

 何かがズレれば即死必死の猛撃の中、グレイフィアは全く恐れもなく、穏やかに苦笑した。その言葉にプフの攻撃はさらに激しさを増す。

 しかしやはり、そのどれもが無意味に終わる。魔力攻撃を捨て、近接攻撃を試みたらしいプフの拳が、恐らくグレイフィアの目前で急停止して空気を押し出した。

 

「けれど、どれだけ愚かでも私の弟。もう助けることが叶わないのなら、せめて、私の手で眠らせてあげたい」

 

「私は、ユーグリットじゃない!! 私は……私は、シャウアプフ……っ!」

 

 絶叫からはどんどん力が抜け出ていった。そして拳を止めたプフはそれ以上動くことなく、差し伸べられるグレイフィアの手を払うことはできなかった。

 

 魔力の気配。グレイフィアが自身に残った魔力をかき集め、発動させるその予兆。

 

「この忠誠は、決して、悪魔に、など……」

 

 力なく朦朧と呟くプフへ、

 

「だから貴方も、もうおやすみなさい」

 

 放たれた。

 

 そして、プフが持つはずの再生の力は、発動することがなかった。

 軽いチョウの身体が地に落ち、崩れた肉体から夥しい量の水音が噴き出し広がっていく。身が凍るほどの圧を放っていた【オーラ】も魔力も萎むように消えてゆき、やがて一切がなくなった。

 

 プフはその時、確かに死を迎えたようだった。

 

(……“キメラ”と“人”、か……)

 

 混ざり合わない、合えない(・・・・)、その原因。ふと俺は重ね合わせ、心の中で思った。

 

 そんな思考の中に静寂が響く。あれだけの猛威を振るった敵が、あまりにもあっさり倒されたことにみんな実感がないようで、歓声の類は生まれない。事を成したグレイフィアも、静かに深く息を吐き出すばかり。

 

 故に最初に声を上げたのは、上空でミルたんと戦うユピーだった。

 

「プ、フ……!? おい、何かの冗談か!? お前がこんなカス共にやられちまったのか!?」

 

 能力が遠く及ばないリアスたちと、すでに退けられたアーサーたち、おまけに立つのもやっとといった具合のグレイフィアという、到底プフを打倒したとは思えない面々。しかし実際プフは倒されているという事実が目の前にあり、ユピーの中で驚愕と混乱、そして怒りが、膨れ上がった。

 

 そしてその時、俺は気配を消した。

 

「……ふざけやがって!!」

 

 それは不甲斐ない同胞へ向けたものか、それとも弑したグレイフィアたちへ向けたものか。わからないのは、その怒りが爆発せず、彼の内にため込まれていたからだった。

 

 憤怒が彼の【オーラ】をも増大させて、実態を持つかのように増した圧力がボコボコと、内側から彼の肉体を変形させる音が鳴る。筋肉と骨がひしゃげさせながら、巨体は膨張し続けた。

 

 その巨体が身の毛もよだつ化け物の気配を放つ頃、ミルたんが仕掛けた。

 

「お仲間がやられて悲しいのはわかるけど、よそ見はいけないにょ!」

 

 激戦を越えて尚衰えを見せないミルたんの【オーラ】は、ユピーの身体に甚大なダメージを与えるのに十分な威力を持つ。だからこそ、怒りに呑まれるユピーの本能を刺激したのだろう。

 

 膨れ上がった怒りのエネルギーの全てが、その瞬間、全てミルたんへ牙を剥き、

 

「てめぇら全員、ぶっ壊死(こわし)()()!!!」

 

 爆ぜた。

 

 奴を中心に、膨大なその【オーラ】がすさまじい爆発を引き起こす。それはたちまちのうちにミルたんを襲い、放たんとしたパンチを押し返したうえに彼の強靭な肉体をも焼き、切り裂いたようだった。

 

 なんとかその場に踏み止まったミルたんだったが、怯まざるを得ないほどの威力。ふらつく彼に、プフは発散しきった怒りのエネルギーで若干の虚脱状態にあるのか、比較的穏やかに言った。

 

「……プフがやられて、面倒になったってことは認めてやる。けどよ、忘れてねぇか。オレには聖杯の力がある。いくらダメージをもらおうが無意味。“弟”とかいう身体に混じった不純物にしたやられたプフのようにはいかねぇ。そのプフも、この力で生き返らせりゃいいんだからよ」

 

「……【幽世の聖杯(セフィロト・グラール)】による死者復活は、その性質上、使うたびに見せつけられる生命のありようのせいで、精神に大きなダメージを受けてしまうにょ。そう何度も使っちゃ、ユピーくん自身が壊れてしまうかもしれないにょ。もう、やめるにょ……!」

 

「そんなことは関係ねぇ。オレたちは、“王”にとっての障害をしさえすればいい。“王”をお守りする、そのためだけに……」

 

 一瞬、言葉が淀む。それはやはり、彼にもキメラアントではない血が混ざっているということなのだろうか。それとも……。

 

(いや……)

 

 ただやはり、どちらにせよ変わらない。

 

「お前らさえ殺せれば、“()は覇道を取り戻せる(・・・・・・・・・)んだよォ!!」

 

 ユピーの身体が変形の音を立て、恐らく槍のように変形した腕が肉を貫いた。

 が、貫かれたのはミルたんではない。

 

「――! なんだ、死にに来たか腐れ悪魔……!」

 

「ぐッ……命、など……新選組としての生で、何度だって捨ててきた……!!」

 

 サーゼクスの眷属の一人、かつての侍、沖田総司が、その身に槍を受けていた。

 

 元々病弱だったという彼には、ミルたんほどの耐久力も、訳の分からない再生能力もないだろう。だが生前、その病弱を克服するために施したという邪法が、生命の危機に瀕してその時、溢れ出す。

 

「やれ……【百鬼夜行】――ッ!!」

 

 その身に巣くう数多の妖怪たちが飛び出し、住処を害するユピーへと襲い掛かった。

 

 百鬼夜行、いわばそれは妖怪の軍勢だ。そこにはありとあらゆる物の怪たちが含まれる。鵺などのメジャーな妖怪もいればその逆、マイナーなものも。

 

「ああ鬱陶しい!! 邪魔なんだよザコ共がァ!!」

 

 だがユピーにとっては等しく雑魚。纏わりつく妖怪たちに邪魔以外の感情はないだろう。

 

 故に、その中、()の妖怪である影女の中に脅威が潜んでいることには気付かなかったようだった。

 

「オラァッ!!」

 

「がは……ッ!!」

 

 やがて苛立ちが頂点に達したのか、鬱陶しいとユピーが振るった腕で妖怪たちは四散した。沖田も払い飛ばされ、血を流しながら地面を転がる。

 リアスたちとアーシアが、その傍に駆け寄り治療を始めた。

 

「沖田っ!! しっかり!! アーシア、治せる?!」

 

「ッ……、わ、私じゃ……早く、病院に運ばないと……!」

 

「そんな……」

 

 回復系神器(セイクリッド・ギア)、【聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)】の使い手であるアーシアが言葉を詰まらせるほどの負傷。悟り、絶望に染まるリアスの声。傍で聞き覚えのない、恐らくサーゼクスの眷属の一人だろう人物の声が慰めている。その声が沖田へ尋ねた。

 

「……なぜ、あんな無謀なことを……」

 

 ミルたんとユピーの戦いに無理に割って入り、挙句致命傷を負った。そう見える故の疑問。

 沖田はそれに、弱々しいながらも答えた。

 

「い……以前に私は、ジークフリートに助けられた……その恩返しだよ……」

 

 なるほどと理解する。ハンターにあまり良い印象を抱いていない彼が協力を申し出た(・・・・・・・)のはジークのおかげだったのだ。彼が目覚めたら礼を言わねばなるまい。

 

「まあそれも、この()を生き残れればの話だが」

 

 そこに向かうための布石を打ち終えた俺は、コンラと共に沖田の影から抜け出ながら呟いた。

 

「そ、曹操さん……!? コンラさんも、いつの間に……」

 

「ま、まさか……さっきまでずっと沖田の影の中に……!?」

 

 アーシアとリアスが驚きに声を上げる。影の中から人が現れる、なんていう馴染みのない光景を目の当たりにしてしまえば当然の反応だ。

 

 そしてそれはユピーも同様だが、奴はアーシアとリアスよりももう一歩だけ深く、光景の意味を理解した。

 

「……なるほどな。さっきの羽虫は全部、お前の能力を使うためか。オレの身体にくっついてきた影のヤツ、あれを介してオレの中の“聖杯”を操ろうとしてやがったわけだ」

 

「ご名答」

 

 俺の念能力、【神は人の為ならず(セイクリッド・アドミン)】の発動条件は、対象に一定時間触れ続けること。これさえ達成すれば、ユピーの身から不死性は失われる。

 

 だが、

 

「短すぎたな。羽虫共も、そこのゴミも弱すぎた。……確か【赤龍帝の小手(ブーステッド・ギア)】とかいう奴でも何十秒もかかるんだろ? てめぇでなくてもそんなにベタベタ触らせるかよ、きしょくわりぃ」

 

 その通り。コンラと沖田の協力でユピーに触れられたのは、時間にして凡そ一秒足らず。これでは神滅具(ロンギヌス)どころか通常の神器(セイクリッド・ギア)ですら条件を満たせない。

 

 そもそもが、一瞬触れることすら難しいほどの大敵だ。盲目となってしまった今の俺にはなおのこと。故に当初の俺は、不滅の肉体に苦戦するミルたんたちを知りながら歯噛みすることしかできなかった。

 そんな状況、相手に対し、“仲間の死という動揺”、“沖田の捨て身”、“ピトーにすら察知できないコンラの隠密性”という三つの助けを得たうえで、ようやく一秒にも満たない時間、奴に触れることができるのだ。あるいは、それだけやって一秒も触れていられない、でもいい。

 

 つまるところ、ユピーの【幽世の聖杯(セフィロト・グラール)】を封じるために何十秒も奴に触れていることは、どうやっても不可能だということだ。

 

 それを示したユピーは、だからお前なんぞ最初から脅威となんざ見ちゃいねぇと吐き捨て、さらに続けて嘲笑うように言った。

 

「他のゴミどもはお前のそれが頼りだったんだろうが、ざまぁねぇな。てめぇらカス共にオレは殺せねぇってことがわかっただろ。だから諦めてさっさと殺されろ。それとも……今度はプフみてぇに姉だ弟だとやってみるか? 来いよ、カス共……!!」

 

「いや、もう終わりだよ」

 

 再び剥き出しになるユピーの怒りの【オーラ】が皆に死を予感させ、震え上がらせる中、俺は首を振り、手を持ち上げた。コンラと、そして沖田に見守られる中、そこに【オーラ】を掴んで確かめる。

 

 想像通りの結果となった。恐らくそれでミルたん辺りは感付いただろう。二人に続いて理解し、身構える気配がした。

 

「あぁ……!? なんだ、本当に諦め――」

 

「一瞬君に触れられれば、それで十分だったんだ」

 

 第一、ユピーに長時間触れ続けることが不可能であることなど、いまさら言われずともわかりきったことなのだ。そして俺は、それを知りながら接触を強行した。

 

 その理由は、決して奇跡を信じたからではない。

 

 怒りの中に怪訝を滲ませるユピーを遮り、俺は続ける。数十秒とは、神器(セイクリッド・ギア)を掌握するために必要な、いわば初期設定(・・・・)の時間なのだと。

 

「君も耳にしただろう。本来【幽世の聖杯(セフィロト・グラール)】は、俺がハントしたものだ。俺が神器(セイクリッド・ギア)を操るこの能力で、元の所持者から抜き出したんだ。……つまり、君の中のその“聖杯”は、すでに一度、俺の能力に支配されている」

 

「は……!?」

 

 俺の言わんとすることを理解したのか、絶句するユピー。しかしすぐ我に返り、反論が飛ぶ。

 

「……いや、だとしても、その“支配”がまだ残っているなら、どうして今まで出し惜しみしていやがった!? 使わねぇのは、能力がとっくに期限切れだからだろ!!」

 

「俺の能力に期限切れなんてないよ。けれど神器(セイクリッド・ギア)というものは、そのどれもが所持者の魂、【オーラ】と深く結びつき、影響される。神器(セイクリッド・ギア)という本質は同じでも、人によってその形は微妙に異なるんだ。だから操る方法がわかっていても、変化する以前(前の持ち主)の【オーラ】を元にしている故にそれを実際に操ることができないのさ」

 

 【オーラ】の規格が異なるために操作を受け付けない、あるいは操作権限を得るためのパスワードが変わっている、というような状態。ならばどうすればいいのか。

 

そこ(・・)だけを修正すればいい。君の【オーラ】を把握し、当てはめればいい。そして【オーラ】の本質を感じ取るだけならば、一秒以下でも十分だ」

 

 俺の手に集った【オーラ】、発動条件と、そして操作条件も満たした【神は人の為ならず(セイクリッド・アドミン)を、ユピーの声の方向へと向ける。

 

「だから、終わりだよ」

 

 雷が落ちたような咆哮が聞こえた。だがそれが俺へと達するよりも早く能力が作用し、そしてほとんど同時、ミルたんが瞬時にその身に膨大な【オーラ】を発露し、集中させ、振るった。

 

 肉と【オーラ】が弾け飛ぶ音がした。

 

「あ……が……ッッ――お゛お゛お゛ォォォォッッ!! お゛、ウ゛ゥゥゥゥッッッ!!!」

 

「……ミルたん、あなたのことはずっと覚えておくにょ」

 

 二つ目の音。ユピーの雄叫びが止み、次いでどしゃりと水っぽい音が倒れ込んだ。

 

 絶えず発せられていたユピーの【オーラ】も完全に消え去る。息が詰まる圧迫感が消えうせ、その時俺もようやく息を吐き出した。

 

 終わったのだ。実感し、倒れるように座り込む。俺の疲労や負傷など他の面々のものに比べれば何でもないレベルだろうが、それでも十分すぎるほど心身が疲れ切っていた。

 

 しかし、

 

(……俺も、向かわないと)

 

 思い、気力を振り絞って再び立ち上がる。するとその時、それを諫めるようにサーゼクスが言った。

 

「楽にしていてくれ、曹操殿。君のおかげでユピーを倒せたんだ、あとは私たちに任せてほしい。もうすぐアジュカやセラフォルーが増援を連れて来てくれる手はずになっている。ここから先……“王”の対処も、あとは彼らに任せよう。後は、この女の処遇もね」

 

「処遇? 意外ね、個人で賞金を懸けるくらい、私たちはあなたに恨まれてるものだと思っていたのだけれど……!」

 

 答えたのはパクノダの声。プフの魔力に捕らえられていたはずだが、奴が死んで術が解け、次は魔王たちに捕らえられたのだろう。そういえばいつの間にか、周囲からは念魚の音も消えている。旅団のほうも片が付いたということだ。

 

 そして増援の件も、疲労困憊の俺たちには渡りに船。瀕死の重傷を負っている者もおり、そうでない者にもこれ以上戦場に向かう余力は残っていない。よしんば残っていようとも、対峙せねばならない“王”は、もはや個人で太刀打ちできるような敵ではない。皆、とうにそれを実感していた。

 

 ここで立ち上がっても死にに行くようなもの。だから彼女のことも、もう彼らに任せてしまうべきだった。

 

 だが、俺は少しばかりふらつきながらも、両の足で立ち上がる。

 

「……ピトーと黒歌たちんとこ、行く気かよ。その身体で」

 

 念魚の中を無事に生き抜いたらしいハンゾーが、俺の不穏に気付いたのか口にした。手が、俺の肩を捕まえ止めようとする。

 

 それを振り払いながら、俺は頷いた。

 

「まあね。だってそうだろう? ピトーに憑いた“(神器)”は、俺にしか剥がせない」

 

「無茶、です……!」

 

 叫んだのはグレイフィアだった。荒い呼吸を繰り返しながら、その忠告にやがて憐れみの影が差す。

 

「……わかって、いるでしょう……? あれは、“王”は、あまりにも強すぎる……。貴方の念能力を行使することは、到底……」

 

「だからといって、もう俺も諦める気にはなれないのですよ」

 

 意識して強い口調で、俺は鋭く言い放った。

 

 それは幾人もの悪魔を殺したピトーの味方をすること。ともすれば悪魔への敵対宣言とも取れるような宣言だ。

 だがピトーの言葉に改めてその存在を強く心に焼き付けられてしまった俺は、それがわかっていながらもはや見過ごすことができない。自分に彼女を救う手立てがあるのに、無視することはできなかった。

 

「魔王殿の軍団は、“王”を止めるためにピトーもろとも“キメラアント”を殺すでしょう。そしてそれは、“悪魔”にとってそう難しくはないはずだ。所詮一“個”でしかない“王”は、悪魔という“種”に及ばない。……だからこそ、俺は行かねばならない」

 

 その戦いを生き延びピトーも黒歌も救うために。

 

「だって俺、まだ一度もピトーに勝ってないんですよ。勝ち逃げされたんじゃたまらない」

 

 あるいは、最後の手段(・・・・・)を使ってもいいとさえ思えるほどに。

 

「……そ、曹操さん……!」

 

 止める言葉を持たないらしい皆の中を歩くと、数歩の後、背にギャスパーの声がかけられた。相変わらず頼りなさげだが、一つの決意を抱いた声だった。

 

 だが、その先を聞く前に、察知する。「ぐあっ」と、パクノダを捕らえていたはずの眷属の呻き声と共に、拳銃の撃鉄が起きる音。

 そして間髪入れずに、銃声が鳴り響いた。

 

「が、はっ……!?」

 

「く、クラピカッ!!」

 

 クラピカの口からの苦悶と、ゴンの動揺。だが倒れる音は続かない。

 

「ぐ……だ、大丈夫だ……急所は、どうにか避けられた……!」

 

 恐らくパクノダという仇の一人が生け捕りにされていたことで、彼の警戒は解けていなかったのだろう。おかげで辛うじて致命傷は避けることができたらしい。

 そしてそのパクノダ。どうやったのか自由を取り戻した彼女が、決死の銃撃の結果に歯を噛む気配がした。

 

「……ごめんなさい、ウボォー、サンペー。利用された挙句、チャンスも無駄にしてしまったかも」

 

 呟きつつ、二射目の引き金が絞られる。が、彼女もわかっていただろう。さすがにそれが許されるはずがなく、

 

「無駄だよ。チャンスなど……魔王の名に懸けて、もうこれ以上殺させない……!」

 

 サーゼクスの滅びの魔力は一瞬のうちに拳銃と、そしてパクノダ自身を消し飛ばしたようだった。弱っていても尚魔王の名にふさわしい強力な魔力が覆いかぶさり、その存在と音の一切を消滅させる。

 

 それが始まりの合図となった。

 

「―――」

 

 声なき叫び声をあげ、プフ(・・)の膨大な魔力が、ユピー(・・・)の莫大な【オーラ】が、爆発する。そしてそれらはほんの一瞬、全く何の理解も追いつかない間に、俺たちに襲い掛かった。

 

「――ッッ!!!」

 

 一瞬で致命傷を負わされたとわかるほどのダメージが、瞬間俺の身体に叩きつけられた。死んだと思い込んでいた二人からの攻撃に、反応もできなかった。恐らく他の皆も似たようなものだろう。ほとんど一斉に皆が倒れる音がした。

 

 その中に、一際目立つ言葉の悲鳴。

 

「な――!! あ、あなたたち、リアスをどうす――」

 

 朱乃の声は、しかしすぐに途切れた。意識を飛ばされたらしい。やはり何が何だかわからないが、しかし攻撃に感じた【オーラ】に、俺はその時それを見つけて気が付いた。

 完全な死者と化した二人が襲い掛かってきた、その仕組み。それはピトーの能力だ。

 

 だからつまり、“王”の仕業だ。気付き、俺は遠座狩る意識をギリギリ繋いで懐を探り、使わなかったフェニックスの涙を握り潰した。飛び散る涙はたちまち俺の身体を癒す。やはり視覚は戻らなかったが、力を取り戻した俺は聖槍を手に全力で周囲を警戒しつつ声を上げる。

 

「大丈夫か、皆!! 無事な者はいるか!?」

 

「あ……ぼ、僕とアーシア先輩は無事です……! ゼノヴィア先輩たちが庇ってくれて……。で、でも、魔王様たちやハンターさんたちが……」

 

 把握する。恐らく最たる脅威の無力化を優先したために、その間でゼノヴィアは間に合ったのだろう。あるいは脅威にあらずと見做されたか。しかしそれよりも、把握せねばならないこと。

 

「プフたちは!? それにリアスと朱乃は――」

 

「つ、連れて行かれてしまったんです!! あの、な、亡くなったはずの魔獣さんたちが、気を失った部長さんを抱えて、そのまま、どこかに……」

 

「“王”の下へ、か……!」

 

 その理由は、どうせろくでもない。が、立ち上がる理由が一つ増えただけだ。俺がやることは変わらない。

 

「……大丈夫、リアス殿も俺がどうにか助ける。アーシアとギャスパーは皆にできる限りの応急処置をして、増援の到着を待っていてくれ。……皆、とどめは刺されていないはずだ。助けられる。頼んだよ」

 

「は、はい……その……どうか、ご無事で……!」

 

 ほっとしたような怯えるような、相反する二つで戸惑うアーシアの言葉に俺は頷いてみせる。言葉尻に叩きつけるように首肯した。

 

 そう、これはある意味でチャンスなのだ。ピトーを救おうとする俺に疑いを向ける者が倒れた現状は、つまりこれ以上の邪魔が入る恐れがないということ。訪れる増援も、まずは彼らの救助を優先するだろう。時間が稼げる。

 

 故にこれ以上の会話を続ける気は俺にはなかった。例えばアーシアが、倒れる皆を守るために残ってくれと言ったとしても、俺はそれを無視しただろう。

 

 だが、その声には脚が止まった。

 

「あ、あの……曹操さんっ! 僕……お願いが、あります……!」

 

 直前に聞いた声が、より覚悟で固まっている。怯えを押し殺した決心が、そこにあった。

 

 直感する。蒔いた種が、今まさにこのタイミングで芽吹いたのだ。

 

「……なんだい?」

 

 そこに、あるいは最後の手段に頼ることのない可能性が生まれ出た。




曹操が盲目になっているせいで描写にすごく苦労した三話でした。
それはそれとして感想ください。
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