主なきノラネコたちの家   作:もちごめさん

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二十一話

「――九重……? なに、その眼……」

 

 何よりもまず、私の意識はそれに向けられていた。

 

 人のものではない縦長の瞳孔は、もちろん左の眼、九尾の狐のそれでもない。例えるならタコのような異形の瞳が、九重のかわいらしい顔で不釣り合いな異物感を放ちながら丸く見開かれている。

 

 その様は、あまりにも合成獣(キメラ)めいていた。故に生じた動揺はただの忌避感か、それとも羨望なのか。判断できない自身の感情に戸惑いながら、しかし私は一つ、最初に眼帯を付けた九重と会った時のことを思い出す。

 あの時、彼女に代って眼帯を中二病的お洒落の産物だと答えたピトーの、その様子。思い返せば、まるで何かを誤魔化すかのように九重を遮っていたような気がする。

 

 彼女はたぶん、元から九重の眼のことを知っていたのだ。そしてそのキメラ(ピトー)と同じ様相を私に見つけさせないために、あんな風に誤魔化したんだろう。これもたぶん、今の私と同じように九重(キメラ)に惹かれて、一瞬でも“人”忘れてしまいそうになったから。そしてそれを、誰にも悟らせないために。

 

「京都での出来事だ」

 

 私の動揺など気にするそぶりも見せず、“王”は勝手にピトーの記憶を漁り、単調に言う。

 

「貴様らも知っての通り、ピトーは悪魔どもに付き添いあの地に赴いた。そしてその時、キメラ化(オーダー・ブレイク)によってその身に余たち(キメラ)の力を宿した人間が現れ、余たちを襲い……九重に血を注いだのだ。何者の差し金かは知らぬが、余という存在を造ったキメラの血をな」

 

「キメラの、血……」

 

 思わず呟く。それが本当であるのなら、今の九重は私が思っていた以上にそっちに近い存在なのかもしれない。

 

 キメラ化(オーダー・ブレイク)は、所謂一種のドーピング薬。ピトーの血液を元にしたアイテムであるはずだ。悪魔に追われる私たちを匿った曹操やパリストンが示唆していたのはそれを作るという目標だけで既に完成していたことは知らなかったが、しかしそれが九重の眼を変えたというのなら、その源流は“王”やプフやユピーとも同じだ。

 

 ピトーの中に流れる、本来の“キメラアント”の血。それはピトーにとって私を捨てて、この目の前の“王”に傅くに十分なもの。

 ピトーを戒める二つ目の楔の存在に、奈落に落ちるような冷気がお腹の底から這い上がってくるような心地がした。

 

「余と同じく、キメラの血を継ぐ存在。であれば、九重、貴様も余の配下として迎え入れてやらぬこともない」

 

「あ、ぅ……」

 

 “王”の眼が再び九重に戻った。人を人とも思っていないようなその冷たさと物言いに、九重は身体を縮めて身を震わせる。

 “王”は無造作に彼女へ足を向けた。不気味な【気】を放ちながらゆっくりと歩み寄るその様を前に、しかし九重は一歩も動かない。元より自ら“王”に近付いた彼女は、キメラの血に囚われ逃げることも叶わない。

 そして私も、心を侵す奈落の底の絶望感に足を取られ、怯え切った様子の九重に指し伸ばす“王”の手をただ見つめるばかりだった。

 

 やがて手は九重の目の前に突き付けられ、“王”は唐突に言った。

 

「寄こせ」

 

「っ……!」

 

 差し出せと。“王”の言うそれが配下となるための忠誠心だとか命だとか、そういう類のものでないことはすぐわかった。震える身を跳ねさせた九重の手が、その時ゆらりと操られるように動いたからだ。

 

 畏怖と恐怖を共存させていた顔が瞬間真っ青の戦慄に変わり、巫女風の着物の懐に伸びていく様を見つめている。それを見せてはいけないと、理解しながらも抗えない九重はやがて、それを取り出した。

 

 それは、手のひら大の水晶球のようなものだった。

 透明度の高い、美しい一品。しかしもちろんそれは美術品などではない。“王”が寄こせと言ったのは、その内に封じられているモノ。私もすぐ、その存在と強さ(・・)に気付き、理解した。

 

「っそ、れ……!?」

 

 水晶球の中心に、赤黒い霧が渦を巻いていた。それは“力”だ。それも、すさまじく強力な。

 

 水晶球という封印の中にあっても感じ取れるほどのパワー。何なら僅かに漏れだした赤い霧が、それを手に持つ九重に纏わりついているほど。そんな僅かに見える片鱗でさえ、上級悪魔クラスを優に超える。

 

 となれば本体、赤黒い霧自体に込められた強さ(・・)はどれほどか。

 あるいは、“王”にも届き得るのではないか。

 

「“王”、にも……ッ!!」

 

 心に纏わりつく絶望が弾け飛んだ。

 

 足が瞬き、血に操られるまま“王”に水晶球を捧げんとしていた九重に飛び掛かった。彼女の身体ごと捕まえ、そのまま“王”から引きはがす。抱えた彼女の身体ごと地面を転がり離れると、間に合ったようでまだ九重の手には水晶球が握られたままだった。

 

 そして私は、“王”のようにそれへ向けて手を伸ばす。

 

「九重ッ!! それっ、私に!!」

 

「っ!! う、ウタ……!?」

 

 九重もまた我を取り戻したようで、水晶球は手に硬く握りしめられていた。しかし私を認めてもその力が緩まない。見やれば私を見上げる彼女の眼には困惑の色が残っていて、そのせいかと、私は続けて声を荒げた。

 

「そう、別人に見えるかもしれないけど、私よ!! ほら、私の【気】、【念】が使えるんだからわかるでしょ!?」

 

 九重が知っているのは“ウタ”の私。“黒歌”を知らず、故の困惑かと【黒肢猫玉(リバースベクター)】を見せてやる。これで信用に足りなければ白音に証言してもらうしかなかったが、たぶん最初から、情報としてはこのことは聞いていたのだろう。実際に見ての驚きも過ぎ、納得はいったらしい。

 

 ただ、困惑そのものは彼女の眼から消えていなかった。

 

「わかる、けど……でも、ウタ……」

 

「『でも』!? なに!?」

 

 彼女は私たちが人に化けてハンターの身分を得ていた話を聞いているのだから、私の目的だってわかっているだろう。だというのに歯切れの悪い言葉と眼、そして一向に私に渡そうとしない手の水晶球。

 時間なんてないのに、と焦りが苛立ちに変わり、やがて無理矢理にでも奪い取ろうと、差し出した私の手がさらに動いた。

 

 それが水晶球に届く前に、声が響いた。

 

「まあ、よい。くれてやれ」

 

 “王”の言葉にまた九重と、そして私も身を跳ねさせて振り向いた。

 

 “王”は動いていなかった。私が九重を攫った時のまま立ち、私たちを見下ろしている。その顔に水晶球に封じられた絶大な“力”を奪われることへの恐れなどはなく、それどころか平静に吐かれたその言葉。

 

 むしろ不気味で、私は水晶球に伸ばした手と【念】を、今度は“王”へと向けていた。

 

「……どういうつもり……?」

 

「それを得れば余を殺せると、そう考えているのであろう? 試してみよ」

 

 “王”の不変の態度は、その余裕によるものなのだ。この力があっても黒歌は“王”に及ばないという、己の実力への自信。そして私への侮り。

 私にピトーは救えないと、奴はそう言っている。

 

「なら……お望み通りにしてあげる!!」

 

「っ!! ま、待って姉さまッ!!」

 

 白音が不意に声を上げたが、しかし“王”の言わんとすることを否定せねばならない私はもはや止まれず、白音の恐れも九重の躊躇も無視して彼女の手から水晶球を奪い取った。

 

「身の程を知れば、貴様も考えを改めるやもしれぬ」

 

 呟く“王”の言葉も耳には入らず、私は次の瞬間、手の中の水晶球を破壊した。

 

 パリンと、水晶球はあっけなく砕け散った。そして直後、封じられていた“力”赤黒い霧が、瀑布の如き勢いで溢れ出す。その勢いは、それだけで傍の九重を吹き飛ばすほどのものだった。

 巻き込まれた彼女はたぶん、下手をすれば骨の一本や二本が折れかねないほどの衝撃に見舞われただろう。だが、私にそれを気にする余裕はなかった。

 

「ッ!! ……こ、の……!!」

 

 “力”の強大さは理解しているつもりだったが、なお足りなかったのだ。想像を超える荒々しい“力”の奔流は制御を試みる私の手から次々溢れ、私の身体を貫いてくる。仙術を介して流れ込んでくる邪気が、まるで子供の癇癪のような破壊衝動を私に生み出し、蝕んでいた。

 

 だが、邪気に堕ちるギリギリで私は耐え続けた。ピトーのため、その一心で意識を保ち、荒れ狂う“力”を邪気ごと己の肉体に押し込めていく。

 

 風船のように破裂してしまいそうな自分の身体。肺の酸素をすべて吐き出してもなお消えない感覚が私の手に地を突かせ、堪える衝動に身が丸まる。“王”を意識する余裕すら消し飛び、永劫とも思える苦しみに悶えながらもピトーのために耐え切り、そしてやがて――

 

「く――あ……っ、はぁっ……!!」

 

 周囲から溢れる“力”の霧が消え、とうとう私は、“力”の全てを自身に収め切った。

 

 途端、ぐん、と、頭に血が上ったような充血感と熱が全身に生まれた。立ち上がって自分の身体を見下ろせば、確かに“力”はすべて私に宿り、【気】となって吹き出し全身を覆っている。そしてその強さも、やはり期待した通りに“王”並み、いや、それ以上のもの。

 

 今、私は“王”を倒すための力を手に入れたのだ。

 

「こ……これ、で――」

 

 実感し、溢れる【気】を操ろうとした、その時だった。

 

「――あッ、ぐ……あァッ!!?」

 

 感じていた充血感と熱が、突然、身を貫くような激痛に転じた。

 頭のてっぺんからつま先、尻尾の先端に至るまでに感じる痛み。自分という器を内側から滅多切りにされているような激痛に、私は到底立っていられず倒れ込む。邪気も合わさり強烈な嘔吐感がこみ上げ、えずく私の下に白音の声が駆け寄った。

 

「姉さまッ!! ……!! 九重ちゃん!! あの水晶の玉、いったい誰から!?」

 

「わ、わからない、のじゃ……。ただ、知らない小汚いおじさんが、何も言わずに……」

 

「小汚い、おじさん……?」

 

 あるいはその正体の知れない人物が敵側で、私が苦しんでいるのはその罠か何かじゃないか、と私のあまりの苦しみようにパニックを起こしかけているのだろう九重と白音が叫ぶ。しかしそうではないのだ。

 

 “王”の声が、自明だと言わんばかりに私に告げた。

 

「そ奴が何者であろうが、黒歌の惨状に関係はない。これは単に、黒歌の器に対して注ぎ込まれた“力”が大きすぎたという、それだけだ」

 

「ッ!! 器、って……」

 

「単純な話であろう。キメラの王たる余に匹敵する“力”が、猫魈なれど一妖怪に過ぎぬ黒歌の身に収まるはずがない。御し切れぬ、身に余る“力”が、黒歌を内から嬲っているのだ」

 

 つまり私の容量不足。空気を入れ過ぎた風船が内の圧力で弾けるように、私の中でも“力”が私を内から押し破らんと暴れているのだ。

 

 “王”を倒せる“力”はある。意思もある。しかし、身体がそこに及ばない。

 “王”はこのことをわかっていたのだ。だから水晶球をあっさり私に渡した。無駄であることを知っていたから。そして私にこのことを思い知らせるために。

 

「余の……ピトーの能力は知っていよう。その“力”が貴様を食い破れば、死ぬ前に治療してやる。苦痛から逃れたくば、さっさと捨ててそう(・・)なれ。“力”も余が始末してやる」

 

 “力”を身の内に押し留めるのをやめ、さっさと開放してしまえ。“王”はそう言う。“王”を倒してピトーを救う、その可能性を捨てろと、“王”はそう言った。

 

 さっきまでの私であれば、考えるまでもなく拒絶しただろう。何度でも、ピトーのためにと。だが今は知ってしまった。“力”があっても意思があっても、私では“王”を倒せないということを。

 

 思惑通りに思い知らされた事実は、身の内で荒れ狂う“力”だけでなく意思をも削り、私に感情を生んでいた。

 

 私ではピトーを救えないなら、

 

(なら、いっそ“王”の言う通りに……)

 

 諦めが頭をよぎった。

 

 その時、さらなる激痛が私を襲った。

 

「――ッう、ああああぁぁぁぁッッ!!?」

 

「きゃあ!! な、なに、これ……っ!? 姉さまっ!!」

 

 内側から切り刻まれるような痛みの中に、より鮮烈なものが加わった。涙も滲み痛みをこらえる眼を必死にこじ開けると、白音の驚愕も視界に映る。私自身の身体から、血と、赤黒い【気】が無数に噴き出し、そこから()が生え出ていた。

 

 本物ではない。“力”が表に出て具現化したのだ。不安定に溶けかけながらも形を保ち、慌てて払い除けようとする白音の手も巻き込んでのたうち回っているその光景。蛇たちには声も言葉もないが、叫んでいるのはどう見ても激しい怒り。“力”の邪気の意思だった。

 

 邪気に包まれた“力”の暴走。私の仙術が何か影響してしまったのかもしれないが、わかったところで激痛と苦痛はどうにもならない。何故という考えもまともに回らず、私は悲鳴を撒き散らす。

 “王”はそんな私を、憐れむように見下ろし言った。

 

「爆ぜたか。しかし……」

 

 そして眼が動く。今度は私から生える蛇を見つめ、興味深そうに変わった。

 

「なるほど。ようやく合点がいった」

 

「な、ぁっ……に、が……ッ!!」

 

 わかったというのか。

 苦痛で痙攣を起こす喉を無理矢理抑えつけ、声を捻り出す。

 

 “王”は全く無警戒に私の傍に近寄ってきた。その気になれば今すぐにでも私を殺せるほどの距離に立ちながら、しかしやはり殺気はなく、伸びる蛇の一匹を手に取り、ふとその名前を呟いた。

 

無限の龍神(ウロボロス・ドラゴン)、オーフィス」

 

「ッ!!」

 

 出た名の驚愕に、食いしばった歯が緩んで息が漏れた。九重は傍に現れた“王”を呆然と見上げて何のことやらと眼を瞬かせたが、しかし苦痛の中でも私の頭は、続く“王”の言葉と、それが真実であることを確信していた。

 

 水晶球に封じられ、今は私の身体を侵す“力”。黒い蛇の“力”の、その正体。

 

「それは、龍神の“力”の半分(・・)だ」

 

 正体不明から一転して確信。“王”が導き出したその結論を信じるのに躊躇がなかった理由は、半ば以上が本能的なものだった。自分の中で暴走する“力”そのものが、そうだと肯定しているような気がしたのだ。私とそれが同化してしまっている故に、自分のことは自分が一番よくわかる、ということなのだろう。

 

 そして何より、私の身に収まらないほどの力を持つ存在などそうはいない。加えてそこにドラゴンの気配を感じるとなればなおのこと、龍神くらいしかありえない。

 

「ドラ、ゴン、の……!!」

 

 そう、ドラゴンの、気配だ。湧き出る“力”にそれが含まれていることに、私は言われて今更気が付いた。

 

 同時に、そのことに今まで気付けなかった理由にも気が付いた。異質であるはずのその気配が、今までこの場では目立っていなかったためだ。全く同じ(・・)気配を“王”が発していたせいで、意識するに至らなかったのだ。

 

「龍神……に、半分……? ま、待つのじゃ……! それって、まさかもう半分は……!」

 

「余、自身だ。龍神の“力”のもう半分(・・)は、核となり余自身に宿っている」

 

 造られた“王”の強さの源は、私のこの“力”と同じ、オーフィスのものだったのだ。

 

 封じられていた“力”が“王”並みの強さを持っていたのも、“王”がその正体にいち早く気付いたのも、そのせい。私と同じく、いや、それが核であるのなら私以上に深くオーフィスと同化した奴にとって、私の身体から生える蛇たちは自らの半身のようにも感じられるのかもしれない。

 

 だからなのか、“王”は続けて口を開きながら、その手はさらに深くへと伸びていった。

 

「……人間どもはオーフィスの力の全てを操ることができなかったのであろう。故に二つに分け、半分をピトーの血と共に余を造るための“力”として使い、そしてもう半分は玉の封印の中に封じられた。黒歌、今の貴様や、禍の団(カオス・ブリゲード)の旧魔王派どもが使ったように、蛇の“力”を与える道具とするために」

 

「旧……?」

 

 呆然と呟く白音。理解が追い付かないようだが、しかし私は思い出す。あの襲撃の折、その幹部たちの異様な強さに悪魔たちが苦しめられたという話を耳にした覚えがある。その元、塊が、今私を蝕むこの蛇の力だということ。

 

 そして今、それを“王”が欲している。今私の意識にあるのはそのことと、その欲望を表し伸びて来る“王”の手だけだった。

 

「余と同じ“力”……想像するまでもない、美味……。故に、余はこれほどに惹かれるのであろう。それは、余が手にするべきものだ。黒歌、さあ、早く寄こせ」

 

 苦痛が身を苛み、私は“力”を奪おうと伸びるその手を止めることができない。“王”の動作はすべてが無造作で隙だらけだが、纏う【気】は強大なものであるにもかかわらず小動もせず静謐で、その事実がまた私の意思から抵抗を奪っていく。

 “王”に対して私は“力”を身に留めることもできない在り様。抵抗など、鼻から無駄だったんじゃないかという思いが、苦痛からじわじわと染み出して心を侵し、抗い必死に起き上がろうと地を突く腕が折れ、身体がまた地面に落ちた。

 

 このままでは殺される。戦わねば。せめて立ち上がらなければ。か細い思いは脳を駆け抜けるも、身体はそれに応えてくれない。そうしてとうとう達した手を滲んだ視界に認めた私は、その眼をぎゅっと閉ざした。

 

 だが暗い視界の中に、その時必死の声が届いた。

 

「だめッ……! ダメ、です……ッ!!」

 

 再び開き、涙で滲んだ視界には、白音の背が広がっていた。

 

 彼女は“王”の手を払い除け、その前に立ちふさがったのだ。“王”が下げたその手を軽く払うだけで、自分は殺されてしまうと知りながら。

 

「しっ、ろね……ッ! あなたは、にげ……う、ぁッ……!!」

 

 しかし痛みに途切れる言葉は誰にも届かず、白音は肩で息をしながら悲愴な表情で“王”を睨み、そして“王”冷やかにそれを見下ろした。

 

「……止めるか。何故だ。黒歌の死骸は放置して腐らせるべきだとでもいう気か」

 

「姉さまは死にません! 私が死なせません! だから、あなたに姉さまを殺させもしません!!」

 

 あの時、ピトーの意思を得て私に立ち向かった時のように、白音は強い決意でそう叫んだ。だがしかし、“王”の言う通り、私はこのままでは死ぬ。“王”が何をせずとも、内で暴走を続ける“力”に殺されるだろう。今“王”に立ち向かうということは、【人形修理者(ドクターブライス)】による治療も捨てることにもなる。

 

「白音、そして九重も。余に下る気がないというのなら、今、この場を去れ。余は追わぬ。……なお抗い、それが何になる。その頭でよく考えよ」

 

 今だ白音はパニックの只中なのだろうか。“王”の念押しに、しかし白音は首を横に振った。

 そして再び、私の身体に覆いかぶさるようにして抱き着いた。手から足まで、全身を私に密着させるような勢い。もちろん、より強く暴走する“力”の影響を受けてしまう。

 

 だがその直後、皆が白音が正気であることに気が付いた。そして私の背に、白音の(・・・)()】と共に戦慄が走った。

 

「だ、だめじゃ、白音っ! そんなことをしたら、お主まで“力”に食い尽くされてしまう!」

 

「それでいいの! “力”の暴走が姉さまの許容量を超えてしまったために起こったのなら、その不足分を、私が補えばいい……!! うぅっ……私が、姉さまの苦しみを、少しでも肩代わりできるようになれば……ッ!!」

 

 彼女の能力を用いれば、理論上、それは可能だろう。

 【猫依転成(ドッペルオーバー)】。自身の【気】を別人のものに変質させる、白音の念能力。それは彼女のもう一つの能力と合わせて相手の念能力をトレースするためのもので、単体ではさしたる効果はないが、この場合では異なる。別人の、私の【気】に自身の【気】を同化させるということは、つまり外付けの記憶媒体として限界超過している私の()の容量を増やせるということなのだ。

 

 オーフィスの“力”を、もしかしたら(・・・・・・)御せるようになるほどに。

 

 だが今の私と同化するということは、私を蝕む“力”はまだしも、邪気の影響すらもろに受けてしまうということ。彼女は私がまだ耐え、自我を保っているのだから大丈夫だと考えたのかもしれないが、私が無事であるのはピトーとの生活で邪気に幾らかの慣れができているためであるところが大きい。白音がこの強烈な破壊衝動に呑まれずに済むと、私は確信ができなかった。

 

 故の背に走った戦慄。直観的に九重も危険を察知し叫んだが、白音は止まらず、能力を発動させた。

 オーフィスの“力”が暴れる私の身体に触れた彼女の手、感じる【気】が、どんどん私のそれと混ざり、同化していく。荒れ狂う“力”とそしてやはり邪気もがコピーされ、白音を蝕む様を、私は目と耳に見せられた。

 

「だ……め、よ……ッ! 白音、無茶……あぁッ!! 離れ、なさい……ッ!!」

 

「う……あぁッ……!! いや、ですッ! 一人で逃げるなんて、絶対に……!!」

 

 きつく眼を閉じ、私と同じ苦痛に耐える白音の身を襲うのは、やはり想像していた以上の苦しみと痛みだろう。だがそれでも白音は私の身体から手を離さない。

 

「私は……ッ、もう、見捨てたり、したくない……ッ!! せっかく元に、戻れたのに……また、姉さまを見捨てることなんて、できませんッ……!!」

 

「し、ろねっ……!?」

 

 白音が必死に押し出す想いに私の諦めが僅かに追いやられる。と思ったその時、感じた。白音と私の【気】が溶けあい、混ざっていくような感覚。触れている肌同士の境界線をも解けていくような、そんな同化の感覚が私に伝わった。

 その感覚は徐々に強くなっていく。苦痛も、ゆっくりとだが薄らいでゆき、蛇となって噴き出る“力”は、縮んで私の身体に引っ込んだ。

 

 見つめる“王”が、残念そうに息を吐いた。

 

「何故……こうまでして抗うのだ。白音まで、何故、無為に死のうとする。ピトーのためにと言いながら、何故、余がこの世界を統べることを……ピトーの願い(・・)を、砕こうとするのだ……」

 

「あなたが、従えてるのは……ピトーさまじゃ、ありません……!! ピトーさまの中の、“キメラアント”の血なんです……っ!!」

 

「あんただって、言ってたでしょ……!! 血の定め、呪いに、ピトーは抗えなかっただけ……!!」

 

 だから私は、キメラアントの王(“王”)を許すことができないのだ。

 そのことを思い出すと、途端、弱気はすべて消し飛んだ。白音と共にゆっくりと立ち上がる。【気】と意思と、そして声もが共鳴して、私たちの同化は、その時とうとう達せられた。

 

「「私は、“キメラアント”から、ピトーを解き放つ!!」」

 

 私たちの、“人”のピトーを取り戻すために。

 その想いが一つとなった、その瞬間、私と白音は完全に溶け合った。

 

 オーフスの“力”がとうとう静まり、膨大な【気】が全身に沸き上がる。そして同時、それは勢いのあまりに私の皮膚をも突き破るが、今度のそれは苦痛を生むことなく、手足や頬の辺りに、どす黒い赤色の硬い鱗になって現れた。

 

 加えて頭からは角のようなものまで生えたらしい。“力”の影響であろうそれは、私を半竜人のような姿に変えていた。

 

『けど……大丈夫です、姉さま。ちゃんと操れます……!』

 

 私の口から、白音の声が飛び出した。

 

 そんな怪奇現象は本来なら恐れ戦くところだが、動揺はない。溶け合ったその瞬間に、私はもう感じていたからだ。彼女のその存在を、私自身の中に。

 

「……憑依したか」

 

 呟く“王”の言う通り。

 私たち(・・)は背後を振り向き、ぐったりとして目を閉ざす白音の身体を抱く九重へ、言った。

 

『九重ちゃん、私の身体、お願いします』

「心配しないで。すぐ、倒すから……!」

 

 唖然と私たちを見上げていた九重が、続けて出る白音と私の声にびくりと身を竦ませた。驚きに見張られたその眼から、私たちは次いで“王”へと、視線を移す。

 

 敵意を以って告げた。

 

「これでもう、『黒歌にピトーは救えない』なんて言えなくなったんじゃない? 余裕ぶって今まで私にとどめを刺さなかったこと、後悔させてあげる……!!」

 

 【念】を練り上げる。今までの私のそれとはケタ違いの【気】が溢れ、勢いに押されて砂埃が巻き上がる。

 それらがさらに吹き飛ばされ、浴びる直前に、“王”もその【気】を身に纏った。

 

「……そのために、余を殺すか。ピトーを“人”にするために」

 

『そうです! そのためなら、私たちは何だってします……!! もう、迷いません!!』

 

 白音が叫ぶ。その直後。

 

「そうか」

 

 短く“王”が言った。そして、

 

「無意味だ」

 

「『ッ――!!』」

 

 私たちの死角から、突如音もなく拳が襲い掛かった。

 

「わぁッ!? う、ウタっ!! 白音っ!!」

 

 拳の圧に巻かれたらしい九重の悲鳴が遅れて響く。が、それ本体は私たちに命中するも、寸前で防御が間に合った。

 

 【気】を纏った腕で受け、ダメージはほとんどない。だが代わりに、その拳打の正体は、私たちの頭に動揺という衝撃を与えてその動きを止めさせた。

 

「あんた、ユピー……!?」

 

『け、けど……』

 

 死んでいる。頭が半分潰れている。にもかかわらず、光を灯さない片方だけの眼が私たちを捉え、【気】を纏った拳を振るっていた。

 

 仙術でも生気を感じず、なのに【気】を宿す死体が動いているという現実。だがすぐに、その頭上に見知ったものを見つけて気が付いた。これはピトーの能力で操作されているだけなのだ。

 

 ならば問題はない。誰だかは知らないが殺された後であるのなら、それを操るピトーの能力はあまり精度がよくはない。加えて今や力でも圧倒している私たちにとって、それは全く敵ではなかった。

 

 防御した腕で拳と腕をかち上げ懐に入り、一撃。それだけでピトーの能力は解除され、ユピーは崩れ落ちて死体に戻る。見届け、顔を上げた。

 

「何のつもり? 今更こんなので私たちがどうこうなるわけ――」

 

 視線をやったのは、もちろん“王”のほう。その意図をうかがい知るためのものだったが、目にした途端に思考が止まった。“王”の腕に、彼女が抱えられていたからだった。

 

 気を失っているらしく、静かに“王”の腕の中で眼を閉じる彼女。

 

『リアス部長ッ!!?』

 

 私の中で白音が戦慄した。

 

 彼女にとっての恩人が、最も危険な人物に囚われているという事実が突然目の前に現れたのだ。彼女が感じた恐怖と驚愕は私にも伝わり、一瞬身体を硬直させた。

 

 その一瞬を狙っていたのだろう。視界の端に、今度はプフが、私たちめがけて放った魔力の砲弾。迫るその眩い光が、私の網膜を焼いた。

 

 硬直した身体はそれを避けられない。防げもしない。受ける以外になかった。

 

 しかし直撃する、その直前、

 

『Divide!!』

 

 聞き覚えのある音声が響き、砲弾の魔力が半減した。減じたその威力は爆ぜて私たちの身を焼くが、痛痒も感じない威力に成り下がっていた。

 

 そして感じるドラゴンの気配たち(・・)。私たちは彼らへと、顔を向けた。

 

「なるほど……確かにこの“力”、とんでもないな」

 

 宙で羽ばたき、言葉に反して高揚を露に“王”を見つめる純白の鎧、ヴァーリ。

 

 そして、

 

「おい、てめぇ――俺の部長に、なにお姫様抱っこなんかしてやがるんだぁーッ!!」

 

 “王”からリアス・グレモリーを奪い取り、嫉妬の叫びで“王”の身体を殴り飛ばす真紅の鎧、兵藤一誠。

 

 二天龍の力を宿した悪魔たちが、現れ、その戦意を一人に向けていた。

 

「い……いっせー……?」

 

 目覚めたリアス・グレモリーが、自身を抱く一誠に茫洋と目を開ける。一誠は信じられないと言わんばかりの彼女に、素顔を露に二ッと笑みを作ると、言った。

 

「はい、部長。正真正銘、あなたの下僕の兵藤一誠です。ハーレム王の野望のため、再び現世に舞い戻ってきました!」




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