主なきノラネコたちの家   作:もちごめさん

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二十二話

『イッセー先輩っ……!!』

 

 堪えきれずといったふうに、白音の感涙の声が飛び出した。

 

 リアス・グレモリーと同様にその死の瞬間を目撃してしまい、且つ悲しむ間もなく“王”との戦いに赴かねばならなかったのだから、負い目からも歓喜が沸き上がる。

 結果私の眼から涙を零してしまうほどの歓喜に身を震わせた白音の声は、一誠をその笑みのまま振り向かせ、直後認めた私の姿に目をぱちくりとさせた。彼はリアス・グレモリーを抱えたまま、困惑しきった顔で言う。

 

「え……えっと、ドラゴン? いや、黒歌だよな……? その姿は……ていうか、あれ? 今、白音ちゃんの声が……」

 

「白音は今、私の中。姿は……まぁ、別に気にする必要もないことにゃん」

 

『……ほら、一誠先輩も神器(セイクリッド・ギア)の力の代償に、腕がドラゴンになったじゃないですか。あんな感じです』

 

 説明を半ばで放棄する私に続き、白音が付け加える。私の知らない出来事の話題が飛び出し、それでどうにか、不思議そうな顔をしながらも一誠は私たちの事象について納得したようだ。

 

 そこにすかさず、省いた説明の分、私は“王”を遠くに殴り飛ばしてしまった一誠へ、その内心に積もりに積もる疑心をぶつけた。

 

「で、赤龍帝ちん。あなたどうやって生き返ったの?」

 

 歓喜でいっぱいである白音やリアス・グレモリーはまだ意識が及んでいないが、まずそこだ。彼は確かに私たちの目の前で死に、その肉体は消滅したはずであるのだ。

 

 さらにその、“王”へと向けられた力の強さと、気配。どちらも私の知る一誠とは遠くかけ離れ、気配に至っては全く別人、いや、別の生物と化していた。

 

 人間や悪魔の気配はまるっきり感じられない。一切がドラゴンのそれだ。

 

「あんた……本当に赤龍帝ちん? 赤龍帝の小手(ブーステッド・ギア)に封じられてる赤い龍(ウェルシュ・ドラゴン)に乗っ取られたとか、そういうことじゃないでしょうね……」

 

 代わりに感じるそのドラゴンの気配も、そう思えるほどただならないもの。というか、でなければ禁手化(バランス・ブレイク)しているとはいえ、“王”を殴り飛ばすなんてことは不可能だ。

 

 白音に引っ張られる心のゆるみを引き締め、睨むようにじっと見やる。果たしてその正体は、

 

「違う。イッセーの肉体はドライグじゃない。真なる赤龍神帝(アポカリュプス・ドラゴン)、グレートレッド」

 

 全く別の方向から、抑揚の薄い少女の声がそう答えた。

 

「ッ!!?」

 

 抱く警戒心がそのまま跳ね、振り向くと、そこにいたのは痴女のような恰好をした、白音くらいの女の子だった。

 

 派手に胸元が開いた――もとい、貧乳を丸ごと放り出したゴスロリ衣装に、バッテンテープで辛うじて局部を隠した、紛うことなき痴女。それだけでも驚愕ものだが、それ以上に目を引く彼女の特徴。

 

 ふわふわと、重力を感じさせないふうに浮いていた。しかも半透明だった。

 

 生気もない。感じられる存在感はゴマ粒ほどの、その種族すらわからないくらい小さな“力”の残滓だけ。それはつまり、

 

『ゆ、幽霊さん、ですか……?』

 

 既に死した存在だ。確かに悪魔や人やらキメラもどきやらがたくさん死んだこの場なら、一人や二人、未練に縋って化けて出て来ることもあるだろう。

 しかし、なぜそんな者が一誠の正体などを、とそこまで思考を巡らせて、私は遅れて彼女のその台詞の内容に気付き、思い至った。

 

「ぐ……グレートレッドって……次元の狭間にいるっていう、あの龍神のこと……? それが赤龍帝ちんにって、どういう……」

 

「ええっと……まぁ、俺もまだあんまり実感がないんだけど――」

 

 と、そこから続いた説明の言葉曰く、グレートレッドの肉の一部で自分の身体を造り直したらしい。

 

 一誠の肉体が滅び、魂だけがどういうわけか次元の狭間に入り込み、そこでグレートレッドと出会ったのだという。彼の強いドラゴンの気配と“王”を殴り飛ばした肉体のパワー、言うなれば人型のドラゴンに変わってしまったのは、つまりそのためであったのだ。

 

「そういうわけで……部長、白音ちゃんも。俺……もう人間どころか悪魔でもなくなっちゃいましたけど……それでも、俺……!」

 

「いいわ……何も言わなくていい……。イッセー、貴方が何者に変わろうとも、貴方は私の下僕……私たちの、大切な仲間よ……!」

 

『眷属のみんなも、ハンゾーやゴン君たちだって、そんなこと気にしません! 本当に……生きていて、よかったです……』

 

 リアス・グレモリーを下ろしながら、一誠は気まずそうにその眼から顔を背ける。しかし頬を挟むリアス・グレモリーの両手に視線は戻され、一直線に見つめる彼女は力強く頷き、白音はまた私の身体で涙ぐんだ。

 

 彼女たちは、また一段と強い結束を得たようだった。ただし一人、その輪の中に入ろうとする新参の顔。

 彼女に、今まで息をひそめるかのように押し黙っていた九重が、警戒心からか僅かな敵意を滲ませ、我慢できずといったふうに言った。

 

「それで……悪魔じゃなくなった赤龍帝。そ奴は……誰なのじゃ……!?」

 

「へ? ……ああ、京都の時の! 『そ奴』って――」

 

 九重は抱く白音の身体を片手に移し、まっすぐに指さした。

 

「決まっておる! そこの、ヘンテコな格好をした幽霊じゃっ!」

 

 最初に一誠の正体を言った、あの痴女だ。

 

「ええと、あいつは――」

 

 一誠が答えようとした。その声を遮り、

 

「中々、食いでがありそうだ」

 

 強くすさまじい“王”の【気】が、声と一緒にその場を貫いた。

 

 今漂っていた歓喜の空気が残らず吹き飛ばされ、悪意の【気】が周囲に満ちる。私以外の皆は、文字通り、まるでこちらを食らいつくような【気】に身を凍らせた。

 

 その前に庇うように立ち、私は身に吹き付ける邪気に【気】を纏って耐えながら、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる“王”へ返す。

 

「『食いで』? ま、リアス・グレモリーなんかは色々おっきくて柔らかそうではあるけど」

 

「アレも、中々に旨そうな“力”を宿していたな。奪わせるつもりはなかったが、しかし、グレートレッド、真なる赤龍神帝(アポカリュプス・ドラゴン)か。……あまりなレアモノに、つい気が逸れてしまった」

 

 弧を描く口元は、遥か昔、ピトーが私の追手であった悪魔たちを食らっていた時によく似ていた。その食指が向けられているのは、今はリアス・グレモリーではなく、一誠らしい。

 

 と思えばしかし、もう一人にもその眼は向いた。痴女幽霊に、“王”歯を剥いて笑った。

 

「其の方、オーフィスであろう?」

 

「――!」

 

「……オーフィス?」

 

 眼だけで後ろを見やる。あるのは、乏しい表情筋を固めて驚いている風な、半透明の彼女の姿。

 

(彼女が、オーフィスだと……?)

 

 私たちの、そして“王”の“力”の大本たる、無限の龍神(ウロボロス・ドラゴン)だと、そう言う“王”にも私たちの視線にも、彼女は否定のそぶりを見せなかった。そしてさらに、一誠が邪気の中から遅れて警戒心を取り戻した声を上げた。

 

「お前……なんでオーフィスのこと知ってやがるんだ!?」

 

 その言葉は、彼女が本当にそう(・・)であると認めるも同然のもの。察するに一誠と彼女には既に浅からぬ縁があるようであるし、たぶん、それは真実だ。

 

 グレートレッドに続いて、もう一体の龍神までもがここにいた。

 

「は……もう、ますますわけがわかんないわ。なんでまた龍神が……いや、幽霊になってるのはわかるけど……」

 

 ついでに、その気配が残りカスの如くか細く、判別すらできないほどだったことも。彼女の力のほぼすべては、今や私と“王”の内にあるのだ。

 

 が、それはともかくとして、

 

「そんなとんでもないやつが、なんで一誠たちと一緒にこんなところに出て来るのよ。ドラゴン繋がりの情? それとも――」

 

 私たちの内にある、彼女の“力”を取り戻しにでも来たか。

 

 そっとゆっくり身構える。殺気が漏れ出たのか、オーフィスの眼が私に向いてその身が僅かに後ろに引いた。

 

 そこに一誠が、割って入るように飛び出した。しかし私の眼には気付かなかったようで、威勢よく飛び出る声は“王”へと向けられ、人差し指がびしっと付いて宣戦布告を言い放つ。

 

「俺の身体の材料はグレートレッドだけど、作ってくれたのオーフィスだ! 部長やみんなを酷い目に遭わせた挙句、オーフィスを、俺の生みの親に手を出そうっていうなら、もう絶対許さねぇ!! ドラゴン(ドライグ)×ドラゴン(グレートレッド)なこの力で、みんなの分、ぶっ飛ばしてやるぜ!!」

 

 宣言と共に兜が戻り、鎧には力強いドラゴンの【気】が満ち溢れる。取った戦闘態勢と共に背にはドラゴンの翼が生え、浮き上がり、さらに背のブースターのような筒からエネルギーの気配が迸った。

 

 見え見えの突撃の予兆。力を得てもやはり経験に乏しい彼がひとり突っ走る、その直前、ふわりと浮いた半透明の手が、鎧の胸元に触れてそれを制した。

 

 オーフィスの行為に、一誠は困惑したふうに言う。

 

「え……お、オーフィス? なんで止めるんだよ!? みんなみんな、こいつにやられたってのに――」

 

「だからでしょ、おバカ」

 

 とうとう黙っていられず、オーフィスの前に私がそう言い捨てた。そして直後、ドラゴン化して筋力までもが増強された両脚で地を蹴り、一瞬で一誠のもとまで跳躍する。そしてそのまま無造作に肩を掴み、その動きを全く見切れていない彼を地上に叩き落とした。

 

 「ふげぇっ」と情けない呻き声を聞きながら、私も地に降りる。眼は“王”を警戒したまま、尻餅をつく彼に、代わりに白音がその身を案じて不足を告げた。

 

『一誠先輩……先輩は、確かに強くなりました。けど、それでも足りないんです。……覚えてますか? 先輩は、覇龍化した上で“王”に殺されてしまったんですよ? せめてあれくらいの……今の私たちの動きを見切れるくらいじゃないと、また死んでしまうんです……!』

 

「ぐ……けど……!」

 

「止める権利はないはずだ、お前には」

 

 戦力どころか身体能力すら足りていないのだと言い聞かせると、そこに割って入るヴァーリの声。同様に降り立つ彼は、一誠の傍で強がりが明らかな不敵の声を出した。

 

「それに、今度は我が宿敵君一人だけじゃない。俺がいる。お前も。……もちろんタイマンのリベンジマッチといきたいところだが、やれるさ、三人なら」

 

「……最強が云々でいじけてたって話なのに、随分饒舌じゃない。それに協力だなんて、変なモノでも食べたのかしらね」

 

 鼻を鳴らして言葉に乗せた嘲りだったが、ヴァーリは全く意に介さず、それどころか認めてみせる。

 

「そうかもな。彼の、兵藤一誠という男の熱にやられてしまったのかもしれん。……だってそうだろう? 曹操やお前たちに軽くあしらわれる程度だった彼が、この危機にここまでパワーアップを成したんだ。いつかにドライグが言ったような、バカの可能性ってやつだ」

 

 一つ、呼吸の間。

 

「あいつはまだ、これからも先に行く。なら俺もこんなところで立ち止まっているわけにはいかない。俺の“最強”は……俺自身が決める……!」

 

 ヴァーリは自分に言い聞かせるかのように声を吐き、その身の【気】と魔力を爆発させた。

 “力”の迫力は一誠のそれに勝るとも劣らない。そして何より言葉に込められた意志の強さが一誠に、身体と共に私に叩き落とされた気力をも取り戻させた。

 

 一誠とヴァ―リ、二天龍の二人が揃ってその身に戦意を燃やす。だがしかし、二度、その意気は制せられた。

 

「だめ。イッセー、ヴァーリも。このままアレに挑んじゃいけない」

 

 オーフィスが、“王”を示して今度こそそう言った。

 

 そしてその理由は、やはり変わっていない。

 

「今の二人じゃ、あいつに敵わない。二人一緒でも、絶対に死ぬ」

 

 “力”を得る前の私がそうだったように、“王”は、オーフィスの“力”とは、それほどに強大なのだ。その半分であっても、二天龍では相手にならないほど。

 

 本来の持ち主であるオーフィスだからこそ、その事実がよくわかる。故に彼女が求める、自分の半分(“王”)に抗するほどのもの。

 

「だから……我の半身、“力”を、我に返してほしい」

 

 それは、自分のもう半分(私たち)に他ならない。薄くだが緊張に身を強張らせ、彼女は私を見つめてそう言った。

 

 わかりきっていた台詞だった。だから同様もなく、私は彼女のその視線を受け止める。そして恐る恐るに私へ向かって伸ばされる彼女の手。矮小な存在と化したオーフィスが、自身を押し潰してしまいかねない“力”を求め、触れようとする。

 

 だが私はその瞬間、ひんやりと冷たい霊体の手を払い除けた。

 

「っ――!」

 

 怯えるオーフィスが私を見つめたまま息を呑む。言葉を失い固まる彼女はゆっくりと後退し、打たれた手にはきっと私の拒絶の強さが伝わったことだろう。

 

 故にそれを向けられなかった一誠が、私の狼藉も見えないままに狼狽えた。

 

「……お、おいオーフィス、どういうことだ? 『我の半身』って、それってまるで……」

 

『姉さまが……私たちが、前とは比べ物にならないくらい強くなっていることはわかりますよね? こんな姿になったのも、全部彼女の“力”を取り込んだからなんです』

 

 私の代わりに白音が答えた。その事実に一誠もが口を開きかけで固まり、そしてヴァーリが驚嘆と共に納得したように頷いた。その眼はさらなる戦意と武者震いを生じさせながら、“王”へと向いた。

 

「なるほど……死と共に失われたオーフィスの“力”の半分……。ということは、もう半分は……奴か」

 

 “王”の内にある。それが知れて、だからこそ、一誠には私の拒絶が理解できないものだった。再起動を果した彼が訴えるかのように声を上げる。 

 

「なら……黒歌と白音ちゃんの“力”がオーフィスのものだって言うなら、尚のことオーフィスに返したほうがいいだろ!? 幽霊から蘇ることもできるんだし、それに、その“力”はオーフィスが一番うまく扱える!」

 

「だからよ!!」

 

 だからこそ、なのだ。ただ突き放すだけだった憤りが、とうとう私の口から吐き出された。

 

「“王”どころかピトーまで殺そうとしている奴らに、私が協力するわけないじゃない!!」

 

 一誠、ヴァーリ、オーフィスも、突如現れた三人はみんなそう。いや、私がベッドの上で目覚めたあの時、あの場所にいた者たち、私たち以外のこの世の全てが、今やピトーの敵なのだ。

 そんな連中に“力”なんて与えられるわけがない。オーフィスの“力”は、私たちの中にあるからこそピトーを救う“力”であるのだ。

 

 ピトーを救うためには、私と白音だけで戦うしかないのだ。

 

「違うわ……!!」

 

 突如リアス・グレモリーが上げた大声が私へ叩きつけられ、その思考を乱して止めた。

 

 『違うわ』という否定は何に対してのものなのか。よりにもよって最も強く恐怖心を植え付けられているはずのリアス・グレモリーが口にした言葉が、信じ難く、半ば呆然と彼女を見やる。

 

 その眼は偽りない本心を示してまっすぐで、何故だか見とれるほどだった。

 

「ピトーは、“キメラアント”は、悪魔の敵。私も彼女のことは受け入れ難いわ。けど……今のピトーは、“王”という名の神器(セイクリッド・ギア)の傀儡。操られているその心が黒歌や白音の言う通り“人”であるのなら、私はそれを信じたい……! 黒歌、私は……これだけ失敗しても、やっぱり甘いままなの。白音の笑顔を曇らせてしまいたくないの……!」

 

 だから、と、続く言葉が、私の中にあった“リアス”を砕いた。

 

「お願い……貴女と同じ、白音の家族の私を信じて……!」

 

「………」

 

(姉さま……)

 

 唇を引き結び、私は何も言えなくなる。 頭の中で白音が、はにかむように呟いた。

 

 その直後、

 

「【黒子舞想(テレプシコーラ)】」

 

「ッッ!!!」

 

 発せられ、漂っていた邪悪な【気】が、“王”の頭上にその形を成した。

 現れるピトーの念能力。殺意が、私たち全員の背を泡立てる。

 

「談話はもう十分であろう? 余をあまり待たせるな」

 

「ッぅ、こ、この――!」

 

「勝手に待ってたのはあんたでしょ? 何のつもりか知らないけど……!」

 

 向けられる“王”の“力”に本能的な怯え抱く一誠の前に出て、私は纏う【気】でそう応じる。今まで私が警戒の眼を向け続け、“王”は妙な動きをしてはいないはずだがしかし、ならば一層気になるその静観。

 

 つい口に出て、そして直後、気が付いた。

 

「であろうな、黒歌。身に余る力を持った貴様にとって、こ奴はもはや路傍の石にも等しい」

 

「ッ!! プフ……!!」

 

 ユピーと共にピトーの能力に操られて現れた、あの死体。ユピーのほうの能力は解けたが、奴のものはまだ健在だ。

 

 振り返る。オーフィスの、その背後。皆の死角から伸びた気配のない【絶】の手が、彼女のその身を捕まえようとしている、まさにその瞬間。オーフィス自身も、一誠もヴァ―リも、私たちとほぼ同時にその存在を見つけるがしかし、助けるには間に合わない。

 

 間に合わないなら、人質に取られて邪魔になるなら、いっそ――と、その考えが頭をよぎって【気】を集わせた、その時だった。

 

 突然ビタリと、まるで時間が止まったかのようにプフの動きが固まった。

 

 そして、ドヤ顔を思わせる聞き飽きた声が言う。

 

「急なパワーアップも考え物だな、黒歌」

 

 降ってきたそいつが、停止したプフを貫き、そこに降り立つ。聖槍を切り払い、同時に再び動き出したプフが身体の正中線から真っ二つに分かれ、オーフィスを避けて地面に転がる。

 

 それを成した奴、曹操は、やはり想像通りのムカつくにやけ顔で嘯いた。

 

「鱗に角に……その【オーラ】、オーフィスか。制御するために白音と融合したのか? “力”に弄ばれるとは情けない。俺を見習え」

 

 奴の眼窩に収まる真紅の瞳が、魔法力の光を湛えつつそう言った。

 

 奴はそんなものを持っていなかったはずだ。瞳の色は青であったはずだし、光ったりもした覚えがない。というかそもそも、両目ともピトーに潰されてしまったのではなかったか。

 

 その目はいったい誰のものであるのだろうか。答えは私の中の白音と、そしてリアスが驚愕と共に吐き出した。

 

『そ、それは、ギャー君の……!!』

 

「ギャスパーの【停止世界の邪眼(フォービトゥン・バロール・ビュー)】じゃない!!」

 

 自身の力を恐れる、あの引きこもり女装吸血鬼。その瞳なのだという。

 

 まさか無理矢理に奪い取ったんじゃ、と二人の眼差しが疑いを向けるが、曹操は嘲笑うようにそれを一蹴する。

 

「彼から譲り受けたのさ。戦えない自分でも役に立てるなら、とね。そしてもう一つ、訂正すべきことがある」

 

 そして視線を、私たちから“王”へと向けた。プフを倒されたことへの苛立ちか、より濃くなった邪気が、視線と入れ替わりに曹操へ。

 

 だがその応酬は直後崩れる。ハッとして視線を下げる“王”の見る先、奴の周囲に、()が滲み出た。

 

「ギャスパーに宿っていた神器(セイクリッド・ギア)は【停止世界の邪眼(フォービトゥン・バロール・ビュー)】であって【停止世界の邪眼(フォービトゥン・バロール・ビュー)】ではない。……自分の身体に移してようやくわかったよ。これは魔神バロールの意識の断片と融合し、生まれた新たな神滅具(ロンギヌス)――」

 

 己に纏わりつき、覆い尽くそうとする()を“王”は叩き落とそうとした。が、腕が振るわれる、その週舜前に、

 

「名付けるなら、【時空を支配する邪眼王(アイオーン・バロール)】。その能力は時だけでなく、空間()をも操作する……!!」

 

 闇は“王”の全身を呑み込んだ。

 

 呑み込まれ、そして“王”の気配も途切れて消えた。あの闇に完全に遮断されたのだろう。見かけは黒い霧のようだが、しかし明らかに異質な、底知れない気配を放つ暗黒は、“王”を封じるほどのものだったらしい。数秒、半ばあっけに取られて見つめるも、“王”がそこから出てくる気配はない。

 

(……これで――)

 

 終わったのだろうか。封じられた“王”を前にして、私は唐突故に警戒を解く気になれない。

 

 そうして闇の塊と化した“王”を見つめていたのだが、ふとその時、耳朶を叩く静かな怒号が、私の呆然を解き振り向かせた。

 

「曹操……ッ!!」

 

「おや……どうかしたかい? 赤龍帝」

 

 一誠が、兜を脱いでその奥の怒りの面持ちを露にしていた。向けられる曹操は、へらへらと笑いながらもほんの僅かに、恐らく長い付き合いのある私にしかわからないくらい小さく、その顔を嫌そうにしかめた。

 

 けれどもちろんそんな様子など見えない一誠は、怒り、あるいは憎悪までが含まれる眼で曹操を睨み、オーフィスを庇うようにして、唸るように奴に激情を吠えた。

 

「お前……よく平気な顔していられるな……!!」

 

「……平気な顔、とは? ……そこまで言われるほどのことを、俺は君にした覚えはないんだけどね」

 

 “王”へ向けた構えを緩め、一誠に応じる曹操。私と、ヴァーリやリアス、九重にも一誠のその怒りはわかっていないだろう。リアスの憧れであった故の嫉妬ならまだわかるが、憎むレベルとなっては困惑ばかりが生まれて私たちの口を閉じさせる。

 

 だがそれを絶句に変える一言が、次の瞬間、一誠から放たれた。

 

「俺じゃねぇ、オーフィスにだ!! すっとぼけても、俺はもう知ってるんだよ!! お前が、お前たちがオーフィスを殺したってことは!!」

 

「……へぇ」

 

 と、何でもなさそうに応じながらも残った僅かなにやけ顔を消す曹操の様子は、一誠のその糾弾が正当なものであることを証明するに十分。

 そして曹操自身も、ため息を吐きつつあっさりと首を縦に振ってみせた。

 

「はぁ。まあ、誤魔化してもしょうがないか。……ああ、そうだ。オーフィスを殺したのは俺たちだ。“力”を抜き取り、死という永遠の静寂、永遠の眠りを提供した。なぜならそれこそが、彼女の望みであったからだ」

 

 「だからやっぱり俺が怒鳴られる筋合いはないだろう?」とわざとらしく大真面目な顔で言う曹操。オーフィスの現状は、彼女自身が望んだことなのだという主張は、しかし一誠の怒りを煽るだけだった。

 

「ふざけんじゃねぇ!! 静寂っていったって、なんでそれが殺すことになっちまうんだよ!! それにオーフィスは、仲間も何も知らなかったからそんなことを言ったんだ!! 独りぼっちだったから……! 他にできることなんて、お前たちにもいくらでも――」

 

「なら訊くが」

 

 そして燃え盛る一誠を、今度は曹操が冷たく遮る。突然冷や水を浴びせかけられたように、一誠はその炎の浸食を止めた。

 

 止まったその眼を捉えた曹操の台詞が、まっすぐに貫通した。

 

「オーフィスが協力し、蛇を与えていた禍の団(カオス・ブリゲード)によっていったいどれだけの命が奪われたか、君は知っているのか?」

 

「っ……!!」

 

 赤龍帝の顔から怒気が薄れた。代わりに顔を出す、曹操の狙い通りの負い目。

 

 曹操は構わず訴えかける。

 

「俺を糾弾するというのなら、知らないとは言わせないよ。オーフィスは……彼女は、禍の団(カオス・ブリゲード)に協力していた。そうして“力”を得た彼らが何をしたのかも、君はよく知っているはずだ。……悪魔や人間、それ以外にも途方もない数の命が彼らの手で奪われた。犠牲者たちの前で、君はさっきと同じ言葉が吐けるのか?」

 

「そ、それは……」

 

 あっという間に消火され、嫌な臭いを発する正義心という薪をちらりと、後ろめたそうにオーフィスを、一誠は見やる。オーフィスはそんな視線にびくりと身を竦ませて、彼の背に触れていたその手を離した。

 

 しかし見捨てられた子供のような表情は、すぐに再び、臭いを振り払おうと激しく首を振った一誠が背に庇った。曹操から、その背後の“世界”から、守るように。

 

 曹操はそこで糾弾の演技をやめ、代わりに同情の仮面を被って言った。

 

「だから、君はそうやってオーフィスを守ってやるといい」

 

「な……どういう意味だよ。お前、オーフィスを殺したいんじゃないのかよ!?」

 

「人を快楽殺人者みたいに言うなよ。そうしなければならなかった、というだけさ。そしてその原因である強大すぎる “力”はもう彼女にはない。ならもう、”そうしなければならない”理由はないだろう?」

 

 それらは今、私と“王”の中にあるのだから。そして片方、“王”の身も捕らえた今となっては、曹操が魂のオーフィスを意識する理由はない。

 

 故に一誠が抱く警戒は怒りと同様に不要だと、曹操は微笑み、思い通りに一誠の心から消し去ってしまう。敵意を忘れ、オーフィス共々詐欺師の常套句にひっかけられた彼らは、そうとも知らずに安堵と、思ってたよりもいいやつだと、曹操への信頼を内心に帯びた。

 

 その時、空間が軋むような音がした。

 

「ッ!! な、なに!?」

 

 同時に再び吹き荒れる、邪悪な【気】の嵐。恐怖心を叩き起こされたリアスが怯えた声を上げるが、この場のほとんどにとってその気配には疑問の持ちようもない。

 

 九重が、畏れるかのように呟いた。

 

「“王”……!」

 

 “王”だった。その身を包む闇がひび割れ、刻一刻と広がる隙間から邪気が溢れ出している。

 【時空を支配する邪眼王(アイオーン・バロール)】の封印が、破られようとしているのだ。

 

「……甘く見ていたつもりじゃなかったが、なお足りなかったな。神滅具(ロンギヌス)をこんな短時間で攻略してくるか」

 

「赤龍帝ちんになんて構ってないでさっさと操作しちゃえばよかったのに……! このバカ!!」

 

 曹操の登場と新たな力にあっけに取られている場合じゃなかったと、邪気に吹かれてようやく頭がクリアになる。

 

 同時に【気】と、槍を構え、曹操はため息交じりの声だけを私に向ける。

 

「得たばかりの力で、勝手がな。もう少しいけると思ったんだよ。……しかしこうまで早く破られるのなら、そもそも操作条件を満たすには間に合わないだろう。消耗させないと……黒歌、白音、頼むぞ……!」

 

『はい……!』

 

「わかってるわよ……!」

 

 なにせ“王”とまともに戦えるのは、同じ“力”を宿す私たちだけなのだから、矢面に立つほかない。曹操にできるのは援護と、最後の“王”へのとどめだけだ。一誠とヴァ―リも、同じく私が守らねばならないのだ。

 

 覚悟を固めた、その直後だった。オーフィスが再び、それを叫んだ。

 

「黒歌……! あいつが襲ってきたら、我たち殺されてしまう! だからその“力”を――」

 

「っ――こんな時に、もうッ! 返せなんて、何度言われても無理だから! それに、曹操だって言ってたでしょ!? あんたが力を取り戻したら、今度こそ見逃してあげることもできなく――」

 

「我のためじゃない! 我は、イッセーたちに死んでほしくない!」

 

 オーフィスの懇願を遮り吐いた苦言の言葉に、オーフィスはさらに畳み掛けるように悲愴な顔でそう叫んだ。

 

 意思の強さは迫力となり、私の反論をも押し留める。そして彼女は続けて一誠と、そしてヴァーリの手を両手に掴み、震える声色で続ける。

 

「我は……死を、知った。我がみんなに振りまいていたものが、すごく冷たくて、苦しいことを知った……。イッセーたちに、こんな気持ちになってほしくない……!」

 

 だから、と彼女の眼はまた、私たちへと懇願する。

 

「我はこのままでいい。けど少しだけ……イッセーとヴァ―リの、二天龍の可能性(・・・)をこじ開けるために、“力”が欲しい……! 黒歌、白音、曹操も……お願い……!」

 

 そして頭まで下げた。その言葉の通り、何も考えず人々に劇物を撒くような超然とした龍神としてのオーフィスはそこにはなく、あるのはただ、孤独に怯える小さな少女。

 

 私の心の中でかつての姿が重なり、拒絶が揺れた。そして曹操の一言。

 

「……猫の手も借りたいんだ。戦力が増えるなら、賭けたっていいだろう」

 

 決心した。小さな球体に変えた“力”をオーフィスに飛ばす。

 

 それとほぼ同時に、とうとう“王”の封が砕け散った。




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