良い時代になると良いなぁ…
「・・・想定以上に厳しいな」
ステージ裏から観客席側へとやってきた俺は、その光景を見て思わず渋い表情になる。
観客は満員どころか、数えられるほどの人数しかいなかった。花丸やルビィちゃん、よっちゃんは来てくれているが・・・
っていうか、よっちゃん変装下手すぎじゃない?サングラスにマスクとか、バリバリの不審者だからメッチャ目立ってるんだけど。
「満員には出来なかったみたいね」
背後から声がする。俺が今一番会いたくない人の声だった。
「・・・冷やかしに来たのなら帰って下さい」
「違うわよ。見届けに来ただけ」
俺の隣に立つ小原理事長。
「スクールアイドルを始めたばかりで、このハードルは高過ぎたかしら・・・」
「それを分かった上で、貴女はこの条件を出したんでしょう?後悔したいなら別の場所でお願いします。貴女に付き合っていられるほど暇ではないので」
「・・・本格的に嫌われちゃったわね」
「自業自得です」
俺が吐き捨てるように言うと、小原理事長は寂しそうに笑った。
そんな顔をされたところで、俺はこの人から受けた仕打ちを許すつもりなど無い。
「・・・もう良いのよ、天。あの子達は体育館を満員にすることが出来なかった。スクールアイドル部は設立されないし、あの子達は解散することになる。もうマネージャーなんてやらなくて良いの」
「・・・つくづく見下げ果てた人ですね」
俺を脅してマネージャーをやらせたくせに、今度はマネージャーなんてやらなくて良いだなんて・・・
俺は今、この人を心底軽蔑していた。
「何もう『終わった』みたいな顔してるんですか?ライブはこれからなんですけど?」
「勿論、ライブはやってもらって構わないわ。ただ満員にならなかった以上、あの子達の解散は決定した・・・これ以上、天が望まない仕事をする必要は無いの」
「その望まない仕事を押し付けたのは、一体どこの誰でしたかね?まるで他人事みたいな言い方ですけど、自分のやったことを忘れたんですか?高校の理事長として、頭の中がお花畑なのはいかがなものかと思いますが?」
容赦の無い言葉を浴び、俯いてしまう小原理事長。自分がやったことの重さを、これで少しは認識してもらえるだろう。
「小原理事長、貴女はこう言いました。『ここを満員に出来たら、人数に関わらず部として承認してあげる』と」
「・・・えぇ、言ったわね」
「ですが・・・『ライブ開始時点で』とは言いませんでした」
「え・・・?」
ポカンとしている小原理事長。
「それってどういう・・・」
「要するに」
俺は小原理事長の言葉を遮った。
「このライブでここを満員に出来たら良いんでしょう?それならタイムリミットは、『ライブ開始時点』じゃなくて・・・『ライブ終了時点』じゃないですか」
「っ・・・!」
「つまりライブが終わるまでに、ここを満員にすることが出来れば・・・条件はクリアしたことになります。確かに今は満員ではありませんが、これからお客さんが来る可能性だってありますから」
「天、貴方・・・」
驚いている小原理事長。俺は小原理事長に冷たい視線を向けた。
「ライブはこれからだって言ったでしょう。勝手に終わらせないで下さい」
「で、でも・・・この悪天候の中、これから来る人なんて・・・」
「いないって決め付けるのは止めてもらえます?それとも・・・可能性があるにも関わらず、貴女は約束を反故にするつもりなんですか?」
小原理事長を睨みつける俺。
「見届けに来たのなら、黙ってライブを見てろ。あの三人がどれほど頑張ってきたか、その目でしっかり確認しとけ」
それだけ言うと、小原理事長からステージへと視線を移す。
そしてインカムを通じて、よいつむトリオの三人に合図を出すのだった。
「さて・・・始めましょうか」
『『『了解!』』』
*****
《千歌視点》
曜ちゃんや梨子ちゃんと手を繋ぎ、ステージに立っている私。
天くんの言う通り、二人の温もりのおかげで少し安心できていた。私は一人じゃないんだ・・・
「・・・来てくれてるかな?」
小さな声で呟く曜ちゃん。
「お客さん・・・来てくれてるかな?」
私達の前には幕が下りている為、観客席の様子を窺うことは出来ない。
幕の向こうにはお客さんがいるかもしれないし・・・いないかもしれない。
「・・・大丈夫だよ」
曜ちゃんの手を強く握る。
「天くんも言ってたでしょ?『ライブ開始時点で満員じゃなくても諦めるな。タイムリミットはライブ終了時点だ』って」
確かに鞠莉さんは、そこまで詳しく指定していたわけじゃない。
でもまさか、そこを突くとは思わなかったなぁ・・・
「・・・フフッ」
面白そうに笑う梨子ちゃん。
「ホント、抜け目が無いっていうか・・・案外ずる賢いのね、天くんって」
「確かにね」
私もつられて笑ってしまう。頼りになるマネージャーだよ、ホントに・・・
「私達は、私達に出来る精一杯のパフォーマンスをしよう」
「ヨーソロー!」
「うん!」
気合いが入ったところで、ステージの幕が上がる。観客席の光景が目に飛び込んできた。
「あ・・・」
小さな呟きが口から漏れる。残念ながら、お客さんは十人くらいしかいなかった。
これじゃあ、満員には程遠い・・・
「よっ、待ってました!」
大きな声が会場に響く。視線を向けると、天くんが大きく手を叩いて拍手してくれていた。
天くん・・・
「見て見て花丸ちゃん!衣装凄く可愛いよ!」
「キラキラしてるずら~!」
ルビィちゃんと花丸ちゃんも来てくれている。他のお客さんも浦の星の生徒で、皆笑顔で拍手してくれていた。
ただ一人だけ、サングラスとマスクをした不審な女の子がいるけど・・・あの子もビラを見て来てくれたのかな。
「私達は、スクールアイドル・・・せーのっ!」
「「「Aqoursです!」」」
三人で自己紹介をする。
ここにいる人達は、わざわざ私達のライブを見る為に足を運んでくれたんだ。だったら私達は、この人達に報いないといけない。
「私達は、その輝きと!」
「諦めない気持ちと!」
「信じる力に憧れ、スクールアイドルを始めました!」
今は下を向く時じゃない。前を向いてパフォーマンスをしなくちゃいけない。
私達がこの人達に出来ることは、それくらいしかないんだから。
「目標は・・・スクールアイドル、μ'sです!」
そして最後まで諦めない。ライブが終わるその瞬間まで、絶対に諦めない。
「聴いて下さい!『ダイスキだったらダイジョウブ!』!」
私が作詞して、梨子ちゃんが作曲して、曜ちゃんが衣装を作った・・・私達の初めての曲、それが『ダイスキだったらダイジョウブ!』だ。
あの日天くんから言われた、スクールアイドルが大好きだっていう気持ち・・・私はその気持ちを、この曲の歌詞に込めた。
この曲の歌詞は、今の私の気持ちそのものだ。
(楽しい・・・!)
私の心は、喜びで満ち溢れていた。
スクールアイドルとして、曜ちゃんや梨子ちゃんと一緒にステージで歌って踊っている・・・それが本当に嬉しいし、とても楽しい。
曜ちゃんと梨子ちゃんも笑顔だし、お客さんも楽しんでくれているのが分かる。いよいよサビに入り、盛り上がりが最高潮に達しようとしていたその時・・・
突如として音楽が途切れ、照明も消えた。
「えっ・・・?」
真っ暗になった会場で、私は呆然と立ち尽くしていた。
そんな・・・どうして・・・
「まさか・・・停電・・・?」
「そんな・・・こんな時に・・・」
曜ちゃんと梨子ちゃんも困惑している。
(・・・やっぱり、私には無理なの?)
普通星人の私が、スクールアイドルになって輝くなんて無理だったのかな・・・身の丈に合わない願いだったのかな・・・
もう、諦めるしかないのかな・・・
『諦めてしまったら、叶えられる可能性すらない』
ふと頭の中に、天くんの言葉が浮かんだ。
海の音を聴きに行った時、μ`sの『START:DASH!!』の歌詞について話していた時の言葉だ。
『だから簡単に諦めるな。夢が叶う日が来る可能性は、諦めなかった人にしか無いんだから』
「っ・・・」
そうだ。諦めてる場合じゃない。最後まで諦めないって決めたんだ。
「・・・気持ちが、つ~なが~り~そ~う~な~んだ~♪」
アカペラで歌う。曲が流れなくても、歌うことは出来る。
「・・・知らないこ~とば~かり、な~に~も~か~も~が~♪」
「・・・それ~でも、きた~いで、足が~軽~い~よ~♪」
曜ちゃんと梨子ちゃんも続いてくれる。これならまだ・・・
「温度差な~んて、いつ~か~消~し~ちゃえって~ね~♪元気だよ・・・元気を出して・・・いく・・・よ・・・」
もう限界だった。涙がこみ上げてきて、歌うことが出来ない。悔しくて、情けなくて、やるせなくて・・・心が折れる寸前だった。
スクールアイドル部は設立することが出来ず、Aqoursは解散・・・おまけに最初で最後のステージはこの有り様だ。こんなのあんまりだ。
もう、私には前を向くことなんて・・・
「スイッチオン!」
天くんの声が会場に響く。その瞬間、再びステージが照明で照らされた。
「・・・え?」
驚いていると、今度は会場のドアが勢いよく開かれた。
「バカ千歌あああああっ!アンタ開始時間を間違えたでしょ!?」
「美渡姉!?」
レインコートを着た美渡姉が、大勢の人を連れて会場に入ってきた。
何が起きているのか、訳が分からない私なのだった。
どうも~、ムッティです。
前書きでも述べましたが、元号が令和に変わりましたね。
自分は平成生まれなので、これが初めての改元なのですが…
何だか今一つ実感がありません(笑)
でもきっとそのうち、令和○年というのが当たり前に感じるようになるんでしょうね…
歳ってこうやってとっていくんですね(笑)
令和が良い時代になると良いなぁ…
それではまた次回!以上、ムッティでした!