「んー、どうしたら桜内さんを説得できるかなぁ・・・」
頭を悩ませている千歌さん。曜さんと別れた俺達は、二人で帰り道を歩いていた。
「諦めてないんですね」
「勿論!桜内さんもルビィちゃんも花丸ちゃんも、私は諦めないよ!」
「三股ですね、分かります」
「言い方が悪意に満ちてない!?」
千歌さんのツッコミをスルーして、道路の向かい側に広がる海を眺める。夕陽で海がオレンジ色に染まっている光景は、何度見ても飽きないほど美しかった。
と、浜辺に見覚えのある人物が立っていた。
「あれ、梨子さん?」
「あ、ホントだ」
物憂げな表情で浜辺に佇んでいる梨子さん。絵になるなぁ・・・
「おーい!桜内さーん!」
大きな声で呼びかける千歌さん。
こちらからは梨子さんの背中しか見えないが、明らかに肩を落としたのが分かった。よほど千歌さんにうんざりしているようだ。
千歌さんが梨子さんの方へ走っていくので、俺もその後を追いかける。
「あっ!もしかして、また海に入ろうとしてるの!?」
梨子さんの元へ辿り着いた途端、梨子さんのスカートを捲り上げる千歌さん。
「してないですっ!」
「それなら良かった」
慌ててスカートを戻す梨子さんと、笑みを浮かべる千歌さん。と、そこで梨子さんが俺の存在に気付いた。
「天くん!?」
「こんにちは、梨子さん」
にこやかに挨拶する俺。梨子さんの顔が赤く染まっていく。
「み、見た・・・?」
「何をですか?」
「いや、その・・・パ、パンツ・・・」
「何のことでしょう?」
「よ、良かった・・・見てないのね・・・」
「『苗字が桜内だけに、パンツも桜色か・・・』なんて思ってませんよ?」
「バッチリ見てるじゃない!?」
両手で顔を覆う梨子さん。耳まで真っ赤に染まっている。
「ちょっと天くん!?女の子のパンツ見るなんて最低だよ!?」
「俺の目の前で梨子さんのスカート捲った人がそれを言います?」
「うぅ・・・もうお嫁に行けない・・・」
「何言ってるんですか。そのスカート丈の短さで、これまで誰にも見られてないなんて有り得ないでしょうに」
「・・・ちょっと海に飛び込んでくるわね」
「落ち着いて桜内さん!?天くんもトドメ刺さないでよ!?」
千歌さんが必死に宥め、何とか落ち着きを取り戻す梨子さん。涙目になりながら千歌さんを睨んでいる。
「元はと言えば、貴女のせいで・・・!」
「すいませんでしたあああああっ!」
「まぁまぁ。本人も反省しているようですし、この辺りで許してあげましょうよ」
「何で他人事なの!?」
俺に全力でツッコミを入れたことで力が抜けたのか、溜め息をつく梨子さん。
「・・・こんなところまで追いかけてきても、答えは変わらないわよ」
「桜内さん、答えを出すのが早すぎるよ!もうお嫁に行けないだなんて!」
「違うわよ!?スクールアイドルの話!」
「あ、そっちか」
苦笑する千歌さん。
「違う違う。通りがかっただけだよ」
「千歌さん、ストーカーは皆そう言うんですよ」
「誰がストーカー!?天くんもここまで一緒に帰ってきたじゃん!?」
「俺は千歌さんの掌の上で踊らされたんですね・・・千歌さん、恐ろしい子・・・」
「人の話聞いてくれる!?」
「そういえば梨子さん、海の音聴けました?」
「だから聞いてってば!?」
ギャーギャーうるさい千歌さんをスルーして尋ねると、梨子さんは浮かない顔で首を横に振る。
まだ聴けてないんだな・・・
「ほら千歌さん、喚いてないで海の音が聴ける方法を考えて下さいよ」
「誰のせいだと思ってるの!?」
喚いていた千歌さんだったが、そこでふと何か思いついたような顔をする。
「あっ!果南ちゃんがいるじゃん!」
「え、誰ですか?」
「私と曜ちゃんの幼馴染だよ。実家がダイビングショップやってるから、桜内さんもダイビングしてみたら良いんじゃないかな?海の音が聴けるかもしれないよ?」
「なるほど・・・スク水で海に飛び込むよりは良い方法ですね」
「それは忘れて!?」
再び赤面する梨子さん。
いや、あれは忘れられないな。衝撃的な初対面だったもの。
「桜内さん、日曜日って空いてる?ダイビングしに行こうよ!」
「・・・代わりにスクールアイドルやれ、とか言わない?」
「アハハ、流石に言わないよ」
千歌さんは笑うと、梨子さんの手を握った。
「海の音、ちゃんと聴いてほしいの。桜内さんが作った海の曲、私も聴いてみたいし」
「高海さん・・・」
驚いている梨子さん。
損得勘定関係無しに、人の為を思って行動できる・・・こういうところが、千歌さんの美点なんだろうな。
「ねっ?行ってみよう?」
「・・・じゃあ、お願いしようかしら」
「そうこなくっちゃ!天くんも行くよね?」
「俺はアレがアレなんでパスします」
「そっかぁ、それなら仕方ない・・・ってならないよ!?アレがアレって何!?」
「日曜日くらいゴロゴロさせて下さいよ」
「何そのお父さんみたいなセリフ!?」
そんなやり取りをしていると、梨子さんが笑みを浮かべながら俺の肩に手を置いた。
「人のパンツ見ておいて、来ないなんて言わないわよねぇ・・・?」
ちょ、痛いんだけど!?肩がミシミシいってるんだけど!?
「よ、喜んで行かせていただきます・・・」
「よろしい」
笑顔で手を離す梨子さん。この人、怒らせたらアカン人や・・・
「それじゃあ早速、果南ちゃんに連絡を・・・って、もうこんな時間!?」
スマホを取り出した千歌さんが、時間を見て慌て始める。
「急いで帰らなくちゃ!?果南ちゃんには後で連絡しておくから!じゃあまたね!」
それだけ告げると、千歌さんは走って帰っていった。慌ただしい人だなぁ・・・
「・・・変な人ね、高海さんって」
「否定はできませんね」
俺はそう言って笑うと、夕陽に染まる海を眺めた。
「梨子さん、一つ聞いても良いですか?」
「何?」
「梨子さんが海の音を聴きたいのは・・・本当に曲作りの為だけですか?」
「っ!?」
息を呑む梨子さん。やっぱり・・・
「海の曲を作りたいのは本当なんでしょうけど、果たしてそれだけなのかなって。他にも理由があって、それで必死になってるんじゃないのかなって・・・梨子さんの様子を見てたら、何となくそう思ったんですよね」
「・・・察しが良いのね、天くんって」
梨子さんは苦笑すると、ポツポツと話し始めた。
「私ね、小さい頃からずっとピアノやってるんだけど・・・最近はいくらやっても上達しなくて、やる気も出なくて・・・それで環境を変えてみようと思って、東京からこっちに来たの」
「そうだったんですか・・・」
素直に凄いことだと思った。何かの為にそれまでの環境を変えるというのは、普通なかなか出来ることではない。
「海の音が聴けたら変わるんじゃないか、変えられるんじゃないかって・・・そう思ったら、ちょっと焦っちゃって・・・」
自嘲気味に笑う梨子さん。
「みっともないわよね、不確かなものに縋ったりして・・・」
「・・・良いじゃないですか、みっともなくたって」
「え・・・?」
驚いてこっちを見る梨子さんに、俺は笑みを向けた。
「変わりたい、変えたいと願うのなら・・・どんなにみっともなくたって、全力で足掻くべきだと俺は思いますよ。それで変わるとは限りませんけど、足掻かなければ変わる可能性すら生まれませんから」
「天くん・・・」
「それに、ピアノに対してそこまで足掻けるっていうことは・・・梨子さんがピアノを大切に思っている、何よりの証じゃないですか」
「っ・・・」
「梨子さんは誇って良いと思います。自分はこんなにピアノが好きなんだ、こんなにピアノを大切に思ってるんだって・・・それはとても、素敵なことなんですから」
梨子さんの目には涙が滲んでいた。それを拭おうともせず、俺の方をじっと見ている。
「・・・そんなこと、初めて言われたわ」
「マジですか・・・俺が梨子さんの初めてをもらっちゃいましたか・・・」
「その言い方は誤解を招くから止めてくれる!?」
「え、だって俺が梨子さんの初めてなんでしょ?」
「絶対分かってて言ってるわよねぇ!?」
「ナニソレ、イミワカンナイ」
「誰のモノマネ!?」
「さぁ、誰でしょう?」
俺が笑うと、梨子さんも笑みを零しながら目元の涙を拭う。
「変な人ね、天くんも・・・高海さん以上だわ」
「・・・それはちょっと不名誉なんですけど」
「フフッ、そんな嫌そうな顔しないの」
梨子さんはクスクス笑うと、俺の顔を覗き込んだ。
「・・・ありがとう、天くん。今の言葉、凄く嬉しかった」
間近で見た梨子さんの笑顔は、夕陽と相まって凄く綺麗で・・・思わずドキッとしてしまう俺なのだった。
どうも~、ムッティです。
今回は梨子ちゃんの回でした。
アニメ見てて思ったんですけど、ピアノの為に東京から内浦に引っ越して来るって凄くないですか?
梨子ちゃんも凄いけど、梨子ちゃんのご両親もよく賛成しましたよね。
まぁ一番驚いたのは、梨子ちゃんのお母さん役が水樹奈々さんだったことなんですけども…
あれはビックリでした(゜ロ゜)
それではまた次回!以上、ムッティでした!