屋上へ上ると、果南さんが仰向けに寝転んで空を見ていた。
あれ、前に俺もここであんなことやってた気がする・・・
「・・・落ち着きましたか?」
「・・・うん」
空を見上げたまま返事をする果南さん。
「・・・ゴメン。今日は天に迷惑かけてばっかりだね」
「いえ、千歌さんについては俺のせいでもあるので・・・すみません」
「良いの。元はと言えば私が悪いんだから」
溜め息をつく果南さん。
「・・・天はさ、知ってるんでしょ?私が何で歌わなかったのかも、何でスクールアイドルをやめたのかも」
「あくまでも推測でしたけどね。さっきダイヤさんからお墨付きをいただきました」
「アハハ、そっか」
小さく笑う果南さん。
「昨日の夕飯の時、そうじゃないかとは思ったけど・・・やっぱりか。ホント、天には敵わないね」
「・・・小原理事長の足の怪我は、そんなに酷かったんですか?」
「うん、本番直前も凄く痛そうにしててさ・・・本人は『大丈夫』って言ってたけど、あのままパフォーマンスしてたら事故になってたかもしれない」
果南さんの表情が曇る。
「ダンスの振り付けとかフォーメーションは、私が担当してたんだ。それで東京でのイベント用に、結構難易度の高いやつを考えてて・・・それを練習し続けた結果、鞠莉は足を痛めちゃったの」
「・・・そうだったんですね」
恐らく果南さんは、小原理事長が怪我をしてしまったのは自分のせいだと思ったんだろう。
だからこそ小原理事長の身を案じて、『歌わない』という決断をしたんだろうな・・・
「鞠莉は元々、スクールアイドルには乗り気じゃなくてね・・・そんな鞠莉を強引に引き込んだ挙句、怪我までさせちゃって・・・自分が凄く嫌になった」
果南さんの声のトーンが落ちる。
「そんな時、鞠莉と翔子先生が話してるのを聞いちゃったの。翔子先生は鞠莉に留学の話をしてたんだけど、鞠莉は断っててさ・・・『自分はスクールアイドルだから』って。笑っちゃうよね。最初は全然乗り気じゃなかったくせに」
言葉とは裏腹に、果南さんの顔に笑みは浮かんでいなかった。
「その時に思ったの。『私は鞠莉の足を引っ張ってるんだ』って。強引にスクールアイドルをやらせた上に怪我させて、挙句の果てに留学の話まで断らせて・・・私は鞠莉から、未来の色々な可能性を奪ってたんだよ」
「果南さん・・・」
「だからスクールアイドルをやめて、Aqoursを解散させた。ダイヤにも事情を説明して、協力してもらって・・・ダイヤにまで辛い思いさせちゃって、最低だよね私」
自嘲気味に笑う果南さん。
「その後鞠莉は留学することになって、ホッとしてたのに・・・帰ってきちゃってさ。何で帰って来たんだかっ・・・」
果南さんの目に涙が浮かぶ。
「またスクールアイドルをやろうなんて・・・そんなこと出来るわけないじゃん・・・だって、そんなことしたらっ・・・」
「・・・二年前の繰り返しになる、ですか?」
「っ・・・」
腕で目を覆う果南さん。
流れた涙が、屋上の石床に落ちて染みをつくる。
「もう嫌なの・・・私のせいで鞠莉が傷つくところを見たくない・・・足を引っ張りたくない・・・!」
果南さんの悲痛な叫びが屋上に響く。
果南さんの中にも、もう一度スクールアイドルをやりたい気持ちはあるんだろう。でも小原理事長のことを大切に想うあまり、その気持ちに蓋をして小原理事長を遠ざけようとしている。
ホント、不器用な人だよな・・・
「・・・昔々、あるところに一人の女の子がいました」
ポツリポツリと語り始める俺。
「ある時女の子の通う学校が、生徒不足により統廃合の危機に陥ってしまいました。女の子は幼馴染の二人、そして知り合いの男の子一人と学校を救うべく動き出しました」
「天・・・?」
不思議そうに話を聞いている果南さん。
「女の子は決断したのです。学校の知名度を上げ、入学希望者を増やす為には・・・スクールアイドルしか無いと」
なおも語り続ける俺。
「彼女達はひたむきに活動を続け、徐々に仲間が増え・・・遂に揃ったのです。ギリシア神話の文芸の女神『ミューズ』の名にふさわしい、九人の少女達が」
「っ!?それって・・・」
息を呑む果南さん。俺は話を続けた。
「しかしある時・・・女の子はラブライブを目指すことに熱中しすぎるあまり、周りが見えなくなってしまいました。実は幼馴染の一人に、留学の話が持ち上がっていたのです。女の子がそれを知ったのは、既に留学の話が決まった後のことでした」
「っ・・・」
「女の子は幼馴染に対して怒りました。『どうして言ってくれなかったのか』と。幼馴染は泣きながらこう言い返しました。『本当は一番に話したかった』と。周りが見えなくなるほど熱中している女の子に、幼馴染は気を遣ってしまい話を打ち明けられなかったのです」
黙って話を聞く果南さん。恐らく、自分と小原理事長の姿を重ねているんだろう。
「自分はどうすべきなのか、女の子は悩みました。そして留学に出発する日・・・女の子は飛行機に乗ろうとする幼馴染を抱き締め、自分の偽りの無い本音をぶつけました。『私は貴女とスクールアイドルがやりたい』と。幼馴染は泣きながら頷き、留学をやめスクールアイドルを続ける道を選びました。実は幼馴染も、本当はそれを望んでいたのです。こうして二人は仲間達の下に戻り、笑顔でスクールアイドルを続けるのでした・・・」
語り終えた俺は、深く息を吐いた。
「これが第二回ラブライブで優勝したアイドルグループ、μ'sのリーダー・・・高坂穂乃果ちゃんと、その幼馴染・・・南ことりちゃんの間にあった出来事です。もし穂乃果ちゃんが、自分の本当の気持ちをことりちゃんにぶつけなかったら・・・ことりちゃんは自分の気持ちを押し殺したまま留学したでしょうし、今のμ'sは無かったでしょうね」
「・・・何か、凄い話を聞いちゃったんだけど」
「果南さんだから話したんですよ。他の皆にはオフレコでお願いします」
苦笑する俺。
「この話に、果南さんと小原理事長を当てはめるなら・・・果南さんがことりちゃんで、小原理事長が穂乃果ちゃんってところですか」
「えっ・・・逆じゃないの?」
「いえ、逆じゃないです」
首を横に振る俺。
「ことりちゃんは穂乃果ちゃんを大切に想っていたからこそ、留学の話を切り出せなかった。そして果南さんも、小原理事長を大切に想っていたからこそ本当のことを言えなかったわけでしょう?ことりちゃんと果南さんの違いは、自分の気持ちに素直になったかなってないかですよ」
「・・・悪かったね。素直じゃなくて」
「一方穂乃果ちゃんは自分の気持ちをぶつけ、小原理事長も自分の意思は果南さんに伝えています。穂乃果ちゃんと小原理事長の違いは・・・タイミングですね」
溜め息をつく俺。
「小原理事長も、二年前の段階で素直になるべきでしたね・・・だから果南さんに誤解されたまま、留学へ行くことになってしまったわけですから」
「誤解・・・?」
「さっき果南さんが言ってたじゃないですか。小原理事長が留学の話を断る際、『自分はスクールアイドルだから』と言ってたって」
「・・・それの何が誤解なの?」
「翔子先生が言ってたんです。東京でのイベントの後、留学の話を持ちかけた時・・・最初は『自分はスクールアイドルだから』と言っていた小原理事長が、『親友のことが心配だから』とも口にしていたって」
「っ!?」
息を呑む果南さん。
「それって・・・まさか・・・」
「小原理事長は、本気で果南さんが『歌えなかった』と思っていました。そんな果南さんのことを放っておけるほど、彼女にとって貴女の存在は小さくないですよ」
苦笑する俺。
「小原理事長は、果南さんのことを心配していたんですよ。自分がスクールアイドルだからとか、そういうんじゃなくて・・・ただ単純に、貴女を置いて留学に行きたくなかったんでしょう」
「そんな・・・」
「東京でのイベントの前にも、留学の話を断っていたそうですけど・・・それも多分、果南さんやダイヤさんと離れたくなかっただけ。言い方は悪いですけど、最初はスクールアイドルのことだってどうでもよかったんだと思います。果南さんやダイヤさんと、一緒の時間が過ごせたら・・・あの人にとっては、それで良かったんでしょうね」
果南さんの目に涙が溜まっていく。
「だったら・・・だったらどうして・・・」
「言ってくれなかったのか、ですか?それは果南さんも同じでしょう」
「っ・・・」
「二年前、貴女達はすれ違ってしまったんですよ。お互いを大切に想うあまり、本当の気持ちを言えなかった・・・その結果が今です」
「鞠莉っ・・・」
泣きじゃくる果南さん。やれやれ・・・
「・・・立って下さい、果南さん」
小原理事長に言ったのと、同じ言葉を果南さんにもかける。
「確かに二年前、貴女達はすれ違ってしまいました。過去の行動を変えることは出来ませんけど・・・これからの行動を変えることは出来るんですから」
「ぐすっ・・・変える・・・?」
「えぇ。今度こそ果南さんの本当の気持ちを、小原理事長にぶつけるんです。同じように小原理事長も、本当の気持ちを果南さんにぶつけてくるでしょう。ひょっとしたら、また喧嘩になるかもしれません」
果南さんに向かって手を差し出す。
「それでも・・・貴女達はそこから始めるべきだと思います。ちゃんと言葉にして、自分の気持ちを伝えて下さい。昨日も言いましたけど、言葉にしなくても分かるというのはただの甘えですよ」
「天・・・」
「果南さんはこのままで良いんですか?このまま小原理事長と仲直り出来ず、浦の星を卒業することになってしまって・・・後悔しませんか?」
「・・・嫌だ」
首を横に振る果南さん。
「そうなったら私・・・絶対後悔する」
「果南さん・・・」
「私は・・・鞠莉と仲直りしたい」
そう言って顔を上げた果南さんは、覚悟を決めた表情をしていた。
全く・・・
「ほら、早く立って下さい」
「分かってるよ」
俺の手を掴む果南さん。俺は勢いよく果南さんを引っ張り上げた。
「小原理事長、果南さんのこと『ぶん殴る』って言ってましたよ」
「うげっ・・・マジかぁ・・・」
「甘んじて受け入れて下さい。そして殴り返して下さい」
「まさかの殴り合いをオススメ!?」
「それぐらいの気持ちで行けってことですよ」
俺は小さく笑うと、両手を広げた。
「・・・ほら、頑張れのハグ」
「っ・・・!」
俺の胸に飛び込んでくる果南さん。
「・・・ありがとう、天」
「・・・ちゃんと仲直りして下さいね」
「うんっ」
笑って頷く果南さん。
「小原理事長は、まだ部室にいます。行ってあげて下さい」
「天は行かないの?」
「お互いの気持ちをぶつけ合うのに、俺は邪魔でしょう。ちゃんと二人で話し合って来て下さい」
「・・・うん。分かった」
俺から離れる果南さん。
「じゃあ、行ってくるね!」
「行ってらっしゃい」
笑顔で部室へと向かう果南さんを、手を振って見送る。
今の果南さんと小原理事長なら、きっと大丈夫だろう。お互いに本音をぶつけ合って、ちゃんと仲直り出来るはずだ。
「・・・ふぅ」
俺は息を吐くと、屋上からの景色を眺めた。
やっぱり良いところだよなぁ・・・
「良い景色ですね」
背後から海未ちゃんの声がする。
「内浦は本当に良いところだと、私も思います」
「全く・・・果南さんとの会話も聞いてたの?」
「すみません。心配だったもので」
ちょっと申し訳なさそうな海未ちゃん。やれやれ・・・
「・・・これで果南さんと小原理事長は仲直り出来る。ダイヤさんも含め、三人はまたスクールアイドルを始める。きっとAqoursに入ってくれると思うよ」
あの三人には、スクールアイドルとしての経験や知識がある。きっと千歌さん達の力になってくれるだろう。
「これで九人・・・μ'sと一緒だね」
「違いますよ」
首を横に振る海未ちゃん。
「μ'sは十人です・・・貴方を含めて」
「・・・ありがと」
小さく笑う俺。そんな俺を、海未ちゃんが心配そうに見つめていた。
「・・・本気ですか?」
「・・・まぁね」
何が、とは聞かなかった。
さっきの会話で、俺がどうするつもりなのか・・・長い付き合いの海未ちゃんなら、絶対に分かっているはずだから。
「どうして・・・」
「・・・今、海未ちゃんが言ったことが全てだよ」
溜め息をつく俺。
「μ'sは十人、Aqoursは九人・・・海未ちゃんなら、分からないはずないよね?」
「天・・・」
「マネージャーとして、最低限の責務は果たしたつもりだよ。もう俺に出来ることは無い・・・いや、俺にしか出来ないことは無い。後は皆でやっていけるだろうから」
俺はそう言うと、海未ちゃんへと視線を向け・・・力なく笑うのだった。
「俺は・・・Aqoursのマネージャーを辞める」
どうも〜、ムッティです。
『TOKIMEKI Runners』を聴きまくり、MVを何度も見返す今日この頃です。
そんな中、一つ気になることが・・・
天王寺璃奈ちゃん、何で顔隠してるん?(今さら)
メッチャ目立ちますよねアレ。
とりあえず、早く虹ヶ咲をアニメ化してほしい(切実)
さて、ようやく果南ちゃんも自分の気持ちに素直になりました。
やっと果南ちゃんと鞠莉ちゃんが仲直り出来そう・・・
というところで、天から驚きの発言が・・・
果たしてどうなってしまうのか・・・
これからの展開をお楽しみに(・∀・)ノ
それではまた次回!以上、ムッティでした!