絢瀬天と九人の物語   作:ムッティ

63 / 173
台風半端ないって!(二度目)

皆さんは大丈夫でしたか?


誰にでも大切にしていることがある。

 《梨子視点》 

 

 天くんが出て行った後の部室は、重苦しい雰囲気に包まれていた。

 

 涙を流す千歌ちゃんの側に曜ちゃんが寄り添い、俯いて肩を震わせる善子ちゃんの背中に花丸ちゃんが手を添えている。

 

 落ち込むルビィちゃんをダイヤさんが抱き寄せ、唇を噛む鞠莉さんの頭を果南さんが撫でている中・・・私は右手を押さえ、黙って俯いていた。

 

 生まれて初めて人を叩いてしまった・・・叩いた時の感触が、未だに右手に残っている。

 

 そしてもう一つ・・・天くんの言葉が、耳から離れなかった。

 

 

 

 

 

 『・・・ピアニストなんですから、手は大切にしないと。怪我したらどうするんですか』

 

 

 

 

 

 それを聞いた瞬間、感情に身を任せて叩いてしまったことを激しく後悔した。

 

 あの言葉は、間違いなく私を心配しての言葉だった。天くんは叩かれたにも関わらず、私の手のことを心配してくれたのだ。

 

 それなのに・・・

 

 「・・・最低だわ、私」

 

 自己嫌悪に陥り、涙を堪えきれずにいると・・・

 

 「・・・失礼します」

 

 海未先生が部室に入ってくる。そして私達を見て、大きく溜め息をついた。

 

 「やっぱりこうなりましたか・・・」

 

 「やっぱりって・・・どういうことですか?」

 

 曜ちゃんの問いに、海未先生は悲しげな表情を浮かべた。

 

 「先ほど、天が言っていたんです・・・Aqoursのマネージャーを辞める、と」

 

 「っ・・・」

 

 「気になって様子を見に来たのですが・・・案の定でしたね」

 

 「・・・海未先生、教えて下さい」

 

 ダイヤさんが真っ直ぐ海未先生を見つめる。

 

 「天さんはこう言っていました。『俺はAqoursの十人目にはなれません。俺にとっての特別は・・・あの人達だけです』と。海未先生であれば、どういう意味なのかご存知なのではありませんか?」

 

 「・・・えぇ、知っています」

 

 頷く海未先生。

 

 「ですが、知っているのは私だけではありません・・・そうですよね?小原理事長?」

 

 「っ・・・」

 

 俯く鞠莉さん。皆の視線が鞠莉さんに向けられる。

 

 「鞠莉、どういうこと?」

 

 「・・・どうして私が、天をマネージャーにしようとしたと思う?」

 

 果南さんの問いに、ポツリポツリと語り始める鞠莉さん。

 

 「それは天に、マネージャーとしての経験があるのを知っていたからよ・・・有名なスクールアイドルグループの、ね」

 

 「「「「「「「「っ!?」」」」」」」」

 

 全員が息を呑む。まさか・・・!?

 

 「・・・察したようね」

 

 力なく笑う鞠莉さん。

 

 「天はね・・・スクールアイドルグループ・μ'sのマネージャーをやっていたのよ」

 

 驚きすぎて声が出なかった。天くんが、μ'sのマネージャー・・・?

 

 「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!?」

 

 善子ちゃんが慌てて口を挟む。

 

 「μ'sが活動してたのって、五年前の話でしょ!?五年前っていったら、天はまだ小学五年生だったはずよ!?それでマネージャーって・・・」

 

 「事実ですよ」

 

 海未先生が答える。

 

 「確かに天は五年前、私達μ'sのマネージャーを務めていました。リーダーである穂乃果から正式に任されていましたし、私達も天をマネージャーとして認めていましたから」

 

 皆絶句してしまう。その様子を見て、苦笑する海未先生。

 

 「まぁ普通、そういう反応になりますよね。ですが、紛れも無い事実なんです」

 

 懐かしそうに当時を振り返る海未先生。

 

 「天は元々、穂乃果の知り合いだったんです。穂乃果の家は和菓子屋をやっているのですが、天はそのお店の常連客でして。店番の際に何度も顔を合わせるうちに、親しくなっていったそうです」

 

 「えっ・・・じゃあ、天くんがよく差し入れで振る舞ってくれる和菓子って・・・」

 

 「穂乃果の実家の和菓子屋『穂むら』の和菓子ですね」

 

 「「ぴぎゃあっ!?」」

 

 黒澤姉妹が同時に悲鳴を上げる。まさかμ'sのリーダーさんの実家の和菓子だったとは・・・

 

 「私とことりも穂乃果の家に遊びに行くことが多かったので、天と顔を合わせる機会は多かったですね。もっとも、ことりがすぐ仲良くなったのに対して・・・私は少々時間がかかりましたが」

 

 「ア、アハハ・・・」

 

 何故か遠い目をしている海未先生と、何故か苦笑いしている曜ちゃん。

 

 何かあったのかしら・・・?

 

 「まぁそれはさておき・・・音ノ木坂が統廃合の危機に陥った時、穂乃果はスクールアイドルとして音ノ木坂をPRすることを決めました。その時に声をかけたのが、私とことり・・・そして天でした。穂乃果は天のことをとても買っていて、『マネージャーは天くんが良い!』と言って聞かなかったんです」

 

 「そういうことだったんだ・・・」

 

 納得している様子の果南さん。どうしたのかしら・・・?

 

 「天は二つ返事で引き受けてくれて、私達のことを懸命にサポートしてくれました。練習メニューを考えてくれたり、ファーストライブを開催する為に動いてくれたり・・・まぁ我々のファーストライブは、お世辞にも『大成功だった』とは言えなかったのですが」

 

 苦笑する海未先生。

 

 「まぁそれも置いておくとして・・・頑張って活動を続けていた私達に、少しずつ仲間が増えていきました。花陽、凛、真姫、にこ、絵里、希・・・私達と彼女達を繋げてくれたのも、実は天だったんです」

 

 「繋げてくれた・・・?」

 

 「姉である絵里は勿論、他の皆も天の知り合いだったんですよ」

 

 首を傾げる花丸ちゃんに、笑いながら説明する海未先生。

 

 「その縁が私達を繋いでくれた・・・天がいなかったら、私たちが揃うことは無かったかもしれませんね」

 

 天くんがいたから、あの九人が揃った・・・凄い事実を聞いてしまった気がする。

 

 「だからこそ天は・・・μ'sの『十人目のメンバー』なんです。ステージに上がるのは九人でも、実際のμ'sは十人だったんですよ」

 

 「っ・・・」

 

 つまり天くんの言っていた『あの人達』というのは、μ'sのこと・・・

 

 じゃあ、『Aqoursの十人目にはなれない』っていうのは・・・

 

 「『自分はμ'sの十人目だから、Aqoursの十人目にはなれない』・・・そういう意味だっていうことですか・・・?」

 

 「・・・その通りです」

 

 力なく頷く海未先生。

 

 「五年前・・・当時高校三年生だった三人の卒業に伴い、私達μ'sは解散という道を選びました。一人でも欠けてしまえば、それはもうμ'sではないと思ったからです。そしてその後、スクールアイドルを続けることもありませんでした」

 

 「μ'sが特別だったから、ですか・・・?」

 

 「えぇ。私達にとってはμ'sが全てであり、あの十人での活動が全てだったんです。だからこそ、μ'sを解散した後にスクールアイドルを続けようとは思いませんでした」

 

 私の問いに、微笑みながら頷く海未先生。

 

 「ですが・・・そういった決断こそが、天を苦しめてしまったんです」

 

 「どういうことですか・・・?」

 

 俯く海未先生に尋ねるルビィちゃん。苦しめてしまった・・・?

 

 「・・・μ'sを解散する時、一番悲しんでいたのは天でした。当時から大人びていたあの子が、あの時だけは人目もはばからず号泣していたんです。それだけあの子は、μ'sに対して全身全霊で向き合ってくれていましたから」

 

 海未先生の目が潤む。

 

 「その後、天が今後について語ることはありませんでしたが・・・μ's解散後、天の姉である亜里沙がスクールアイドルをやることになりまして。穂乃果の妹である雪穂と一緒に、天に『私達のマネージャーをやってくれないか』とお願いしたそうなんです。ですが・・・」

 

 「・・・断られたのですね?」

 

 ダイヤさんの問いに、海未先生が頷く。

 

 「『俺はμ'sの一員として終わりたい』・・・そう言っていたそうです。そこで私達は、初めて気が付きました・・・私達の決断が、天をμ'sに縛り付けてしまったのだと」

 

 表情を歪める海未先生。

 

 「私達は、天には今後もスクールアイドルに携わってほしいと思っていました。私達が望んでいたのは、スクールアイドルの発展・・・天にはμ'sで得た経験を生かし、他のスクールアイドルをマネージャーとして支えてあげてほしかったんです。ですが天は、最後までμ'sであることに拘ったんです・・・私達のように」

 

 私の中で、今までの疑問が氷解していくのを感じた。

 

 つまり天くんが、あれだけAqoursのマネージャーになることを拒否していたのは・・・最後までμ'sのマネージャーでありたかったから。

 

 それは天くんにとって何よりも大事なことで、何よりも誇りに思っていたことだったんだ・・・

 

 「私、何てことを・・・」

 

 両手で顔を覆う鞠莉さん。

 

 「天の心を傷付けただけじゃなくて・・・天の誇りまで踏み躙っていたのね・・・」

 

 「・・・言ったはずですよ。『後悔する日が必ずやって来る』と」

 

 鞠莉さんを見つめる海未先生。

 

 「自分のやったことがどれほど罪深いことなのか、これで分かったでしょう。そしてそのような目に遭ってもなお、あの子は貴女の力になろうとした・・・幼馴染である貴女が、あの子の優しさを分かってあげなくてどうするんですか」

 

 「っ・・・天っ・・・!」

 

 泣き崩れる鞠莉さん。皆沈痛な表情を浮かべていた。

 

 天くん・・・

 

 「・・・もう、天くんを自由にしてあげた方が良いのかな」

 

 今まで黙って話を聞いていた千歌ちゃんが、弱々しい声で呟いた。

 

 「このままマネージャーを辞めてもらった方が、天くんの為になるのかな・・・」

 

 「千歌ちゃん・・・」

 

 千歌ちゃんの言葉に、全員何も言えずにいた。

 

 天くんは、最後までμ'sのマネージャーであることを望んでいた。にも関わらず、私達は彼に自分達のマネージャーをやらせてしまった。

 

 これ以上は、天くんをさらに傷付けることになるんじゃないか・・・そんな思いがどうしても拭えない。

 

 「・・・私からは何も言えません」

 

 首を横に振る海未先生。

 

 「天が今マネージャーをやっているのは、私達μ'sではなく・・・貴女達Aqoursですから。苦しい思いをさせてしまって、大変申し訳ないのですが・・・貴女達は天にどうしてほしいのか、よく考えてみて下さい」

 

 「天くんに、どうしてほしいのか・・・」

 

 色々な思いが入り混じり、頭の中がグチャグチャだった。他の皆も同じようで、表情が歪んでいる。

 

 結局、私達はその場で結論を出すことが出来なかったのだった。




どうも〜、ムッティです。

さてさて、本編が何やらシリアスなことになっていますが・・・

ここでちょっと補足をさせていただきます。

海未ちゃんが語っていましたが、この物語ではμ's解散後に誰もスクールアイドルを続けておりません。

実際はどうだったんでしょうね・・・

アニメでμ'sを続けるかどうかの話になった時、穂乃果ちゃんは『スクールアイドルは続けるつもり』みたいなことを言ってましたし・・・

真姫ちゃんはにこちゃんに、『スクールアイドルは続ける!約束するわよ!』って言ってましたし・・・

でも映画では『μ'sは特別』という感じで、その後もスクールアイドルを続けるという感じではなくて・・・

実際どうだったのかは分かりませんが、とりあえずこの作品ではそういう設定にさせていただきました。

ご理解いただけると幸いです。



っていうか、天ってμ'sのマネージャーだったんですね・・・はい、皆さん気付いてましたね(笑)

メッチャ匂わせてましたもんね(笑)

そんなわけで、μ'sの十人目であることが発覚した天・・・

果たしてAqoursの皆はどうするのか・・・

これからの展開をお楽しみに(・∀・)ノ

次の話は明日投稿します。

それではまた次回!以上、ムッティでした!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。