迎えた日曜日・・・
「初めまして、松浦果南です。よろしくね」
青く長い髪をポニーテールに結った女性が、笑顔で挨拶してくれる。
梨子さんと俺は千歌さんに連れられて、近くにある淡島のダイビングショップへとやって来ていた。ちなみに曜さんも一緒である。
「初めまして、桜内梨子です」
「絢瀬天です。よろしくお願いします」
「おぉ、君が噂のテスト生だね?」
俺をじっくりと眺め回す松浦さん。そして両手を広げ、笑みを浮かべてこう言った。
「じゃあ早速・・・ハグしよっ?」
「何だ、ただの痴女か」
「誰が痴女よ!?」
松浦さんのツッコミ。初対面の男にハグを要求するとか、何を考えてるんだこの人・・・
「ほら、いいからハグしよっ!」
「うおっ!?」
真正面から勢いよく抱きつかれた。
松浦さんの柔らかな身体の感触が俺の全身を包み、二つの大きな膨らみが俺の胸に押し付けられて『むにゅっ』と形を変える。
「ちょ、何してるんですか!?」
俺達の様子を見て赤面している梨子さん。
「何って・・・ハグだよ?」
「同性同士ならともかく、異性同士なんですからもっと恥じらいを持って下さい!っていうか、天くんは何でされるがままになってるの!?」
「いや、何と言うか・・・幸せを噛み締めてます」
「戻ってきなさい!」
「アハハ、純情だねぇ」
松浦さんが笑いながら俺から離れる。
「えーっと、今日は四人ともダイビングするってことで良いんだっけ?」
「あ、三人です。俺は見学なんで」
「え、天くんやらないの!?」
「えぇ、今回は遠慮しておきます」
曜さんの問いに答える俺。
ダイビングを経験しているであろう千歌さんと曜さんはともかく、梨子さんと俺は完全な未経験者だ。未経験者二人が同時に潜ってしまえば、千歌さん達に大きな負担をかけてしまうことになりかねない。
今回の目的は梨子さんが海の音を聴くことなので、梨子さんさえ潜れれば問題無いのだ。梨子さん一人なら、千歌さん達の負担も大きくはないだろう。
「ごめんね、天くん・・・」
何となく理由を察した様子の梨子さんが、申し訳なさそうに謝ってくる。
「私のワガママに付き合わせてるのに、待機させちゃって・・・」
「気にしないで下さい。海の音、ちゃんと聴いてきて下さいね」
「そのことだけど、ちょっといいかなん?」
話に入ってくる松浦さん。っていうか、今の語尾は何だろう・・・
「水中では、人間の耳に音は届きにくいの。だからイメージが大事だと思うよ」
「イメージ?」
「そう、水中の景色から海の音をイメージするの。想像力を働かせてね」
「想像力・・・」
考え込む梨子さん。海の音が聴けるかどうかは、梨子さんの想像力次第ってことか・・・
「とりあえず、ダイビングスーツに着替えよっか。向こうに更衣室があるから」
「よーし!潜るぞー!」
「ヨーソロー!」
元気よく走っていく千歌さんと曜さん。
「じゃあ、私達も行こっか」
「あ、はい。天くん、ちょっと待っててね」
「ごゆっくり~」
梨子さんにひらひら手を振る。と、松浦さんがこちらを振り返ってニヤリと笑った。
「覗かないでね?絶対だよ?」
「おっ、覗けっていうフリですか?」
「・・・松浦さん?天くん?」
「「すいませんでしたっ!」」
梨子さんから放たれるプレッシャーに、反射的に謝ってしまう俺と松浦さんなのだった。
*****
「・・・う~み~は~広い~な、大きい~な~♪」
小型船の甲板に座り、口ずさみながら海を眺める俺。その様子を見た松浦さんが、面白そうにクスクス笑っている。
「海が好きなの?」
「いえ、好きっていうか・・・懐かしいんです」
「懐かしい?」
「えぇ、海には色々と思い出がありまして。楽しい思い出も・・・悲しい思い出も」
過去のことを思い出して感傷に浸っていると、いきなり背中に衝撃を受けた。
「隙ありっ!ハグっ!」
「どんだけハグ好きなんですか・・・」
ヤバいよこの人、自分がどれほどスタイルが良いか全く分かってないよ・・・
こんなナイスバディなお姉さんにハグされたら、普通の男はコロッといっちゃうどころか野獣化してもおかしくないというのに・・・
「心配しなくても、私がハグするのは女の子だけだよ?」
「松浦さんの目には、俺が女の子に見えてるんですか?」
「何言ってんの?そんなわけないじゃん。大丈夫?」
「すみません、殴って良いですか?」
「アハハ、怖い怖い」
松浦さんは笑うと、俺の身体に回している腕に力を込めた。
「実は君の話、ダイヤから聞いててさ」
「ダイヤさんとお知り合いなんですか?」
「知り合いっていうか、幼馴染だよ。学校でもクラスメイトだしね」
「え、松浦さんって浦の星の生徒なんですか!?」
「あれ?千歌から聞いてないの?」
首を傾げる松浦さん。幼馴染としか聞いてないんだけど・・・
「っていうか、高校生だったんですね・・・てっきり二十歳くらいかと・・・」
「むっ・・・そんなに老けて見える?」
「大人びて見えるって言ってもらえます?っていうか俺、松浦さんを学校で見かけたことないんですけど・・・」
「あぁ、今休学中なんだよ。お父さんが骨折しちゃったもんだから、私が店を手伝わないといけなくてさ」
「それは大変ですね・・・」
凄いな・・・休学してまでお店を手伝ってるのか・・・
「まぁその話は置いとくとして・・・休学中もダイヤとは連絡を取ってるんだけど、この間の電話で君の話題になってさ。ダイヤに説教したんだって?」
「いや、説教というか何と言うか・・・」
思わず苦い表情になる。一方、松浦さんは面白そうに笑っていた。
「あのダイヤに物申せる人なんて、なかなかいないからね。『良い人が入ってきてくれた』って、ダイヤも喜んでたよ?」
「・・・恐縮です」
いやホント、我ながら先輩に失礼な態度を取ってしまったと思う。
まぁああいう場だったし、言うべきことは言わなきゃいけないとは思ったけども。
「ダイヤは君のことを、『信用に足る人だ』って凄く褒めてた。昔からダイヤの人を見る目は確かだし、だったら私も信用してハグしちゃおうと思って」
「信用してくれるのはありがたいんですけど、その発想はおかしいですからね?」
「まぁまぁ。私にとってハグは挨拶みたいなものだから」
「何その海外の人みたいな考え方」
思わずタメ口でツッコミを入れてしまった。大らかな人だなぁ・・・
「そんなわけで、私はこれから君にどんどんハグするから。ちゃんと受け止めてね?」
「自由人ですね、松浦さん・・・あ、松浦先輩か」
「さっきから言おうと思ってたけど、果南で良いよ。ダイヤのことも名前で呼んでるんだし、私のことも名前で呼ぶこと。これは先輩命令だから」
「パワハラで訴えますよ?」
気付けば松浦さんに対して、あまり気を遣わなくなっていた。松浦さんの大らかな性格に、俺も影響されてるのかもしれないな・・・
「その代わり、私も君のこと名前で呼ぶからね。よろしく、天」
「・・・了解です、果南さん」
満足そうに笑う果南さん。その時・・・
「ぷはぁっ!」
海に潜っていた曜さんが浮上してきて、甲板へと上がってきた。
「お疲れ、曜。海の音は聴けそう?」
「んー、難しいね。桜内さんも苦戦してるみたいだし・・・って、果南ちゃんはまた天くんにハグしてるの?」
「天にはちゃんと許可もらってるよ」
「そんな覚え一切ないんですけど」
果南さんにツッコミを入れていると、千歌さんと梨子さんも浮上してきた。やはりイメージが難しいのか、梨子さんは浮かない顔をしている。
「ダメ・・・景色は真っ暗だし、なかなかイメージが出来ない・・・」
「今日の天気は曇りだしねぇ・・・」
空を見上げる千歌さん。確かに、日の光が差さないのは痛いな・・・
「やっぱり、私には無理なのかな・・・」
弱気な梨子さん。
「どんなに足掻いても、変えられないのかな・・・」
「・・・諦めちゃダメ~なん~だ~♪」
「天・・・?」
果南さんが首を傾げる中、ふと頭に浮かんだ曲を口ずさむ。
「その日が絶対来る~♪」
「その曲って・・・」
千歌さんは気付いたようだ。そう、あの曲だ。
「君も感じて~るよ~ね~、始~まり~の鼓動~♪」
「天くん・・・歌上手いね」
「え、そこ?」
曜さんの感心したようなセリフに、咄嗟に梨子さんがツッコミを入れる。
「いや、確かに上手いんだけど・・・何の曲?」
「μ'sの『START:DASH!!』っていう曲です」
高坂穂乃果、南ことり、園田海未・・・まだ三人だったμ'sが、ファーストライブで披露した曲である。
「まぁこの曲を歌っておいて、こんなことを言うのもアレなんですけど・・・『諦めちゃダメなんだ。その日が絶対来る』とか、ぶっちゃけただの綺麗事ですよね」
「「「「えええええええええええええええ!?」」」」
まさかの否定に、千歌さん・曜さん・梨子さん・果南さんが大きく仰け反る。
「ちょ、天くん!?何てこと言うの!?」
「だって思いません?諦めずに頑張ったら夢は必ず叶うとか、そんなのただの理想論じゃないですか。諦めずに頑張っても、夢を叶えられない人なんてたくさんいますよ」
「いや、そうかもしれないけど!」
あたふたしている四人が面白くて、俺は思わず笑ってしまった。
「まぁでも・・・この曲の作詞を手掛けた人だって、そんなことは最初から分かってると思いますよ」
「え・・・?」
「諦めずに頑張ったって、夢は叶えられないかもしれない。でも・・・諦めてしまったら、叶えられる可能性すら無い」
「っ・・・それ、この間天くんが言ってた・・・」
梨子さんが気付く。覚えててくれたのか・・・
「だから簡単に諦めるな。夢が叶う日が来る可能性は、諦めなかった人にしか無いんだから・・・勝手な解釈ですけど、俺はそういう意味でこの歌詞を捉えてます」
「天くん・・・」
「今日がダメなら、また来週チャレンジしてみましょう。今日は生憎の曇りですけど、来週は晴れてるかもしれません。それでもダメならもう一度チャレンジしたって良いし、違う方法を考えたって良いじゃないですか」
俺は梨子さんに笑いかけた。
「梨子さんが内浦に来て、まだたったの一週間ですよ?東京から引っ越してまでこっちに来たんですし、もう少し頑張ってみませんか?」
「・・・どうして私なんかの為に、そこまで言ってくれるの?」
不思議そうな表情の梨子さん。
「この間も今日も、天くんは私の背中を押そうとしてくれてる・・・どうして・・・?」
「んー、そうですねぇ・・・」
苦笑いを浮かべる俺。
「多分ですけど、足掻こうとしてる人を放っておけないんでしょうね。ホント厄介な性格にしてくれたよなぁ、あの人達・・・」
「あの人達?」
「いえ、こっちの話です」
まぁそれは置いとくとして、とりあえず海の音だよな・・・
「とにかく俺も、梨子さんに海の音を聴いてほしいんです。きっとそれが梨子さんにとっての、始まりの鼓動になるんでしょうから」
「始まりの鼓動・・・」
梨子さんは小さく呟くと、意を決したように顔を上げた。
「私、もう一度やってみる!」
「よーし、私達も行くよ!」
「ヨーソロー!」
再び海へ潜った梨子さんに続き、千歌さんと曜さんも海へ飛び込んでいった。
「・・・凄いね、天」
果南さんが微笑んでいる。
「天の言葉で、諦めかけてた桜内さんがやる気になっちゃった」
「大したことはしてませんよ」
肩をすくめる俺。
「上手くいかなくて弱気になってたんで、ほんの少し励ましただけです」
「何言ってるの。それが大きいんじゃない」
笑っている果南さん。
「ああいう時にかけられる励ましの言葉って、凄く心に響くもんだよ。それをさらっと言っちゃうんだもん。ちょっと感心しちゃった」
「果南さんに感心されてもなぁ・・・」
「何でよ!?」
そんなやり取りをしていると、突如として雲の切れ間から日が差した。日の光が海面を照らし、キラキラと眩く光っている。
やがてその海面から、千歌さん・曜さん・梨子さんが浮上してきた。ここからは何を話しているのか聞こえないが、興奮したように笑いながら抱き合っている。
「・・・聴けたみたいだね、海の音」
「・・・ですね」
笑い合う果南さんと俺なのだった。
どうも~、ムッティです。
ようやく果南ちゃんを出せました。
果南ちゃんにハグされたいわぁ(願望)
あ、それから『START:DASH!!』についてですが…
作者に歌詞を否定する意思は一切ありません!
作者に歌詞を否定する意思は!一切!ありません!
大事なことなので二回言いました。
むしろ凄く良い歌詞・凄く良い曲だと思ってますし、個人的にも大好きな曲の一つです。
あくまでも『そういう解釈もあるよ』というお話ですので、悪しからず…
それではまた次回!以上、ムッティでした!