『冬の朝 布団の中から 出られない』
この季節は、朝起きるのが辛いんだよなぁ・・・
「はい、お茶どうぞ」
「ありがとうございます」
奈々さんからコップを受け取る俺。
俺は奈々さんに招かれ、桜内家にお邪魔していた。
「・・・音ノ木坂時代の梨子について、だったわね」
俺の真向かいの椅子に腰を下ろす奈々さん。
「えぇ。音ノ木坂時代は、ピアノコンクールで上手くいかなかったって聞いてますけど・・・」
「・・・そうね。上手くはいってなかったわ」
溜め息をつく奈々さん。
「中学の頃までは、いつも楽しそうにピアノを弾いてたの。全国大会に出たこともあったから、音ノ木坂では結構期待されてたみたい」
それは梨子さんも言ってたっけ・・・
だからこそ、期待に応えられなかったことが申し訳ないって・・・
「その期待が重かったのかしらね・・・音ノ木坂に入ってから、梨子はあまり笑わなくなったわ。ピアノを弾く時も凄く必死な感じで、全然楽しそうじゃなかった」
「そうだったんですか・・・」
「えぇ。その影響もあったのか、コンクールでも思うような成績を残せなくて・・・『次こそは』って、また必死にピアノを弾いて・・・その繰り返しだったわ」
何となく、その光景が目に浮かぶようだった。
梨子さんは本当に真面目だから、いつも自分を追い込んでたんだろうな・・・
「そんなことが続いた時、あるコンクールに出たんだけど・・・梨子、弾かなかったの」
「弾かなかった・・・?」
「えぇ。ピアノの前に座って、鍵盤に手を置いたところで動かなくなってね。しばらくそのままでいたかと思ったら、立ち上がって観客席に向かってお辞儀して・・・そのまま舞台袖にはけていったわ。あの時は、観客席がざわついたわよ」
苦笑する奈々さん。
そんなことがあったのか・・・
「あの子曰く、『弾けなかった』らしいわ。『今まで自分がどんな風にピアノを弾いていたのか、分からなくなった』って」
「・・・そこまで追い詰められてたってことですか」
多分、プレッシャーに押し潰されてしまったんだろうな・・・
「あの子のそんな姿を見るのは、私も辛くてね・・・『環境を変えてみたら?』って、あの子に勧めたのよ」
「え、奈々さんの勧めだったんですか?」
「えぇ。そしたらちょうど、梨子も同じことを考えてたみたいでね。内浦への引っ越しと、浦の星女学院への転校が決まったのよ」
そうだったのか・・・ん?
「そういえば、何で引っ越し先が内浦だったんですか?何か縁があったとか?」
「フフッ、やっぱり気になるわよね」
面白そうに笑う奈々さん。
「実は私、音ノ木坂の理事長さんと知り合いなの」
「えぇっ!?」
嘘だろオイ!?奈々さんと南理事長が知り合い!?
「それで相談してみたら、浦の星女学院を勧められたのよ。『知り合いが理事長に就任する予定だから、紹介出来るわよ』って。まぁその知り合いっていうのが、現役女子高生だとは思わなかったけど」
苦笑する奈々さん。
「あと、こうも言ってたわ。『私が実の息子のように可愛がってる子も入るから、何かあったらその子を頼りなさい』って」
「じゃあ奈々さん、最初から俺のこと知ってたんですか!?」
「まぁね。『ついでにあの子をよろしくね』って頼まれたもの」
「・・・あの年増理事長」
よし、今度会ったら絶対しばこう・・・
「まぁ私が動くまでもなく、梨子は天くんと仲良くなってたけどね。おかげで梨子は笑うことが多くなったし、毎日楽しそうだもの。天くんのおかげよ」
「俺は何もしてませんよ。千歌さん達の影響でしょう」
「・・・天くんは本当に謙虚ね。彼女に聞いてた通りだわ」
微笑む奈々さん。
「私、『その子はそんなに信頼出来る子なの?』って聞いたのよ。そしたら彼女、何て答えたと思う?」
「・・・何て答えたんですか?」
「『娘を嫁にあげたいと思えるくらい信頼してるわ』ですって」
「あの人はまたそういうことを・・・」
「『そうすれば、天くんは本当に私の息子になるもの』とも言ってたわね」
「娘を何だと思ってんのあの人」
まぁことりちゃんと結婚出来るなら、俺としては本望だけども。
「確かに、千歌ちゃん達の影響も大きいと思うわ。でもそれ以上に、天くんの存在が凄く大きいと思うの」
笑う奈々さん。
「天くんと一緒にいる時の梨子、本当に楽しそうだもの。今まで女の子の友達はいたけど、男の子とここまで打ち解けてる姿は見たこと無いわ」
「・・・まぁ、無自覚にフッてたみたいですからね」
当の本人は『モテなかった』とか言ってたけど・・・本当に罪深い人だと思う。
「天くんと接してみて、彼女の言ってたことがよく分かったわ。本当にありがとう」
「よして下さいよ。本当に大したことはしてないんですから」
「フフッ、じゃあそういうことにしておくわ」
クスクス笑っている奈々さん。
「今まで黙っててゴメンなさいね。彼女から『しばらく秘密にしておいて』って言われてたから」
「・・・まぁ良いです。それより、ピアノコンクールのことですね」
「そうね・・・多分あの子、出ないつもりなんだと思うわ」
天井を見上げる奈々さん。
「今のあの子にとっては、スクールアイドルの方が大事なんでしょうし・・・あの時のことも、まだ引きずってるんじゃないかしら」
「・・・奈々さんは、出てほしいと思いますか?」
「んー、そうねぇ・・・」
奈々さんは考え込むと・・・少し寂しそうな笑みを浮かべた。
「コンクールに拘るつもりは無いけど・・・私はただ、あの子が楽しそうにピアノを弾く姿を見たい。それだけよ」
「奈々さん・・・」
奈々さんの切実な願いを聞き、何も返すことが出来ない俺なのだった。
*****
「奈々さんと南理事長が知り合いだったとは・・・」
俺は砂浜に続く石段に座り、夜の海を眺めていた。
月の光が海に反射し、昼間には見ることが出来ない景色が広がっている。
「ピアノコンクールかぁ・・・」
ネットで調べてみたところ、何とラブライブの予備予選と同じ日だった。
梨子さん、ピアノコンテストよりラブライブを優先させるつもりなのかな・・・
もしそうなら、Aqoursとしてはありがたい話なんだろうけど・・・
「・・・本当にそれで良いのかな」
梨子さんが内浦に来たのは環境を変えることが目的であり、それはピアノと向き合う為だったはずだ。
それほどピアノと真剣に向き合ってきた梨子さんが、ピアノよりスクールアイドルを優先しようとしている。
果たしてそれは、梨子さんにとって良い選択なんだろうか・・・
「こんな所にいたんだ」
考え事をしていると、頭上から声がした。
見上げると、二つの大きな山が・・・
「・・・デカいな」
「セクハラ発言禁止」
山の間から顔を覗かせた果南さんが、呆れたように言う。
「千歌の部屋に戻らないの?皆もう寝ちゃったよ?」
「いや、寝るの早くないですか?まだ九時ですよ?」
「よっぽど疲れたんだろうね。もう爆睡してたよ」
苦笑する果南さん。
まぁ体力に余裕があったの、果南さんくらいだもんな・・・
「隣、良い?」
「どうぞ」
俺の隣に腰を下ろす果南さん。
髪を下ろしているせいか、いつもと少し違う印象を受けてドキッとしてしまう。
「ん?どうかした?」
「いや、何でも・・・」
果南さんの問いに言葉を濁す俺。
果南さんは不思議そうに首を傾げると、目の前に広がる海を見つめた。
「・・・ねぇ、天」
「何ですか?」
「鞠莉のこと・・・どう思ってる?」
「・・・そうですねぇ」
いつかは聞いてくるんじゃないかと思っていた。
俺と小原理事長の間に微妙な距離があることは、果南さんなら気付いているだろうから。
「嫌いではないですよ。イマイチ距離感が掴めないんで、どう接していいか分かりませんけどね」
「・・・鞠莉が天を脅したこと、まだ引きずってる?」
「・・・そうだと思います」
正直に答える。ここで言葉を濁すことはしない。
「勿論、許したつもりではいるんですけど・・・脅された時、本当にショックだったんですよ。昔は本当に仲良しだったのに、久しぶりに会ったらあんな風に脅されて・・・正直心のどこかで、小原理事長を信じきれていない自分がいます」
「・・・無理もないよ。鞠莉はそれだけのことをしたんだから」
溜め息をつく果南さん。
「ただ、私は天のことも鞠莉のことも大好きだからさ。二人の間に距離があるのが、見ててちょっと悲しいっていうか・・・いたたまれない気持ちになるんだよね」
「・・・すいません」
「あ、天を責めるつもりなんてないよ?さっきも言ったけど、そうなっちゃうのも無理ないだろうし」
果南さんはそう言うと、俺に視線を向けてきた。
「・・・実はね、天。天がAqoursのマネージャーを辞めるって言った時、私は鞠莉からある話を聞いたの」
「ある話・・・?」
「うん、私も聞いてビックリしちゃった。『え、そうだったの!?』って」
「何ですかその気になるフリは。教えて下さいよ」
「うん、実はね・・・」
果南さんはそう言うと、小原理事長から聞いたという話を聞かせてくれた。
それを聞いた俺は、驚きのあまり呆然としてしまうのだった。
どうも〜、ムッティです。
さてさて、今回は天が奈々さんや果南ちゃんとお話していましたが・・・
奈々さんが南理事長の知り合いというのは、言わずもがなオリジナル設定です。
内浦への引っ越しや浦の星への転入理由を考えた時に、『そういうことにしてしまおう』と思いまして。
実際、何で引っ越し先が内浦だったんでしょうね?
ご存知の方、教えて下さい(´・ω・`)
あとは梨子ちゃんがコンクールでピアノを弾けなかった時の心境や、奈々さんの梨子ちゃんに対する思い・・・
これもあくまで想像ですので、悪しからず・・・
そして出てきた、果南ちゃんが鞠莉ちゃんから聞いたという話・・・
一体何の話なのか・・・
申し訳ありませんが、あと少しだけ引っ張ります(>_<)
これからの展開をお楽しみに(・∀・)ノ
それではまた次回!以上、ムッティでした!