「・・・ん」
ふと目が覚める。外が暗いので、恐らくまだ夜中だろう。
もう一度寝ようとしたところで、ベッドで寝ていたはずの千歌さんが椅子に座っていることに気付いた。
「・・・千歌さん?」
「あ、天くん・・・起こしちゃった?」
「いえ、何か目が覚めちゃって・・・」
小声で会話する俺達。
と、千歌さんが苦笑しながら俺の方を見る。
「それにしても・・・何か違和感のある光景だね」
「あぁ、これですか」
苦笑しながら、俺を抱き枕にして寝ている鞠莉ちゃんを見る。
あの後仲睦まじく部屋に戻った俺達を見て、皆もの凄くビックリしていた。
まぁ今まで距離のあった二人が、身体を寄せ合って帰って来たらそりゃビックリするよな・・・
「俺としては懐かしいですけどね。小さい頃の鞠莉ちゃんは、いつもこんな風に俺にベッタリくっついてましたから」
「私の中だと、二人の間に距離があるイメージが強くてさぁ・・・目の前の光景が信じられないよ」
「すぐに慣れますよ」
笑みを浮かべ、鞠莉ちゃんの頭を撫でる。
「・・・やっと仲直り出来たんです。もう手を離したりしません」
「・・・そっか」
微笑む千歌さん。
「ところで、千歌さんも目が覚めちゃったんですか?」
「あぁ、うん・・・ちょっとね」
困ったように笑う千歌さん。
「もう一度寝ようとしたんだけど・・・梨子ちゃんのこと考え始めたら、何か寝れなくなっちゃって」
「・・・ピアノコンクールですか」
あれから千歌さんとは、そのことについて何度か話をしていた。
奈々さんから聞いた話や、ピアノコンクールの日とラブライブ予備予選の日が重なること・・・
梨子さんが言っていたことも、千歌さんには全て話してある。
「私ね、考えたんだけど・・・やっぱり梨子ちゃんは、ピアノコンクールに出るべきだと思う。たとえラブライブの予備予選に出られなくても」
いつになく真面目な表情で語る千歌さん。
「でも・・・梨子ちゃんは、ピアノよりもスクールアイドルを優先しようとしてる。そんな梨子ちゃんに、どうやって私の気持ちを伝えたら良いのか・・・」
悩む千歌さん。どうやって、か・・・
「・・・そういえば、ピアノを弾く梨子さんをちゃんと見たことってないですよね」
「あぁ、確かに・・・前にちょっとだけ見たことはあるけど・・・」
「・・・じゃあ見せてもらいましょうか」
「え?」
首を傾げる千歌さん。
俺は鞠莉ちゃんを起こさないように抜け出すと、寝ている梨子さんの耳元にそっと顔を近付け・・・
「・・・わんっ」
「ひぃっ!?」
飛び起きる梨子さん。慌てて辺りをキョロキョロと見回す。
「・・・あれ?」
「・・・自分でやっといてアレですけど、上手くいきすぎて引きますね」
「どんだけ犬が怖いの梨子ちゃん・・・」
呆れる俺と千歌さん。
「天くん?千歌ちゃん?今犬の鳴き声がしなかった?」
「気のせいです」
「いや、でも確かに・・・」
「気のせいです」
「わ、分かったってば!」
鼻がくっつくほど顔を近付けて、強引に押し切る。
「さぁ、梨子さんが起きたところで・・・行きますか」
「え、どこに?」
千歌さんの質問に、俺は笑みを浮かべて答えるのだった。
「決まってるじゃないですか・・・夜中にピアノを弾いても大丈夫な場所ですよ」
*****
「・・・ここ、天くんの家だよね?」
「そうですよ」
戸惑いながら尋ねてくる梨子さんに、頷いて答える俺。
俺・千歌さん・梨子さんの三人は、俺の家へとやって来ていた。
「・・・ここが夜中にピアノを弾いても大丈夫な場所?」
「・・・そもそもピアノなんてあったっけ?」
「まぁまぁ、とりあえず上がって下さい」
二人を家の中に招き入れる俺。
玄関から入ってすぐ右手にある部屋のドアを開け、中の電気を点ける。
「じゃーん」
「えぇっ!?」
「嘘!?」
部屋の中央を見てビックリしている二人。
そこには、グランドピアノが鎮座していた。
「ちょ、天くん!?どういうこと!?」
「んー、話すとちょっと長いんですけど・・・」
苦笑する俺。
「鞠莉ちゃんから聞いた話によると、この家を建てた人って鞠莉ちゃんのお父さんの知り合いなんですって。その人はピアニストで、このグランドピアノもその人の物だったみたいです」
グランドピアノに手を添える俺。
「でもその人、海外に引っ越すことになったらしくて。その時に鞠莉ちゃんのお父さんが、この家を土地ごと買い取ったんですって。当時の小原家は淡島のホテルに住んでたそうなんですけど、こっちにも家があった方が便利だろうって考えたみたいですよ。まぁ結局、使うことはほとんど無かったみたいですけど」
「流石は大富豪・・・考えることが庶民とは違うね・・・」
唖然としている千歌さん。
確かに、なかなか理解出来ない考えだよな・・・
「まぁその人も引っ越し先が海外っていうことで、家で使ってた物のほとんどを置いていったそうなんですよ。その中の一つが、このグランドピアノっていうわけです」
「こ、こんな高価な物を・・・」
表情が引き攣っている梨子さん。
きっとその人もボンボンだったんだろうな・・・
「まぁ、俺としてはラッキーでしたけどね。家具や電化製品が揃ってるんで、生活するのに困りませんし」
「あ、確かに・・・でも、ちゃんと使えてるの?長年使われてなかったんでしょ?」
「その辺りは小原家の方でチェックしてくれたみたいで、全然問題ありませんでした。入居前の清掃も小原家の方でやってくれたらしくて、隅々まで綺麗になってましたよ」
「・・・至れり尽くせりね」
どこか呆れている梨子さん。
ホント小原家凄いよな・・・
「ちなみにこの部屋、ちゃんと防音対策が施されてるそうですよ。ここなら思いっきりピアノを弾いても大丈夫です」
「ちなみに聞くけど、このピアノの調律は・・・」
「それも小原家がやってたみたいです。この前真姫ちゃんが来た時に弾いてもらったんですけど、『完璧の一言に尽きるわ』ですって」
「・・・もう何も言えないわ」
溜め息をつく梨子さん。
俺は苦笑すると、ピアノの前に置いてある椅子を引いた。
「梨子さん、どうぞ」
「ほ、本当に弾くの・・・?」
「ここまできて何言ってるんですか。家から楽譜だって持って来てくれたのに」
「こ、これは・・・」
手に持っている楽譜をギュっと握り締める梨子さん。
「・・・それ、海の曲ですよね?」
「っ!?な、何で分かるの!?」
「海の音を聴いてから、頑張って作曲してることは奈々さんから聞いてましたからね」
「もう、お母さんったら・・・」
恥ずかしそうに俯く梨子さん。
そんな梨子さんの背中に、千歌さんがそっと手を添える。
「私も聴いてみたいな。梨子ちゃんが作った海の曲」
「・・・あんまり良い曲じゃないよ?」
「お願い!少しだけで良いから!」
必死に頼み込む千歌さん。
梨子さんは溜め息をつくと、俺が引いた椅子に腰掛けた。
「・・・少しだけだからね」
「梨子さん・・・真姫ちゃんのツンデレがうつりました?」
「誰がツンデレよ!?」
「あぁ、すみません。元々でしたね」
「しばくわよ!?」
俺を睨みつつ、楽譜を立て掛ける梨子さん。
楽譜の一番上に曲名が書かれていた。
「『海に還るもの』ですか・・・良い曲名ですね」
「・・・別に」
「今の時期にそのネタは止めた方が良いですよ」
「何の話!?」
ツッコミを入れつつ、鍵盤に両手を置こうとする梨子さん。
しかし、その直前で一瞬手が止まってしまう。
「・・・大丈夫ですよ」
梨子さんの手に、そっと自分の手を重ねる俺。
「上手く弾こうとか、そんなこと考えなくて良いんです。梨子さんの好きなように弾いて下さい」
「天くん・・・」
「っていうか、何ちょっと緊張してるんですか。俺達の仲でしょうに」
「・・・フフッ、どんな仲よ」
クスッと笑う梨子さん。緊張もほぐれたのか、ゆっくりと鍵盤に手を置く。
そして深く息を吸い込み・・・弾き始めた。
「わぁ・・・!」
顔を輝かせる千歌さん。
梨子さんの奏でる音は綺麗で美しく、聴いているだけでとても心地良かった。
優しくて、それでいて力強くて・・・まるで『桜内梨子』という人そのものが、音に表れているようだ。
それに・・・
「・・・良い曲ですね」
「・・・うん」
頷く千歌さん。
梨子さんは『あんまり良い曲じゃない』なんて言っていたが、とんでもない。聴く人の心を魅了する、素晴らしい曲だ。
この曲を作るのに、梨子さんがどれほど苦悩してきたか・・・それを知っているだけに、余計心に響くものがあった。
そっと目を閉じ、梨子さんの作り出す世界に浸る俺と千歌さんなのだった。
どうも〜、ムッティです。
実は先日、この作品の読者の方から支援絵というものをいただきました!
まさかそのようなものをいただける日が来るとは・・・
ありがたや・・・
まず一枚目がこちら。
【挿絵表示】
ルビィちゃん超可愛いんですけどおおおおお!
ルビィちゃんが可愛すぎて辛たん(´・ω・`)
そして二枚目がこちら。
【挿絵表示】
曜ちゃんの水着姿キタアアアアアッ!
ヤバい、超可愛い!
っていうか、二枚ともメッチャ上手くないですか?
絵のセンスが逢田画伯にさえ及ばないムッティからすると、上手すぎて言葉も出ないんですが(´・ω・`)
『ことりちゃん大好き』さん、本当にありがとうございました!
さてさて、本編では梨子ちゃんがピアノを弾いていましたね。
天の家にまさかのグランドピアノがある設定になっていますが、特に深い意味はありません(笑)
『夜中に学校が開いてるっておかしくね?』
『学校まで自転車で走ってたけど、いつもバス通学だしそこそこ距離あるよね?大変じゃね?』
という、どうでもいい細かいことが気になってしまっただけなので(笑)
梨子ちゃんの演奏を聴いた天と千歌ちゃんは、果たしてどうするのか・・・
これからの展開をお楽しみに(・∀・)ノ
それではまた次回!以上、ムッティでした!