メイドイン骨髄   作:紅羽都

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血小板ちゃんの設定はもう筆者にもよう分からんのでスルーでお願いします。


4層目

ここは血小板の体の中。

今日も血小板の細胞は、元気に働いて……いませんでした。

当然です。

血小板自体が細胞なので、その中には細胞はいません。

では、血小板の体の中は一体どうなっているのかというと、

 

「膨張した原子の一つ一つが、細胞のように様々な働きをしている。また、原子の内部には解析不能な謎の力場が発生。恐らくは、この力場が様々な異常現象の元凶でしょう。何にせよ、これは最早原子とは呼べませんね。

そして、これらが細胞で無いとなると、血小板自体が一つの大きな細胞であり、内臓に似た器官は全て細胞小器官ということですか」

 

このようになっているようです。

 

 

 

ボンドルドは、レントゲン写真と皮膚組織の拡大写真を片手に、手術台に横たわっている血小板を見つめます。

血小板は手術用の衣服に着替えさせられており、トレードマークの帽子も外されていました。

そして傍らには、手足の動きを封じる為の厳つい枷が、役割を果たすことなく転がっていました。

更に、手術台の脇には、メスやハサミ、ピンセットなどの手術道具が用意されていましたが、これらも手付かずのまま放置されています。

 

「血小板は、非常に高度に進化した単細胞生物。そして、その正体は祝福により人型を得た本物の血小板、ですか」

 

ボンドルドは、背後に控えていた祈手に写真を渡すと血小板の首に手を当てました。

 

【祈手

アンブラハンズ。ボンドルドが率いる探窟隊の総称。ボンドルドの研究の助手も務めている。】

 

それから、胸に聴診器を当てたり、瞳孔をチェックしたり、腹部を触診をしたりと、体の様々な部分を診察していきます。

30分近くの入念な診察を終えて、ボンドルドは小さく溜息を吐きました。

 

「分かってはいましたが、体のつくりが人間とはまるで違いますね。是非とも解剖してみたいものですが、触診すらまともに出来ないとなると、困りましたね」

 

顎に手を当てて考え込むボンドルド。

医学に深く精通している彼ですが、流石に単細胞生物に対して執刀を行なったことはないようです。

それに加え血小板の体は、これまで解剖してきたどんな生物と比較しても特殊に過ぎました。

レントゲンに映されたのは、100を超える細胞小器官の数々。

そして、それらの器官を動かしているのは人知を超えたアビスの力です。

つまり、どの器官がどんな仕組みでどんな働きをしているのか、その全てが分からないのです。

 

「傷口を閉じる術を確立出来ていない以上、メスを入れる訳にはいきませんね。新たな検体の当てもできたことですし、そちらを優先しましょう」

 

ボンドルドは渋々、使わなかった手術道具や拘束具を片付け始めました。

 

「……んぅ、あれ?ここ……どこ?」

 

と、ここで血小板が目を覚ましました。

手術台の上で体をモゾモゾと動かし、上体を起こします。

そして、ツンと鼻を突く消毒液の匂いに首を傾げます。

 

「おや、気が付きましたか?丁度良かった。

ここは医務室です。あなたの体に異常がないか調べていたんですよ。派手に転んでいましたからね。何も問題が無いようで安心しました」

 

目を覚ました血小板の質問に対して、いけしゃあしゃあと答えるボンドルド。

執刀可能であれば、寝ている間に麻酔無しでバラし始める気満々だったというのに、白々しい事この上ありません。

 

「血小板にはいくつか聞きたいことがあります。目覚めたばかりで申し訳ありませんが、答えられますか?」

 

「ふわーぁ……うん、だいじょうぶ」

 

寝起きでぼやける眼を擦る血小板。

その姿からは、一つの細胞で肉体ができているとはとても想像できません。

ボンドルドは、血小板の動作を注視しながら質問を始めました。

 

「まず、昨日の夜何をしていたか覚えていますか?」

 

「きのう?えっと、きのうは……みんなが寝ちゃって。それから……それから、ししょーの声が聞こえてきたの」

 

「ほう、師匠ですか。それは……ひょっとすると巨核球のことですか?」

 

「うん、そうだよ。ボンドルドのお兄さん、ししょーのこと知ってるの?」

 

「少しだけですが、知っていますよ」

 

【巨核球

骨髄中最大の造血系細胞。 1個の巨核球から数千個の血小板が作成される。】

 

血小板の師匠となると、血小板を産出する細胞、巨核球のことではないかと考えたボンドルド。

その推理は見事に的中していました。

因みに、巨核球という名前を考案したのはボンドルドです。

その働きについて発見したのも、勿論ボンドルドです。

 

「それで、巨核球は何と言ったのですか?」

 

「うーん、全部は覚えてないけど——」

 

血小板は、昨夜聞いた巨核球の言葉を、覚えている限り話しました。

 

「——成る程、それで逸早くアビスから脱出しようとしたのですね。では、あの洞窟へ向かったのは何故ですか?あの辺りには、上へと続く道はありませんが」

 

「えっとね、あの洞窟から赤血球のお姉ちゃんの声が聞こえてきたの」

 

「ふむ、赤血球……」

 

【赤血球

ヘモグロビンを多く含むため赤い。血液循環によって酸素と二酸化炭素を運搬する。】

 

因みに、赤血球や、赤血球の働きについて発見は、流石にボンドルドが生きる時代より遥か昔に済んでいました。

ですが、血液型を発見してA, B, O, AB型に分類したのは当然ボンドルドです。

 

「うん。それで、赤血球のお姉ちゃんがね——」

 

血小板は、昨夜聞いた赤血球の言葉を、覚えている限り話しました。

 

「——だからね、赤血球のお姉ちゃんに会えると思ったの。でも、お姉ちゃん見つからなかったから、探してて……そしたら、変なのに引っ張っられて、すごく怖くて……」

 

「そこまで、もう大丈夫です。すみません、嫌なことを思い出させてしまいましたね」

 

洞窟で謎の生物に襲われたことを思い出してしまい、顏を青ざめさせた血小板。

どうやら、あの出来事がトラウマになってしまっているようです。

ボンドルドは頭を撫でて、怯える血小板を落ち着かせます。

 

「もう少しで終わります。次が最後の質問ですから、それまで我慢してください」

 

ボンドルドはそう言うと、血小板が落ち着くまで待ちました。

そして、血小板が平静を取り戻したと分かると、彼女の帽子を頭に被せてあげました。

代わりに、ボンドルドの手は頭を離れます。

 

「では、最後の質問です」

 

頃合いを見計らって、ボンドルドは口を開きました。

 

「赤血球の帽子は、赤色ですか?」

 

それはまるで、赤血球が帽子を被っていると知っているような口ぶりでした。

確信している事柄を念押しとして尋ねるような、そんな聞き方です。

帽子を被っているという情報は、巨核球の名前を当てた時と違い、変化した細胞の容姿を知らなければ分からない筈です。

血小板も疑問に思ったのか、首を傾げました。

 

「うん、そうだけど、赤血球のお姉ちゃんのことも知ってるの?」

 

「知っていますよ。赤血球は酸素と二酸化炭素の運搬を行う、血液中の細胞成分です」

 

「えっと……もしかして、ボンドルドのお兄さんって、元の世界……アビスの上の世界に行ったことがあるの?」

 

「勿論、ありますよ」

 

即答でした。

それも当然です。

アビスの上の世界といえば、それ即ち地上のことであり、ボンドルドが元々暮らしていた場所です。

地上とアビスを自由に行き来出来るボンドルドにとって、それは何のこともない質問でした。

ですが、血小板にとっては、その回答の重要度は大分異なります。

 

「……ボンドルドのお兄さん。あのね、お願いがあるの」

 

「なんでしょう?」

 

「わたし、アビスを登って元の世界に行かなくちゃいけないの。でも、行き方がわからなくって……

だから、お願いです!わたしがアビスを登るのを、手伝ってくれませんか!」

 

元の世界への道しるべ、それは血小板が今、最も欲しているものでした。

一度出たら、二度と戻れないと言われる外の世界。

アビスと言う名の、右も左も分からない辺境の地。

唯一の手掛かりであった赤血球の言葉も、先の見えない洞窟で行き止まってしまいました。

そんな血小板にとって、ボンドルド発言は、洞窟の奥で見つけた一筋の光明のように見えました。

 

「当然、いいですよ」

 

「……いいの?本当に手伝ってくれるの?」

 

だから、血小板は足を踏み入れてしまったのです。

その光明が、湧き出る溶岩の光だとは知らずに。

人間をドロドロに溶かして壊してしまう狂気の波に、身を晒してしまったのです。

 

「勿論です。アビスのことなら私に任せてください。何せ、私は白笛の探窟家なのですから」

 

ボンドルドは、血小板が考えるアビスの上の世界が、血管の中のことだと理解していました。

血小板にとって、とても重要な質問であることも理解していました。

理解していながら、行ったことがあると答えたのです。

 

「ありがとう!ボンドルドのお兄さん!」

 

「礼を言う必要はありませんよ。アビスを踏破するのは、私の目標でもありますからね」

 

その返答に、血小板を騙そうという意思や、悪意などはありませんでした。

ただ、ボンドルドにとっての事実を語っただけなのです。

 

「ですから……その為に、キミも協力してくださいね」

 

「うん!」

 

嬉しそうに頷く血小板の頭を、ボンドルドは優しく撫でました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数日後。

 

「んなぁー、どーすっかなぁ……」

 

ナナチは今日、何度目かの溜息を吐きました。

表情は暗く、心なしか瞳も淀んで見えます。

何故ナナチは悩んでいるのか、それは数日前に発生したちょっとした事件が原因でした。

それは、血小板脱走事件。

イドフロントで暮らす殆どの者にとって、何の影響も及ぼさ無かった瑣末なその事件ですが、ことナナチに限ってはとんでもない一大事だったのです。

 

「何で、よりにもよってオイラの用意した抜け道使っちまうんだよー!」

 

あの日、全ての出入り口がしっかりと管理されていた筈のイドフロントから、血小板が何故抜け出せたのか。

その理由は、ナナチが予め仕組んでいた脱出ルートを、血小板が偶然発見してしまったからでした。

当然、その脱出ルートの情報は血小板からボンドルドへと渡り、今はもう使うことは出来ません。

血小板は、意図せずナナチの脱出計画を台無しにしてしまったのです。

 

(何とかして、抜け出せそうな場所を見つけねーと……)

 

ナナチは、天井を見上げます。

そこには、無骨なダクトが壁から顔を覗かせていました。

あれを辿れば、外に出られるでしょう。

しかし、ダクトの口は鉄の格子で塞がれてしまっていました。

それに幅が狭く、ナナチが通るのはかなり厳しそうです。

 

コッ、コッ、コッ

 

ナナチの長い耳が、人の足音を捉えます。

忌々しく恐ろしい、あの男の、ボンドルド足音です。

ナナチは、思わず逃げ出したくなるのを堪えて、ボンドルドが来るのを待ちました。

どうせ逃げても無駄なのですから、嫌なことは早く終わらせるに限ります。

やがて、曲がり角からドス黒い人影が姿を現しました。

 

「ナナチ、ここにいましたか。これから、実験の手伝いをしてもらいます」

 

「…………」

 

嫌だ、やりたくない、そう言えたらどんなに楽なことか。

しかし、ナナチは首を縦に振るしかありません。

この地獄から脱け出す為の蜘蛛の糸は、数日前に絶たれてしまったのですから。

 

「ナナチも喜んでください。素晴らしい検体が手に入ったんですよ」

 

楽しそうに声を弾ませるボンドルドを、ナナチは白い目で見つめました。

その口から発せられるであろう、ロクでもない言葉を黙って待ちました。

そして、そんなナナチの冷めた反応を気にも留めず、ボンドルドは口を開きます。

 

「キミにも先日会わせましたね。これから行うのは、血小板を使った上昇負荷の実験ですよ」

 

ああ……やっぱりロクでもない。

ナナチはそう思いました。

 

 

 

今日はここまで。


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