その剣、二の太刀要らずが故に   作:鉄の字

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第二話『雲耀』

 

始まりの季節。

花が咲き誇り、少しの風で散る花びら。

寒かった気温が徐々に暖かくなり、夜でも長袖一枚で過ごせるようになっていた。

 

その中でイシキ・シーマンズは──

 

(鶏が………唐揚げの鶏の残りカスが奥歯に詰まった………!)

 

──口の中に手を突っ込んでいた。

 

「爪楊枝で取れるか………つーか、家に爪楊枝あったか………?」

 

今から家に帰るのはあまりにも遠い。

電車があるかどうか分からないが取り敢えず駅に向かって歩いていく。

 

静かな道を歩き、暗くなった空を見上げる。

 

木の棒に吊るされ揺れる風呂敷に入った中の荷物は着替えや日用品、通信教育の教材、そして、少しばかりのお金だけ。

物心付いた時からこのセットを棒に下げながら歩いていた。

 

ただ親に教わった剣技を何度も繰り返す日々。

その剣をぶつける相手は居らず、ぶつけると剣は折れ、相手は直ぐに倒れる。

 

だから、恋がれていた。

まだ見ぬ、己の剣をぶつけてくれる相手を。

 

そんな事を己の胸に秘めていた。

 

その時だった。

 

「イシキ・シーマンズさんとお見受けします」

 

突如背中に掛けられた女性の声。

 

声のする方へ振り向くとそこには碧銀の髪をツーサイドアップに纏めバイザーを付けた少女が街灯の上に立っていた。

 

その姿は古代の時代よりやって来た少女と言った方が正しいか。

バリアジャケットであろう古めかしい武道着に身を包んだ少女はこのミッドチルダではとても浮いていた。

 

「貴方に二つ聞きたい事があります」

 

「………おい」

 

「すみません。私はハイディ・E・Sイングヴァルト。『覇王』を名乗らせて頂いています」

 

「いや、そうじゃなくてだな」

 

名乗らないのが失礼だと思ったのか少女はバイザーを外す。

青系の虹彩異色の瞳を晒し、己の名前を言ったがイシキに否定される。

 

片眉を上げながら疑問に思う少女にイシキはゆっくりと人差し指を少女…………の下半身に向ける。

 

「そんな高い所にいるとパンツ見えるぞ。つーか、現在進行形で丸見えですけどありがとうございます」

 

「………?ッッッ?!?!!」

 

イシキの言葉が一瞬理解できなかったのか首を傾げゆっくりと自身の下半身へ視線を下ろしていく。

そして、意味がわかったのか顔を真っ赤にしあたふたと慌てだした。

 

しかし、少女が立っている場所は街灯の真上。

その不安定な場所で暴れると──

 

「あっ」

 

──地面に真っ逆さまに落っこちた。

それも頭から真っ直ぐに。

ゴチン、と。

 

「おお、痛そうだな………」

 

この男、他人事である。

実際他人なのだが。

 

地面を陸に打ち上げられた魚の如くじたばたする少女に取り敢えず安否を確認しておく。

 

「あー、大丈夫か?」

 

「は、はい………何とか………」

 

「脳内出血の可能性があるから念の為に診てもらった方がいいぞ」

 

「………お気遣いありがとうございます」

 

「ああ、じゃあ、気をつけてな」

 

「あ、お疲れ様です……………………って、待って下さい!」

 

「何だ?俺のことが好きなのか?ごめんな。先ずは文通友達からで始めようぜ」

 

「勝手にフラれた!?そうじゃないのです!」

 

「じゃあ、何のようなんだ?」

 

肩を棒でポンポン叩きながら尋ねるイシキ。

『やっと本題に入れる』と少女は心の中で溜息を吐き、先程のシリアスな空気を醸し出す。

 

まぁ、目の前の男は鼻をほじっているが。

そして、くしゃみしている。

 

「私の覇王流と貴方の二の太刀要らずの剣、どちらが強いのか確かめさせてください」

 

「断る。そんな理由に剣を抜く価値は無い」

 

たかが腕試しの為に一撃必殺の剣を使えない。

『そんな事の為にパンチラしてたのか。馬鹿馬鹿しい』と心中でボヤく。

 

「お前、最近噂になっている通り魔だろ?殴り合いがしたいなら、そこらのジムに行けばいい。お前だったらいい選手になれるぞ」

 

さっさと寝たい。

そう思い、お引き取り願おうと話を手短に終わらせようとする。

しかし、返ってきた少女の言葉はあまりにも淡々と、だが重い使命が乗せられていた。

 

「お気遣いありがとうございます。しかし、私が拳を振るう意味はそこにはありません。数多にいるベルカの王達を倒し覇を成す。それが私の拳を振るう意味」

 

「…………あ?」

 

その言葉にイシキの体がピクリ、と反応する。

やる気無さげだった瞳に炎が宿る。

 

「例え、王が一般人でもか?」

 

「はい」

 

「普通に暮らしていてもか………?」

 

「勿論です」

 

「何も分からない無力な女の子だとしてもか………!」

 

「無力な王ならば、この手で屠るまで」

 

 

 

 

 

 

その時、イシキに思い出されたのは教会の裏庭での思い出。

 

 

 

 

 

 

共に過ごしたのは一瞬だけ。

 

しかし、自身を『お兄ちゃん』と呼んでくれた無垢な少女の紅色と翡翠色をした瞳の眼差し。

 

鍛錬だけだったあの頃の自分に笑顔をくれたあの少女。

 

 

 

 

 

 

握り締められ震えていた拳が解かれる。

 

「………分かった。受けてやるよ」

 

「ありがとうございます。では防護服を」

 

「いや、デバイスは前に壊れていてな………」

 

そう言うとイシキは荷物から一本の長い木の棒を取り出した。

 

「………これでやってやるよ」

 

それを見た少女は見るからに不機嫌そうに眉を顰める。

 

「舐めているのですか?」

 

「鍛錬用のこれしか無いんだ。我慢してくれ」

 

「…………分かりました。では────」

 

少女はゆっくりと構える。

脚は撞木の形にして半身になる。

右手は腰へと引き、左手は前へと出していた。

 

(この距離で構えた………すり足でゆっくりと距離を詰めるつもりか?)

 

対するイシキは木の棒を大きく掲げ、右肘を大きく横に張り出した姿勢をとる。

 

『蜻蛉』と呼ばれるその姿勢は一寸の隙もなく、少女は攻めあぐねていた。

 

(アレが蜻蛉………記憶と同じ姿勢)

 

少女はイシキの剣技を知っていた。

途切れ途切れにある『覇王』の記憶を己の記憶として思い出している。

あの戦乱の時代に突如現れた苛烈ながら鮮烈な剣を。

 

お互い胸の中の考えを顔に出さないまま数秒の時が流れる。

 

そして、動いたのは少女だった。

少し体が脱力したように前に倒れたかと思うと、イシキの目の前に少女が現れた。

 

その特殊な足運びによりまるで瞬間移動かのような動きを見せる少女。

完全にイシキの間合いに入り、後はこの拳を腹に叩き付けるだけだった。

 

足を踏み出し、腰を捻り、左拳を突き出す。

空気を割り、高速に放たれた拳は弾丸の如し。

 

もはや凶器となった拳がイシキの腹に着弾す──────

 

 

 

 

 

 

 

「ウオオオオオオオオオオ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

突然の大声と同時に頭頂に衝撃が走った。

少女の意志とは関係無く体に力が入らず崩れ落ちていく。

 

ぐらつく視界とボヤける意識の中で見たのは木の棒を袈裟斬りで振り抜いていたイシキの姿だった。

 

(そんな………さっきまで動いていなかったのに………)

 

そう、先に少女が拳を振るっていたのにも関わらず、それよりも先にイシキの木の棒が少女の頭を捉えていた。

 

(これが一撃必殺の剣………そして、クラウスに『初撃は外させろ』と言わせた………あの………)

 

そして、何も抵抗出来ないまま少女は地面に伏した。

 

「見たか、これが雲耀の太刀…………まぁ、死なないように手加減したから雲耀どころか厘すら到達してないけどな」

 

『雲耀』

それは稲妻を意味する言葉。

イシキが学ぶ剣技の奥義であり、コンセプトである。

 

──秒

脈四回半の速さ。

 

──絲

秒の十分の一の速さ。

 

──忽

絲の十分の一の速さ。

 

──毫

忽の十分の一の速さ。

 

──厘

毫の十分の一の速さ。

 

──雲耀

厘の十分の一の速さ。

 

つまり、稲妻の速さで敵よりも早く斬ると言うことである。

 

「さてさて、このまま放っておくのは危ないしどうしたもんか………お?」

 

少女の体が緑色の光に包まれたかと思うと先程とは体が縮み幼くなった姿があった。

格闘家の様な服から白いワンピースを見に纏った少女は十歳を越えたくらいの歳か。

これが本来の姿なのだろう。

 

「魔法で体を大きくしていたのか。よく感覚がブレないもんだな」

 

とりあえず身分を証明する物は無いかと少女のワンピースのポケットに手を入れようとした時だった。

 

「何しているんだ?」

 

振り返ればバッグを持った短い赤髪の女性がそこにいた。

鋭い目付きの視線は小さくなった少女へと向けられ、そして、更に鋭くなりイシキに向けられる。

 

女性の目の前には気絶している美少女。

その傍で手を少女に近づけている木の棒を持った少年。

完全にギルティである。

 

「…………何していやがる?」

 

先程とドス五割り増しの声をかけられるイシキ。

瞬時に状況を理解したイシキは両手をゆっくりと上げ弁明の言葉を口にした。

 

「………………俺は、無罪です」

 

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