女神転生ⅣFINAL短編集   作:アズマケイ

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太陽を知らない子供達(アサヒとナナシ)

単なる好奇心だった。アサヒの知る世界はいつも賑わい、喧噪に包まれているのに、彼の周りだけが酷く静かだったから。

 

 

「ねえ」

 

「阿修羅会公認のお店にようこそ、小さなお客様?お使いかしら?」

 

「むぅ、違うよ」

 

「あら、そうなの?」

 

「うん。あのね、聞きたいことがあるの」

 

「なにかしら?」

 

「あのね、昨日、あたしくらいの男の子こなかった?」

 

「さあ、どうかしら。毎日たくさんのお客様がいらっしゃるから、ちょっとわからないわね」

 

「えーっ、知らないの?あたし、見たのに」

 

「ごめんなさいね、小さなお客様。ほかのお客様がいらしたから、また今度ね」

 

 

アサヒの後ろには人外ハンターの男達が列を作り始めている。錦糸町の人外ハンター商会のバーのマスターの娘となれば、所属するハンターはもちろん風の噂でアサヒのことを知る人間は多い。

 

 

「おーおー、マスターんとこの嬢ちゃんじゃねーか」

 

「あ、××おじさん」

 

「おー、よく覚えてたな、アサヒちゃん。さすがだぜ」

 

「あ、ほんとだ。マスター元気でやってる?アサヒちゃん」

 

「うん、元気だよ!」

 

「あそこの見習いの兄ちゃん、どもりは直ったのか?」

 

「うーうん、まだ直ってないよ?」

 

「そーか、ならそれを確かめてくるとすっか」

 

「どうしてこんなとこにいるのさ、お使いかい?」

 

「あ、おじさん」

 

「こーら、お兄さんといえお兄さんと」

 

「おにーさん?」

 

「なんで疑問符がつくかは見逃してやるけど、どうしたんだよ、こんなとこで」

 

 

アサヒは物怖じせずにハンター達に声をかける。

 

 

「ねえ、昨日、あたしくらいの男の子こなかった?」

 

 

ハンター達は顔を見合わせた。アサヒはこてんと首を傾げる。しばらくのアイコンタクトをとった結果、しらない、が答えだった。嘘だなあ、とアサヒは思った。誰も教えてくれないなら仕方ない。追いかけてみよう。そう思った。

 

 

たまにやってくる男の子は、錦糸町の子供ではない。地下鉄は狭い世界だ。悪魔と戦う手段を持たない人間は生まれたときからみんな顔見知りである。アサヒと同じくらいとなればそれこそ指折りしかない。知らないということは外から来た子だ。どうやって?どこから?ちょっとした好奇心は、なかなか見つからないせいで大きくなるばかりだ。

 

 

男の子は数ヶ月後にやってきた。アサヒと同じくらいの男の子だ。ずっと大きな青年たちと一緒だ。たくさんの袋をもって阿修羅会公認のお店に持ち込んでいる。アサヒも見たことがないものがたくさんあった。すごい、どこから持ってくるんだろう?

 

 

こっそりおいかけた。

 

 

青年たちにくっついて、男の子は線路のバリケードを越えて行ってしまった。やっぱり外から来たんだ。アサヒは目が覚めるようだった。外といえば地下鉄の外という前提だったが、食料倉庫もかねている線路の向こうは真っ暗だが、道は続いている。今まで行ったこともなかった。行こうと思ったこともなかった。バリケードの外はアサヒの世界ではない。興味もなかったが、好奇心が勝った。消えてしまった人影を追いかけようとしたアサヒは、見張りの男性に止められた。

 

 

「なにしてるんだ、君。出ちゃダメだよ」

 

「えー、どうして?さっきの男の子達はいいのに」

 

「・・・・・・見てたのか」

 

 

見張りの男性は困ったように頬を掻いた。説明に困っているようだ。

 

 

「ほんとはあの子達もダメなんだよ。地下鉄から出ないのが一番いいんだ」

 

「じゃあ、どうして外に出ちゃうの?」

 

「そうしないと、生活できないからだよ」

 

「どうして?」

 

 

不思議でたまらない。アサヒは首を傾げる。どこまで話したものか、彼は考えあぐねている。しばらくの思考の後、声を潜めて彼は言った。

 

 

「あの子達は、お父さんもお母さんも、ほかに頼れる大人がいないんだ」

 

「そうなの?」

 

「ああ。いろいろあって、君にとってのマスターや見習いの彼みたいな人が誰もいないんだよ。誰も頼れる人がいないから、一人で生きなきゃいけない。それじゃ難しいから、ああやってみんなで行動してるんだ」

 

「ふうん、そうなんだ。すごいね。あたしくらいの子もいるのに」

 

「・・・・・・ああ、うん、そうだね」

 

「どうしたの?おじさん」

 

「ここだけの話、あんまり、あの子達とは関わらない方がいいよ」

 

「どうして?」

 

「あの子達は何でもするんだ。生きるためなら、そう、なんだって。ここから食べ物や物を盗んでくことだってある。君のきれいな服や鞄だってとってくかもしれない。お金になるからね」

 

「そうなの?!」

 

「まだ子供だから目をつむってることもあるんだが、あんまり度が過ぎると俺たちも対応を考えないといけない。困ってるんだ、正直ね。だから、あんまり関わっちゃダメだよ。マスターの迷惑になる」

 

「そっか、知らなかった」

 

「可哀想ではあるんだけどね。俺たちにも生活があるからなあ、難しいな」

 

「難しいね」

 

「そういうわけだから、フェンスは乗り越えちゃダメだよ。ほらほら、戻った戻った。子供は地下鉄で遊ぼうね」

 

「はーい」

 

 

そして半年後、アサヒにとって大事件が起こる。その日は朝から騒がしかった。マスターや見習いの彼からいろいろ持ってくるように頼まれて、あっちこっちに駆け回ったことを覚えている。大人が商会にごった返していて、アサヒみたいな子供から同居している女の子のお婆ちゃんまでみんな忙しかった。人だかりに遮られて何にもわからない。マスターやお婆ちゃんといった大人達が帰ってこない日が一週間を過ぎた頃、マスターはようやく帰ってきた。男の子を連れて帰ってきたのだ。お試しで一緒に住むと。お互いうまくいったらそのまま新しい家族になるといって。じいっとアサヒを見つめていた男の子は、マスターを見上げる。

 

 

「おっさん、誰こいつ」

 

「おっさんじゃないって言ってるだろ、こら」

 

 

べし、と頭をこづかれて、男の子はいてえと叫んだ。

 

 

「こいつじゃないよ。あたしはアサヒって名前があるんだから」

 

「アサヒか、ふーん。いくつ?」

 

「あたし?7歳だよ」

 

「おんなじか。じゃー、呼び捨てでいいや。俺、ナナシ。よろしく」

 

「ナナシ?変な名前だね」

 

「こら、違うだろ。今日からお前は」

 

「だからいらねえっつってんだろ、おっさん」

 

「おっさんじゃねえっての。とーちゃんと呼べ、とーちゃんと」

 

「いきなりとーちゃんはねえわ」

 

「なら親父だな」

 

「マスターでよくね?」

 

「今日から俺がお前の親なんだよ。親をマスターとよぶ子供があるか」

 

「うっわ、うぜえ。一番うぜえやつだ」

 

「うるせえ。俺がせっかく考えた名前をなのれっていったろ?」

 

「だってネーミングセンスねえんだもん、おっさ」

 

「親父」

 

「だっ」

 

「親父」

 

「いひゃいいひゃいわーっははーっは、おはひ!」

 

「よーしよし。男の子がいたら親父って呼ばれるのが俺の夢だったんだよ、いやーうれしいね」

 

「なんだそりゃ」

 

「ねえー、結局名前はナナシなの?」

 

「ナナシでいいや、めんどくせえ」

 

「お前なあ、せっかく1週間悩んだのにそりゃねえだろ。親の気持ち考えろよ、なってねえなあ」

 

「親らしいことまだ1個もしてねえじゃねーか」

 

「言ったな、このやろう。よしわかった。明日からこき使ってやるから覚悟しろよ、ナナシ。男手が足りなくて困ってたんだよ」

 

頭をくしゃくしゃにされながら、ナナシと名乗った男の子は、なにすんだよ!と怒鳴りつけた。

 

「そっかー。よろしくね、ナナシ」

 

「おう、よろしく」

 

「ところでナナシはどこで寝るの?やっぱりお父さんと一緒の部屋?」

 

「そーだな」

 

「親父もあのおっさんも忙しいんだろ?もしかして一人部屋?」

 

「残念だったな、ナナシ。地下鉄はどこも満員だ。人外ハンターやってるマナブやニッカリさんと同室だ。ほら、挨拶してこい」

 

「げ、まじで」

 

「あっはっは、覚えてたか。そうだ、お前が盗んだギターの持ち主だ。こっぴどくしごかれたもんなあ!まずはその手癖の悪さをなおしてこい」

 

「この野郎、最初っからそのつもりで俺引き取りやがったな」

 

「あったりめえだろ。クソガキをまっとうな大人にすんのも大人の仕事だ」

 

 

逃げようとしたナナシをマスターは羽交い締めにする。逃げられないと悟ったナナシはがっくりと肩を落とした。首根っこをひっつかみ、ずるずるとマスターは部屋につれていく。アサヒは急いで隣の部屋に向かった。同居人の少女達とお婆ちゃんに新しい家族を紹介するためだ。新しい一日が始まりそうだった。

 

 

ナナシは何でも知ってる男の子だった。地下鉄から出たことがないアサヒよりずっと。ナナシの話を聞くのは楽しかったし、なんでもできた。ちょっと気をぬくとイタズラしたりアサヒたちをからかったりして怒らせたが、ごめんと謝れるから悪い子じゃなかった。なんだ、怖い人じゃないじゃない。あのおじさん嘘ついたのかな。それともナナシはいい人だからお父さん引き取ったのかな。わざわざ聞くのも変だからアサヒは聞かなかった。

 

 

「おい、ヤーマン。まーた遺物持ち込みやがったな?このままじゃオレたちの寝る場所なくなっちまうだろ。売れよ」

 

「いいだろ、別に。1人部屋みてーなもんだし」

 

「よくねーよ!あちこち駈けまわってやっとベッドに帰れたと思ったらこんな看板あったら寝れないだろう!せめーよ!」

 

「そうだぞ、ナナシ。寂しい想いをさせてすまないとは思うがな、せめてベッドやソファだけは確保してくれないか」

 

「はあっ!?なんでそうなるんだよ!」

 

「はっはーん。なんだ、そうなのかよ、ナナシ!それならそうと言ってくれりゃあいくらでも構ってやったのに!意外とシャイだな!」

 

「ちっげーよ、なんでそうなるんだ!わけわかんねえ!」

 

「今日は一緒に寝ようぜ、ナナシ!雑魚寝した方が落ち着くんだろ?可愛いとこあんじゃねーか、ほらこいよ、ヤーマン!」

 

「なんで俺が飛び込む前提なんだよ、ふざけんな!」

 

「ほらいけ、ナナシ」

 

「うわっ」

 

 

ぎゃいぎゃい賑やかな声が聞こえる。いつも空っぽだった隣の部屋が騒がしい。それだけでなんだか嬉しくなった。

 

 

来たばかりのナナシは早起きだった。マナブのいびきがうるさいとか、ニッカリさんの鍛錬が面白そうだとか理由は並んでたけども、とにかく早かった。いつもアサヒたちが起こされた。商会の雑用はアサヒたちの仕事だからいつも叩き起こされた。悔しくて早く起きようとがんばるのに、すでに準備万端のナナシがノックもせずに入ってくる。お構いなしで起こすからたまらない。そのうちヤケになったアサヒはものすごく早くに寝たことがある。それでもナナシはすでに起きていた。そのうちアサヒは気づいた。ナナシは寝てないんだと。寝てるけど時間が短すぎるんだと。よくよく観察してみれば、お手伝いの休みはうとうとしてる。待機してるときもカウンターの裏側で突っ伏している。昼寝してるから寝れないのだ、きっと。なんか赤ちゃんみたいだ。マスターや見習いの彼は咎めもしないし、常連のお客さんはよく寝てらと小突くし、にやにやしている。アサヒはお手伝いの時間になっても寝てるナナシを起こすようになった。ほっといたらいつまでも寝てるんだ、サボりはずるい。

 

恨めしげな眼差しにアサヒは満足げに笑った。いつも枕で叩いたり、布団から転げ落としたり乱暴な起こし方するからだ。

 

そのうち商会の雑用が増えてきて、ナナシのお昼寝タイムはなくなり、ナナシの睡眠時間も長くなってきた。数年経つとお寝坊さんはナナシの方になっていた。もうすっかりアサヒの朝一番の仕事はナナシの目覚まし時計である。

 

 

いつものようにナナシを起こそうとドアを開けた。

 

 

「ナナシー、起きろー。朝だよー」

 

 

ニッカリさんとマナブは定期の食料調達、マスターたちはすでに朝の仕込みでいない。開店時間までもうすぐだ。アサヒはいつものベッドを覗き込む。

 

 

「いつまで寝てるの、ナナシ。起きてってば、また朝ごはん食べられないよ?」

 

 

おーい、と呼びかける。身じろぐが返事がない。あれだけ早起きだったのに、今のナナシはいつまても寝ている。マスターたちはあんまり怒らない。おかげでとばっちりのアサヒは今日こそ一発で起こそうと体を揺らしたり、毛布をとったりした。

 

 

「うっうっ」

 

「ナナシ?」

 

 

 思わず手が止まる。ナナシが泣いてる。嫌な夢を見てるのかな、とアサヒはあわてて揺さぶる。ナナシが泣くなんて初めて見た。気が動転したアサヒはナナシに何度も呼びかける。尋常じゃない泣き方だ。つられてこちらまで泣きたくなるような、悲痛なものだ。不意に涙がこぼれた。心の片隅で鈍い痛みが生まれる。どうしたらいいのかわからなかった。

 

 

「ナナシ?」

 

 

ぱち、と目が開いた。

 

 

「ナナシ、大丈夫?」

 

「あさひ、う、う、」

 

「ど、どうしたの?どこか痛いの?」

 

 

ナナシは泣きじゃくりながら首を振る。寂しい。苦しい。誰か、誰か傍にいてほしい。嗚咽交じりの言葉にアサヒは何も言えなくなる。誰か呼ぶ?と聞いても首を振られる。ただ握られた手がすがっているようで、アサヒは包み込むことしかできない。ただナナシに涙は似合わない。アサヒはナナシの顔を伝う涙を、指でぬぐった。その指の感触に、ナナシの体中の体温が一気に上昇する。赤くなった。アサヒもなんだか恥ずかしくなって沈黙が降りる。

 

 

「あさひ」

 

「な、なに?」

 

「あさひ」

 

「ナナシ?」

 

 

 ナナシは何度もアサヒを呼んだ。でも心の中の感情が乱れすぎているのか、その先が続かない。もどかしい。もどかしくてつらい。そんなナナシが見ていられなくて、アサヒはナナシを優しく、守るように抱きしめる。

 

 

「あさひ」

 

「なに?」

 

「俺がいなくなったら、みんな心配してくれるかな」

 

 

 言葉を搾り出すようにナナシは言う。アサヒは背筋が凍った。お試し期間がまだ終わっていなかったからだ。

 

 

「駄目!」

 

「アサヒ?」

 

「ぜったい駄目!駄目、駄目なんだから!え、ナナシ、どっか行っちゃうの!?」

 

「いや、いかねーけど」

 

「なら言わないでよ、そんなこと!あたし、ナナシがどっかいったら駄目なんだから!」

 

「本当に?」

 

「ほんとに!ぜったいやだ!だからそんなこと言わないでよ、ナナシ!あたし、怒るからね!」

 

「あ、あははっ。なにマジになってんだよ、アサヒ。そんな怒るなよー」

 

 

ナナシは泣き笑いしながらアサヒの頭を撫でた。後にも先にもナナシが昔のことで泣いたのはこれきりだ。

 

ストリートチルドレンのグループが悪魔の軍勢に食い尽くされ、ほんの数人しか生きのこらなかった事件をアサヒが知るのはハンター見習いになってからである。

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