女神転生ⅣFINAL短編集   作:アズマケイ

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戦闘狂気(フリンとナナシ )

シェーシャが岩盤に開けた大穴により、東京の一部に空が戻った。その影響で東のミカド国と東京の時間の流れは同じになるだけでなく、太陽、月の満ち欠けという概念が25年ぶりに復活した。その影響はすさまじく、今まで朝、昼、夜、という概念が存在しなかった東京には、時間の流れが克明になった。そして月の満ち欠けは東京の人々に新たな恩恵と脅威を与えた。

 

悪魔が月の満ち欠けの影響を受けることを、東京の人々は知らなかった。25年前の東京を知る人間の中で、悪魔と日常的に接していた人間などほんの一握りだ。今の東京の人々はまず知らないといっていい。シェーシャにより大穴があいたとき、東京各地で頻発したのは、満月の夜に門番をしていた天使側、堕天使側の悪魔が昂揚状態となり、人間を襲うという事例だった。三勢力による会議で一時的な協力関係になったとはいえ、ツギハギたちは門番を任せるのに懐疑的だった。一部の人々は東のミカド国の後ろ盾である天使を信用したり、十字軍のサムライに好意的故にその要請を受け入れた。あるいは堕天使勢力の影響下にある組織は門番を託した。その結果がこれだ。ツギハギの緊急声明により、すぐさま沈静化されたが、この日を境に満月の夜は人間が門番をつとめることになっている。腕の立つ人間でなければ、基本的に地下鉄から出ることはできなくなった。

 

満月時の悪魔は、普段と状況が著しく異なるのである。気分が高揚して狂気に染まる者もいれば、極度の興奮状態にありまともな会話をすることができない者もいる。満月の時、悪魔と会話は成立しないのだ。ごくまれに成功することもあるが、たいてい悪魔達は人間を見つけるやいなや、マグネタイトを求めて容赦なく襲いかかってくる。人外ハンターのみ、ムーン・アダルトというアプリをインストールすることで、満月のみ発生する悪魔との交渉に挑むことができる。特殊なものを入手できたり、仲魔にできたりするが、危険は承知するべきだ。そもそも会話の成功確率は、通常の半分になる。成功してもいつも以上に理不尽な理由で悪魔の扱いが難しくなっている。非常に有効な手段だが、できることなら避けた方が無難だ。

 

そういう理由から、最終戦争が終わり、本格的な東京の復興に着手し始めた東京の人々は月齢に神経をとがらせることになる。今や人間と悪魔はお互いに対立しあい、利用しあい、そして共存しあう複雑な関係性を築いている東京では、悪魔の力なくしてはなにもできない。それぞれの勢力に悪魔が食い込んでいる関係もあり、時々霞ヶ関で行われる全体会議はまず満月に行われることはない。フリンと肩を並べる救世主として注目を集めたナナシだったが、人外ハンター商会の代表はツギハギとフジワラ。ナナシはフリンのように東のミカド国の代表をするわけでもないため、基本的にめんどくさがって表舞台にはでてこない。クエストをこなすハンター家業が似合っていると自称して、アサヒがマスター見習いをする錦糸町に所属して、精力的に活動していた。主な仕事は悪魔討伐である。

 

 

そんなナナシのスマホにメールが届いたのは、帰ってすぐのことだ。

 

フリンからだった。

 

話があるから来てくれ、という。

 

断ろうとスクロールした先に飛び込んできたのは、東狂の文字。本日の議題らしい。なるほど、東狂という平行世界の東京は、ナナシが一番よく知っている。あったかもしれない可能性のひとつ、フリンの前世やアキラが現れず、人類が滅んで悪魔と魔人だけが跋扈する世界。少しずつ浸食している異空間への対処法を探るため、という名目で幾度もナナシは東狂に通い詰めていた。

 

 

「今日って満月じゃねーか」

 

 

ありえるのか、と一瞬迷う。満月にやらないのが暗黙の了解だと、全体会議という不慣れな大人の殴り合いに強制参加のハレルヤからグチを聞かされている。ノゾミもハレルヤも満月の夜は迂闊に出歩けないから仕方ない。全体会議じゃなくて、こまごまとした会議だろうか、会議しかかいてないし。大人の世界に興味がみじんもわかないナナシには疑問符だらけだが、断る理由もない。りょーかい、と軽いノリで返信した。

 

 

「くっそ、今日は休みか」

 

 

いつもなら東狂に突撃して、魔人マラソンを決行する吉日なのだが、仕方ない。フリンと会うのも久しぶりだ。ナナシはアサヒに言付けてでかける。かつての仲間達、ツギハギ、フジワラ、みんな東京を代表する組織の上にいる人間だが、なにかあるとナナシを頼って錦糸町に突撃してくる節がある。ナナシは適当に話をきいて相づちをうっているだけなのだが、たいてい彼らは満足して帰っていく。よくわからないが、頼りにされているらしい。東京の人々にとっては、ナナシより彼らの方がよっぽど希望の星だろうに。気楽な立場である。たまには表舞台に出てこいと強いられたら、のらりくらりと逃げたい面倒くさがりも、気まぐれで顔を出したくなる日もあるらしい。

 

 

つもる話もあるし、と指定された場所に赴く。スカイタワー、フリンと初めて会った場所だ。

 

空にあいた大穴と重なるように満月が堕ちる。月明かりを背にフリンはたっていた。

 

「やあ、ナナシ」

 

高すぎず低すぎない、知れた仲の人間にだけ向けられる声色で名前を呼ばれる。ナナシは駆け足で向かった。

 

「よお、フリン。久しぶり」

 

「そうだね。もう1ヶ月か」

 

「忙しそうだな」

 

「まあ、ね。やろうと決めたんだ、後悔はないよ。考えていたつらさではないけど」

 

フリンは苦笑いする。中流階級出身のフリンは学がない。救世主として、サムライとして、発言する機会が多くなってしまったフリンは、現在進行形でイザボーたちの協力もあり知識を詰め込んでいるところのようだ。ナナシはあきれ顔だ。

 

「相変わらずまじめだなー。大人に任せりゃいいじゃねーか」

 

「いや、これは僕のケジメでもあるんだ。ミカド国も東京も僕の守りたいものなんだ。こんなところでつまづいていられない」

 

「ふーん?ま、頑張れ」

 

「ああ、ありがとう」

 

整えられた前髪からのぞく瞳を細めたフリンは、きれいな笑みを浮かべる。声色は柔らかで優しい。うれしそうだとわかる。

 

「ナナシは相変わらずハンターをしてるんだな」

 

「まーね。俺、フリンと違って復興がどうとか興味ねえし。アサヒがマスター継ぐっていうなら、そっち手伝う方が大事だ。親父との約束はまもらねえと」

 

「ナナシらしいな。安心したよ」

 

「は?」

 

ナナシは眉を寄せた。フリンはこんな笑顔を浮かべる男だっただろうか。とはいっても、ナナシ自体、フリンと直接あって会話をした回数は数えるほどしかない。ナナシがハンター見習いとしてニッカリの元で働き始めて1年後に現れた希望の星は、雲の上の存在だった。ナナシがフリンを呼び捨てにするのは、有名人を呼び捨てにする心理に似ている。もしフリンが難色を示しても呼び方は変えないナナシでも、さすがに呼ばれたときの表情の変化くらいわかる。感情の機敏さにうとい奴は暴力にさらされた幼少期の生活は、無駄にその変化をナナシに伝える。

 

 

フリンは礼儀正しい男だ。誰であっても一定の寛容さと誠実さで応じる。イザボーと会話するときは、穏やかな農村出身ののんびりとした性質がのぞけるが、ナナシがフリンと出会ったのは希望の星としてのフリンだ。テレビで連日放映されていた番組に違わない男だったと記憶している。スカイタワーで1度、ハンター志願をした錦糸町で2度、銀座で3度。いや3度目は直接会話する暇もなかった。怒濤の1ヶ月のうち、たった3度しか会わなかった。打ち上げでやっと4度目。こうしてフリンがナナシの連絡先を知っているのはひとえにイザボーのおかげだ。下手をしたらイザボーの方がフリンよりずっと親しいだろう。

 

だから違和感がにじむ。フリンはこんなに親しげにいう男だったか。幽霊から預かった釣り道具を渡したり、フリン奪還の立役者だったりしたから、ナナシに好感を抱くのは不思議ではないのだが。もしかしたらイザボーにいろいろ聞かされていて、一方的に好感度があがっているのかもしれない。希望の星であるフリンしか知らなかった頃のナナシのように。

 

まあ、別に悪い気はしないし、いいか。

 

ナナシはフリンを見上げた。太陽に愛された国の男はどうしてこうも体格に恵まれるのか。今頃サムライの代表としてお家建て直しと復興に奔走している十字軍隊長を思い出し、複雑な心境になる。

 

「ナナシ」

 

「うん?なんだよ、フリン」

 

「なに考えてたんだい?」

 

うげ、とナナシは顔をしかめた。案外鼻が利くようだ、この男。意地悪な笑みがうかんでいる。

 

「なんでガストンといい、フリンといい、ミカドの奴らはでかいんだよ。あと3年で追いつける気がしねーんだけど」

 

「あはは、そんなことないさ。僕はサムライの中では低い方だ。ワルターは僕と同じくらいだし、ヨナタンは僕たちよりずっと高かった。さすがにガストンよりは低かったけどね」

 

「まじかよ。ワルターとフリンって同じ階級の家だったんだろ?ミカド国で聞いた。ガストンとヨナタンが同じだったら、やっぱ高い地位のやつらがいいの食ってたってことか」

 

「そうかもしれない」

 

「うっわ」

 

巨人の国かよとナナシはひきつる。フリンは肩を静かにふるわせた。

 

案外悪くないな、この距離感、とぼんやりナナシは考える。ナナシは黙っていても人が集まる性質をしている。錦糸町にいても、外にいても、ナナシのまわりはあっという間に騒がしくなる。人間関係は多種にわたるが、今、こうやって二人で話すのは実は今日が初めてだ。ナナシも不思議なほど案外悪くない、楽しいと感じる。アキラの記憶による前世の因果もあるかもしれないが、それを差し引いてもフリンは友人としてしっくりくる存在だと思った。

 

フリンは人当たりが抜群にいいから、きっと取り巻く者達がいる。みんなのために、を実行できるフリンを一歩引いたところから醒めた目でみていたのは事実だ。フリンは優しいから自分を慕う人間の期待に応えようと努力するタイプのようだ。ナナシには考えられないが、それによって人がさらに呼び込まれることを苦痛に感じないらしい。変に構えずお気楽に会話できるのはナナシにとっては好感度が高い。落ち着くと笑うくらいには、ほだされているのかも知れない。

 

「で、どこいくんだよ、フリン?」

 

「そうだね、そろそろ行こうか」

 

手を差し出される。

 

「え?なんだよ?」

 

フリンは笑った。

 

「共に往こうか、ナナシ」

 

「・・・・・・ちょっと待てよ、フリン。なんでそれ」

 

「僕もスティーブンにはお世話になったよ」

 

「まじかよ」

 

ナナシはめまいがした。アキラと同一視はしていない。むしろナナシがアキラと重ねられることを嫌っていると知りながら、同一視してしまいかねない過去夢を暴露するあたり、いい性格している。ナナシは顔をひきつらせた。

 

「取ると思う?」

 

「取らないだろうね」

 

「じゃあ何で出した」

 

「楽しいから?」

 

ナナシは思わずフリンを睨んだ。忘れていたのはナナシの方だ。単なるいい人がかつての友人を屠ると決断するわけがない。フリンは笑みを湛えたまま歩き出す。

 

到着したのは霞が関なのだが人外ハンター商会の本部ではなく、悪魔討伐隊の本拠地だった場所。もうこの時点でフリンは公的な理由でナナシを呼んだわけではないことがわかる。前世に本部と交渉するとき必要な情報源としてしか価値を見いだせないナナシはまず来ない場所だ。

 

「ナナシ」

 

「うん?何だよ、フリン」

 

「ここから僕の独り言が始まるんだけど、黙って聞いてくれないか?」

 

「ずいぶんでけー独り言だな」

 

ナナシは先を促す。フリンは振り返った。

 

「困るだろうから、聞き流してほしい。僕は――」

 

フリンはナナシを正視したまま言葉を続く。ナナシは神妙な面持ちで耳を傾けている。どんな言葉を重ねたところで結果が変わることはない。躊躇っていても仕方がない。どんどん言いづらくなるだけだ。フリンはそう思っているようだ。

 

それは前世からの言葉だった。当時、アキラに抱いていた気持ちとあの決断の謝罪と決断までの経緯。それを夢として見たときの感想と今に至るまでの経緯。とりあえずフリンがナナシを新生の希望以上に好感を持っている理由がわかった。アキラが聞いたら思うものがあったはずだが、ナナシとしては、はあ、という他ない。そもそも興味がない。ナナシの様子はある程度予想していたようで、フリンは大してダメージを受けた様子はない。めんどくさいことにならなくて良かった。そう思いながらナナシは呟く。

 

「で?フリンは俺に何を望んでんだよ?」

 

「なにも、かな」

 

「真面目だな。まあ、ありがたくうけとっとくけど。嫌われるよか楽だ」

 

「いや、嘘だ。――ナナシには何も望んでない。ただ、僕と対等であって欲しいとは思う」

 

「俺に東京の代表やれって?」

 

「違うんだ。ナナシには、強くあってほしいんだ」

 

「よくわかんねえ」

 

「わからなくていい。ナナシにはいつも通り、ハンターを続けてさえもらえれば」

 

「あー、ま、そういうことなら、いいのか?」

 

「それに、ナナシはガストンやハレルヤとよく鍛錬をしてたんだろう?今もたまにするらしいね。僕も混ぜてもらえないか?」

 

「それならそうと言ってくれよ。わかりにくいんだよ、アンタ」

 

静かに呟いたフリンは、鬼気迫るような妙な気迫がある。たじろぐナナシだが、言ってること自体は大歓迎だ。いーけど、と返せば異常なほどうれしそうにしている。心が軋むが、ナナシにはよくわからなかった。ナナシはとても聡く、他人の心の機微にも敏感な自覚がある。なのにわからないのだ。不穏な気配がするが、現状フリンが提示してきたことは問題ない。なら気にするのは早い気がした。

 

「謝るつもりはないよ」

 

「なんで謝るんだよ、いらねー」

 

「聞きたいかい?」

 

「いや、やめとく」

 

「そうかい?残念だな」

 

「ほんといい性格してるな、アンタ」

 

「それはお互い様だろう?ナナシ」

 

「ぜってえ違う」

 

切れかけの電灯が点滅している薄明かりの下、フリンは愛刀に手をかけた。

 

「まあ、それは次の機会として。早速だけど鍛錬といかないか?」

 

「いーぜ、別に。なんか考えるのめんどくなってきたし」

 

「ナナシ」

 

「今度はなんだよ」

 

「もし、その刀を握れないような事態になったら気兼ねなく呼んでくれ。僕はいつでも準備ができてる」

 

「だからなんの話をしてるんだよ、アンタ」

 

「聞きたいかい?」

 

「ぜってえやだ」

 

薄ら寒さを感じながら、ナナシは武器を構える。ただの鍛錬のはずだ、きっと

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