「おい、ヤーマン。いつまでスマホ弄ってんだ、さっさと寝ろ。まぶしくて寝られねえだろーが」
「いいじゃん、少しくらい」
「よくねえっての。明日は食料の定期調達だろーが。寝坊してもしらねーぞ」
「アサヒが起こしてくれるから、へーきへーき」
「いつまでもアサヒに起こしてもらうなよ、子供か」
「まだだろ、15だし」
「こう言うときだけ子供ぶるなよ」
マナブが帰ってからずっとナナシはベッドに寝っ転がり、スマホの画面を弄くっている。よっぽどうれしかったのか、使えるアプリを片っ端から試しているようだ。まあ気持ちは分かるけど、と自分がスマホを貰った時を思い出し、マナブはベッドをのぞき込む。陰が不自然に移り込み、ナナシは顔を上げた。なにをそんな熱心にしてんだ、とのぞこうとするマナブに、ナナシは得意げに画面を見せた。正常に使える数少ないアプリである。
「なんだ、マップじゃねーか」
「ただのマップじゃねーぜ。地名とか、遺物が落ちてる場所とか、任務の目的地とか勝手に表示されるようにしたんだ」
「へー、結構便利そうだな」
「だろ?」
「ナナシは遺物探すの得意だもんな。こうやってマッピングしてくれるならありがてえぜ。遺物拾いは任せた」
「おう、任された」
ナナシはスマホとにらめっこした分だけ使いこなしている。やっぱ子供は飲み込みが早いなと笑ったのはニッカリだ。
「15はなにごとも中途半端な年齢だ。子供というには大きすぎるし、大人というには労働力として期待できない。だが、子供は子供らしくある時間があった方がいい。スマホに夢中になるのもわかるが、ナナシ。そろそろ時間だ」
「はーい」
「おいこらナナシ、布団かぶって続けるなよ。目が悪くなってもしらねーぞ。眼鏡なんて高級品、必要になったら大変だぞ」
「わかってるよ、後ちょっと」
こうしてナナシは盛大に遅刻した。
空がある東京の夢を見た。猟奇的な殺人事件、経済危機、帰宅難民など様々な社会不安を抱えてはいたが、まだ平和だった頃の東京は、悪魔の存在が知られていなかったようだ。出現する場所も条件もさまざまで、人々の生活を脅かす存在は水面かで勢力を広げつつある。そんな中、悪魔討伐隊は生まれた。今の人外ハンター商会の創立者やナナシの師匠であるニッカリがかつて所属していた組織である。
悪魔を討伐する組織は、秘密裏に政府機関でも民間機関でも存在していたが、悪魔討伐隊は防衛大臣であるタマガミが創立、指揮した政府機関だった。従来の政府機関は都内のオカルト事件の解決に奔走するが、解決の方法には政府の要請が優先される。それぞれの管轄する省庁の立場で捜査に参加し解決に当たるため小回りが利かない。海外の進めている霊的な兵器の調査や悪魔がらみの国際的な陰謀を政治に持って行ってしまう。続発する政治家に対する悪魔の憑依に、内々で強権を発動する。様々なしがらみを憂いた上での決断だったといわれている。
悪魔討伐隊の所属は防衛庁特殊2課。タマガミが某国と取り引きして入手したシュバルツバースの情報を元に、霊的な存在を実戦支援に用いる研究を行う部隊だった。霊的な国土防衛のために能力に特化した者を先導役とし、少数部隊の実行部隊を有していた。それが悪魔討伐隊である。主に異界化した地域の解放作戦を担当していた。都内に眠る霊的な力の流れを監視し、日本の未来に関わる霊的な侵略に対応するため、苛烈な実験が行われていたが、ナナシは知らない。すくなくても、アキラは知らなかったようだ。日本の防衛に関わらない些細な事件、とタマガミが切り捨てる事件にしか関わらなかったから。いや、関わった矢先にすべてが終わってしまった。
悪魔討伐隊の本拠地は霞ヶ関にあった。
最初期の悪魔討伐隊は、警視庁や自衛隊のエリート、シュバルツバースの調査隊に属していた者などで構成された一種のSWATで、武装に関しては様々な権限を有していた。今のナナシ達のように異界の魔法に優れた人間はいないが、物理的な戦闘能力がとても高い人間が多かった。そこにシュバルツバースにしかいないはずの悪魔が出現するようになり、水面下でその存在が囁かれはじめ、スマホのアプリで爆発的に認知度が高まった。何者化かによって悪魔召還プログラムがばらまかれ、使いこなす若者が出始めた。それがアキラであり、フリンやワルター、ヨナタンの前世だとナナシは知る。
小さな子供が泣いている。たくさんの人間が倒れていた。むせかえるような血の香りをまとい、誰の血かわからない赤をかぶり、少年は泣きわめいている。その声につられてきた悪魔も人間もなぎ払われてしまう。悪魔召還プログラムがダウンロードされたスマホを握りしめ、お姉ちゃんが天使に誘拐されたと子供が泣いている。フリンとよく似た青年は驚きのあまり目を開く。こんな小さな子供が使役できるわけがない。野獣の雄叫びがあたりにこだました。
ナナシが目を覚ましたのは、その濃厚な血のにおいがしたからだ。あまりにも久しぶりな感覚だ。思わず飛び込んだ廊下からは、怒号と悲鳴がこだましている。まさに阿鼻叫喚、いてもたってもいられなかった。
ナナシは知っていた。だんだん強くなる血の香り。そこに混じる悪魔の臭い。人間だって異臭がすれば案外わかる。そこにいたるまでに、マスターをかばおうとして致命傷を負い、死んだ先でダグザと出会って蘇生した。神殺しとして蘇生されたためか、ダグザのマグネタイトがナナシを満たしているからか、なおさら香りは強くなる。悪魔の香りだ。
そこにいたのは、アドラメレクの眷属だった。
「奇妙なものだね。もしかしたら、と思ってはいたんだ。君とはこれで2回目だけど、やっぱり君からはあいつと同じ水を感じる」
「水って何だよ」
「人間には知ることのできない領域の話だ。人には見えないが、時や場所を越え、つながるもののことだ。かつて私がしるあいつと君は同じなんだ」
「そんなの知るかよ、きもちわりい」
「それもそうだね。過去は過去、現在は現在、君は君であり、彼でも彼女でもない。どのみち遠き時の果てのことだ、曖昧なのは事実。実際はどうだったかなんてわからない。友達かもしれないし、敵かも知れないし、仲魔だったのかも知れない。戦いの中では思い出せるかも知れないが、私はね、面倒事があまり好きじゃないんだ」
「へえ」
「私はあくまでもルシファー様のために頑張ってるんだ。それ以外のやっかい事は極力避けたいのが本音だ。私とナナシの関係について明確にしておく必要があると思うんだが、どうだ?」
くあとナナシはあくびをする。
「みりゃわかるだろ。お前みたいなやつ信用できるか」
「酷いじゃないか。私はみんなと仲良く協力して東京を復興させようとしている心優しい人間なのに」
「俺たちに悪魔けしかけといてよく言うぜ。お前みたいな奴は誰一人として信用できないんだよ。こんなやつがハンターだなんてどんな基準なんだか」
「君みたいな人間がハンターやってる時点でお察しだろ」
「気に食わねえな」
「君が実力不足なだけさ。見習いは見習いらしく師匠の後ろでも追っかけていればいい」
「俺が顔覚えてるの気づいてた癖に、平然とうちの商会に常連として顔出す面の皮の厚さだけはかってんだぜ、おっさん」
「あいかわらず口だけは回るんだね。20にも満たないガキがたいそうな口を利くじゃないか」
ナナシは男を見上げる。
(神殺しになるとは、こういうことだ、小僧)
ダグザの言葉が反響する。
(魔界という精神と物質の狭間にある異世界の住人故に、悪魔は本来実体を持たない精神体だ。物質世界たるこの世界にくるには精神体である本体を覆い隠す殻が必要となるのだ。その殻はこの世界で定義される己をもって形作ることが多い。難儀なことだが、血液たるマグネタイトを大量に消費する必要がある。今のお前は感じ取れるはずだ。その残滓を)
ナナシはうなずいた。
この男は人間じゃない。
「なるほど、わかった。なら、交渉といこうじゃないか、ナナシ」
「なんだよ」
「私はこれから君に真実を話そう。それから君は殺すなり、逃がすなりすればいい。そのかわり、君のこれからの行動を条件にしてくれ」
「は?」
「交換しないか?」
「なんのつもりだよ」
「君がなにも知らないまま、誰もかれもに狙われる可能性が高いのが哀れでならないだけだ。もしかしたら、君が大好きな幼なじみやマスター、ニッカリ達に狙われるかも知れない。守り抜くべき相手との戦いなんてとんでもない悲劇だろう。私はそんな悲しい出来事を見たくはない」
「白々しいな、相変わらずその自然体な上から目線がむかつく」
「悪くはないと思うんだが。知りたくはないのか?今まで請いにしていたハンターがいきなり悪魔をけしかけてきた理由。一夜にして仲間達が殺されて、君も今は癒えたようだが瀕死の重傷を負った理由。君が孤児になった理由」
「どーでもいいんだよ、ほっとけ。そんなこと、考えたこともなかったし、考えるつもりもねーよ。あんときは生きるだけで精一杯だった。今はやっといろんなことを覚えてきた。やっと人間になれたんだよ、俺は。これからどう生きるかなんて、俺が決める。俺は今まで一度も誰かの為になんて行動したことは一度もないんだよ」
「やはり私と君は対立することになりそうだね、残念だよ」
「どうだろうな、まだお互いのこともろくに知らねえんだ。よく断言できるな」
「でも、君もなんとなく対立していると思っているんだろう?」
「ま、否定はしねえよ」
「そこで、だ。ここでお互いが足を引っ張り合って、ほかの大切なことが疎かになってはいけない。問題が起きてくるだろう。私たちが対立していると感づいているんだったら、ほかの奴らに目を向けるのが先じゃないか?」
「は?」
「なんか他に知っておきたいことはあるか?私が探ってきてやろう」
「へえ・・・・・・で、見逃せって?」
「今の君は私を使役するには力が足りない。だが、私はここで死ぬわけにはいかない。どうだ、悪い話ではないと思うが」
「どうせ分霊だろ、お前。本体じゃねーなら、他の奴が代行すりゃ問題ねえだろ。交渉ですらねえ」
「いや、それは違うな、ナナシ。たしかに本体に分霊の情報は抜かれるが、分霊は本体を凌駕しうる可能性が一つだけある。仲魔となることだ。私はそれによって物質世界であるこちらでのみ、本体を凌駕している。お前が望めば私が本体となることも可能だ」
「・・・・・・なら、アドラメレクの動向」
「おっと露骨に私たちを殺そうとしているね。私たちの居場所なら、メフィスト様と交渉すれば教えてもらえるだろうに。まあ、悪くはない。いいだろう」
「メフィストが俺を気に入って仲魔になった、なんて誰が信じるんだよ。俺だって信じらんねえよ。ぜってえなんかある。それならあんたとの条件にしたほうがましだ」
「なるほどなるほど、メフィスト様が好きそうな思考の持ち主だ。人間だけでなく他の思惑を勘ぐることに関しては一流だね。ただあまりにも無防備だ。今の発言ではっきりと君が私たちを標的にしていることがわかったよ。ルシファー様のお耳にも届くだろう」
「元々隠す気もねえしな、安心しろ。いつかお前らみんな殺してやる」
「それはいい。仲魔になるか、敵となるか、それも一興だ。楽しみにしているよ、ナナシ」