女神転生ⅣFINAL短編集   作:アズマケイ

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世界がちっぽけだったから(アサヒとナナシ)

「なんでだよ、ナナシ!お前、俺たちのこと嫌いになったのか?!」

 

「ナナシ、変わったね。前のナナシなら、そんな笑い方しなかった。ナナシを変えたのは誰?あのおじさん?それともあのアサヒって子?」

 

お願いだから帰ってきてと願うしかない。アサヒにとって心臓のばくばくが止まらない夜が続いていた。久しぶりの感覚だ。実に7年ぶりである。お試し期間が終わるまで、ナナシがアサヒの家族になると決まるまで、ナナシがいなくなるんじゃないかと眠れなくなって以来の感覚である。錦糸町のハンター商会でマスターを手伝っていたアサヒとナナシが、ハンターを目指してニッカリに弟子入りして一月。ある依頼を受けたニッカリがナナシとアサヒを置いていったことがある。阿修羅会がらみの依頼のようで、運び屋の仕事には末端の末端であるストリートチルドレンのグループが関わっていたらしい。留守番をごねるアサヒをなだめすかしていた見習いマスターの失言に、ナナシの目が見開かれたのは記憶に新しい。任務から帰還したマナブたちに詰問するナナシは鬼気迫るものがあり、マスターが本気で見習いマスターを怒鳴ったのはゆびおりしかない。その日から人目を憚るようにナナシを知らない男の子たち訪ねてくるようになった。密会場所はいつも決まって電気柵ごし。あるいはハンター商会からナナシの部屋への近道である通気口、その鉄格子ごし。相対する会話が聞こえないか、息を殺してドア越しに耳を傾ける毎日だった。

 

 

 

その過程でアサヒは生まれて初めてナナシが家族になったきっかけを知る。かつてのナナシはストリートチルドレンたちにとって、中心的な存在だったのか、あるいは好かれている存在だったらしい。8年ぶりに会っただけですぐにナナシと気づいて、一緒にいこう、とさそうくらいなのだから。今の彼らは引き取り先とうまく馴染めずストリートチルドレンに戻ったか、居場所を25年前に遺棄されたかつての本拠地に求めて戻ったか、様々な理由はあれど一定数いるらしい。遺物を集める仕事をする孤児たちのグループが、地下鉄の住人に依頼されたハンターが放った悪魔の襲撃を受けて壊滅してから、8年。ずしんとアサヒの中でのしかかるものがあった。

 

 

 

彼らは諦めきれないようで、何度もナナシを説得にはやってきた。アサヒは彼らが嫌いだった。ナナシと彼らの会話は断片的にしか聞こえない。でも表情や仕草からわかる。彼らとナナシがいた時間はアサヒとナナシの時間より長いことは確定している。ナナシがアサヒに見せたことのない笑い方をするのがもやもやする。

 

「ナナシ、今日こそは、一緒に帰ろうぜー」

 

「お前も懲りねーな。もってきたのかよ?」

 

「そんな大金出せるかよ、バカ!つか懲りないな、じゃねぇよ。もっと喜べよ、ナナシ。わざわざこのオレが迎えに来たんだぜ?」

 

「じゃあ帰れ」

 

「じゃあってなんだよ、じゃあって!」

 

「わざわざオレ呼び戻してどうすんだよ。なんとかやってんだろ、お前ら。俺だけいい生活してるのがうぜえからボコりたいって言われた方が安心できるっての」

 

「あいかわらず素直じゃねーな、ナナシ!なんだかんだでまた会えてうれしいんだろ?」

 

「うるせえ。だいたいてめーら、俺がいなくても自立してやってけるじゃねーか」

 

「オレはナナシと違って素直だから言うけどよ、みんなめっちゃ寂しがりやなんだよ。ナナシも知ってるだろ?お前がそっちにいる限り、気軽に会えないのがやなんだよー、わかれよ、ばかー」

 

ナナシがいつも決まって声をあげて笑うのが嫌だった。

 

我慢できなくなったアサヒは、ナナシに聞いた。簡単に言えば、ナナシを勧誘しているのは当時7、8歳のストリートチルドレンのグループで、特にナナシと行動していた子達らしい。そして、仕事をくれるハンターがストリートチルドレンの拠点に興味を持ったとき、その違和感に気付いたナナシに同調してくれた子達。生き残った子達。口が回る性質と幼さを武器に窃盗を繰り返す中で培われた人を見る目をかっている子達。ある意味、あの事件から一歩も足を踏み出せないでいる、8年ぶりに会ったナナシに自分の中で育てあげた理想を求めている子達。

それぞれとの馴れ初めは似たり寄ったり。読み書き計算を教えてあげた、遺物を貸してあげた、地下鉄を案内してあげた、遺物の使い方を教えてあげた。ナナシは当時からさめているというか、落ち着いている子だったらしい。中心的な存在になるのは自然な流れだったようだ。今ならアサヒにすごいと言ってもらうために、あることないこと大げさに語っていたのだとわかるが、当時はまだ分からなかった。どこにもいかないよね、と聞いたアサヒに、ナナシはは?と返した。行くわけないだろ、というつもりだったようだが、アサヒにとっては即答してくれないことの方が嫌だった。錦糸町のハンター商会のカウンターで、アサヒは急にナナシの手を取って、「ずっと一緒じゃないと嫌!!」と叫んだ。みんなもびっくりしていたし、マナブはストリートチルドレンとの密会を聞いて見たことのないような鬼の形相していた。ナナシは恥ずかしくて顔を真っ赤にしていた。「なにいってんだよ、いきなり!」「どっかいっちゃ嫌っていってるの!」「は?行くわけねえだろ、なにいってんだよ」商会はナナシを中心にからかいの輪が広がり、アサヒだけは恥ずかしげもなくにへらーっと笑っていた。マスターだけが怖い顔をしていた。「気持ちはわかるがそういうのまだお前らにははやい。早すぎる。せめてお友達からにしろよ」と低い声でナナシに囁いた。ちなみにアサヒがお友達じゃない幼馴染だとむくれると、生暖かいまなざしのまま、マスターは頭をなでた。

 

それでもストリートチルドレンの子達の熱烈猛アピールは続いた。マスターもニッカリもいい顔をしないが、ナナシの好きにしろというスタンスだった。アサヒとマナブはそれはもう不機嫌だった。マナブはせっかくできた弟分、しかも孤児時代からナナシを知ってるからまともな生活に引き込めたのがうれしいらしい。ナナシは俺の弟弟子だと、ストリートチルドレンにだけはもどしてたまるかとばかりに、普段、どんな相手にでも当たり障りなく接するというのに、ストリートチルドレンに出会うたびに舌打ちをし、悪態を吐く。彼らもその対応は想定内のようで、マナブに陰湿な嫌がらせをしたり、任務でかちあうと邪魔したりしたらしい。アサヒはさすがにそこまでできなかったが、ずっと彼らを睨んでいたことだけは覚えている。ナナシの手を掴みながら。彼らは全く挫けなかった。特にお調子者の彼はよくアサヒとナナシが二人でいると邪魔してきた。

 

「これからニッカリさんと定期調達にいくの。その邪魔な手を退けてくれないかなぁ?」

 

「いいじゃん、一回くらいサボッてもさ。まだ見習いなんだろ、ナナシ?アサヒもナナシも俺たちのとここいよ、歓迎するぜ?」

 

「まだ見習いは余計だ、ばかやろ。すぐ見習いとっぱらってやるよ」

 

「もう一年たつんだよなあ」

 

「まだ一年しかたってないもん!マナブより早く覚えてるって褒められたんだから!ね、ナナシ!」

 

「さすがはナナシだな!」

 

「むう、なんでそうなるの?もう諦めてよ!ナナシとは8年も一緒にいるんだからね!ナナシのことは、ずっとよくわかってるもん!」

 

「へー、じゃあ、なんでナナシがそんなすっげーのか知ってるのかよ?」

 

「はぁ?」

 

「知らないよなぁ?アサヒはナナシか俺たちの仲間だったときのこと知らないもんなぁ?」

 

「お前もう黙れよ」

 

「な、なによ!こっちはナナシのパジャマだってエプロンだって水着だってみたことあるもん!それくらいで自慢しないでよ!」

 

「アサヒも黙れ」

 

「お前さ、幼馴染だからって調子に乗ってない?」

 

「そっちも勘違いしないでよ!ナナシはずっと一緒だって約束したんだから!」

 

「おい……二人とも?」

 

ナナシの無言の圧力により、二人は部屋から追い出されたのだった。彼らとの争いが、いつまで続くのかとげっそりしていたアサヒだが、終わりはすぐにやってきた。半年もしないうちに、彼らは本拠地を変えることになったのだ。阿修羅会の偉い人が彼らの働きを気に入ってくれたらしい。新しい仕事は一つの場所に留まることが無いらしい。ナナシはすごく寂しそうだったから、お見送りに行くことを約束した彼らとナナシを邪魔することはできなかった。短い間だったけど、彼らはナナシにとっては大切な友達だ。アサヒが行っても意地悪を言うだろうが、ナナシを連れて行ってしまうかもしれない。アサヒはついていった。

 

「これやるよ」

 

「……これは?」

 

「錦糸町ハンター商会の連絡先な。ハンターになったらぜってー贔屓にしろよな」

 

「ナナシ、ありがとな!」

 

「そーだ、僕からもナナシにプレゼントしたいものがあるんだ」

 

彼らはそういって有無を言わせず、ナナシの手を取って連れ出した。嫌な予感がしてアサヒもついていく。そこには、引越しの荷物を運ぶトロッコやってきている。すると彼らは荷台へと連れて行った。

 

「ねえ……こんなとこに入っちゃまずいんじゃ……」

 

「間違えてナナシへのプレゼント、入れちゃったんだ。あっ、こっちこっち」

 

「?」

 

「わ、おっきい」

 

「キミも手伝ってよ。これじゃナナシが潰れちゃう」

 

「う、うん」

 

彼らは荷台に乗っていた大きな箱の前で、アサヒとナナシを手招きした。ナナシはレールの上で待てと言ったが、確かに大きい。アサヒはあわててよじのぼる。ガムテープが貼られている箱。二人で開けていると、その痛みと勢いにその場に倒れ、そのまま意識を失った。最後に、小さな人影が笑っているのを、見たような気がする。

 

 

 

シェーシャに食べられて、ナナシたちのおかげで復活できたアサヒがそんなことを思い出したのは、死という感覚が二度目だったからに違いない。今まで忘れていたのは、アサヒにとってあまりに強烈な体験だったため。今思い出したのは、今のアサヒなら受け止められると判断されたためだろう。

 

あの日、ナナシはこれで二度目だと言った。一度目はわけのわからないままお母さんの口に突っ込まれた拳銃を握らされて、お母さんの手が引き金を無理やり引かせた。二度目は自分の意思だから言い訳できないと笑った。アサヒは血まみれのナナシにすがりついて泣くしかなかった。ストリートチルドレンの子供達は、ある魔神を召喚する儀式の協力をさせられていた。もちろん、悪魔に知識がない子供達は、阿修羅会の男のいうことを信じ込んでいた。ナナシとアサヒが連れてこられた時でさえ、新しい仲間を迎えたことを喜んでいる子達がほとんどだった。この依頼を受けた時点で、全員がすでに悪魔にあやつられていることを除けば、素敵な時間だったに違いない。マグネタイトを効率のいい摂取方法で貪り尽くした悪魔から逃れるためには、まだ依り代の段階だったお調子者の彼に手をかけるしかなかった。トロッコは長い長い旅路だった。おかげでアサヒはくらいトロッコはしばらくトラウマになりそうである。

 

 

「...うう、やな夢みちゃった」

 

 

本来なら隣の部屋にいるはずの声がすぐ隣から聞こえてきては、さすがにぎょっとするナナシである。そこにははだけたパジャマ姿のまま、うつらうつら舟をこいでいる大好きな幼馴染がいた。パジャマからのぞく白い柔肌、無意識に目が行く体のライン。想像することはたやすい、豊満な体。物音に気付いて目をこすったアサヒはナナシを見て微笑んだ。

 

「えへへ、ナナシがいるー。おはよ、ナナシ!」

 

「お、おう、おはよ?何してんだよ、アサヒ」

 

「だってナナシ、死んじゃったでしょ?どっかいっちゃうかもって思ったら落ち着かなくて」

 

「アサヒ、やっぱお前、ばかだろ」

 

「むう、なんでよー!」

 

「アサヒはあのとき庇わなくても大丈夫だったんだよ。俺は神殺しなんだ。死んだって生き返る。忘れたのかよ」

 

「あ」

 

「そーいうとこがあぶなっかしいんだよ、アサヒ。その考えたりないとこがな」

 

「だって、そんな、急にあんなことになったら、何も考えられないよ。勝手に体が動いちゃったんだもん。しょうがないじゃない」

 

「勘弁してくれよ。なんでみんな俺を置いてくんだ」

 

手繰り寄せられた手を握りしめ、アサヒはごめんと静かに謝る。許さねえ、と静かにつぶやいたナナシに抱きしめられる。アサヒはそのままナナシの心音を聞いていた。しかし、視界が反転する。

 

 

「あ、あの、ナナシ..!?.」

 

「そーいうつもりなら仕方無えよな。気を利かせて純潔の乙女でいさせてやったのに、シェーシャに食われやがって」

 

「な、なんのこと!?」

 

「シェーシャが言ってたぜ。最高に美味しかったって」

 

「お、落ち着いてよ、ナナシ!××ちゃんに聞こえちゃう!」

 

「安心しろよ。AVの音漏れしたこと、一度もないだろ?」

 

 

ナナシの奔放さに翻弄されていて忘れていたが、今の状況はかなりやばいんじゃないかと、さすがにアサヒでも思う。あんな夢を見たせいだ。ナナシの心音がないと眠れなかった。アサヒは恥ずかしそうに赤面した。期待に満ちたまなざしを向けられている。受け入れてくれると信じきっている笑顔がある。手をからめられ、しなだれかかる。すでに形を成しているそれを押し付けられる違和感に困惑しながら、アサヒは息をのんだ。

 

「最終確認な。嫌なら蹴飛ばしてでも逃げろ」

 

「いい、よ」

 

アサヒは笑った。避妊具が溜め込んであるのをみて、引きつることになるが、それはまた別の話だ。

 

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