女神転生ⅣFINAL短編集   作:アズマケイ

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知る必要などない話(ダグザ)

かつてアイルランドやイギリスに上陸した4番目の種族、女神ダヌーを母神とする神族、それがダナーンと呼ばれていた神々である。かつてヨーロッパ全土に存在したはずの多神教の神話、宗教構造をもっていたものの、古代ローマと密接な関わりがあった都合上、ローマ帝国の征服やキリスト教への改宗で生き残ることができず、彼らの神話はほどローマ、あるいはキリスト教側の史料のみ伝わっている状況である。これらの影響をうけなかった一部の民族は祖先の神話を今に残すことができたが、それは中世に入ってからである。最初期、彼らはどう信仰されていたのか、知るものは誰もいない。

 

 

キリスト教が伝来する前のその地における信仰なのは間違いないが、神々や超自然的な者達が死後に祭り上げられた王や偉人たちなのか、自然摂理が神格化されたのかはわかっていない。吟遊詩人の語り伝えた多くの物語や詩から知られているが、中世の写本、歴史書から見いだされたものにすぎない。かつて神として信仰されながら、時代を経るごとに格下げされ、単なる来航者として描写されてきた彼らは、キリスト教以前の住民たちの歴史を追いかける役目を背負わされていた。古代イギリスにおける民族紛争の歴史を神話の中に組み込まれる形で、今のダナーンは知られている。その中では魔の力をつかう英雄たちが南からやってきたフォーモリアという巨人族と戦いを繰り広げた。フォーモリアの頭領は邪眼のバロールとよばれる魔王である。彼と光明の神ルーグの対立がいくつもの列伝を造りながら、中核をなしていた。

 

 

 ダナーンは基本的に太陽信仰であり、森羅万象には「霊」が宿ると考えられるアニミズム信仰が発祥である。昇っては沈み、また昇るという太陽の運行と同じように、魂も不滅で転生するというのが中心となる思想だ。死は終わりではなく、次の生への休息にすぎないと考えており、彼らの信奉者の戦士たちが死も恐れない勇猛果敢な戦いぶりを見せたのは、その転生の思想による物だった、とされている。彼らへの信仰の痕跡はヨーロッパ大陸やブリテン島、アイルランドの古代の王家の系譜にも残されているが、それを今に伝えるものはすべて後からやってきたローマ人やノルマン人の文献だ。信仰は途絶え歴史の流れに埋没しキリスト教の中に残された、キリスト教を信じる者達が残した文献にしか推し量ることはできない。

 

 

その結果、彼らを信仰する民族のように地下に逃れ、目には見えないけれど存在する妖精の一族として、地上の世界の鏡像のような世界にいきることになる。もっとも、人や妖精、神という種族が明確に分裂しておらず、非常に近い存在だと考えられていたのが大きな特徴のひとつといえる。そして訪れるのは半神半人の英雄たちが活躍する時代。混血が進み、信仰が途絶えたあと、彼らはアイルランドやイギリスにあるレイライン、東洋でいうところの竜脈から吹き出す魔力で生き抜いてきたが、神の御業戦争による霊地の壊滅的な被害を受け、故郷を追われ、物質世界の漂流を余儀なくされた。

 

 

それは物質世界で存在するために、マグネタイトの供給を確保する戦いでもあった。本来、実体を持たない彼らは水のようなものだ。しかし、物質世界である現実世界に存在し続けるには、器を用意しその中に精神体である己をそそぎ込む必要がある。その器の材料となるのがマグネタイトと呼ばれるエネルギーであり、精神体である彼らそのものでもある。このマグネタイトを作ることができるのは人間、あるいはそれに近しい生命体、そしてアクマだけである。魔界にいれば、いつでもどこでも供給されるマグネタイトである。彼らは様々な感情の発露によって発生するこのエネルギーで自在な存在となれる。しかし、物質世界にいるためには器を維持し続け、しかも枯渇しないように供給もとを確保しなければならない。マグネタイトの供給方法としては、人々の信仰を集める、他の生命体に憑依する、大量の生体エネルギーを器に変換し続ける、という方法があげられるが、彼らにとって効率的なのはケルト神話としてよく知られた姿を形づくることだろう。もっとも、それは人々の信仰、思想、様々な無意識から形成されるもの、伝承を身にまとうことを強制される。魔界にいたころとは全く異なるあり方だ。しかし、それを拒絶することは、ダナーンをはじめとした多くの派生神からマグネタイトやあらゆる情報を伝播される特権を備えた主神クラスの悪魔であっても死を意味する。肉体を持たない悪魔が実体化を維持するためには、マグネタイトを消費しつづける。マグネタイトの枯渇は肉体の崩壊、スライム化、そしてマグネタイトを求めて暴走する本能の固まりと化し、そして消滅を意味する。神の御業戦争によって世界各地の霊地を破壊され尽くした者たちがマグネタイトの供給地を求めて、その首謀者たる勢力の力が及ばない最後の地である閉鎖空間東京に集結するのは当然の流れだった。

 

 

そして、ある野望を達成するための神殺しを求め、わざわざ冥府の道すがらで魂を選定していたダグザが出会ったのが他ならぬナナシだった。それはとても奇妙な流れをたどる水だった。大いなる理という大きな海から離れた水は雲になり雨になり地下水になり川になり海に還る。それが基本的な魂の流れである。しかし、どうやらその水は海に至る川の途中でいつもせき止められ、すくい上げられ、人工的に雨になり大地に降り注ぐことを繰り返している。魂が還るところ、黄泉の国は死者の魂が転生を待つところだ。死の安らぎは人であろうと悪魔であろうと等しく、大いなる理の導きによって訪れる。しかし、その魂は安息を得ることのないまま、大いなる理に還ることができないまま、転生を繰り返している。魂が溶けることをしらない。本来、溶けゆく思念体は色がない。形もない。いずれひとつの水となるため、ゆるやかにほぐれていく。マグネタイトか枯渇した悪魔の最後のように。しかし、ナナシはいびつなほど生前の姿を保った状態で思念体としてダグザの前に現れた。幾度も転生を繰り返した終焉を知らない魂は固定化され、いつしかそれ以外の姿をとれなくなっていた。実体化するためにその存在を固定化されてしまったダグザと奇しくも同じような存在となり果てていた。大いなる理に溶けゆく思念体の往来の最中、ダグザの言葉に耳を傾ける者など本来いないはずなのだ。五感は滅し、実体すら失われ、ただ透明な魂だけがその根元に埋没していくだけの大いなる流れの中で、ダグザがはっきりと姿をとらえることができた。それだけでナナシは特別だった。もはや意味がないはずの生前の名前をはっきりと口にして、はっきりと生き返りたいと意志を示した。このまま大いなる理のところまで歩んでいっても、大いなる意志によってすくいあげられ、現世に帰される運命のナナシである。自らの意志でダグザの手を取ったそれだけがすべてだった。

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