久しぶりにハレルヤからナナシに連絡が入ったのは、閉店間際の錦糸町ハンター商会でアサヒと新しいマスターの帰りを待っていた時だ。若くして阿修羅会を率いることになった15歳は、数多の難題に直面する度にふらりと錦糸町ハンター商会に顔を出す。時間があればアサヒも混じってわいわいしゃべるだけで、相談をしにくるわけではない。部外者であるナナシに、救世主であることを選択しなかったナナシに、その役目を背負わせることはハレルヤも望まないところなのだろう。いつものようにハンター商会でクエストを受けて依頼をこなし、アサヒの手伝いをするナナシに会いに行くことが重要らしい。これはハレルヤだけではない。妖精の女王として本格的に活動を開始したノゾミや人外ハンター商会のトップであるツギハギ、フジワラ。ミカド国に帰ったフリンやイザボー、ガストンも同じだ。所属する場所を離れたトキだけは錦糸町ハンター商会ではなくナナシの部屋に出現することが多いが、もとめるものは同じ。無理矢理ナナシのクエストにくっついていく、もしくはナナシをクエストに連れ出す。共通するのは同じだ。親族による葬儀が行われるからと1週間ほど前、ガストンと一緒にミカド国に帰省したナバールによれば1ヶ月ほど旅行してくるとのこと。脚色まみれの冒険はガストンによる解説とつっこみつきでまた楽しませてくれるだろう。特に大きなクエストの予定もないナナシは、ハレルヤが指定した待ち合わせ場所にむかうことにする。
「今から行くの?遅くない?」
「へーきへーき、悪魔討伐の依頼じゃないっぽいし。ちょっとした運び屋の仕事だって」
「ふうん、そうなんだ」
「めっちゃ謝ってるしなぁ。自由がきく時間がとれないんだろ、あいつ」
「そっかあ、大変だね。じゃあ、ハレルヤによろしくね、ナナシ」
「おう」
ひらひら、と軽く手を振って、ナナシは錦糸町を後にした。スマホ画面をアサヒに見せなかったのは、待ち合わせ場所が廃墟と化したラブホテルだったからだ。
「ほんとにごめんな、リーダー。こんなとこに呼びつけて」
「ま、いいんじゃねえの。今更謝るなよ、めんどくせえ。これで何度目だっけ?」
「うぐ」
「そういうモンが必要になるのも、復興の兆しじゃねー?」
「そ、そうだよな、あはは」
まさか阿修羅会がこんなものまで集めてるとは知らなかったんだ、とハレルヤは言い訳する。
25年にも及ぶ地下での避難所生活に疲弊しきっていた東京の人々は、ハンターや阿修羅会の護衛が前提だが少しずつ地上に生活圏を広げ始めている。遠方のエリアとの流通ルートも安定し、品ぞろえも充実しつつある。生活にだいぶ余裕が出てきた人々は、その変化を復興ととらえる。ほんの半年前まで今日の生活すらままならず、明日のことなんて考えられなかったのだ。まだまだ安息への道は遠いが、これから、に思いを巡らせる機会は多くなっていく。公共の設備やライフラインの供給が追いつき、仮設の生活スペースはハンターや阿修羅会と遜色ないものが並ぶ日も遠くはないだろう。ハレルヤ達がナナシを捕まえようと連絡を入れてもなかなか会えないのは、復興によるハンター商会の仕事が激増している事情もあるのだ。早々に放棄されたエリアからの支援物資もだいぶ多岐に渡っている。ハレルヤが数ヶ月ごとにナナシに依頼するのは、定期的に送る荷物の収集が主だった。初めて依頼を受けたときは、さすがに聞き返したし、どういうことだよおい、とあきれた。ハレルヤを二度見たナナシだが、回数を重ねればいい加減慣れてくる。具体的には大人の玩具や避妊具といった、性生活に関わるものが中心だ。25年前から生産が終わっているそれらの代用品は、悪魔からの提供だったり、悪魔の一部だったりするが、需要と供給が成り立つ以上、ラブホなどで探すのも大事な仕事である。
「なーに言ってんだよ。これも大事な進歩だろーが。余裕出てきたら、今まで我慢できたことだってできなくなるんだよ、人間ってやつは。あるならあるで越したことはねーだろ。治安が悪くなったらなったで俺たちの仕事また増えるじゃねーか」
「リーダーのそういうとこは尊敬するぜ、ほんと」
「よさそうな奴は拝借しようぜ、ハレルヤ」
「そういうとこは軽蔑するけどな!」
「なんだよ、めっちゃわくわくしてるくせに」
「それはリーダーもだろ!」
「あたりまえだろ、俺たちは健全な男の子なんだよ。夢精すら悪魔のせいにしないといけないミカド国と一緒にすんじゃねえ」
「あれはおもしろかったよなー」
「夢精が悪魔に襲われた仕業とかすげーな、ほんと。間違って持って行くから悪魔から身を守るために牛乳を枕元においとくとか知るかっての。あんな貴重品飲まずに放置とかふざけてんのはそっちだろっていう」
「あのときのガストンはほんとにやばかったよな、あははっ!だめ、また思い出しちゃったんだけど、どうしてくれるんだよ、リーダー!」
「あれはうちで代々語り継ぐことにするって決めてんだ。ぜってえハンターのおっさんたち大受けするしな」
「やめてやれよ、リーダー!ミカドの人たちの風評被害がやばいって!」
「腹筋死にそうなハレルヤがいうなよ」
「だってーっ!」
牛乳騒動のあと、ハレルヤとナナシはただちにガストンをナナシの部屋に連行した。無理矢理持たされたベッド下の本にガストンやナバールが頭を抱えていたのが懐かしい。迷ったあげく、こんな物を貰っても私は困る、と投げ捨てられ、また一悶着あったのはご愛敬だ。このときはガストンがナナシと正反対の性癖だと本人すらまだ知らなかったんだから仕方ない。趣味の合わないエロ本など苦痛以外の何者でもないだろう。可哀想なガストンはお気に入りをだめ出しされてムカついたナナシから、いろんなジャンルを提示されて憤死寸前になるはめになる。違う、そういう意味じゃない、と羞恥からくる照れで赤面した初々しいガストンや少なからず声がうわずっていたナバールも今は昔だ。あー、おまえ等には早かったか、とにやにやできたころが懐かしい。
くだらない猥談に興じながら、ナナシ達はラブホテルの部屋を物色する。25年も前だと衛生面でも耐久面でも不安要素はつきないが、こちらには時間などに干渉する悪魔など腐るほどいる。くだらないことをお願いされる悪魔の心境を考えることができるほど、思春期真っ盛りの二人は大人じゃなかった。1回で何十件も周り、何百の部屋も回るのだ。そのうち審美眼が板に付いてくる。ナナシのセンスはそっち界隈では定評があるようで、わざわざ指名してくる猥談仲間もいるらしい。青少年の問題に警鐘を鳴らす市民団体でもないのに避妊具などを配るナナシ達は間違いなく治安の向上に貢献していた。自分の好きなジャンルを確保するのは特権である。
「最近ナバールたちも耐性できちゃってつまんないんだよな。今度つれてくか?」
「あ、それいいな、名案」
いくつも用意した袋に、なるべく綺麗にしてから仕分けする。ぽんぽん出てくる鬼畜な提案に、ミカド国を観光中の二人は悪寒に肩を震わせているだろう。そういった方面に疎かったガストンとナバールがいつもと違う反応をするのが面白かった。味を占めた二人は定期的にそういった話題をふるようになった。健全すぎる精神を持つ青少年に、いけない知識を教える悪い友達の気分である。ナナシもハレルヤも女性経験が豊富である。お互いに暗黙の了解と化したのは、猥談があまりにも具体的すぎるからだった。たとえば悪魔には分霊という概念があって、たくさんの分霊からの情報はすべて本体に還元される。そのせいでハレルヤとナナシが別個体ながら一度お世話になったある女性悪魔と戦うことになったときには、それを女性陣の前で暴露されそうになって真っ先につぶしにかかるはめになったとか。その本体というのがアベの侍らせていた女性悪魔だったとか。経験者でなければ知らないはずのネタが多すぎた。おい未成年、とナバールが頭を抱えたのは、ナナシもハレルヤもそのお相手が15のくせに複数いたからだ。つっこみどころ満載だが、反応したらうれしそうに食いついてくる。うかつに深入りできない。嘘かほんとかしらないが。深夜に起き出してトイレの個室に行こうものなら、手伝おうか、なんてふざけたネタが大好きなナナシである。もしアサヒがいなければ、つきあう女性がいない不自然さが話題になるのは自然な流れだったし、どっちもいけるのか、とハレルヤもはらはらすることになったので結果オーライだった。おかげでシェーシャにアサヒが純潔の乙女だと暴露されたときには、別の意味で男性陣に衝撃が走ったのだが、それはさておき。
「結構あつまったなあ」
「ここはあたりかー、よかった。前はほんと見つからなかったもんな」
「ほんとにな」
あとは阿修羅会に持って帰って、綺麗にする仕事が待っている。本来ならハレルヤがするような仕事じゃないのだが、そのやる気を察した部下たちはかねがね理解を示している。ナナシのお墨付きならある程度のクオリティは保証されているからだ。そろそろ帰るか、と二人が廃墟を後にしたのはすでに次の日の朝を迎えていた。太陽が黄色い。そのまま阿修羅会の事務所にやってきたナナシは、たくさんの袋をずっと大人のおじさんたちに渡す。埃まみれの服は洗濯しないといけないし、シャワーがあびたい。長らく警察を自負していた阿修羅会の本部となれば設備は錦糸町より有用だ。ハレルヤ直々の依頼できたのだ、とがめる人間などここにはいない。すくなくてもナナシより強い人間など東京にはいない。ハレルヤに案内される形でエレベータと階段をはしごし、ナナシは私室に通された。適当に服を引っ張り出し、服が乾くまでこれきてくれと渡される。まとめて洗濯に行ったハレルヤを見届けて、ナナシはシャワールームに入った。入れ違いでシャワーを浴びる。
「あー、つかれた」
ぼふ、とベッドにひっくりかえるハレルヤ。すでにうとうとし始めていたナナシを起こさないよう、ハレルヤも目を閉じた。