ラミアから差し出された目玉を手に入り口に設置された機械においてみるが、エラー音が響きわたる。肩をすくめたフリンはラミアに返す。あら残念、とラミアは妖艶にほほえんで右目を再びはめ込んだ。また呼んでねとウインクを残してラミアはガントレットにもどる。機械のすぐ横には電子掲示板があり、東京と東のミカド国の言葉が並んでいた。
目玉を差し出さなければ出られない、と書かれている。制限時間は60分、もう秒刻みで減っている。
どうやら仲魔の目玉はダメらしい。
フリンとナナシは無言のまま目を合わせる。慣れた手つきで短刀を手にしたナナシを見て、フリンは軽く首を振った。メンドクサそうにナナシは頭を掻いた。
「すぐに回復してくれれば死にはしないだろ」
ダメだ、と言葉少なくフリンはいう。言葉こそ短いが明確な否定だ。若干の咎めが入っている。ナナシは肩をすくめた。こうなったらフリンはてこでも動かない。無理に敢行すれば、容赦なくフリンは物理的な意味で立ちふさがるだろう。
「まだ神殺しの感覚が抜けてないみだいだな、ナナシ。今の君は普通の人間なんだ。死んだらもう復活できない。もっと命を大事にした方がいい」
これだから今のナナシは目が離せないのだ。もっと落ち着いて考えるべきだと告げると面白くないのかナナシはぶっちょう面だ。神殺しのときに許されていた禁忌が延長でいまでも使えると思い込んでいる節がある。人間ではなくなったときにもう戻れないと覚悟を決めていたせいもあるだろう。拍子抜けな程あっさりと人間に戻してもらえた。どうも不本意だったようだがフリンにはどうでもいいことだ。ナナシは共感を望まない人間だと踏んでいる。どんな形であれナナシはナナシという人間を認識させればそれでいいらしい。だからアキラという前世に絡めた発言には眉をひそめるし、ナナシの向こうにアキラを見て期待しようものなら侮辱だと怒る。感情のままにつっぱしってきた少年は、これからも個人を全体より優先させる人間であり続けるだろう。そのわけのわからないパワーに惹かれて人は集まる。ナナシが望もうと望まなかろうと。ナナシはフリンと同じ目線では絶対にいないはずの人間だ。だから悪くないと思うのかもしれない。出会って日が浅いがフリンは少なくてもナナシが生き急ぐそのあり方を惜しいと思うくらいには気に入っていた。
フリンはそもそも目玉をえぐり出せば、痛みと流血からショック死するともっともらしい理屈を捏ねる。今のナナシは自分の考えている以上に弱いと。理論武装の強固さはこちらの方が先輩だ。理屈が通っていて、自分に向けられた言葉ならナナシは拒絶しない。ただバツが悪くなると沈黙して目をそらす。あー、と言葉を探しながらナナシはフリンを見上げた。
「そうはいうけどな、フリン。ほかに方法はあるのか?」
「今、考えてる」
「そっか。なら待つか?」
「そういう君はなにかないのかい?ずいぶんと平然としてるけど」
「提案したら却下した奴がなにを。まあ、あるにはあるけど面倒なんだよ。こっちの方が手っ取り早い」
「面倒でもお互いに痛い思いをしなくてすむなら、そっちの方がよくないか」
「わーったよ。ちょっと待ってろ、交渉してみる」
「交渉?」
疑問符を投げるフリンに、ナナシはスマホを起動させた。召還されたのはアリスである。ずいぶんとなついているようで、きゃっきゃと無邪気にじゃれついている。だっこをせがまれ、手を広げる少女を抱き上げたナナシは、ご機嫌なアリスをみた。
「なあに、お兄ちゃん。バトルでもないのに、なんのご用?そこのお兄ちゃん殺したらいいの?」
「違う違う。ここに閉じこめられたんだ。オレかフリンの目玉がないと出られないらしい。だからくれ」
「えーっ、返してくれないの?お兄ちゃん好きにしていいっていったじゃん」
「仕方ないだろ、こんなとこで死ぬ予定じゃないんだ」
「ならー、対価、くれるよね?お兄ちゃん。アタシにお願いするんだから、それなりの対価とお兄ちゃんのオメメの代用品頂戴。そうじゃなきゃあーげない」
「前よりレートあがってねえ?」
「だってお兄ちゃんダグザのおじちゃんと契約解いちゃったでしょー。もうお兄ちゃんのコレクション増えないんだもん、プレミアついちゃった」
「プレミアって・・・・・・ったく仕方ねえな。なにがほしいんだよ」
「えっとねー、えっとねー、待って。ちょっとかんがえるー」
予想外のプレゼントにご満悦なアリスは笑っている。可憐な容姿に不似合いな、過激すぎる発言が素通りする。慣れた様子でナナシは適当に相づちを打っていた。だからいやだったんだよ、というつぶやきに、フリンは顔がひきつっている。説明を求めるフリンにナナシは見ての通りと淡々としたものである。フリンもアリスは知っているし、悪魔合体で作成したから全書にも載っている。しかし、ナナシのつれているアリスは少々、いやかなり屍鬼に分類されるフリンのアリスとは性質が違う気がしてならない。
「東狂で迷子になってたから声かけたらなつかれたんだ」
「東狂?あそこは魔人しかいないって、イザボーに聞いたんだが、違うのか?」
「ほかの悪魔もいるにはいるけど、すっげえ強い。まあ、こいつは魔人みてえだけどな。ほら」
さしだされたスマホには、魔人と明記されている。
「どっか別の世界で魂が砕け散ったらしくて、その欠片がこいつなんだってさ。赤おじさんと黒おじさんとかいう悪魔が引き取りに来たんだけど、嫌がってよ。なんかオレを気に入ったらしくて、飽きるまで一緒にいるって言いやがった」
「ほんとは今すぐにでも死んでほしいんだけど、お兄ちゃんに勝てないから、お兄ちゃんが死ぬの待ってるの。死んだら好きにしていいって約束だもんね!おじいちゃんになったら嫌だから、ダグザおじちゃんから時々もらってたお兄ちゃんのコレクションに入れて、ずっとお友達にするの!すてきでしょ?」
「コレクションってまさか、ナナシの体のパーツかい?」
「うん、そうだよー」
「まあ、吹っ飛んでもダグザがなおしてくれたし、それくらい必要経費だし」
「うふふ」
「前から思ってたが、ナナシは(へんな奴に)よく好かれるんだな」
「その間はなんだよ、フリン」
「気にしないでくれ、気のせいだ」
苦笑いするフリンをじとめで見上げるナナシだが、アリスはお願い事が決まったようでナナシを呼ぶ。
「ふたりの殺し合いがみたいな!」
「却下」
「えーなんで」
「僕も今ここでナナシと戦う気はないよ」
「んー、なら、鬼ごっこしましょ。お兄ちゃんたちが鬼ね」
すてきな提案でしょうと無い胸を張るアリス。フリンは返事を返す前にナナシをみる。従来のアリスより遙かに苛烈な言動が目立つ魔人まで堕ちた少女の破綻した思考回路で生まれた鬼ごっこ。おそらくまともな遊びではない。ナナシは思考を巡らせる。
「あー・・・・・」
フリンをみる。
「ま、大丈夫だろ。フリンなら」
「やったー!これだから大好き、お兄ちゃん!」
「待ってくれ、ナナシ。どうして一度僕をみたんだい?あとルールは?」
「さっきオレの提案却下した口がなに言いやがる。野郎とのたれ死ぬなんてごめんだ」
「それについては僕も大いに賛同する。でも説明してくれないと困るよ、ナナシ。僕は今の状況に何一つついていけない」
ナナシはアリスを降ろした。アリスは目を閉じて、両手で顔を覆う。いーち、と数え始めた。ナナシは全力疾走で走り出す。フリンのしる鬼ごっこではすでにない。伴走することはたやすいが、フリンは背後から迫り来るすさまじい重圧に悪寒が走る。
「ルールは簡単、鬼は逃げるだけ。さあ、いこうぜ、フリン。死にたくないなら」