女神転生ⅣFINAL短編集   作:アズマケイ

20 / 33
執着の魅せ方(ナナシとアサヒ)

おれは吠えた。

 

負け犬はよく吠える、といつだって女は嗤うのだ。でも、これしか知らない。だから、啖呵を切った。届くわけもないのに。まだ夢を見ているくらいには、おれはまだ子供なのだ。今でも。

 

ずりいよ、ばかおんな。おれというものがありながら、何様だてめええええ!育児放棄もいいとこだろうが、いっそのことネグレクトかましてくれれば全部諦められるのに。なんで気まぐれで母親するんだよ、あんたは。物乞いしか知らないくせに。おれに物乞いの仕事押しつけといて、ずたぼろでなんとか帰ってきたガキほっぽらかして、他の男と一夜友にしてしかも朝帰りでとかふざけんじゃねえよこんにゃろうが。今お世話になってるおやっさんになんて説明すりゃいいんだよ。きまじいよ、なんでおやっさんの愚痴とか嫌みとか僻みとか嫉妬とかおれが聞かなきゃいけないんだよ。さみしいとかいかないでとかかまってくれとかいわせてくれもしねえくせにさ。どろどろの昼メロみたいな愛憎劇なんてみせんなよ。たのむからおれだけの母親でいてくれよ。なんであんたはいつだってそうなんだ。おやっさんみたいに、やつあたりとかわかりやすい感情でヒステリックとかで感情のままに過剰に愛してくれたり邪魔だと叫んで突き飛ばしたりしてくれりゃ、ああ、ってわかるのに。未だにあんたがわかんないよ、かあさん。そうしたらさ、様子窺って一過性だってわかるし、我慢もできるし、諦めもできるのにさ、なんであんたはいつだって一貫性があるんだよ。しかも背後関係とか一切見せてくれないんだよ。そのせいで勘ぐっても勘ぐってもあんたがおれに求めてることがわかりゃしねーんだ。勘弁してくれよ、勝手に絶望しないでくれよ、ためいきついてそんな目でおれをみないでくれよ。そのくせわかんないからおれだってどれだけ近づいていいのか絶妙なタイミングで期待させるようなことばっかりするんだよ、ずるいよ、なあ、かあさん。どうやったら、あんたに、みてもらえるんだよ。なんでおれを産んだんだよ、なあ。なきじゃくっても、繰り返しふってくる答えはだいたい、決まっていたのだけれども。

 

 

「また、くだらないことしてるのね、×××。なにしてるの?」

 

 

にひ、とおれは笑ってやった。つま先の小指に塗られたマニキュア。きゅるきゅると新品のそれをふたして、イスに座ってるもんだから自然とおれを見下ろしてくる女に、意地悪く紡いでやる。ああ、なんて。

 

 

「気まずいだろ?」

 

「まだ小さい子供がそんなことするものじゃないわ。生意気ねえ、ふふ」

 

 

どこから仕入れてきたの?うん?と無邪気に笑うので、拍子抜けする。てっきりいつもの人が食えない笑みで頭をなでるんだとばかり思ってたんだけど。やっぱりわからない。

 

 

あんたが大好きなゴシップ記事の連載だよ、とつぶやいた。バツが悪くなって、下を向く。予想した態度で帰ってきた試しがないけど、やっぱり今回も肩すかしで、おもしろくない。

 

正妻が愛人の元にかよう夫との関係に嫉妬しながら、愛人に向かって聡明で堅実な彼女なりの最高の挑発を施した結果が、これなのだ。案外人は足元がお留守で、それこそいやあん、な状況下にならなければ、まじまじと目にすることもない。そこに使いもしない強烈な紫が小指にあったら、一瞬で凍り付くだろう。少なくてもその回は気まずくてよくてお流れ、夫は愛人に詰め寄られ、対応に四苦八苦、と言う訳。

 

 

まあ、こんなことしたところでこの女を独占できるわけもないんだけど、と想いながら。ぬぐおうともしないので釈然としなかったり、相変わらずおれも何を求めているのかわからない。いろんな感情がごちゃごちゃしすぎて、わからない。くすくす、と女が笑うので、おれは顔が引きつるのがわかる。

 

 

「×××」

 

「ん」

 

「賢いあなたは好きじゃないわ」

 

 

またそういう目でおれを見る…。わからない。ほんとうに、わからない。じわり、とこみ上げてくるものがあって、おれはまたうつむいた。

 

 

「いつだって聡明なあなたは、だまされてもくれやしないんだから。本当に、誰に似たのかしらねえ、×××は」

 

「あんただよ」

 

「ふふっ、違いないわね」

 

 

うそつきめ。なんだってこんなときにこんな最悪なうそつきやがるんだよ、この女は。なにが聡明だ、だまされてくれないだ、似てるだ。おれはあんたをなにも知らないんだよ、ばかやろう。乱暴に涙をぬぐうと、くしゃり、と頭をなでられる。

 

 

「あいしてるわ、×××」

 

「嘘つくなよ、ばーか」

 

 

あいしてる、と、ごめんなさい、をはき違えている女にいわれたくなかった。

 

 

 

 

 

自慢じゃないがかあさんは綺麗な人だった。なんでいいところのお嬢様みたいな隠しきれない育ちの良さがあるかあさんが売春婦にまで堕ちたかなんて知らない。まだ10もいかないクソガキが、知るすべはなかった。だれも教えてくれなかったから仕方ない。まあ、いろいろやらかしたんだろう、ってことだけは子供ながらに確信してた部分はあったけど。駆け落ちして男に逃げられたとか、マグネタイトを貯蓄する体質に目をつけられて誘拐されたとか、悪魔から逃げるために生贄にされて逃げてきたとか、口を開くたびに違う話が飛び出すから追求は諦めた。まあ、話を戻そう。

 

 

誕生日って、忘れるんだよな。戸籍があるわけじゃない時点で正式かどうかもあやしいし、腹を痛めて生んだ子の誕生日を知ってるであろう母さん。たよる男たちが揃いも揃って、自分が飲みたい日に誕生日を設定するような奴らだったのが運のつき。毎年祝ってくれてれば、はっきり覚えていられるんだろうけどさ。ころころ変わるんだ。へたしたら、一年に何回もあるんだ、あほらしくなってくるだろ。一時期は天の邪鬼に血がつながってないんじゃないか、って疑ったこともあったけど、本気で殴られたから(「んなこと言うのは血が繋がってなくても家族として生きてる連中に失礼だ」ってさんざん叱られた)、たぶん、繋がってるんだと思う。感覚だよな、このへん。まあ、確かに記憶をさかのぼってみれば、ずっとかあさんといた気がするのは確かだし、信じてみるんも悪くはないかなあ、って思ったわけよ。

 

それでもおれが誕生日を知れたのは、これのおかげなんだ。え?スマホだって?違う違う、この番号だよ。電話。留守電。かあさんがいつも俺が寝てからこっそりおっさんたちのスマホから掛けてたから知ってるんだ。

 

かあさんが世界で1番愛した男の留守電だった。

 

ある日、おっさんがスマホを忘れた日があって、ドキドキしながらかけたからよく覚えてる。無性に感動したことを覚えてる。つか、何人もの男と渡り歩いてきたかあさんの発言の信ぴょう性は、ぶっちゃけ皆無なんだけどな。なんでか知らないけど、この人がおれのとーさんじゃないかって、なんとなく、思ったんだ。とりに帰ってきたおっさんに見つかって、留守電のことがバレて、かあさんはその日1日帰ってこなかったけど。一週間くらいして、かあさんと俺は追い出されて、その地下鉄にいられなくなった。かあさんは悪びれず別の男のところに転がり込んだ。いつものような朝帰り、おっさんはどっかに出かけていない日、なにかないかってかあさんが肌身離さず持ち歩いてるカバンをひっくり返して探したんだ。そしたら見つけた。カバンの下の底に隠してあった。紙切れだった。

 

『×××にしよう、○○○。たぶん、×××はオレの顔なんざ一生知らねえまま、生きてくんだろうが。これだけは譲れないんだ。最後のワガママだと思って許してくれ』

 

激しい怒りに駆られて、なんでだよ!かあさん、て泣きわめいた。あの人は最期まで勝手な人だった。

 

『オレはな』

 

おれにその手紙がばれたと知って、手当たり次第にものを壁に叩きつけながら、ヒステリックに泣き叫ぶんだぜ?

 

『オレはお前が息子であることを誇りに思う。だから、お前も誇りある男になれ。オレは、オレの思う信念を貫き通す。無論そのためなら死も恐れるに値しない』

 

なんかこう、こみ上げてくるものがあって、駆け寄るしかなかったなあ。

 

『お前たちにとって、理解できない生き様をしたかもしれん。だがな、オレは、お前たちを心の底から愛していた。それだけは、忘れてくれるなよ』

 

動きが止まってさ、もう動かねえの。壊れやがったんだ。で、号泣だよ。泣きたいのはおれだよ。ばかだなあ、ってかあさんを叩きながら泣いたんだ。その日から、かあさんは壊れた。おれが壊した。かあさんは泣かなくなった。笑わなくなった。おれを見なくなった。全部が機械的になった。いつも浮かんでるのは無機質で乾燥しきった笑顔だけ。壊れた人形みたいに同じことを繰り返す。おっさんはそんな母さんでも構わなかったみたいだった。ただ、おれにとっては地獄だった。毎日が異様な殺気と興奮に溢れかえってて、びりびりという殺気にも似た緊張感があたりを覆い尽くしてた。よくわからないまま、かあさんの服をつかんで、恐怖から来るふるえを伝えると、なにがあっても平然と笑ってるんだ。もちろん、母さんがなんで壊れたかなんておれが知るわけもない。いろんな男のところにいくかあさんにひたすらくっついていくしか無い。ただ覚えているのは、だいたい数週間から数か月で移動して、二度とオレはその男たちと会うことはなかったことと、母さんがいつも機械じみた笑みを浮かべてたことだけだ。

 

「×××はどうして男の子なのかしらね。男ってのはバカでいけないわ。いつだって女は女しか責めやしないんだもの。大抵水面下で残酷なの。どいつもこいつもバカばっかりだわ」

 

歪み切った親心なんぞ毒にしかならない。このころからかあさんは狂気を孕んだ目でおれを見るようになっていた。おれは怖くて、逃げ出そうと思いながら、ずるずる毎日を過ごしていた。まだ鉄柵の向こうにいく勇気がなかった。

 

 

ほっといてくれればいいのに、どこまで自分の子供を人生の駒にしか考えてないんだろうな。難題吹っ掛けてきやがったんだ。

 

「ねえ、×××。わたしは今まであなたの空っぽな脳みそに徹底的に学と教養と生きていくための術を、全財産はたいて、しかも膨大な時間を費やして叩き込んであげた恩義があるわ。まさかそれが親の義務だとか、くだらないもんだと思って、タダだと思ってたわけじゃないでしょう?投資に決まってるじゃない、投資。で、今まさに一気に返してもらおうって思っているの。やさしいでしょう?死ぬまで養えなんて言わないんだから。一括払い、簡単この上ないわ。何をするかって?簡単よ、あなたの第二の人生を円滑に開始するためのプロセスとして、これからの人生にちょっとばかし独り立ちの手助けとなるようなことをするだけ。ああ、ちょっとばかしヤジ馬どもや知ったかぶり共がアンタを「親不孝者」とでも言うかもしれないけどね、かまわないでしょう?わたしからのお願いなんだもの。自分の生き方のおとしまえは自分でつけるって、悪い話じゃないでしょう。わたしを知ってる人なら、わかるはずだわ。たった7つの子供に殺されるようなやわな女じゃないってことぐらいね」

 

知るかよって話だろ?身勝手なこと言って、オレの銃を口の中に突き付けて、たーん、なんてふざけて笑いやがってさ。茫然自失としてる息子の手を無理やり握らせて、自分の心臓貫きやがったのさ、あの馬鹿女。完全にかあさんの計画通りに物事が進んじまったんだと気づいた時には、後の祭りだ。っつーわけで、墓まで持ってくことがまた、増えちまったってわけ。しばらく、オレはしなくていい良心の呵責と罪の意識にさいなまれるはめになるんだけど、まああとはもう面白くはねえから、いいだろ。

 

「ねえ、ナナシ」

 

「ん?」

 

「なんでそんな話を今するの?」

 

「今のオレ、きっと母さんみたいな目をしてるなあと思ってさ」

 

「なにそれ、どんな目?」

 

「アサヒが欲しそうな目。おれの嫌いな顔してる」

 

「どんな顔?」

 

「こんな顔?」

 

アサヒの口元をなぞりながら、妖艶にナナシは笑う。アサヒはどきどきしている。

 

「マニキュア塗ってやろうか?」

 

「いいよ、そんなの。わたしはナナシが欲しい」

 

「熱烈だなー」

 

「しゃべり過ぎなのよ、ナナシは」

 

むう、とむくれる幼馴染にナナシは笑った。ベッドのスプリングが軋んだ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。