女神転生ⅣFINAL短編集   作:アズマケイ

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夢見る希望(ナナシとクリシュナ)

ナナシが息を切らしながらやってくる。草原はうんざりするほどに広かった。どれだけ足ばやに歩いても、とても前に進んでいるようには思えなかった。距離感がまるでつかめない。ようやくたどり着いた先にてナナシは眉を釣り上げた。そして声を張り上げるのだ。

 

「どうして毎回毎回迷子になるんだよ、てめーは!」

 

不機嫌な顔をしたままナナシがクリシュナをのぞき込む。眩しそうに目を細めた青年はからからと笑うのだ。

 

「やあ、ナナシ。そろそろくると思っていたよ。ありがとう。これはお礼だ、受け取ってくれ」

 

放り投げられた傷薬。キャッチしたはいいものの、ナナシの眉間に皺がよる。

 

「せめて探してる素振りくらいしろよ、全く」

 

スマホに戻る気配が微塵もないクリシュナにため息ひとつ。ナナシは隣に座った。

 

空が抜けるような青さに澄み切っていて、いっそのこと清々しいほどの

雲一つないくらい晴れきった空が頭の上に広がっている。

 

「戻らなくていいのかい?」

 

「どーせわかってるんだろ、わざわざ聞くなよめんどくせえな。もうアサヒに報告は済んでんだよ。今日の依頼はこれでおしまいだ。あー疲れた、せっかく寝ようと思ってたのによ」

 

「どうせなら日向ぼっこしたほうがいいよ、ナナシ。人間というものは太陽の下で生きるようにデザインされているものだからね」

 

「またわけのわかんねえこと言ってやがる」

 

芝生の、目を背けたくなるような濃い緑の照り返しを眩しそうに見つめながら、ナナシは立ち木が芝生にこんもりとした影に入った。芝生がちくちく足を刺す。撫でれば柔らかいのだが、草を踏む体の柔らかい感触はくすぐったさすら感じた。視線を投げれば草原は砂丘のようにゆるゆかに起伏している。ほとんどあるかないかのわずかな起伏が、平原に掃いたような陰翳をひいていた。海のような平野が広がる。何度見てもここはぱっと青海原に泳ぎ出たような場所だ。

 

乾きを含んだクローバーが、足に快いフンワリとした感触を伝えてくる。野面にはそこここに、低い木立が島のように影をはらんでたむろしている。一陣の風に雑草がいっせいに葉裏を見せ、濃い緑一色の草の海が鈍く銀色に輝く。ほのかな草いきれが鼻に通う。草原が砂丘のようにゆるやかに起伏した。広々と果しない平野にしたたるような緑のかたまりが、青絵具でぬりつぶしたカンバスの上に更に青さを落したように、惜し気もなく豊かな色をかさねている。

 

「何度見ても気持ちのいい場所だ」

 

「だろ?」

 

クリシュナにお気に入りの場所だと教えたところ、迷子になるといつもここまで飛ばされているからいいかげんわざとではないかとナナシは睨んでいる。フリンにいいかげんクリシュナを連れてこないでくれと遠回しに苦情が随分前から出ているがサボりの救世主様はもう少しテレビ慣れした方がいいから放置していた。

 

「本当にいい場所に彼の墓をつくったね」

 

彼と彼女の墓石の隣に最近新しく墓が出来たことをいっているのだ。

 

「好きだったらしいからな、叶わぬ恋だったらしいけど」

 

「好きなお隣さんの彼氏がかの魂の持ち主とはね」

 

「あん時はかなりドロドロだった模様。ちくしょう、どこにいるんだよ......お姉ちゃん......」

 

「おや、まだわかってないのかい?君の幼馴染か年上の彼女かと検討つけていたじゃないか」

 

「まだわかんねえ......どっちも記憶はないっぽいし魔力による判定も微妙。転生してんならマグネタイトで判定できるはずなのに......ああもう。やっぱ普通の人間だから転生しねえのかな」

 

「はは、こちらに拉致されて悪魔と無理やり結婚させられた女がまともに輪廻転生できるとでも?」

 

「だよなあ......」

 

アキュラ王の子孫にも彼女の子孫にもそれらしき人間はいなかったから、やはりあの二人のどちらかが姉なのだろうかとぼんやりナナシは考える。

 

ナナシがアキラの姉をなんとなく探しているのはナナシの中にある残留思念がだいぶ凝り固まってきているからだ。時々叶えてやらないと夢という手段でもってアキラはナナシを上書きしようとしてくる。厄介な前世である。

 

珍しく感傷的なナナシを尻目に光ったりかげったり幾通りにも重なったたくさんの丘の向こうに、川に沿ったほんとうの野原がぼんやり碧あおくひろがっている。

 

風だけが草原を吹きわたっていた。まるでこの草原が風の特殊な通り道であるかのように見えた。風は重要な使命を帯びて先を急いでいるんだとでもいうように、あともふりかえらずに草原を走り抜けていく。

 

「ちょっといいかい、ナナシ」

 

「あ?なんだよ、いきなり」

 

「せっかくだから聞いておきたいんだけどね。僕は仲魔として神の討伐に参加させてくれたことをこれでも感謝しているんだ。違う形とはいえ分霊として多神連合の悲願を叶えてくれたことを」

 

「表向きのな」

 

「表向きだけじゃないさ、おかげで僕は久しぶりに輪廻転生としてクリシュナ以外の姿に自在になれるようになったんだから。だからこそ聞いておきたいんだよ」

 

「なにを」

 

「意外だな、と思ったのさ。君がこちらの道を選ぶなんて」

 

「そうか?」

 

「ああ、ダグザの神殺しとしてそのまま世界の破滅を計り、神の座に着くのだと思っていたよ」

 

「否定はしねえよ。シェーシャにアサヒを、てめーにフリンを殺されなきゃ、きっと俺はダグザと同じ道を歩んでた。直前までそのつもりだった」

 

「覚悟が足りなかったのかい?」

 

「あー............興醒めしちまったんだよ、世界を終わらせるなら自分の手でやりたかったのに土壇場で1番相手をしたかった2人を尽く外的要因に殺されちまった。萎えるに決まってんだろ。そもそも俺がダグザに従う気になったのはフリンと殺し合いがしたかったからだ。あいつが本気で殺しにくるのはほんとに人類の敵にするしかないからだろ。なのにてめーが余計なことをするから」

 

冷ややかな眼差しにたまらずクリシュナは吹き出した。

 

「なんて子供じみた理由だ。それならサタンやメルカバーの手をとればよかっただろうに」

 

「やなこった、フリンの代役なんざ願い下げだ」

 

「なるほど」

 

「つーかフリンがてめえに捕まる時点で萎えてたんだけど」

 

「なんだって?人類の希望に過剰に期待しすぎたのかな?」

 

「はは、ある意味そうかもな。スティーブンに呼ばれて異世界にいった先で俺に会わない世界線のフリンにあったんだ」

 

「ほう」

 

「まじで強かった。一緒に戦って目眩がするくらい強かったんだ。でも2回目に会ったこっちのフリンはてめーに捕まった」

 

「君のせいだというのになんていいぐさだ」

 

「違う、根本的に違うんだ。あのフリンの世界線だと俺はアドラメレクに殺されちまったに違いない。希望が自分1人だと信じて止まない目だった。そもそも叶わない夢だったんだよ。それなら長い目で見てフリンの強さを待つしかねえだろ」

 

「戦争が終わった今、これ以上フリンが強くなることはないんじゃないか?」

 

ナナシは笑うのだ。

 

「たまにはいい仕事するんだよ、前世の記憶ってのはさ」

 

「?」

 

「大天使共の置き土産の起動を俺は待ってるんだ」

 

「!」

 

クリシュナは笑うのだ。

 

「本当に君はいい趣味をしているね」

 

「うるせえ、人類がデモニックジーンを把握してる前提で計画立てて負けたてめーに言われたかねえよ」

 

「そうか、夢を見ることにしたわけだね、君は」

 

「そういうこった」

 

「でも大天使たちが死に絶えた今、そもそも導火線に火がつかない可能性もあるんじゃないか?」

 

「いいんだよ、賭けはすべきだ。これは俺とダグザの賭けなんだ。勝手にアキラと賭けなんてしやがったダグザに対する意匠返しでもあるんだから」

 

「なるほどね、だから君は東狂に通いながら強さを求めているわけか」

 

「そういうこと。ダグザから新しい世界について考えておけと言われたときに思ったんだ。スティーブンに教えてもらったアラカナ回廊を使えば俺はまたあのフリンたちに会える。新しい世界を作ってあのフリンたちが生まれてくるのを待つか、会いに行くかを考えたらどう考えても後者の方が楽に決まってるだろ?それに早い」

 

「そうか、どうやら君に対する評価を改めなくてはいけないようだね」

 

「そりゃどうも」

 

「ただ」

 

「ただ?」

 

「後ろで聞いてるもう1人の人類の希望に対して君は説明責任を果たさなくてはならない。それだけは確かだね」

 

「......!!!」

 

がし、と肩を掴まれたナナシはフリンが無言のまま力を込めてくるのを実感する。ああこれは途方もない修羅場が待っているに違いない。目眩がした。

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