東京はいつでも暗い。太陽を閉ざされてから早くも25年が経過している。固い岩盤のおかげで気温や湿度は一定に保たれていることはある意味幸運なのかもしれない。電気の力でそれらの環境はいくらでも調整することが可能だからだ。
全てのガラスを失った窓枠のペンキはすっかりはげおちて変色し、壁は各所でぐずぐずに崩れ落ち、鉄扉は赤く錆び、石壁には落書きがある。
のっぺりとしたコンクリートの壁には冷凍倉庫に使われていたころの名残りの配線や鉛管がもぎり取られたままところどころにぶら下がっていた。様々な機械やメーターやジャンクション・ボックス、スイッチのあとには、それらがまるで巨大な力でむりやりむしりとられたかのように、ぽっかりと穴があいていた。
生ぬるい風がナナシの頬をかすめていく。
地下鉄の入り口階段を下っていくと、地上の騒がしさが徐々に遠ざかった。地下鉄が無数に通る東京の地盤がすかすかだとすれば、軽くゆさぶってやるだけで、ずさんに作られたアリの巣のように、ごそっと地面が陥没するのではないだろうか、と思うほど入り組んでいて、戦争が終わっても悪魔と共生するために人々は今なお住んでいるのだ。
人外ハンター商会に顔を出すとすでに用事を済ませていたアサヒがぶんぶん手を振りながらかけてくる。
「おそいぞー!」
「仕方ねえだろ、悪魔討伐と素材集めだぞ。お使いとは雲泥の差じゃねえか」
「ふっふっふー、じゃんけんに弱い自分を恨みたまえ!」
「アサヒのくせにむかつく」
「いたあい!ひどい、なんでデコピンするのよ!チョキ出すナナシが悪いんでしょー!」
涙目なアサヒにナナシはしてやったりだ。
「それはそうとね、やったよ、ナナシ!新しい悪魔が使えるようになった!」
経験を積んだことでニッカリの使っていたスマホを引き継いでいたアサヒは、新しい悪魔が力を貸してくれるようになるたびにこうして報告にくる。
「またニッカリさんに近づけた!早く強くなってニッカリさんやマナブの仇を取らなきゃね!」
「次はなんだ?」
「パールバティ!」
ナナシはしばし沈黙する。
「どしたの、ナナシ?」
「なあ、カハクとピクシーはアサヒが捕まえたんだよな?」
「ううん、違うよ?仲魔集めの時のマップにピクシーとカハクがでなかったでしょ?あたしが持ってたからだよ。いったでしょ?あたしもスマホに入ってた仲魔 どうにか使役できるようになったよって」
「まじか、まじかあ......。カハクにピクシーにクシナダヒメ、パールヴァティにヴィヴィアン…......レベル帯を無視して好みの悪魔で固めてたんだな、ニッカリさん」
だからアドラメレクなんかに遅れをとったんじゃねえだろうなといいかかった言葉は喉元で止まるのだ。さすがに言えるわけがない。あの世にいったら聞いてみるのもありだろうか。
「そうかなあ?ニッカリさん剣技が主体だから補助回復要員に悪魔を集めてただけじゃない?」
「他にもスキル使える奴はいくらでもいるんだよなあ......」
「???」
「まあ、よく似合ってるからいいと思うぜ」
「そう?ありがとう?でもさ邪神、堕天使、邪竜、魔王ってナナシも仲魔偏りすぎてない?」
「なんかこいつらだと悪魔会話うまくいくからこれでいいんだよ」
「ふうん。そういえば仲魔で思い出したんだけどね、ナナシ。やっと揃えられたんだね、仲魔。よかったよかった」
「まあな。ダグザの野郎、全部の仲魔消しやがって」
ナナシはぼやく。いくらかかったと思ってやがる。アサヒはたくさんのクエストを受けたことを思い出し、うんうんとうなずいた。神殺しにはなにかと入り用だとマッカをはじめとした狩場を用意してくれた任務は未だにスマホに残ってはいるが、なんとなく荒稼ぎする気にはならなかったのだ。
観測の力を人間に授けたのは四文字様ではなく大いなる理だ。これに真正面から戦いを挑むよりは人間殲滅して人間を神殺しの傀儡にしたてる方が楽だとダグザが考えるにはどれくらいの月日が流れたのやら、とナナシは思う。その計画完遂の悲願のためにひたすら計画練ってコマになりそうなやつを探しまくってたに違いない。その過程で神殺しはフリンだ!となるがそれより大事な神にふさわしい人間を選ぶのが大変だったんだろうなあたぶん、と元神殺しは思うのだ。ダグザは語らない悪魔だった。思惑も直前まで知らなかった。悲願を語られたらナナシも天秤が傾いたかもしれないがダグザの悲願のためにはナナシが自分の意思でその道をつかみ取らなくてはならなかったようだ。悲願の直前に裏切られたらそりゃ仲魔削除もしたくなるよねダグザとは今となっては思うがそれとこれとは話が別なのだ。
(まあ、殺し合いできたからよかったよ、ダグザ。神殺しになってからその日が来ることをずっとずっと待ってたんだ、俺。計り違えた時点でダグザの負けだったんだよ)
あの高揚感を噛み締めながらナナシはこれからも生きていくことになるのだ。
終末アナーキーガストン固定じゃそれくらいの気概がないとやっていけない。