それはまさに死闘というに相応しい激闘だった。ワルターと合体したルシファーのカオス軍が占拠する市ヶ谷駐屯地にて繰り広げられた対決はフリンに軍配があがったのだ。できればもっと希望の聖杯を満たしたかったがそれよりも先に天使と悪魔の軍勢がヤマト目指して進軍を開始したから仕方ない。中途半端なままフリンはここにいた。雌雄は決した。将門の太刀をしまい、先を急ぐ。
その先でフリンはメルカバーを目撃した。
フリンはしばし言葉を失い、口を軽く開いたまま、ただぼんやりとその方向を眺めていた。自分が何を見ているのか、意識を定めることができなかった。輪郭と実体とがうまくひとつに重ならなかった。まるで観念と言語が結束しないときのように。
見ていると目まいがしてくる異様な風景だ。
それは不思議な光景だった。入口からじっと中をのぞきこんでいると、まるでその中にだけ冷やりとした肌あいの別の時間性が流れているように感じられたのだ。そして彼らは自分たちを巻きこまんとしている。あるいはもう既に一部を巻きこんでいる。魔法陣が形成され、ヤマトから溢れ出る魔界のゲートがさらに拡張し、その新しい体系に喜んで身を委ねたこの空間は更なる地獄を召喚する。
仲魔が一瞬で溶解した瞬間、フリンは東京諸共自分も消し飛ぶことを悟る。大天使共が大アバドンを解き放ってしまったのだ。
全ては白に塗りつぶされた。
世界は暗転し、気づけば奇妙な空間にいた。天使と悪魔の軍勢に追いかけまわされていてろくに状況を飲み込めない。仲魔は全滅してしまい、蘇生するとマグネタイトが枯渇する。魔法主体のフリンには無理な要求だ。ジリジリ追い詰められていくのを感じながらフリンはなにも逆転の手立てがないまま逃げ込んだ先が行き止まりだ。舌打ちをして将門の太刀を抜いた。
「なぜこんなところに子供が......?くっ......ここは危ない離れるんだ!」
フリンは12、3歳くらいの子供を見つけた。注意をうながしつつも敵の軍勢との間合いを測る。その度に白羽が稲妻のように閃く。刃物が陽炎のようにきらめく。
「ぐっ......!」
あまりの数に近づかせないのが精一杯で1部の悪魔が新たなる標的に嬉々とした様子で迫り来る。しまっ、と口にしかけた言葉は飲み込まれた。少年は親の仇のようにナイフを天使の一体に突き刺したのだ。総毛立つような白刃の光がみえた。氷刃のような白い裸の刀がぎらぎら光る。会心の一撃だったのか緑色の煌めきを残して天使は切り捨てられてしまった。月光の中に氷のようにきらめきつつ振り回される刀の光が、言いようもないほどおそろしい。フリンは目を見開いた。
「君......戦えるのか!?」
少年はキョトンとした様子でフリンを見つめる。
「正気で言ってんのか、フリン。俺の事忘れるとかやっぱ人外ハンター期待の新人も庇護対象でしかなかったってことかよ」
そう不満そうに口にしながらも少年の白刃が虹を曳いて陽光を切る。フリンと天使たちの十文字に交錯する剣と剣にたがわぬ様子で、金属音が響き渡り、剣と剣が闇の中で火花を散らして交錯する。稲妻のような剣さばきだ。魂を吸い込むかのように研ぎ澄まされた大刀が掛け声とともに打ち下ろされるたびに首は毬のように飛ぶ。あるいは鬼神のごとく振り、天使や悪魔を切り倒しながらフリンに助太刀しようとやってくる。
「ならすまない、僕に協力してくれ。こいつらを倒すには君の力が必要だ!」
「わかった」
うなずいた少年は天使達の間合いが近くなると一気に悪魔を召喚する。見たことのない悪魔たちばかりだったがそのびりびりとした濃厚な殺意を嫌というほど感じる。これは子供と侮る方が失礼に値するような実力が見えかくれした。これで天使と悪魔の軍勢がふたつに分割されるとするなら、なんとかやれるかもしれない。フリンはなけなしのアイテムを手に魔法を発動する準備に入った。
やがてなんとか天使と悪魔の軍勢を退けることが出来たフリンは、息ひとつ荒らげる様子もない少年にお礼を言いながら話しかけた。
「君は僕を知っているのか?」
「ああ、希望の星といわれてた。俺はアンタに憧れてハンターを目指したんだ」
「そうか、それで......どうやら君と僕はまだ出会ってないらしいな。君ほど腕がたつなら忘れないはずだから」
「そりゃ光栄だな。錦糸町にきたことは?」
ナナシと名乗った少年は静かに笑うのだ。不思議な響きの名前である。フリンは首をふる。聞けばスカイのすぐ近くの人外ハンター商会がある地下鉄らしい。ほかの駅よりも規模が小さいとのことで見逃してしまっているようだった。中途半端な形で聖杯に希望を満たせないまま来てしまったから、まだ見てもいないサブクエストのひとつにでも彼の名前があるのかもしれない。こんなに腕がたつのだから。
「錦糸町だね?わかった、尋ねてみるよ」
「その様子だとたぶん無理だろうけど、もし会えたらそっちの俺にもよろしく」
意味深に笑うナナシを不思議に思いながらもここに飛ばされた事情を把握したフリンはエンノオズノのところに向かうことにしたのだった。