ニッカリが苦い顔をしている。
「ニッカリさんまたクエストッスか?」
マナブに声をかけられたニッカリはばつ悪そうな顔をした。
「すまんな、お前たち」
ここのところ一緒に連れて行ってもらえないアサヒたちは不満が溜まっていたが、ニッカリがいなければ外に出ることすら出来ない。ニッカリ曰く新宿の地下に依頼人がいるとのこと。回数を重ねるという事は相当難しいクエストに違いない。
そのうちマナブのところにも彼女のところにも新宿の地下に来て欲しいという依頼がくるようになった。ニッカリと来いというクエストだ。彼らがニッカリがとめる。どうやら既に死んだやつからスマホを確保したやつが連鎖的に被害者を増やしているようだ。
ニッカリはマナブたちをつれてクエストに向かった。
そこは新宿下にある鍾乳洞だった。
洞窟内のしんと沈んだ湿気のある空気が掠める。洞窟の入り口が墨を塗ったように漆黒である。先を進むとエメラルドグリーンの地底湖があり、煌々としたオレンジ色の光をくるんだ長いトンネルが続いている。
山の断層を突き抜けるトンネルだ。
風を切る音が変わった。水中に潜り、息を止めている気分になる。外の景色が出現すると、一瞬の息継ぎが許されたような開放感を得られる。
数本の鍾乳石しょうにゅうせきの柱は、襞打ひだうつ高い天井の岩壁から下っていた。
濃厚な血と腐敗臭がする。壁と言わず天井と言わずまるで噴霧器で吹き飛ばしたような血しぶきだ。鮮やかな赤い血しぶきの跡と違い、実際の飛沫はその血を流した者の痛みの強さとは比例せず、乾いてただ点々と、海老茶色に変色して散っている。黒血がその腹から、斑々はんぱんとして大地に広がっているような錯覚に陥る。ちょっと虫むしばんだように腐くさったところへ渡り鳥のふんらしい斑まだらがぽっつり光る。そしてずるずるにくさりかけたのを食べたせいか躯中に虫がわいたようになっていた。
湿っぽい臭いを放っている死体、腐敗した杏の匂いに近い死体の臭気が立ち込めている。一握りの灰になってしまった髑髏が暗いほら穴のような目でにらみつけている。吐き気をもよおすほどの死肉の腐臭や全身が丸太のように硬直した死体、死骸が、柔らかい作りかけの粘土細工のように生々しい。目や鼻から一筋二筋、血の流れている凄惨な死体やきたならしい漆喰の人形のような女のむくろが転がる。
首を切り落とされた座ったままの死体は、ボタンで蓋の開く電気ポットのようだった。首の端の皮一枚で繫がり、まるで頭部そのものが、首から出る血液の柔らかい蓋であるかのように。
ナナシは死体を見慣れているわけではなかったが、怯えてはいない。現実感がなかった。生真面目な兵隊の人形が体をよじって倒れているだけに見える。身体から力が抜けていた。魂が蒸発してしまったかのようだった。死骸そのものより、誰かが殺したという事実が怖い。そこにある意思や感覚が怖いとアサヒは震える。
死人は、その死んだ後のちに於ても、その無感覚の感覚によって、時間の流れを感じているとすれば、一秒時間も、一億年も同じ長さに感じている筈である。又そう感ずるのが死後の真実の感覚でなければならぬので、すなわち一秒の中うちに一億年が含まれていると同時に、宇宙の寿命の長さと雖いえども一秒の中うちに感ずる事が出来る訳である。この無限の宇宙を流れている無限の時間の正体は、そんなような極端な錯覚、すなわち無限の真実の裡うちに、矢の如く静止し、石の如く疾走しているものに外ならないのである。
傷あとが死斑と共に、煌々こうこうたる白光下に照し出されると同時に、そのままの色と形の蛇や、蜥蜴とかげや、蟇がまとなって、今にも彼女の皮肌の上を匐はいまわり初めるかと疑われるくらいだ。
死骸は皆、それが、かつて、生きていた人間だと云う事実さえ疑われるほど、土を捏こねて造った人形のように、口を開あいたり手を延ばしたりして、ごろごろ床の上にころがっていた。
腐爛した子供の死骸が二つ、裸のまま、積み重ねて捨ててある。はげしい天日に、照りつけられたせいか、変色した皮膚のところどころが、べっとりと紫がかった肉を出して、その上にはまた青蝿が、何匹となく止まっている。そればかりではない。一人の子供のうつむけた顔の下には、もう足の早い蟻ありがついた。
屍体はみな腐爛して蛆うじが湧き、堪たまらなく臭い。それでいて水晶のような液をたらたらとたらしている。
そこにはフランス中部に実在するローヌ河に棲むとされるドラゴンが待ち構えていた。海獣『リヴァイアサン』と怪物『オナクス』の間に誕生したとされるタラスクというドラゴンだ。獅子の頭部、鋭く尖った尻尾を持ち、亀の甲殻のような背中には無数の棘があり、毒ガスを吐きながら燃え盛る糞を撒き散らす。人間の子どもや若い女を捕まえ、喰らう獰猛な性格らしく牙をむく。
「くるぞ、構えろ!」
ニッカリの掛け声にマナブやナナシたちは武器を手にした。