「えっ、マジっすかそれ」
「ああ、ツギハギからの情報だ。間違いないだろう」
「マジか......まじかあ」
マナブの声に釣られてやってきたアサヒとナナシは、ニッカリにどうしたのか聞いた。
「どうしたも何も聞いてくれよ、ヤーマン。今回の事件の容疑者だった葛葉の野郎なんだけどさ、もう死んでるんだとよ」
「えっ、それほんと!?」
「ああ」
「ただ葛葉一族に死は意味をなさない。魂だけで存在し続けられる秘術の使い手だと聞いたことがあるからな、すでに死んでいるとしても代々葛葉たちは死なないそうだ。ほかの肉体に憑依することがよくあるらしいからな、問題が解決したわけじゃない」
「それって人間なの?」
「全くだ......とんでもない一族だ。古来より悪魔召喚プログラムも無しで悪魔を使役してきたらしいからな、規格外だ。俺たちの一般常識は通用しないのかもしれん」
「こりゃまたとんでもねえ話になっできたぞ......」
ニッカリたちの報告により人外ハンター商会本部から各支部に注意喚起がなされているものの、未だに類似事件は後を絶たないのである。犠牲者はもちろんスマホの盗難も後を絶たない。ニッカリがため息をつくのも無理はなかった。
「ただ、葛葉たちは特別な方法で悪魔を使役するからな、ほかの体に憑依したとしても体が死んでる以上マグネタイトの供給ができないことになる。悪魔召喚プログラムは使えないはずだ。マナブたちも悪魔召喚プログラムも使わずに悪魔を使役してる奴がいたら報告するんだぞ」
「了解ッス」
「わかりました!」
ナナシもうなずく。既に事件はニッカリたちを離れて本部による案件となっている。特別に優秀な人外ハンターたちでチームがつくられ、あるいは護衛をつけられている。いずれ犯人は上がるだろうとのこと。
「さあ、今日も遺物集めにいくとしようか」
「はーい!」
「今日はどこに行くんすか、ニッカリさん」
「そうだな、今日はスカイツリー周辺に行くとしようか」
その日、アサヒはナナシに呼び止められた。
「えっ、ボディスが気になる?」
ああ、とナナシは頷いた。彼女の悪魔召喚プログラムを見る機会があったのだが、どうやら使役できるとは到底思えないレベルらしい。変なところはなかったかと言われてもアサヒは首をかしげた。
「いつにも増して訓練するようになったけど、あんなに大怪我したら当然じゃない?」
だがナナシは腑に落ちない顔をしている。断片が混じりあってしまった二種類のパズルを同時に組み立てているような気分らしい。どこか違う世界にまぎれこんでしまったような、別世界に踏み込んでしまったような。なにかを忘れているような気持ち悪さがあるようだ。痛みはさして激しくはなかったけれど、まるで体が幾つかの別の部分に分断されてしまったような異和感をナナシに与えつづけていた。
味噌汁もどきの砂が抜けきっていないあさりを噛みしめて、じゃりっときた時と同じ、ものすごい違和感。なにといわれたら難しいが、頭の中が警戒しているようだ。
もっともそれは誰がどう眺めまわしても苦労といった類いのものではなかった。メロンが野菜に見えないのと同じことだ。そのままに一種の奇妙な対照をあらわして、何となく現実世界から離れた、遠い処に来ているような感じがするという。視覚から遠ざかって、これ一つ周囲と調子外れに堅かたいものに見えた。
アサヒはしばらく黙っていた。ナナシに何かしら不明瞭な響きを感じとったのだ。しかし彼女はその点についてはそれ以上あえて言及しなかった。変な感じがしたのだ。何かがずれているような、釈然としない、何とも言えない感じだった。ナナシの不信感がアサヒにも感染しただけかもしれないが、アサヒはなんとなく話をしてみようと思った。
「そうだねえ......あの子が受けたクエストはニッカリさんたちがよくしってるんじゃないかしら?心配させるといけないからって私には何も教えてくれないのよ」
寂しそうにアサヒと同室の老女は笑う。彼女の祖母でありアサヒにとっても家族みたいな人だが知らないなら仕方ない。
「アサヒが知らないのに私にわかるわけないよ」
同室の女の子には力になれなくてごめんねと謝られてしまった。
「え、クエスト?なんでまた」
「いいから教えてよ、親父。あたしもあの子みたいになりたいの」
客入りが少ないタイミングを見計らって父親に聞いてみたアサヒは、まいったな、と困ったような顔をするのを意外に思う。
「ありゃ真似しろとはいえねーなあ......」
ここだけの話だぞとマスターはおしえてくれた。彼女が大怪我をしたクエストは実はニッカリさんたちにより露見した葛葉が関与を疑われる事件だったこと。仲間は全滅し彼女だけしか生き残らず、あまりのショックにより記憶を失っていること。ニッカリがこのクエストから身を引いたのは彼女の身を案じたためであること。
「怪我したのは自分の技量のなさだと思い詰めちまってるらしいからな、あんまり問い詰めてくれるなよ」
ぽんぽん肩を叩かれ、アサヒははあいと頷いたのだった。