女神転生ⅣFINAL短編集   作:アズマケイ

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過去は未来に復讐する⑤(チームエコー)

女の目の前で枯れた花が落ちるように、あっけなく仲間たちが息を引き取る。ふっと糸が切れたようにひどくあっけない、朽ち木の折れるような死が転がっている。朝露の消えるようなはかない臨終だ。天使や悪魔の前では、人間は誰しもが虫のように、なんの造作ぞうさもなく死んでしまう。

 

「誰よあんた」

 

かろうじて吐けた強気の言葉にさえ、瞳の奥に怯えが見えると死の恐怖が笑いかけた。

 

「もしあなたがここで生きながらえたとしても、あなたはここで死ぬ。なぜなら運命は言っているからだ、あなたはここで死ぬべきだと。さあ選びなさい、未来をねじ曲げるために無駄な足掻きをするか、ここで野垂れ死にするのかを!」

 

女は必死で考えた。悪魔の言葉が、仲間の断末魔が、走馬灯のように頭を駆け巡る。いくつもの情景が頭の中に現れては消える。男の顔が遠い稲光のように明滅する。流れ込んできた未来の光景を映画のフラッシュのように突然鮮明に思い出す。これまでの出来事が突風のように頭の中に吹き荒れる。女は屈した。死にたくなかったのだ。

 

 

自分はもうこれで死ぬなと悟り、そして、悟った瞬間、それまでの人生の様々なシーンがばたばたと音をたて、目の当りに、細部まで明瞭に、頭の中に閃いていったのが無性に怖くて怖くてたまらなくなったのである。

 

悪魔の笑い声がこだました。

 

その日から女は呪いにかかった。自分の知らない遠い祖先が犯した罪から続くケガレ、人類が誕生し物事の「白」と「黒」をはっきり区別した時にその間に生まれる「摩擦」をヒシヒシと感じてしまうのだ。

 

この鼓の死んだような音色……その力なさ……陰気さの底には永劫えいごうに消えることのない怨みの響きが残っている。人間の力では打ち消す事の出来ない悲しい執念の情調こころがこもっている。無間地獄の底に堕ちながら死のうとして死に得ぬ魂魄のなげき……八万奈落の涯をさまよいつつ浮ぼうとして浮び得ぬ幽鬼の声……これが呪いの言葉だった。

 

 

黒い息吹が立ちのぼってくるのだ。その気分が頭を離れない。服を着たまま波にさらわれて、どうでもよくなって沖へ泳いでしまうような、その、濡れた体にはりついてくる衣服のような感触だった。あのとき感じたものを景色にするなら、たとえば風に揺れる果てしない銀のすすきが原、それから、ただ青いサンゴの深海。そこですれ違う色とりどりの魚たちの、もはや生き物ではない静けさ。 あんな世界が頭にあったら、まともな思考回路が働くはずがなかった。

 

女が見せられたのは、おぞましい大きさの蛇に生きたまま食い殺される未来だった。アサヒたちが悲しんでいるところが見えた。あるいはその蛇が希望の星と呼ばれる青年に変異しているのに誰も気づかず、天使と悪魔と人類が争奪戦を繰り広げる、なんとも滑稽な未来の先でナナシが悪魔の手先となり女が死ぬ未来だった。最後が別の悪魔の手先となり人外ハンター商会のものたちを皆殺しにしていくナナシに殺される未来だった。いずれも過酷な未来だ。どうしてナナシに殺される確率が高いのかはわからないが、どうやらどの未来においてもアサヒが1度死ぬらしいことがわかった。なんとなく足を踏み外した理由がわかったのは、いつもアサヒとナナシがいるところを見ているからかもしれない。

 

 

解けない自己暗示を、人は呪いと言う。その呪いを解消しない限り、それは虫歯みたいに女を死ぬまで苦しめつづける。何年も洗濯していないほこりだらけのカーテンが天井から垂れ下っているような気すらしていた。

 

「強くならなきゃ......」

 

未来の先でナナシの周りには誰もいなかった。マスターもマナブも女も同居している女の祖母もアサヒも誰もだ。ナナシに手を降したところでボディスが見せてきた未来ではささやかな差異でしかない気がしたのだ。他の悪魔が若手の人外ハンターに目をつけてしまったら未然に防ぐことなど到底できないだろうし、防ぐにしても女は弱かった。弱かったから死んでいた。先延ばしにするくらいなら確率を少しでも下げたいと思ったのである。

 

その日から女は強くなろうと決意した。どうやらボディスが言っていた無駄な足掻きを見せてみろというのはこの事のようで、そう宣言した女のスマホに無駄んで入り込んできたのだ。気に入ったから協力してやるとかなんとか抜かしているが悪魔召喚プログラムを介して契約が成立していない時点で、女にとっては単なる監視役、あるいは憑依してきたはた迷惑な存在でしかなかった。

 

「何が迷惑だ、こちらがわざわざ舞台をお膳立てしているというのに」

 

心底心外だと悪魔は憤慨する様子を隠しもしない。卑しい笑みを浮かべたままなのだから器用なものだ。女は悔しかったが反抗したところでどうしようもないのはわかっていた。あの日、あの瞬間に悪魔の甘い言葉に耳を傾け、死の恐怖から逃れようとしてしまった段階で女に自由な意思など初めから用意されているわけがなかったのである。

 

女は内心嘆きながらタラスクの遺体を仲間と共に人外ハンター商会に運ぶことにしたのだった。


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