かつてナナシと呼ばれていた少年は、目の前に立ち塞がる新たなる神殺しにとって、自分はどう見えているのだろうかとふと疑問に思う。自ら屠った旧世界の15歳の少年なのか、かつて自分がなり変わった神という存在なのか、それともこの神殺しが自分を新たに再定義した全く新しいなにかなのか。今のところ、力が制限された気配はないし、姿形が変容した様子はないから、堕とされたわけではないらしいが、時間の問題だろうか。
もっとも、傀儡となった旧世界の神殺しと女神を抹殺しなければ、自分までその刃はまず届かないというどうあがいても絶望としかいいようがない現状がそこにはあるわけだが。
まず、すべての力をひきあげてこちらに刃を届かせようとした気配がしたから、自分が予備動作の段階で威圧して潰したのだ。そして、その隙にこちらの神殺しは女神目掛けて渾身の一撃を繰り出そうとした神殺しを一瞥するだけで、それは全てを威圧する。動きを制限する。女神が物理攻撃だと看破して反射するバリアか、能力をすべて低下させるか問うてきたから、後者を指示した。
それだけで相手の神殺しは自らの陣営の立て直しに追われてしまい、攻撃まで気が回らなくなってしまう。
ゆえに今度はこちらが攻撃に転じる。
宇宙の星々の下に広がる強烈な赤い花畑の真ん中で、相手の神殺しは気づいてしまったのか愕然としている。
自分の手が動かない。足が動かない。呼吸ができない。そしてそのすべての原因が、足元に絡まる無数の手の様な何かだという事に。今回の挑戦者たちは疲弊を隠しきれないでいたが、誰もがその視線につられて下を見た。恐怖に染まった悲鳴が上がった。驚くのも無理はない。挑戦者たちのリーダーであろう神殺しだけでなく、自分たちまで正体不明のなにかに拘束されると同時に、その身体が暗闇の中に飲み込まれようとしているのだから。
束縛された誰もがその手の様な何かから逃れようと無我夢中でもがいたが、暗闇にのまれないようあがいたが、無駄だった。原理不明の闇はあらゆるものを吸収し、束縛を解くことができないまま、身体はズブズブと暗闇の中に入っていく。そしてそうこうしている内に、身体の半分が闇にのまれてしまった。
真っ赤な花畑の真下は宇宙が広がっているのだ。そこが抜けたら堕ちるしかない。完全にのみこまれた挑戦者たちを見届けてから、こちらの神殺しは巨大な剣を鞘におさめる。女神は跡形もなく闇にのまれて消えた挑戦者たちのいた場所まで歩いていく。
こつこつと透明なガラスを歩くような音がした。
「ね、ナナシ。どこにいっちゃったのかな、みんな」
「どっからきたのかしらねーけどさ、たぶんスティーブンのおっさんのところじゃないか?」
「また?懲りないね、あの人も」
かつてと同じ笑顔で聞いてくる女神だが、在りし日を再現しているにすぎない。虚空を見つめる瞳はどこまでも虚だ。でも気にするようなやつはどこにもいない。ここはそういう世界だ。自分が望んだから。今も昔もこれからも。
「殺さなくてよかったのですか、主殿」
「一撃も入れられなかった奴らにか?わざわざ手の内明かさなくてもいいだろ。面倒だ」
「そうですか」
「そうそう、出直してこいってやつだ。おれらもそうだっただろ?」
「こちらはダグザ殿の黄泉がえりでしたから、あくまでも戦略的撤退でしたがあちらはそんな力すらなかったようですが」
「心配症だねえ、うちの神殺しは」
「......」
「そんな顔すんなよ、お前のせいじゃないって」
「......ですが、世界をつくらなかったゆえに誰もあなたを知らないはずなのに挑戦者が絶えないのは間違いなく自分のせいですから」
「フリンのせいというか、フリンの魂の因果律のせいというか」
「......やはり自分の......」
「だからそんな顔すんなって。人間じゃなくなったら神殺しじゃなくなるんだからさ。フリンが人間な以上、血迷うこともあるし後悔だってあるだろ。それが人間なんだから。それがうっかり別世界まで波及しちゃって似たような平行世界が発生しちゃうだけなんだからさ。退屈しないからありがたいんだよ、可能性の世界をみれるのは楽しいぜ?あー、もしかしたらこんな未来があったかもなーってさ」
「ですが、そのせいで主殿のお手を煩わせてばかりです」
「フリンは真面目だなあ」
何度目になるかわからない問答を笑いながらかえす。おわりを願ってるのは事実だろうに、なにを取り繕う必要があるのだろう。寝首をかける立場でありながら無数に作り出される平行世界の自分におわりを託すなんて回りくどいことをするなんて、本当に旧世界の救世主さまはどこまでも真面目だといわざるをえないのである。
「ねー、ナナシ」
神殺しとの会話に勤しんでいたら、ほっとかれてると思ったのか女神が後ろから飛びついてきた。
「いいこと思いついたんだけど、新しい子産んでもいい?」
「どんな戦法思いついたんだ?」
「えへへ、あのねー」
赤い花びらが散る。風もないのに舞い上がったそれはやがて虚空に消えていった。