「やぁ」
背後から、ふいに声をかけられたものだから、フリンは弾かれたように振り返った。穏やかな声だった。臨時休業中のハンター商会のカウンターの明かりしかついていないはずの店内だ。片付けてくると奥の調理場にひっこんでいったマスターと見習い以外、ここには誰もいないはずだった。とっさに武器を構えようとして、フリンは手を止めた。
「あなたは......たしか、スティーブンさん」
「久しぶりだね、フリンくん」
「助けていただいて、ありがとうございました。何度お礼をいったらいいか」
「いや、なに。それはこちらにも目的があったからだよ、気にしないでくれ」
さきほどまで誰も居なかったはずのフロアの真ん中に、車椅子に座った男性、スティーブンと呼ばれた男がこちらを見上げていた。
フリンがお礼をいったのは、悪魔と天使の全面戦争の最中に襲撃を受けて死にかけたときに、スティーブンが不思議な力を使って異空間に転送してくれたおかげで助かったからだ。そこでフリンは異世界で自分と同じような立場の少年たちと出会った。
それが今まさに夜遅くだというのに、錦糸町駅というあまりにも小さな人々の拠点とハンター商会を訪ねるきっかけになったのである。
「......スティーブンさん」
「なんだい」
「彼は、ナナシは、いってましたよね。その様子だとたぶん無理だろうけど、もし会えたらそっちの俺にもよろしくって」
「そうだね」
「それは、こういう意味だったんですか」
「そのようだね。彼はわかっていたんだろうさ、はじめから」
「......だから、あんな顔して笑ってたんでしょうか」
「だろうね」
「......遅かったのか、もっとはやくにきていれば」
「慰めにしかならないかもしれないけど、ナナシくんは嬉しかったと思うよ。ハンター見習いにすぎない自分にわざわざ人類の希望たる救世主がきてくれたなんて」
「......彼は、あったかもしれない未来からきたハンターだったのか」
「そうだね。ナナシくん、いってたよ。おれの知ってるフリンよりずっと強いって、キラキラした目でね」
「それは......まあ、そうでしょうね。そっちの僕はひとりじゃないんだ。強さとひきかえに別の強さを手に入れた」
「無い物ねだりはよくないよ、フリンくん」
「わかっています。僕にできることは、道半ばで倒れたナナたちの分まで生きることだけだ」
あとで墓場の場所を聞かなければならないとフリンは思う。運悪く悪魔の幹部の偵察に見つかり、数日前に全滅したという錦糸町駅所属のハンターたちのチームが弔われた場所を。人類の救世主様がなんでハンター見習いのナナシを知ってるんだろうとふしぎそうな顔をしていたマスターには到底説明できそうにはないが。
「うん、うん、それでいい。それでいいんだ。君はこれからも悪魔や神が蔓延るこの世界において、悪魔と神の闘いに身を置くことになるんだからね。きみはひとりじゃないよ、イザボーくんたちがいるんだからね」
「わかっています」
「君はこれからも何度となく大きな選択を強いられるだろう。混沌か、秩序か、はたまた中庸か。中庸すらもひとつではないがね。どれを選ぶかは君の自由だ」
フリンはうなずいた。
「今回も君の中庸を選ぶなら、僕も少し、協力してあげよう」
「それはどういう意味ですか?」
「答えるのは今ではないね」
「そうですか」
君の中庸という曖昧な言葉にひっかかりを覚えるが、スティーブンはこれ以上話を広げる気はないらしい。もう時間のようだねと笑いながら話を切り上げてしまった。
「東京の救世主たりえる君が、これから何を成すのか。僕はずっと見守っているよ」
次の瞬間にはスティーブンは姿を消していた。そういえば、今回は東京の女神はいなかったな棒切れで車輪を回す少女の幻影を思い出しながら、ぼんやりとフリンは考えていたのだった。