我々が戦争を終わらせなければ、戦争が我々を終わらせるだろう。
地球上に存在していた約1万5000発の全ての核兵器が全世界に着弾するより先に、我々はこの言葉ともっと真剣に受け止め、向き合うべきだったのだ。
人類が誕生して以来、有史から何千年にもわたる罪を、最期まで人類は止めることが出来なかった。
20XX年、長きにわたる3度目の世界恐慌の果てに、世界は核の炎に包まれた。かつて地球上には平均人口10万人の4500もの都市があったが、1都市を破壊するには核弾頭3個で十分だった。全都市を破壊するには1万3500個の核兵器が必要で、なお1500個が余った。
それでも発射された全核兵器が同時に爆発し、直径50キロの火球が生まれ、その衝撃波によって半径3000キロ内の何もかもが吹き飛ばされた。その爆音は世界中に鳴り響き、圧力波がその後数週間にわたり世界中を駆け巡った。キノコ雲は大気圏の果てに達し、宇宙のすぐそばまで迫り、燃やし尽くすほどの火災を発生させた。
放射線によって爆発半径内にあるあらゆる生き物が死に、数百キロの範囲はもはや人が住めない場所になり、完全に破壊され、世界中が放射線物質で汚染された。人類が滅亡することはないにしても、しばらくは放射線による病気で苦しんだ。
吹き飛ばされた瓦礫の一部は宇宙に到達し、後には直径100キロのクレーターが残され、ほとんどの大型動物が死に、地球全体に火災旋風が起きる。さらに未曾有の巨大地震が世界を襲い、都市を破壊された。灰の雲が地球をおおい日光を遮る。核の冬が到来し、その後何十年にもわたり気温は氷点下にまで下がり、地球上の大型動物はすべて絶滅した。
国際宇宙ステーションも爆発で吹き飛ばされる瓦礫によって破壊されるので助からなかった。
運よく地下や水中にいたとすれば、少なくとも食料が尽きるまでは生き延びられるかもしれないが、生き延びた人類はいなかった。
その炎は現世だけにとどまらず、あの世までも焼き払い、行き場を失った思念体が現世に溢れかえった。
黙示録の予言の通り、破局を迎えたかにみえる我々の世界だが、かの書とは違い、まだ続きがある。
ひとりの少年の自己犠牲によって起動した霊的国防兵器タイラノマサカド公が東京上空を何キロにも及ぶ岩盤を形成して覆ったために核兵器の雨から助かったのだ。
ただし、エネルギー問題を解決するために市ヶ谷駐屯地地下に建設された無限発電所ヤマトにより魔界と繋がっているせいで湧き出してきた悪魔とともに東京の人々は閉じ込められてしまったのである。
それから数年後、有志たちが地道にスカイツリーを掘り進め、太陽を拝むことができた。しかし、スカイツリーでつながる岩盤の真上に原始的な生活をしている国ができており、大天使が統治していた。大天使は東京の人々が近づくことを嫌い、虐殺してきた。そのせいで25年もの間、東京の人々は太陽を拝めない日々が続いていた。
転機が訪れたのは、東のミカド国から訪れたサムライという騎士団の代表をしていたフリンという青年が、東京の人々の不遇に理解を示したからだ。ただし、同僚だったワルターという青年は悪魔王の思想に傾倒、ヨナタンという青年は4大天使の思想に傾倒し、ともに殉教。前者はルシファー、後者はメルカバーという大悪魔と大天使になってしまった。
悪魔と天使の代理戦争の舞台となった東京で、フリンはスカイツリーから東のミカド国までのトンネルを掘り進めた有志が立ち上げたハンター商会という人々の力を借りて、その戦争を終わらせるべく日夜奔走していた。
ナナシは初めこそ東京の救世主となったフリンを後方支援している錦糸町に所属するハンター商会の最古参であるニッカリに師事する見習いだった。
そのころから奇妙な夢を見るようになった。それはアキラと呼ばれる少年の夢だ。ある少年が自らの首を刎ねて悪魔に食わせ、東京を岩盤で覆うのを市ヶ谷駐屯地のモニター越しにみる。あるいは満月の夜にその少年からアキラと呼ばれて、命を変えても守りたいものがあるんだと話を聞かされる。スカイツリーからひたすら岩盤を掘り進め、みんなで太陽をおがむ。大天使と抗争になり、受け入れて欲しければ文明を捨てて原始的な生活を受け入れろと脅迫される。今のハンター商会の代表となっているツギハギとフジワラという男と結託して、アキラと一部の仲間たちだけが東のミカド国に残り、大天使の目を欺きながら人の統治を目指し、2人は東京でその時が来るのを待つと約束してわかれる。
寝不足気味のナナシを心配するニッカリにアキラについて聞いたことがあったのだが、2度とその名を口にするなと言われた。どうやらフジワラとツギハギはアキラとの約束を誰にも明かさなかったようで、ハンター商会では東のミカド国に亡命した裏切り者あつかいされているようなのだ。ニッカリはハンター商会の前身である悪魔討伐隊に自衛隊として参加していた過去があるため、ニッカリがしらないとなるとトップシークレットということになる。東京はようやく人間代表としてハンター商会が勢力として躍り出ているが、少し前までは悪魔討伐隊が所持していた霊的国防兵器という人造の悪魔を使役する勢力がいくつもあり、その企みを公にするわけにはいかなかった。フリンがその勢力を全て潰してくれたため、ハンター商会としてようやくアキラのことを聞ける環境になったのもあるのだろう。だがいまだにハンター商会はアキラの裏切りを訂正する気配はない。なぜなら想像以上に時間の流れは残酷だったのだ。
これはフリンたちからもたらされた事実なのだが、どういう原理かは知らないが東のミカド国と東京は致命的な時間の流れのずれがあり、なんと25年しかたっていないにもかかわらず東のミカド国では1500年も経過していたのだ。つまり、60倍も時間の流れが違うのだ。東京で1日過ごすと、東のミカド国では2ヶ月経過することになる。アキラは東のミカド国を建国した初代国王となっており、すでに死んでいたのだ。暗殺された噂もあると言う。
アキラは姉を天使に連れ去られ、拉致された人々がフリンたちの先祖になったことを知っていながら大天使を封印することしかできなかった。皆殺しにしたいにもかかわらず、それだけの力をつけてクーデターを起こしたにもかかわらずだ。その理由をナナシは夢で見てしまった。
それはアキラ率いるサムライ衆が大天使たちを殺そうとした矢先に起きた。大天使を残らず殲滅すれば姉の末裔たちは1人残らず悪魔化して全滅すると宣告されたのだ。それが事実であると東のミカド国生まれのサムライが悪魔化するのを見せられてしまったアキラたちは、大天使たちを封印することしか出来なかったのである。
なんと天蓋に覆われた東京の上に住み始めた人間に大天使は予め改造遺伝子を仕込んだのである。その人間たちは東のミカド国の始祖だ。デモニックジーンという、文明に触れすぎると悪魔化する時限爆弾のような遺伝子を組み込まれ、神の忠実な下僕として生きながらに転生していたのだ。
デモニックジーンは東のミカド国の民の90%以上が感染しているとされているが特定の条件が満たされない限り、感染者の症状は進行しない。
発症条件は大天使が近くに存在しない、感染者の文明接触が一定量を超過。この2つの条件を満たすことで発症する。また一度発生者が現れると当該条件を満たしていない者も感染・発症する。
この状態へ移行すると瞳が赤く変色し、脳が異常活性化することが分かっている。それに伴うドーパミンの過剰分泌によって発症者は興奮状態となり、接触中枢が刺激されることで人間同士の抗争がやがて共食いにまで発展する可能性もある。症状が更に進行すると異常活性化が全身及び人間の形態を維持できなくなり、それと共に人間の形態では考えられない能力向上が認められるが、その変化に対し発症者の肉体が耐えられない。
途中天井へと上がった東京の民の血が入ったことでその遺伝子が受け継がれずに済んだ者もいるようだが少数である。また東京の民であっても当該症状は感染することが分かっているが感染経路は不明だ。生体マグネタイトを介し感染しているのではないかという説もあるが、詳細は不明である。
サムライたちが選ばれる基準は、東京の人間の血が入り、デモニックジーンが受け継がれなかった人間なのだとうかがえる。
今、4大天使はメルカバーになってしまっている。メルカバーが倒されたら東のミカド国の人々はデモニックジーンが発動して死ぬんじゃないだろうか。サムライたちは東京のかつての便利なもの、いわば文明の利器目当てに東京に来ているのだから。
ナナシがアキラの夢で知ったことをフリンたちが知っているとは思えなかった。このままいったら東のミカド国は一夜にして死ぬのではないか。
夢とは思えないアキラという人間の生涯を知ったナナシの目はかがやいていた。
「......無限発電所ヤマトがトリガーにならねーかな。サムライたちは大丈夫だろうから、終わったら東のミカド国にいかねーとな。メルカバー死んだら大混乱になるだろうし、どさくさに紛れてみにいかねーと」
『東京の人間も感染する可能性があるのを忘れるな、小僧』
「わーってるよ、見るだけだ見るだけ。偽物が本性あらわしたら、たぶん時間はほとんどねーもんな」
スティーブンからの依頼で金剛神界という異世界でフリンみたいな少年たちと出会ったナナシは、こちらの世界のフリンとあの世界で出会ったフリンは別人だと思った。あのフリンだったらクリシュナたちに負けなかったはずだ。アサヒが人質にとられたとはいえ、多神連合に誘拐されるはずがない。それだけ隔絶した強さがあった。この目で確認した事実である。こちらの世界のフリンがそこまで強くなれる可能性があるのなら、また会ってみたい。戦ってみたい。殺し合い、してみたい。奪還されたばかりの救世主は目を焼くような強さには到底追いついていなかったが......というか奪還されたフリンは明らかに偽物だ。
イザボーが違和感をもっているし、最近のフリンは東京の人々を陽動して戦いに駆り出そうとしている。救世主として信仰を集めようと、殉教させようとすらしているようで不気味なのだ。なによりもナナシがあったときと同じ気配がしないのだ。
あのフリンと違うなら今のフリンはどこにいるのやら。救世主に対する理不尽すぎる失望をむけるナナシである。
『......アキラの夢をみていながら、そう考えるのはお前だけだろうよ、小僧』
「うるせえ」
金剛神界で強いねと、これだけ強いなら覚えているはずだから、まだ出会ってないに違いないと笑ってくれたフリンのおかげで満たされた自己顕示欲に味をしめてしまったクソガキにダグザは目を細めて笑った。