女神転生ⅣFINAL短編集   作:アズマケイ

7 / 33
3度目の埋葬(フリンとナナシ ③)

「寝たのか」

 

「ええ」

 

 

泣き疲れて寝入ってしまったナナシを抱えたまま、フリンはあたりを見渡す。ここに寝かせてやれとツギハギに指されたのは、その先にある応接室だ。今日は来客の予定はないといわれ、ありがたくそうさせてもらうことにする。

 

よほど気を張っていたのか、ほとんど気力で今まで行動してきたのか。糸が切れたように眠ってしまったナナシは、まったく起きる気配がない。少々心配になるが、規則正しく腹は上下しているし、呼吸も聞こえる。慢性的な寝不足といっていた。アキラとしてのあらゆる平行世界を見せられたのは、正真正銘の祝賀会から。すでに数週間たっているとフリンは記憶している。人間は睡眠を3日とらないと死ぬらしいが、睡眠を妨害され続けたにも関わらずここまで動けた強靱な精神に感服するしかない。

 

フリンは静かに扉を閉めた。

 

 

「すまんな、××××」

 

「いえ」

 

 

フリンは首を振る。

 

 

「本来ならアキラから聞くべきなんだろうが、その様子だとあいつはなにもいわなかったようだな」

 

「ええ。僕はただ彼がやりたいことを手伝っただけです」

 

「そうか。お前には知る権利があるが、どうする」

 

「どうして僕に?」

 

「なんだかんだでアキラはお前を慕っているからな。それとなく見てやってほしい」

 

「じゃあ、いくつか質問しても?」

 

「ああ」

 

 

フリンは適当なイスに腰掛ける。ツギハギは緑色の液体が入ったコップを渡した。白い湯気が立っている。フリンは見たことがある。これは【緑茶】というやつだ。おそらく本物だろう。レプリカでしか味わったことはなかったが、口に付けると今まで飲んだことのない味がする。ただ今のフリンの体は×××××の味覚である。おいしいと感じるし、落ち着くと感じるし、とても懐かしい感じがする。フリンはすべてを地続きだと思っている。だからナナシのような疲弊はしないのだろう。だからといってナナシにフリンと同じ価値観をもてとか、強要するつもりはない。無理をすればナナシが壊れるのは目に見えている。ただナナシをアキラと呼びたくはなくて、彼と言い続ける。

 

 

「彼はいつからあんな感じなんです?」

 

「お前も気づいているだろうが、1ヶ月前からだ」

 

 

ツギハギは目を伏せた。

 

姉が行方不明になり、それを探すために入隊したアキラは、メシア教団の繭の製造計画を知り、阻止するために動いていた。しかし、それはメシア教団派のキヨハルとガイア教団派のケンジの対立で思うように動けず、結局××××をはじめとした一部の人間だけで行動した。繭は空高く舞い上がり、戻ることはなかった。姉を助けることができなかった後悔をアキラはひきずっている。そんなアキラの苦悩に呼応するように、ある日、強力な悪魔の反応があった。それが最初だとツギハギは言う。おそらくナナシが一番最初に見始めた悪夢だろう。これをきっかけにナナシは東狂に通い詰めるようになったようだ。

 

 

「どんな悪魔だった?」

 

「繭にいた人間の魂がたくさん入ったコープスの女と、サトゥルヌスと名乗る魔人でした。時間についていろいろと語っていました」

 

「サトゥルヌス・・・・またやつか」

 

 

ツギハギはおもむろに立ち上がると、デスクにあるファイルを引っ張り出し、ぱらぱらとめくり始める。

 

 

「これはアキラの提出してきた報告書だ。こいつか?」

 

 

差し出された写真にフリンはうなずく。ツギハギは唸った。

 

 

「お前も知っているだろうが、魔人は存在自体は確認できるが出現場所や遭遇条件がわからない正体不明の存在だ。アキラは万人に等しく凶事と死をまき散らす害悪だと言ったがな。やつは一定周期で現れるようだ。今のところ、アキラしか会えていない」

 

「サトゥルヌスは聞き慣れない名前です。なにかわかりませんか?」

 

「一応、調べてはみたが確証はない。クロノスじゃないかと思うが、な」

 

 

フリンも魔人と対峙したことはあったが、サトゥルヌスという魔人は始めてみた。それに東狂という異次元とつながる前、魔人は恐ろしく低い確率で出現する正体不明の悪魔という認識でしかなかった。この世界の死の気配に引き寄せられたのか、それとも蟲毒を繰り返す悪魔の地帯となった湾岸エリアに同じ未来をみたせいか。魔人しかいなくなった世界がここともつながり始めているのをフリンも目撃した。きっとアキラはそれをいっているのだろう。このままこの世界と東狂がつながり、魔人が跋扈するようになれば待っているのは破滅の未来しかない。穴は小さいうちにふさがなければならない。ナナシはそう思っているのだ。この世界が東狂との関係を絶たなければ、ナナシに流入するアキラの思念は止まらない。

 

 

「俺は反対なんだがな、できればアキラには魔人と戦ってほしくはない」

 

「なぜです?」

 

「あいつらが名乗る名はすべて【死】そのものだ。本来、人間が太刀打ちできる相手じゃない。考えすぎかもしれんが、【死】そのものを退けたら、あいつはどうなる。人間でいられるのか?」

 

 

フリンは言葉を返すことができなかった。

 

この世に生まれて死なない命はない。死は避けられない運命だ。しかし、ナナシとフリンに関しては、流転する運命にある、とクリシュナたちから告げられた。しかもナナシに関してはすでに死んだはずの魂が転生するのをわざと捕らえ、無理矢理現世に押し戻し、組成した体に組み込んで、神殺しになった経緯がある。今でこそ結果的に人間となっているが、1ヶ月間にわたって人間ではなかった記憶は強烈に刻まれている。フリンの不安材料でもあった。

 

ツギハギの言うとおり、魔人が【死】そのものなら、ナナシは襲いかかる死の運命に自ら勝負を挑んでいることになる。ツギハギが見せてくれた調査書には、フリンが見たこともあれば討伐したこともある魔人が含まれていた。偶然出現していた魔人と違い、死んだ世界にいる魔人は【死】そのものだ。きっと性質はちがうはず。次から次とこの世界に根を張ろうとする魔人を退けてきたというのだから、フリンはなにもいえない。ナナシにとっては死ぬことよりもアキラになってしまうことの方が怖かったに違いない。

 

白い男はナナシになにをさせるつもりなのか、想像するだけで薄ら寒くなる。迫り来る死をはねのけた先に待っているのは、死を否定し、死を克服した存在だ。それは人間といえるのだろうか。いつか死ぬから生命は尊いのだ。それを否定したら、生命ではない。人間でありながら不死性を獲得してしまうおぞましさをツギハギは予感しているのだろう。

 

今、ナナシが必死で討伐しようとしているサトゥルヌスは、時を司る魔人だという。ただでさえ人間からはずれた精神に傾倒しつつあり、生命の理からもはずれていく道を邁進しているナナシが、時間すら否定する存在となったら、残された道はなんなのか。フリンにはわからなかった。

 

 

「止めないんですか」

 

「サトゥルヌスに関してはアキラが目の色変えて探し回るから難しい」

 

 

ツギハギはため息をついた。

 

 

「はじめに出現したときは、車輪を抱えた女と共にいたらしい」

 

「それは」

 

「ああ、アキラの姉とうり二つだったそうだ」

 

「悪魔化したんでしょうか」

 

「わからん。だが、繭を運んだのは天使どもだ。あの繭から出てきた成れの果てがあの悪魔だとしたらやりきれんな」

 

「一度討伐したんでしょう?どうして復活するんです?」

 

「それも含めて不明だから、正体不明という分類となっている、と俺は見ている。【死】という概念そのものだから、自然現象と同じで消滅という概念がないのかもしれん。ただいえるのは、魔人サトゥルヌスと共に現れる女はアキラの姉とよく似ていることは確かだ。はじめはその亡骸を埋葬したんだがな、サトゥルヌスが出現するたびにそれは突然消失する。もしかしたら、アキラは姉の魂があの魔人に捕らわれているとでも思っているのかもしれん」

 

「一度討伐したなら悪魔全書に載るのでは?」

 

「女の方は載るんだが、肝心のサトゥルヌスは載らんのだ」

 

「つまり、討伐できていない?」

 

「ああ。アキラのガントレットを操作してみろ。やつも覚悟の上だ、それくらい怒らんさ」

 

 

フリンは更衣室に置き去りにしていたガントレットを持ってくる。ツギハギは見慣れない機材をつなぐと、ボタンを操作する。悪魔全書が起動した。ミドーは繭の女の特殊合体が解禁されたとアナウンスするが、魔人サトゥルヌスの名前はない。ツギハギも予想の範疇だったようで肩を落とした。繭の女のすぐ隣には車輪の女がいる。フリンは目を見開く。

 

 

「どうした、××××。ああ、似てるだろう?まったく、あの魔人も趣味の悪い眷属をつれているものだ」

 

 

フリンが驚いたのはそこではない。車輪の女をフリンは見たことがあるからだ。東のミカド国にある修道院や教会、アキュラ王の建築したとされる建物には、かならず設置されている聖人だ。田舎生まれのフリンは聖人の名前に疎いためわからないが、特徴的だから覚えている。ソロネによく似たデザインだが、あきらかに人間の女だった。車輪に張り付けにされ、拷問にかけられるデザインがよく使用されていたはずだ。逸話をしらべればなにかわかるかもしれないが、それは重要なことではない。東のミカド国において信仰の対象になっている聖人なのが衝撃だったのだ。アキュラ王が建築した歴史的な建物に存在する聖人である。姉とうり二つならば、おそらく東のミカド国に連れ去られた姉の最後はきっとこういった末路だったのだ。おそらく、ナナシは平行世界のアキラの行動を連日連夜見せられ続けているから気づいているはずだ。平行世界における姉の成れの果てを魔人は連れているのだと。

 

 

ナナシはアキラの思念の流入を止めるため、アキラの思念に協力しているようだ。姉の魂を解放するには、サトゥルヌスを倒すほかない。しかし、サトゥルヌスは時間という概念が神となった存在だ。時間を超越することなど物理的に可能なのだろうか。でも、何らかの方法で克服しなければ、延々とサトゥルヌスは復活し続ける。フリンはすっかりさめてしまったお茶を飲み干した。

 

さっきまで閉じられていたはずの扉がわずかにあいていたからだ。ツギハギは立ち上がる。フリンはその気遣いに感謝して、応接室に向かった。

 

 

「よう、フリン」

 

 

泣き顔を見られてしまった気恥ずかしさからか、やけにナナシは視線を合わせない。頬が赤らんでいるのがわかる。目が赤いのをみられたくないのかもしれない。

 

 

「その、ありがとな」

 

「ああ、どういたしまして」

 

 

バツ悪そうにナナシは頬をかく。

 

 

「久しぶりに寝れた。こんだけ気持ちいい目覚めは久しぶりだぜ」

 

「それはよかった」

 

「これでスティーブンのおっさんがいなけりゃ、もっとよかったんだけどな」

 

「スティーブンが?」

 

「ああ。話があるんだってよ。銀座のマサカド公んとこで待ってるっつってた」

 

「そうか。行くんだろう?」

 

「おう。このタイミングで来られたら、行くしかねえしな」

 

 

フリンは笑った。

 

 

「もちろん僕も行こう、ナナシ。君の背中は僕が守ってみせるよ」

 

「はあ?なにいってんだよ、アンタ。いきなりんな恥ずかしい台詞いうなよ、気持ちわりいな」

 

「そうかい?僕はただ君に前だけ集中してもらいたいだけなんだが」

 

「なんかアンタがどんなキャラかようやくわかってきた気がする」

 

「それはよかった」

 

「俺はよくない」

 

 

フリンはなんとなくナナシの頭をなでる。ぞわっとしたらしいナナシは、なにするんだ、と払いのける。フリンは笑ってしまう。ようやく年齢相応なナナシが見られた気がしたのだ。もちろんそんなこと知らないナナシはたまったもんじゃない。みっともないところを見られた。しかも目が覚めたらやたらフリンが上機嫌だ。やけに世話をやきがるナマブの気配がする。お兄さんのような、先輩のような、やさしげな眼差しが嫌だ。やけに馴れ馴れしいのも、勝手が違う。距離をとるナナシは、フリンがおちょくってるんだと感じた。逃げるように応接室を出たナナシはフリンが来る前にツギハギのところに向かったのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。