城ヶ崎家の長男坊はグレました   作:万里子

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ヤンキーになろう

 

 

「よし、グレよう」

 

 そう独りごちたのは、5時15分に枕元のアラームが鳴ると同時だった。

 いま思えば、僕、いや俺はいままで(病気で両親に金銭的な迷惑をかけたことを除けば)親孝行をし過ぎたと思う。

 共働きをする両親に変わって家の家事のほぼ全てをこなし、日が昇る頃に起きて残業から帰ってくる両親を迎えて料理を温め、二人が寝た頃に就寝する。

 そして、また日が昇る頃に起きて朝ごはんを作り両親、ついでに仲良く抱き合って寝る姉と妹を起こして学校へ行く。

 

 勉強も人並み以上。運動は…下の下だが、それでも学校の先生やクラスメイトからの信頼は厚いせいか学級委員長もしている。

 

 正直言って疲れたのだ。

 別に無理してこの性格になったわけではないが、それでも一度しかない人生だ。一発花火をドーンと打ち上げてみたい。

 たとえ人生で初めての夜更かしをしても、このワクワク感からくるアドレナリンによって身体の調子は絶好調。

 少し視界がチカチカしている程度だ。

 おそらくこれも脳内に分泌されたアドレナリンが関係しているに違いない。

 アドレナリンとは最高じゃないか?

 早くもこの感覚にハマりそうだ。

 

 そもそもヤンキーとは夜更かしをするもののはずだ。

 真夜中のコンビニの前で仲間達とダベって、ウンコ座りで煙草をふかし、お小遣いの余りがあればプリンを食べて、ジャンプを立ち読みして、空が明るくなる頃に帰る。そのはずだ。

 既に知らず識らずのうちに僕はヤンキーに一歩近づいてしまっていたようだ。まったく僕の才能に底はないのか?

 敗北を知りたい。

 

「ぐぅー」

 

 いつもの日課で、身体を伸ばすと左半身に違和感がある。

 

「今日は足かね」

 

 左脚のひざ下から指にかけて動きが悪い。これも日常だ。もはや違和感とは言い難いと言ってもいい。

 中学生時代の「発作」は見る影を潜めた。その代わりに「障害」が残ったわけだが。

 まあ、朝から暗い思考になる必要などない。なんたって今日は新しい僕の生誕日であるのだから。ハッピーバースデー僕。

 

 今の僕はヤンキーになったわけだけど、まだまだ餌を求めてぴよぴよと鳴くひな鳥、要は赤ちゃんだ。

 何をするにも勝手がわからない。

 とりあえずベッドの上でウンコ座りをしてみたが、何しろ僕の左半身は糸操りのお人形状態。

 すぐにバランスを崩して、大きな音を立ててベッドから転げ落ちた。

 

 いたた。

 

 おいおいまさかここからなのか…?

 早速一敗。

 負けを知りたいと言ったバカはどこのどいつだ!

 

 特にやることも見つからないので、これまた日課の両親を起こす作業に入ろうと立ち上がろうとしたが、やめた。

 

 待てよ?ヤンキーは両親を起こさないんじゃないのか?と思考が先回りをしたのだ。

 僕の運動野と前頭葉は凄まじい回転率で黄金の回転を描いているようだ。

 特異点への到達も近いのかもしれない。

 

 ふぅ、危うく騙されるところだった…ウンコ座りすらできない僕だが、これくらいのことはできる。

 お寝坊さんは寝かしておけばいいのだ。会社に遅刻したって知るものか。

 今日くらいは普段言わない僕のわがままに付き合ってくれても許してくれるだろう。

 でも明日は起こしてあげようかな、それなら万事解決だ。

 

 そう一人でウンウンと納得していると、ドタドタと音がしたと思えば、勢いよく僕の部屋の扉が開いた。

 

「大きい音がしたが大丈夫か!?」

「李織!?」

 

 息を切らした両親だった。

 

 あ、あれ?起きてたの?

 いつもなら僕が起こさないと起きないくせに今日に限って起きているなんて…

 のっけからシナリオ通りにはいかないようだチクショー。

 

 あ!そうだ!ここでヤンキーっぽく返答すれば両親も察して、黙って今日の帰りには、こめかみに剃り込みを入れる用のバリカンを買ってきてくれるに違いない。

 生え際のラインが綺麗な僕が剃り込みを入れれば、さぞかしヤンキーカットが似合うだろう。

 フハハ、完璧な作戦だ。強者は敗北を知ってより強くなるのだ…

 

「大丈夫だy、なんだぜ」

 

 若干語尾がすぼみがちになってしまったが、これも慣れないがための些細な問題に過ぎない。どうだ今の僕は誰が見てもヤンキーだ。

 

「李織…今日は学校、休むか?」

「ん?」

「そうねぇ、この子調子悪いみたいだし」

 

 おかしい…

 僕の装いは完璧だったはず。そんなに先ほどの転倒がひどかったのか?

 打ち付けたおでこを摩ってみる。

 大して痛くはない。

 ふむ、仕方ない。

 

「いや、ホントに大丈夫だよ」

「ホントのホント?」

「うん。それに楽しいんだ、今の生活」

「それならいいのだけれど…」

「また辛くなったらすぐに俺か母さんに連絡するんだぞ?」

「ありがとね、それに美嘉もいるし心配ないよ」

「そうね、なにかあったら美嘉ちゃんが連絡してくれるものね」

 

 ムフーと鼻で息をする。

 全く。両親の心配性には困ったもんだの困ったちゃんだ。

 僕自身、この身体と過ごした時間は長い。

 もう慣れたのだ。

 少し転んだだけでいちいちこんなオーバーリアクションをされても困る。

 まあいいか。ちょうど両親も起きたので朝ごはんを作ることにする。

 こうなってしまっては、作らないと言うとまた心配されてしまうので作ることにする。

 朝ごはんを作らない明日の朝が楽しみだ。

 

「じゃあ朝ごはん作るから二人は顔でも洗ってきなよ」

「おっサンキュな」

「もう李織大好き★」

「うん、母さん頬ずりはいい加減やめてね」

「いいじゃない!李織にヒゲが生えてくるまでだから!」

「ヒゲが生えたら?」

「二度としないわ★」

 

 なんだその妙に曖昧なようで厳格なラインは。

 おい、父さんはウルウルした目で指を咥えて僕を見るんじゃない。「いいなぁ…」でもない。思っても口に出さないでくれ。その年でそれをやられると身内びいきで見てもだいぶ気持ち悪いぞ。

 ジロリと父を見るとハハハと笑って洗面台へと母を連れ添って向かう。この夫婦はいつまでこの熱量で夫婦を続けるつもりなのだろう。仲が良いのは大変よろしいが、それをゼロ距離で見せられる思春期の子供の気持ちも考えて欲しい。少し背筋のあたりがこしょばゆいのだ。

 

 両親の背中を角を曲がって見えなくなるまで見送ると、僕はベッドの横にかけてある二本の杖の内の一つの前腕固定型の杖を取って、カツカツと音を鳴らしながら台所へと向かった。

 

 

 

 両親が支度を終えて、会社に出勤した後僕はしばしのコーヒーブレイクを取っていた。

 僕がヤンキーになると断を下すことにした我を振り返ってみる。

 

 ひとすじの道、すなわちヤンキー道をひとすじに、ひたすら歩むということは、なかなか容易ではないけれど、東と西に道がわかれて、それがまた北と南にわかれて、わかれにわかれた道をさぐりさぐり歩むということは、これも全く容易でないのだ。

 東のヤンキーが関東連合なら、西のヤンキーは関西広域連合だ。

 おっと、これは暴走族か。

 バイクは憧れるものがあるが、僕の身体で猛スピードでバイクになんて乗ったら即お陀仏だ。

 こんなことを考えていたんじゃない。

 どうしようか、どちらに進もうか、あれこれととまどい、思い悩んでも、とまどい悩むだけではただ立ちすくむだけならば、進むもよし、とどまるもよし。要はまず断を下すことが大事なのだ。

 そう、みずから断を下すことである。それが最善の道であるかどうかは、僕は神さまなんかではないので、はかり知れないものがあるにしても、断を下さないことが、自他共に好ましくないことだけは明らかであることはわかる。

 要はあれこれ考えずにスパッと決めろということだ。

 

 なんてつらつらと考えていたのは、姉と妹をヤンキーなりの起こし方がわからず、10分ほど思考の海にダイブしていたからだ。

 

 時計をチラと覗くと、時針は7の文字を少し過ぎていた。

 あらまあ、少し起こすのが遅くなってしまったか。

 女子の朝の準備は時間がかかるの!なんて以前姉妹を起こすのを遅れた際にそう怒られたのを思い出す。

 

 まあいい。今のところどんなに考えても答えは見つかりそうにない。今日はいつも通り起こすことにしよう。

 杖を脇に抱えて階段に付いている手すりを使って器用に登っていく。

 この作業も慣れたものだ。小さい頃に手すりにお尻を乗せてするーと滑って降りようとしたところ、持ち前の運動神経で3秒とかからず落下し、大怪我をして両親に大目玉をくらったのはいい思い出だ。僕はチャレンジャーなのだ。

 

 二人の部屋に着くと、杖を左腕に固定してから扉を開ける。

 中に入れば、ピンクや黄色を基調とした明るい壁紙に写真などが貼られたファンシーな部屋が目につく。少し視線を下に落とすと、毛布にくるまった大きな膨らみと枕元に我が家のもう一匹の家族の猫のミミがいた。

 ミミのお尻の下から腕が生えて苦しそうにもがいているが、その度にミミの尻尾によって撃ち落とされている。

 ミミはいわゆるデブ猫だ。

 この家に来た頃の小さくて細い愛らしい姿は見る影もなくしてしまっている。これでも彼女、ミミはレディーだ。

 それでいいのか淑女たるものがなんたるかを教えてやりたいが、猫である彼女には人語は通じない。

 

「ミミ、美嘉が可哀想だろうどいてやんな」

 

 僕が声をかけるとこちらに振り向き、ミャーとひと鳴きして、ゴロゴロと僕の左脚に身体を擦り合わせた。

 猫というのは不思議なもので、僕の不調な部位を敏感に感じ取っていつも心配するように撫でたり、舐めたりしてくる。

 

「ありがとうミミ、ご飯にするから下においで」

 

 するとミミはまたミャとひと鳴き。

 するすると扉の隙間を腹の肉を引っ掛けながらすり抜けると階段を降りていった。

 人語は通じないと言ったが、考えを改める必要がありそうだ。

 

「んー」と声がして振り返ると、普段は一つにまとめている髪を下ろした姉の美嘉が、半身だけを起こして両腕を広げ、何かを待っていた。

 これだけ見ればレッサーパンダの威嚇ポーズにしか見えないが、実は違う。

 この後美嘉が言うセリフを当ててみよう、「李織起こして」、だ。

 

「いおりー起こしてー」

 

 ビンゴ。ほぼ起きているのになんで起きあがらないんだと思うが、彼女の腰には妹の莉嘉がコアラよろしくしがみついている。

 これもまた日課だ。

 

「ほら、美嘉起きて」

「んー」

 

 杖を器用に使って、右肩を突き出して彼女を抱き上げようとしたところで、まだ寝足りない莉嘉が美嘉の腰をベッドに引きずり込んだ。

 

「うぇっ」

「あ」

 

 美嘉が僕の首に腕を回しているせいで、僕も一緒に引きずり込まれる。するとどうだろう、僕はベッドに手をつこうと左腕が前に出る。しかし僕はいま杖をつけている、そして杖の握りの部分は前に出ているのだ。

 

「ふぎゃー!」

「痛いっ!」

「グェッ!」

 

 結果、杖の握りは見事に美嘉の眉間を貫き、美嘉の腕は莉嘉の頬をビンタ、痛みに驚いた莉嘉が僕の鳩尾をケンカキック。受けた僕は間抜けにカエルのようにひっくり返った。

 

 バイオレンスなピタゴラスイッチのせいで各々が痛みにのたうちまわっていると、腹を空かしたのかミミが帰ってきた。

 

「ミ、ミミ…ちょっとまってて…」

 

 ミミは僕の顔の辺りに身体を寄せると反転して、その丸い尻を近づけた。

 目の前に彼女の*が迫る。

 

 おい、やめろ…って「クサッ!」

 

 さてはスッキリしてきたな貴様!片せということかコノヤロー!!

 

 不機嫌な僕はすぐにシャワーを浴びると、二人を置いて学校へと向かった。

 

 

 






主人公はアホの子です。


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