城ヶ崎家の長男坊はグレました   作:万里子

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学校へ行こう

 

 

 

 学校へ向かうバス停までの通り道、僕はあることを思い出していた。

 

 一週間前にヤンキーとはなんだろうと考えた時に、友人に相談をすると「ヤンキーの漫画?それじゃあ特別にお姉さんがこれを貸してあげるっ☆」ということでク□ーズを全巻借りて読んだのだ。

 

 あらすじは、カラスの学校の異名を取る超不良校、鈴蘭男子高校に転校してきた主人公「坊屋春道」は、校内、街中に巣食う数々の敵対勢力や強敵と出会い、己の自由のため戦っていく…と言ったものだ。

 その中でも最強と名高いキャラクターで「リンダマン」という人物がいる。

 リンダマンは物語の序盤から出てくる人物で、はじめは「なんか見たことあるんだよなぁ…でも誰だ?」なんて読み進めていたのだが、坊屋春道とリンダマンとの最終決戦の際に、それは確信へと変わった。

 

 僕の近くにはリンダマン(力もち)はいたのだ。

 

 そうと決まれば、即行動。

 僕はスマホをカバンから取り出すと、リンダマンに連絡を取った。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 僕ら兄弟は現在都内の高校と中学校に進学している。

 数年前に両親が僕の都合を考えて、学校からさほど遠くない場所に居を構えてくれた。

 そんなわけで、僕は電車を使うこともなく少し歩いたところにある高校の近くまで行くバスを利用している。

 家からバス停までは歩いて十数分で着く場所にある。

 いつものように杖をついて住宅街を歩いていく。

 街路樹は青々と茂り、時折吹く風でバラードのように緩やかなメロディーを奏でている。

 僕はこの通学路を比較的気に入っていた。

 果てまで続くような真っ青な海や、ある種の神秘的(スピリチュアル)を感じさせてくれるような自然を好んではいるが、時間がゆっくりと過ぎていくようなここの空間が好きなのだ。

 

 そうして周囲の景観を楽しんでいると、街並みが突然、シャンゼリゼ通りに変わった。

 ありのまま今起こったことを話したいが、あいにく髪の毛が円形に伸び上がりつつある僕以外に人は周囲にはいない。

 

 僕はこれからもっと恐ろしいものの片鱗を味わうようだ。まったく笑えない冗談である。

 注意して周囲を見渡すと、角から見覚えのある金髪の少女が顔を出してこちらを覗いていた。

 犯人発見。

 あくまであちらから声をかけるつもりはないようで、そこから動こうとしない。

 僕に声をかけられるまで、この通学路は一生フランスの景色が続いてしまうのはまずい。

 

「お早いですね。今日は仕事ですか?」

「ハーイ、イオリくんボンジュール!アタシが貸した漫画どうだった?」

 

 のっけから僕の質問がシカトされているが、これはいつものこと。

 これぐらいでめげてしまってはこの人と会話はできない。

 

「ああいうジャンルの漫画は読んだことはなかったんですけど、とても面白かったです」

「はーん、さてはイオリくんも喧嘩の魅力に釘付け…それじゃあついでにフレちゃんの魅力にも釘デリカになってみる…?」

 

 彼女はあくまでノリで言っているが、釘デリカというワードだけで想像すると、かなりグロい。

 それでもこの人には、人体の領域を越えてどうにかしてしまいそうな破天荒さがある。

 

「なったら尖ってて痛そうなので遠慮します」

「ノンノン!フレちゃんの釘は特別製だから刺さってももーまんたい!むしろ優しく包み込んでカラッと揚げちゃう☆ジューシーなフレデリカ、しるぶぷれー?」

 

 全くもって意味がわからないが、それを補う可愛さで百点満点。さすがの僕も思わずニッコリである。

 

「今日も可愛いフレちゃんが見れたので、一日頑張れそうです」

「やっぱりー?それじゃあママとパパに挨拶しにいこっか!」

「遠慮します」

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 案外、人は無意識の中にも一つの見方に執して、他の見方のあることを忘れがちである。そしてゆきづまったと言う。ゆきづまらないまでもムリをしている。貧困はこんなところから生まれる。

 僕たちは元来もっと自在でありたい生き物だ。自在にものの見方を変える心の広さを持ちたいのだ。何ごとも一つに執すれば言行公正を欠く。

 深刻な顔をする前に、ちょっと視野を変えてみるがいい。

 それで悪ければ、また見方を変えればいい。

 そのうちに、本当に正しい道がわかってくる。模索のほんとうの意味はここにある。そしてこれができる人には、ゆきづまりはない。

 この気持ちで、繁栄(ヤンキー)への道をさぐってみたいものである。

 というのも、僕は今現在、ゆきづまっている。

 それはいかにして僕がヤンキーとなり得るかだ。とりあえず朝は思いつきで行動してみたが、ヤンキーへの道は遠く感じてしまう。

 ヤンキーをクレイジー、狂っている若者達と仮定してみる。クレイジーさで言えば、今朝会ったフレちゃんもヤンキーと言えてしまう。

 却下だ。フレちゃんはラブリーな小悪魔だが、ヤンキーではない。

 どうすればいい!このままでは袋小路だ。きみまろだの翔だのと、続きそうな語感にとうとう僕の思考は停止してしまった。

 

「おはよういっくん」

 

 近寄ってくる気配を感じたあとに、聞き慣れた声がした。

 こうやって僕を、声がか細い某ギタリストみたいに呼ぶのは一人しかいない。

 

「加蓮ちゃん、僕をそう呼ぶのはやめてくれと言ったのはもう15690回目のはずなんだけど?」

「ううん、今ので21485回目」

「マジ?」

「マジ」

「普通に引いた…」

「嘘に決まってるじゃない」

「え、嘘なんだ…」

「ちょっと残念そうにするのやめてくれる?」

「はい」

「よろしい。そういえば、今日は美嘉さんいないの?」

 

 僕の隣の空いた席に座ると、彼女、北条加蓮は少しほっとしたように言った。

 

「うん。今日の朝、僕はある決意をしてね」

「ようやく弟離れしたのね…」

「大丈夫だよ、朝ごはんはラップもかけて、お弁当も分かりやすくメモを残してきたし」

「そうじゃない、っていうかあんたお姉ちゃんのことなんだと思ってるのよ」

「手のかかる…妹…?」

「重症ね」

「その心は」

「兄妹仲睦まじくて大変よろしいですね」

「皮肉かい?」

「もちろん」

 

 僕と彼女の関係性は、なんと言えばいいのだろう……好敵手?腐れ縁か。うん、その方がしっくりくる。

 そう、腐れ縁だ。僕らの関係は僕の都合で家族が都内に引っ越してきてからの仲でかなり長い。

 ただこのまま彼女にしてやられたままではいられない。

 僕らは腐れ縁であり、好敵手でもあるのだ。

 

「へぇ、今の君に皮肉を言う余裕なんてあったんだ?」

「どういう意味よ」

「フライドポテト…Lサイズ…それを2つ…」

「あっ」

 

 彼女はヒュッと吐息を漏らすと、顔を真っ赤にしてしまった。

 

 壊れちゃった……

 僕はさながら剛力少女のように後悔の念をこぼした。

 

「なんで知ってるのよ!」

「昨日本屋に寄ってから帰ったんだ。レッスンの帰り道だったのかな?それじゃあせっかく燃焼したカロリーが戻っちゃうね。むしろオーバーだ。デロリアンに乗って過去の自分を止めに行く準備は……できていないようだね」

「ぶっとばす……」

 

 ついテンションが上がって言いすぎてしまったようで、彼女は犬歯を剥き出しにして今にもこちらに襲いかかりそうだ。

 ぶっとばす…?あ!

 そういえば僕ヤンキーになると決めたことを今の今まで忘れていた。

 なぜぶっとばすからヤンキーが連想されたのかはわからないが、きっとスカートを履いているのにもかかわらず股を開いて、両手を肩幅まで開かせた彼女の姿に長州力の幻影を見たからかもしれない。

 

 

 

 冗談だ。

 彼女はあそこまで太ましくない。むしろ細すぎるくらいだ。

 僕が少し力を入れたら、そのまま押し倒せてしまいそうで、少々心配になる。

 と言っても僕は身体障がい者手帳を持つ立派なチャレンジド。

 

 僕は立ち上がると、食ってかかってくる彼女と取っ組み合う形になったので、自重に任せて、重心を前に置いてみることにした。

 まあ、これは失敗だったと後になって後悔するのだが。

 

「えっ」

「あれ?」

 

 僕がこれまで彼女と取っ組み合いになっても、力を込めてこなかったからなのか、それともヤンキーになった僕の力が強くなったのか定かではないが、彼女の膂力は僕の想像を超えて弱すぎた。

 まずい!と思ったうちには身体は既に降下を始めている。

 

 二人の身体はゆっくりと重力にそって倒れていく。

 僕の両手は彼女の両手ががっちりと組んでしまって解けそうにない。

 それならばとなんとか腰に力を入れて彼女を支えようとしたが……

 だから言ったろう動かないんだ。

 

 

 

 衝撃に備えて瞼を閉じた後、そっと瞼を開けると彼女の顔が目の前にあった。

 少しタレた大きな目、形の整った眉、小さくもハリのある唇。

 僕が彼女の顔を観察した後に、再び視線を目元に戻すと彼女と目が合った。

 

 少し潤んでいる…綺麗な涙袋はほんのり赤くも染まっていた。

 おい、目を閉じるな。早く指を解いてくれ。

 手に力を入れて無理に解こうとしてもビクともしない。

 グッ!どうして動かないッ!

 先程のか弱さとは大違いだ。力を入れても動かない彼女はまるでおおきなかぶ。

 僕の背中をえっさほいさと引っ張る仲間はいない。

 周りのクラスメイトの視線で僕の顔にも熱がこもっていく。

 

 よし、見方を変えてみよう。

 富士山は西からでも東からでも登れる。西の道が悪ければ東から登ればいい。

 東がけわしければ西から登ればいいのだ。道はいくつもある。

 時と場合に応じて、自在に道を変えればよいのである。一つの道に執着すればムリが出る。ムリを通そうとするとゆきづまる。動かない山を動かそうとするからだ。

 そんなときは山はそのままに身軽に自分の身体を動かせば、またそこに新しい道がひらけてくる。

 何ごともゆきづまれば、まず自分のものの見方を変えることである。

 

 僕は自身の能力ではこの状況を打開することはできないと判断した。

 あくまで加蓮ちゃんの気持ちを落ち着かせるために、彼女の耳元で優しく囁く。

 

「加蓮ちゃん…」

 

 僕は彼女の手を握った。手はいつまでも小刻みに震え、指と指の間には冷えた汗がじっとりと滲んでいた。

 加蓮ちゃんは肩を小さく揺らすと呑気にプルプル震えている。

 

 おお!

 

 周りの野次馬共から歓声が上がる。

 お前ら僕はこの事一生忘れないからな。

 

「加蓮ちゃん、この手を離せるかい?」

 

 もう一度、耳元で囁くが反応がない。

 

 僕はなんて間抜けなのだろうと天を仰げば、汚い教室の天井のシミが目に入る。

 

「あれがオリオン座で…あっちがカシオペア…」

 

 ってもういい面倒くさい!!

 誰か!この状況を打開できるナニカ!なんでもいい!僕を助けてくれ!

 

「李織〜自分のお弁当忘れてた…って加蓮に何やってんの!!」

 

 来たっ……!光……!希望の…「ぐぅぅぅ」

 

 苦し紛れにふざけていると、教室の扉を勢いよく開けた美嘉が僕の身体を引っ張り上げようとする。

 いいぞ美嘉!

 しかしなぜか、美嘉の腕は僕の首に回されており、形は完璧なチョークスリーパー。確実に僕の意識を落としにかかってきている。

 

「やめろ美嘉!そこに正義はあるのか!?」

「離れなさい〜!」

 

 ダメだテンパってる!

 こっち(加蓮ちゃん)は!?

 

「??ん〜、ん〜?」

 

 バカかこいつは?

 雄司ならば引っ叩いているところだ。

 それはそうと、僕の首を絞める力は弱まりそうにない。

 自由になりたい。心の底からそう思えた。

 これは自然な流れで、むしろ進歩であり、死に瀕した人間が安らぎを見出して、一人で死に立ち向かう準備をしているしるしなのだ。

 

 ぅん。もぅ無理。。。

 

 視界が白く染まりつつある中、僕の意識は安らぎを見出したようだった。

 

 

 

 

 

 

 僕は自分の部屋にいた。

 僕は扉を開けると、そのまま立ち尽くした。

 そして、まるで散り際の木の葉のように震えた。どこかに逃げ道を見つけたくて、いつでも逃げ出せるようにしたくて。

 綱渡りをしている踊り子が何もわからないとわかっている世界へ、まっさかさまにおちてしまうように、世界は現在、秘密の書かれた本の一場面のようだ。

 ページをめくってもそこはもう破り捨てられている。

 そんな空間で僕に内包された暗く冷たい「巣食う闇」を覗き見ることで、また新しく僕を再発見する。

 

 立ち止まって目を瞑る。風の音がまた聞こえた。

 己の中へと没入していく。

 暗闇の中で急ブレーキとともに、突然僕という車は止まる。

 手はがくがくと震え続け、僕は小さな紙と鉛筆を、わしづかみにして取り出す。

 僕はなかなか鉛筆を操ることができない。無駄な力の込められた鉛筆は、ぶざまに紙を破いた。僕は一人で闘っていた。目からは苦闘の涙が溢れ出した。

 僕は痛みに強くないから、僕は財布に残っている最後のお金を使って、半狂乱になりながら、公衆電話で電話をかけた。

 プルプルと音が鼓膜を振動して、届いた音声情報は電気信号として脳に伝わる。周波数は脳に蓄積されている音のパターンとなって僕の不出来な脳を刺激した。

 

「李織?」

 

 懐かしい(周波数)だ。

 光があふれた。

 

 

 

 

 

 

「李織?」

 

 目を覚ますと、僕の隣には美嘉がいた。

 周囲をチラチラと覗くと、ここはカーテンによって区切られたベッドの上だとわかった。

 

「…保健室?」

「うん…あの、李織ごめんね!お姉ちゃんビックリしちゃって……」

 

 美嘉は眉間に皺をよせて俯いてしまった。

 僕は姉のこんな顔はもう見たくない。

 いままでたくさん迷惑をかけてしまったから、これからは僕が返していかなければならないのだ。

 

「アイドルがそんな顔しちゃいけないじゃないか。あ、もしかして演技の練習だった?」

「違うアタシは」

「僕は大丈夫。ほら、教室に戻ろうよ?」

 

 立ち上がって、側にかけてある杖を取ると美嘉を置いて扉の前まで向かう。

 

「美嘉には女優はまだ早いかもね」

「……生意気」

 

 美嘉は少し含みのある顔をしたが、すぐにいつもの顔に戻った。

 姉弟間に理解が深いのはとてもいいことだ。

 かけよってくる美嘉は僕の肩を一発殴ると、共に保健室を出た。

 いいところに入った美嘉の拳は普通に痛かった。

 

 

 







リンダマン「おっすおっす!」


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