FE 新・紋章の謎異聞 漂流傭兵 ルオ・ルスペード 作:おかのん
アリティアを取り戻してまもなく。
アカネイアと戦う決意を固めたアリティア軍は、進軍を始めた。
アカネイアはアリティアの東の方にあり、その間にはかつてアリティアを滅ぼし、アリティアに滅ぼされた国、グラ王国がある。
ジオル王亡き後、しばらくはアリティアがここを治めていたが、戦災復興が思うようにいかない上、アリティアはアリティアで復興をせねばならなかった。
しかも、それまではグラはアリティアから搾取をしていた関係上、どうしても生活はそれまでの水準に戻り得ない。緑豊かなアリティアからの搾取はグラの悲願であったと同時に、その時の記憶はグラに贅沢の味を覚えさせてしまった。
身勝手な不満は募り、すべてがアリティアのせいになってゆく。
マルスやその側近がいくら頑張っても、末端の役人に身を粉にすることは強要できないし、中には問題のある者もいる。グラの者も、自分がうまくいかない事を、そのまま自分の責だと認められる者は少ない。アリティア側に『支配』をする気がなく、自助努力を促しているというボタンの掛け違い。それが問題をややこしく、山積みにしていた。
そこへアカネイアから詔がおりた。
ジオル王の忘れ形見、シーマ王女が見つかった。ひいてはアリティアは彼女に国を譲れ・・・というものだった。
先の王ジオルは決して優れた王ではなかった。その娘が賢王となりえる保証は何も
なかった。妾腹である事もよくない。しかし・・・
戦災復興の苦しい時期と、一向に良くなりそうにない暮らし、そして今、この国がアリティアに支配されているという事実から、王女の手にグラが戻れば、全ては良い方向に向かうと、グラ国民は信じたがった。
シーマは、母を無理矢理に犯し、囲っていた事や、ドルーアに屈したことなどからジオルを嫌っていた。
しかし、グラという国は心から愛していた。
治めてゆく土地というより、故郷そのもの、今は亡き母と共に愛した場所として。
そこを自らの手で少しでも良くしてゆくのだという思いと、その数々の方策はいくらかは実を結びつつあり、そのことをまさに希望として、グラは栄華を以前のでなくとも、国に戻りつつあったのだ。
そして起こった英雄戦争。
我らを塗炭の苦しみに追いやった宿敵をこの手で倒し、あの頃の栄華を取り戻すのだと、先陣を切ったのはグラであった。
シーマに言わせれば、何を勝手なという思いだったが、アカネイアに逆らうわけにもいかなかった。それはそのままグラの滅亡を意味したからだ。
そして・・・・・・
アリティア軍は帰ってきた。
それも、それぞれが一騎当千の、鬼神の軍隊と化してである。
一方のグラ軍は、一度は解体され、新兵ばかりとなり、アリティア落城のおりには、ついて行って騒いだだけの軍隊であるというのが実態だ。
そんな軍が勝てるわけがない。
敗走に敗走を重ね、既に精根尽き果てた挙句、援軍のあてのない籠城。
監視役のアカネイア兵がうろつくなか、グラは滅亡の時を迎えようとしていた・・・。
・
グラの玉座。
そこには、ジェネラルの鎧をまとった、年若き乙女と、それに語りかける一介の傭兵がいた。
「もう無理だろうな。アリティア軍はすぐにでも攻め入りそうな勢いだ」
「そうか・・・」
「お前はハーディンに利用されただけだろう。逃げても誰もそしるまい。
いや、再興を願うもの、お前の身を案ずるもの、皆、お前に、『今は逃げろ』と言っている」
「・・・ありがとう。
だが、私は引かぬ。敵に背など向けぬ。
それほどにまで私を思ってくれる者を置き去りにするなど、どうして出来ようか。
むしろ、その者達が想い続けてくれさえすれば、私がこんな不相応な場にわずかなりといた事に意味がある。
今ここに留まってくれるものたちこそ、生き延びて、在りし日のグラを・・・
いや、グラでなくとも、皆が幸福を享受する世を作る者たちであるのだ。
幸せを手にするべきものたちなのだ!」
「・・・・・・」
「サムソン、グラの国庫に金はもうない。足りない分は何を持っていってもいい。今までついて来てくれて、感謝している」
それが、シーマからサムソンへの、別れの言葉となるはずだった。
だが、サムソンは、わずかに微笑んでそれを流した。
「俺は戦場での鼻は利く。いや、そうでなければ傭兵などやってはいられん。その俺の鼻が・・・
ここは引くな、と言っている。
勝てるとは思えぬのに、不思議なことだ。ともすると、何やら運命めいた何かが起こる時なのやもしれんな」
「・・・残ると・・・
ここに残ってくれるというのか?なぜ・・・」
「俺の魂が、引いてはならぬと言っている。
お前を守れと。
いや・・・
守りたいと」
「・・・・・・っ!」
「どういうことか、俺にも分からぬ。
しかし、俺は俺の魂からの言葉に逆らうことはしない。それに逆らうのは、俺を俺でなくすことだからだ。
お前が、この国のために、背を向けたくないというのならば。命を賭しても、その魂を貫くというのならばなおさら。
魂の導の通りに、お前を守ろう」
その背は、父を嫌い、だからこそシーマが焦がれた・・・
たくましく、まっすぐに立つ『騎士』や『王』の雄々しき背中だった。
・
そんなことは露知らず、アリティア軍はグラを落とす準備をしていた。
しかし、ここに来るまでに、グラの兵士たちの姿を見ているだけに、難しかった。
「彼らはもう戦意がありません。土下座をしながらシーマ王女の助命を嘆願するものばかりです」
勝手なことである。
数年前は裏切りによって、マルスの父コーネリアスが戦死している。
併合した時も、出来うる限りのことはしたが、それを、前より生活が苦しいという、戦災復興中の当たり前の事実を指して、アリティアの支配のせいにし、実権がシーマ王女に渡った時には、礼の一つもないどころか、私刑を受けたアリティア出身役人までいる始末だった。
アカネイア帝国がアリティアを落とした際も協力した上、そのせいで再びエリス王女がさらわれているのだ。
それでも。
「・・・その恨みをグラの民に、兵士に向けても意味はない。
あくまで彼等は巻き込まれた者たちだ。
と、いうことにしておかねば、禍根は残り続ける。
我アリティアの民に向けられる恨みが募るだけだ」
マルス自身、耐えながらもその言動にいくらか刺がある。
せめて、悔いて欲しい。
己や、自らの愛する王女のことだけでなく、彼ら自身が何をしたかを考えて欲しい。
「如何しますか?」
「ルオ、君は・・・どうしたい?」
マルス自身も、複雑な思いのまま、迷っているようだった。
そこへひょっこりと、かつてのアカネイア弓騎士トーマスが現れた。
「アカネイアはこの国を捨て駒にしようとしています。もうアカネイアはかつてのアカネイアではありません。
グラも弄ばれただけです。どうか慈悲を・・・
そして僕も、戦列に加えてください」
二人共が、やはりか、と思った。
ルオが、口を開く。
「・・・マルス様を守る立場になって、今まで自分もそちら側だった『民』が、結構言いたい事言ってるのがより分かった気がします。
でも、彼らはそれを疑問に思っていないでしょう。そして怒れば、反省するより怖がってしまいます。
・・・耐えましょう、マルス様。
シーマ王女こそマルス様の気持ちをわかってくれると思います。
そのためには、彼女の愛するグラの民を、兵士を、傷つけるわけにはいかないでしょう」
「・・・そう、だね」
それは、『民』とは・・・ 子供のようなものだ。
自分すら見えていないのに、未熟なのに、それでもそれは『人』なのだ。
皮肉なことに、導くべき王さえも元は子で。
全き王となるまでに、その身に過ちを刻み、知らねばならぬことは多く、しかしその答えが正しく確かなものになるかどうかも定かではなく、その居場所故に歪むものも多く。
その境地に立つ義務を持たぬ者には、その苦悩は伝わらない。
孤独な神となりえぬならば、英雄足りえないというのに、その先には、ささやかな思いさえ満たすものはない。
ならば、何故。
「・・・逃げるものは追うな。グラの民であれば殺すな!!
ここはグラ、かつてはアリティアと血を分けた兄弟だ!!
さらなる悲しみを掻き出し、絶望に狂う前に耐えろ!!
これは、アリティアの王よりの命であるっ!!!」
戦いは一方的であった。
二度、マルスにすれば三度裏切った国。
その国に復讐すら出来ぬ悔しさを、見張りや、罠にかけてくるアカネイア兵に向けたアリティア軍はまさに鬼の軍隊であった。
グラの兵や将に焼かれた町、その住民。
殺された父や母や子や孫や。
それを。忘れろと。
今は、耐えろと。
従おう。他ならぬ英雄王その人こそが、一番その答えに心焦がしているだろう。
何故。と。
「「「うがあああああああああああっ!!!!」」」
再度編成された、アカネイア竜騎士部隊も散々であった。城の中で袋の鼠になったアリティア軍を蹴散らせばいいだけであると言われて突っ込んでみれば、矢襖槍襖にされて残らず殲滅された。
元々いた見張りどもなど歯牙にもかけてはもらえなかった。
そして・・・
玉座の間で、シーマ王女と相対する。
「槍を引いてください。僕達は争う理由がない」
「・・・驚いている。我が民を誰ひとり手にかけなかったと聞いた。
この国は、二度も王子を裏切った。理はそちらにこそあろう。そして、私は義を・・・いや、恩をあだで返した張本人で、元凶の娘だ。
どのような扱いを受けても構わぬと思っていた・・・
本当だ。
今もその考えは変わってなどおらぬ。
降伏しよう。ただ・・・
私をどう裁こうと構わない。かわりに、グラの民に償う機会を与えて欲しい。
助けなど乞えまい。許せとも言わぬ。
ただ、詫びさせて欲しい・・・」
「我々は元々兄弟です。悲しみは晴れないというのなら、なおさら元を断たなければ。
父のことを、お互いに気にしないわけにはいかないでしょう。だからこそ、僕らは許しあわなければならないと思います」
グラは全面降伏、武装解除がなされた。
グラ国民に対する報復は厳禁とされた。
シーマが降伏を願い出た以上、抵抗するものはいなかった。
そして、シーマはこの戦いが終わった後、王位の放棄をすると宣言する。
「よかったな、シーマ王女よ。
これで俺も、安心して去ることが出来る」
「サムソン・・・ 行ってしまうのか」
「ああ。事ここに至って、俺が出来ることはもうなかろう。マルス王子はどうやら信用が置ける。兵を殺さず戦うなどということをしてまで、わかり合おうとするような男なら、グラの民を不幸にはしまいよ。
世話になったな」
「行くな! ・・・行かないで欲しい。
私には、お前を引き止める力はないだろう。だから、願うしかない。
元々私は、ジオルに捨てられた母の元で細々と暮らすだけの女だった。母の死んだ今、捧げらるものはこの身一つだ。それでは、足らぬだろう・・・。
けれど・・・いかないで欲しいのだ・・・」
虚勢を張って、王たろうと気を張り続けて、得たものは、母と同じようにいいようにされて見捨てられた事実と、器の違いを見せつけられた結末だけだ。
もうシーマには、恥も見栄も捨てて縋る事しか出来なかった。
そんな彼女を、サムソンは撫でた。
「・・・そんな言い方をするな。確かにお前は無理をしていたのだろう。それでもその姿は、様になっていた。大国や強兵に振り回されたかもしれぬが、それでも民がついてきたのは、お前が良き王たろうとしたからだ。
それは、胸を張って良いことだ。
しかし、お前はここにいても、一人でお前らしく生きるというのは難しいのかもしれぬな。そして、王でなくなると言ってしまったお前に、俺を引き止めるには、お前の身一つでは足りぬ」
「う・・・」
「だから、お前も共にこないか。俺と。
俺を縛ろうとするのでなく、俺の物になってしまえ。
世界はいつも動き、変わりゆく。旅人などの目からならわかるものもあろう。
お前の槍さばきは、俺から見てもなかなかのものだ。俺の背を任せる分には十分だ」
「!! ・・・・・・連れて行って、くれるのか?」
「共に来て欲しいと、そう言っている」
「サムソン! ・・・ああ、サムソン!!」
サムソンは次の雇い主をアリティア軍と決め、マルスはこれを受け入れた。
シーマ王女と共に。
・
グラは平定された。そして数日・・・
フロストというマケドニアの老司祭が訪ねてきた。
「マケドニアを救っていただいて感謝しておる。何かさせてほしいのじゃ。
家族の恩と、これからの彼らのためにも・・・」
拒む理由もない。
落ち着いたところで、軍議の時間である。
議題は勿論、アカネイアへの進軍だ。
「さて、これでアカネイアへの足がかりは出来た。
だが・・・ 未だアカネイア軍は各地に展開し、勢力を振るっている。
全部を相手にするわけにはいかないし、犠牲も増えるだろう。
・・・なにかいい方法はないだろうか」
「あの、いいですか」
「うん。何かあるかい、ルオ?」
地図に示された山を迂回するいくつものルートを無視して、ルオは山脈をぶった切る道をなぞる。
「山を登っちゃえばいいんじゃないですか?
険しい山だけど、馬で通れない場所でもない。最短でパレスに行けますよ?」
「馬鹿」
アイシャのツッコミが入る。
「こんなところでの戦闘は、騎馬の勢いが使えない分、不利なのよ? アリティア軍みたいに、それが主力なら尚更なの。防衛側は必ずシューターを出してくるし、袋だたきにされるのがオチよ」
「・・・おもしろいね」
「は!?」
助け舟はマルスから来た。
「少し頭の回るものなら、すぐに除外するルートだからこそ、油断をしているかもしれない。
ありえない、とね。
最短である点は、人資源的にも戦略的にも、無茶をするだけのメリットがある。
僕にはない発想だ。しかし提示されてみると、魅力的であることに気づかされるよ」
「えぇええ~・・・」
「少数精鋭であるアリティア軍だからこそ、うまみもあるよ。やってみよう」
ニッコリと笑うルオに、少し頬を染めながら、憮然とするアイシャ。
峠越えによるパレス強襲。
決戦の時が近づいていた。
第17章 グラの落日 終