FE 新・紋章の謎異聞 漂流傭兵 ルオ・ルスペード 作:おかのん
「・・・構わん、やれ」
それが皇帝の言葉だった。
その響きの冷たさに、膝をついた4人ともが身震いした。
そして、来る途中に見た街の様子。ここを守っている騎士団である自分たちを毛嫌いし、恐れ、心の底から憎悪した眼差し。
オレルアンはひろき草原の国。しかしそこに生きる草原の民は、皆貧しい生活をしていた。農地を持たない彼らは、生きぬく能力は強い代わりに、財産と呼べるものを持ち得にくかった。
そこに目をつけたのがハーディンである。
彼らの持つ馬術や強靭な体を、騎馬部隊としてまとめ上げたのだ。そして農地を持っている者達を守る役目を与えた。
それによって草原の民ほぼすべてが、農民の生み出す豊富な食料の恩恵を受けた。強力な騎馬部隊は、野盗や野犬をことごとく追い払った。
互いに支え合う関係の中で、祖先に貰った生き方を変えることなく、貧しくとも誇り高かった草原の民は、豊かな生活を送ることができるようになった。
草原の民にとっては、特に四天王と評される、ウルフ、ザガロ、ロシェ、ビラクには・・・
ハーディンとは、まさに彼こそ皇帝であり、父であり兄であり、神にも等しかった。
彼らにとって、アカネイアのこの惨状と、ハーディンのかつての政はどうしても結びつかなかった。
短い時間の中で、皇帝の威光をかさに私腹を肥やす者、間諜や裏切り者がいないか調べ尽くした。
しかし、調べれば調べるほどに、ハーディンの悪辣さが証明されるだけであった。
信じたくない事実だけが浮き出る調査の最中であった。
逆賊アリティア軍が、峠に姿を現したのは・・・
・
「ロシェ、ビラク、お前は中隊を率いて東の山を越えろ。アリティア軍を挟撃する」
「ああ」
四天王のリーダー、ウルフの指示。しかし返事は、一つだった。
「ロシェ?」
「ぼくは・・・行かない。一人で考えたい」
「・・・っ 貴様」
剣の柄に手をかけるウルフ。それをザガロが止める。
「やめろ! ・・・ロシェ、裏切る気か?」
「違う。でも・・・ 僕は、もう一度街の人たちの話が聞きたいんだ。
このアカネイアが本当にハーディン様が望んだものなのか。どこで間違ったのか」
「間違っているのはアリティアだ!! 奴らめ、グルニア、マケドニアと組んで、暗黒戦争をやり直そうとしているんだぞ!!」
「・・・マルス王子とは、そんな方だったか?
彼の方の打ち立てた功績は、世界を救ったのと同義だった。望めば彼こそ皇帝となれたんだ。野心があったなら、その時にとっくに・・・」
「違う、あの男は戦争がしたいだけなんだ!! そうでなければ、あんな反乱など・・・」
「やかましいっ!!」
・・・ザガロの一喝が、全員を黙らせた。
「ロシェ。いいから行け・・・
ウルフ、ロシェが納得しなければ意味がない。好きにさせてやろう。
もしかしたら、ハーディン様の無実を証明する何かが、そちらから出てくるかもしれないじゃないか」
「・・・・・・」
「ザガロ、ありがとう・・・」
「俺は、いがみ合うのが見たくないだけさ」
ロシェは、その日以来パレスから姿を消した。
アリティア軍は、すぐそこまで来ていた・・・
・
パレスを取り囲み埋め尽くす大兵団。
数百機のシューター、数万の聖騎士、騎馬弓兵。
「アカネイアの兵力のほとんどをここに集結してあるらしいわ。さすがにうかつには近づけない」
「皇帝は伊達じゃねえか・・・」
アイシャの報告に、ルークが嘆息する。
「しかし、市民の声はアリティアを歓迎している。アカネイア軍は装備は最高のものを揃えているが、殆どはそれに頼ったゴロツキばかりだ。
アンリの道を越えてきた我らがアリティアとは士気が違う」
「戦は数だけではないっていうのは、僕らの戦いが証明していますしね」
ロディの分析に、ライアンが追従する。
元第七の面々は気楽に話しているが、文字通りの最終決戦だ。
街の防衛や後方の詰も必要になる。主に前線に出るメンバーを、マルスとルオは検討し始めた。
ルーク、ロディ、セシル、ライアン、ナバール、フィーナ、マリーシア、リンダ、カチュア、シーダ。
近衛隊を中心に、少数精鋭とした。
その調整中、エストが駆け込んでくる。
「マルス様、ノルダでならず者が略奪を・・・!」
「アカネイア軍は対処していないの?」
「・・・見捨てる様子です。私達アリティア軍に隙を見せたくないのかも・・・」
理屈は分かるが、ノルダの人々の事をどう思っているのか。
国家は存続せねば意味はない。しかし、民を守らぬ国に意義があるのか。
「ルオ、指揮を一時任せる。僕は別働隊と共にノルダのならず者を追い払う!!」
「御意!!」
かくて両面作戦となった。カチュアやシーダの天馬騎士団で、合流しやすい編成とする。
ならず者はあっという間に片付いた。
思いもよらぬ出会いがあった。狼騎士団、ロシェの姿があったのだ。四天王と呼ばれる重鎮がこんなところに居るのは意外だった。
「君は・・・どうしてこんなところに?」
「マルス様・・・ 皇帝は、ハーディン様は、一体どうされたのか・・・
以前から、民の様子がおかしいと思っていたのです。こんな時期にと思いつつ、街の声を聞きに来て・・・。怨嗟の、罵詈雑言の数々でした。何度、そんなはずはないと叫びたかったか・・・
けれど、疑う余地のない話もいくつか聞きました。
遠征の話は本当ですし、そこに照らし合わせて矛盾がないのでは、反論もありません。
ウルフ達の目を覚まさせないといけない。
どちらにしろ皆傷つくことになるけど、それでも」
「・・・出来るのかい?」
「ウルフやザガロは無理です。でも、ビラクは聞いてくれるかもしれない」
「・・・なら、話してみてくれ」
「は、はい!!」
ビラクの部隊が挟撃のために、後方から駆け込んできているとの報告を受けたところだったのだ。
「止まってくれ!!!!」
「ロシェ・・・!?」
ビラクは、ロシェとは一番仲が良かった。
互いに、他の二人以上の信頼を結んでいた。
「ビラク! 剣を納めてくれ」
「お前、ハーディン様を裏切る気か!?」
「そうじゃない! でも、今のハーディン様がおかしいのは、ビラクだって・・・みんなだって分かってるだろう!?
僕だって信じようとした。あの日の・・・ 『草原の民の誇りと暮らしを、どちらも守ってみせる、ついて来い』と言ってくれたあの姿を!!
だからこそ今のあの方のなさりようが、わからないんだ!!」
「・・・・・・」
「マルス様に会ってわかった。マルス様は変わっておられない。
そう分かったら見えてくるものがあった。マルス様の『野望』が、戦を続けたいだけだという話が嘘だというなら、グルニアの件も、マケドニアの件も、矛盾なく説明がつく!!」
そこに、駆け込んでくる弓騎兵がいた。
「それがお前の答えか・・・」
「ザガロ!!」
「待てザガロ。ロシェは気弱で、優しい奴だ。だから、人を見る目がある奴だった。そうだろう?
そのロシェがマルス様を、変わっていないと言っている。
やはり、おかしいんだ」
「しかし・・・」
「聞いてくれザガロ!! 俺はニーナ様より、マルス王子より、ハーディン様を信じたい。そう思っていた。けど・・・
ここを襲っていた奴らの中に、パレスで見かけた奴がいた・・・この街を襲わせたのはアカネイアだ!」
「!?馬鹿な! どうして自分の領地の村を襲う必要が・・・」
口を挟んだのはアイシャだった。
別口で情報を手に入れ、報告に来ていたのだ。
「ほうっておけば、ここが私達の前線基地になり得るからよ。あなたたちはごまかせても、飢えた領民の怒りはごまかせない」
「・・・・・・」
ザガロも、気づいてはいたのだ。だから、反論ができなかった。
「ハーディン殿なら、わしも知っておる。
マケドニアがオレルアンを攻めた時に、わしの魔導の才を利用しようとしたならず者に家族を人質に取られ、村を襲ったことがある。その時、ミネルバ殿とハーディン殿は、敵味方を超えて領民のため、共に戦ってくだされた」
「ぬ、フロスト殿か。あのおり以来か・・・
・・・そうだな、だからこそ私も信じられん。今の皇帝のありようが・・・」
「ザガロ殿、ハーディン殿を信頼しているあなただからこそより強く分かるはずじゃ。今の皇帝はおかしい、と」
ザガロは、しばらく押し黙り、
「・・・ウルフとは、俺が話そう」
そう言った。
麓の部隊を全滅させ、砦を抜ければそこは魔王の城、パレスである。
「みんな、準備はいいか。おそらくパレスを取り巻く砦には大兵力が潜んでいる。正念場だ!!」
ルオは激を飛ばすと、坂を駆け上がっていった。
砦から出てくる増援は、山道に殺到する。
「ひるむな!! 今こそ、帝国の支配を打ち破るんだ!!」
その中で、銀の弓で小隊長クラスを次々と射る男がいた。
「ウルフか!!」
「ザガロ!? 貴様、なぜアリティア軍と轡を並べている!?
ロシェ! ・・・ビラク!? お前達もか!!」
「ウルフ!! 話を聞け」
「だまれこの逆賊どもが。裏切り者がァっ!!
俺は俺一人になっても、ハーディン様についてゆく。この身を楯にしてあのお方を守る!!」
ザガロは、賭けの一言を放った。
「・・・それが、ハーディン様の御心に背くこととなってもか」
「なんだとっ!!?」
「お前も覚えているだろう。ハーディン様が我らを取り上げてくださった時と、皇帝になられた時だ。
あのお方はこういった。
『もし私が道を間違えた時には、お前達が正してくれ』と・・・」
「・・・・・・!!」
勿論、覚えていた。
ウルフは、ハーディンの口にした言葉は、全て覚えている男だ。
「今が・・・その時だというのか。
その時は、そうしようと思った。そう誓った。
それは、ハーディン様だからこそ、耳を傾けてくださると思ったからだ。
だが、今は・・・」
「ああ、今それをやれば、民たちは気が済むまい。
ハーディン様のお命でなければ、贖えまい。
しかし、俺達がその誓を心に留めた時・・・
その時のハーディン様こそが、俺達の守ろうとしたハーディン様だ。
同じハーディン様でもある。それでも・・・
このまま、今の『暗黒皇帝』を守ることは、ハーディン様の本意とは思えない」
「けれど、今の皇帝は、 ・・・ハーディン様だ!!!」
何を言っているのか、ウルフも自分で分かっていないだろう。
低い嗚咽が、未だ乱れる戦場の空気を変えることはない。最中に言を交わしあうなど愚の骨頂だ。
それを可能にしたのは、彼らを取り囲むアリティア軍の防衛線。その中で・・・
ウルフはつぶやいた。
「そうだ・・・あの日のハーディン様を裏切るわけには行かない。あの時の誓いを破るわけには行かない。
・・・なあ、教えてくれザガロ。どうして・・・
どうしてこんなことになったんだ」
それに答えられるものはここにはいない。
ウルフはすでに戦意をなくしていた。
・
砦からの増援を残らず片付け、城門を守るネーリング将軍を討ち取った。
将の皆が押し黙る中、兵達は静かな興奮を抑えつつ、淡々と城を囲む。
そこにアイシャが来る。
「マルス王子、ボア司祭が砦の一つに幽閉されていたわ」
「お連れしてくれ」
横たわったまま連れてこられたボアの状態は、今にも事切れそうだった。
「一体、どうされたのです・・・?」
「マルス王子・・・
頼む、ニーナ様を助けてくれ。ハーディンはニーナ様を・・・」
「はい、ガーネフに差し出したと、本人が言っていました。王は自分ひとりでいいなどと・・・」
「おおお、すまぬ、すまぬ・・・私のせいだ・・・
暗黒戦争の後、私はニーナ様に婿を取ることを勧めた。アカネイアには、新しい王が必要だったのだ。
相応しき英雄、マルス王子かハーディンのどちらかを・・・と。
ニーナ様の御心が、癒えておらぬ折に、わしがぜひにも、と・・・
ニーナ様は、マルス王子にはシーダ姫がいる。彼女を泣かせたくはない。ハーディンを、と、告げられたのじゃ・・・」
「ま、待ってください。そんな決め方だったのですか!?」
時勢を見れば、必要な事だろう。しかし、そうなれば当然歪みは出てくる。
「彼女の、カミュ将軍にまつわる話は僕も後で聞きました。自害しようとする彼女を、王族の責務の放棄であると叱ったり、立場を犠牲にしてでも彼女をオレルアンに逃がしたりと・・・
ニーナ様も、それがためにあのお辛い運命を乗り越えたと・・・!
ハーディンを選んだのは、苦楽を共にしたオレルアンでの日々があったからと思っておりました。カミュ殿とのものと比べても、見劣ることのないつながりを築かれていたのだと!」
「信頼はあったであろう。しかし、ニーナ様も女性・・・ 思いを違える事など出来なかったのだろう。カミュ殿のことを忘れられずにいた。実際、その死を目にされたわけでもない。
しかし、たとえ生きているとしても、敵の将軍との事。皇帝に迎えるなどあってはならぬことであった。
選ばれた事を聞いた時、ハーディンは喜んだ。皇帝の位などではなく、ニーナ様に選んでもらったというそのことが、何よりも嬉しかったのだろう。
彼は善き皇帝であった。しかし・・・
ある日、彼は気づいた。ニーナ様のお心が、自分にないと。
それからの彼は反動で奥深くまで沈み込み、酒をあおって誰とも会わなくなった。
その心の闇を、ガーネフにつけ込まれた。闇のオーブによって、悪鬼に変えられてしまった・・・」
不憫に過ぎた。
彼の求めたささやかなものは叶わぬ。にもかかわらず。
悲劇の戦争の後を纏めるべく選ばれた、激務の皇帝。
「マルス王子。ハーディンを頼む・・・
人の心だけは、どうにもならぬ。せめてもっと時があれば。カミュへの思いが薄れるまで待てば・・・
ハーディンへの信頼が愛に変わるまで待てれば・・・
おおお、すべてが、わしが事を急いだせいで、全てが悪い方向に行ってしまった。わしは彼が悪鬼に変わる瞬間を見てしまったのがばれ、今まで幽閉されていたのだ・・・
マルス王子。アカネイアの名など、もうどうなろうとかまわぬ。ただ・・・
ハーディンにせめて、彼の運命を狂わせたことを謝りたい。そなたも知る通り、彼は英雄であったのだ。こんなことに巻き込まなければ・・・
そして、頼む。ニーナ様を救い出して欲しい。
すまぬ、すまぬ・・・」
「そんな・・・
皆、哀れだ。そして、それに振り回されて、一体どれだけの人が・・・」
「すまぬ・・・・・・」
あの時の・・・
魂の橋での彼の言葉が思い出される。
『そもそも最初からカンに障ったのだよ貴様は。
戦場のなんたるかもまだ手探りのようなガキが、勇者アンリの子孫というだけで、アカネイアの覇者の証を手にしおって。
その後のことにしても、各国の英雄たちが成し遂げたことを全て自分の手柄にしてしまいおって。
身の程の多少はわきまえていたと見えて、何を褒美にねだることもなかったが、そのおかげで莫大な名声を手にしおった。
『世界を救いながら何も求めぬ、清廉の英雄』などと!!
おかげで各国が荒廃から未だ立ち上がれぬ中、各地から移民が絶えず、アリティアは急速に復興し、既に各種祭りや、騎士団の再建まで終わっている。
貴様は国ごと目障りなのだ!!
しかもニーナめ。俺があそこまでつくしてやっているのに、ファイアーエムブレムを貴様にやってしまったというではないか!!
アカネイアの覇者の証が他国の王の手にあるなど言語道断だ!!恥となるので公表はしないが、なれば我自ら取り戻さねばなるまい!!!
死ね。
死んでアカネイアの礎となるがいい!!
この腐れた大陸は、貴様の墓標がお似合いだ!!』
『殺してやる、殺してやる!!!
ニーナもガーネフにくれてやったわ!!!
アカネイアの王たる存在は我一人でいい!!
他は皆死ね!民さえも死んでしまえ、いや民こそ死につくせ!!!
人間などどいつもこいつも醜すぎる!!
すべてが死に尽くした荒野に、この俺が君臨する未来のみが、この大陸のあるべき姿だっ!!!』
それで。
それでこの、人の生きる世すべてを恨んだというのか。
もし、シーダが心変わりしたら。
誰かに穢されたら。
それを思うと、マルスも狂いそうになる。気持ちを察することはできるつもりだ。
自分の全てを捧げても届かない、変えられないそれに、一体どれだけの人間が耐えられる。
同情には値する。
しかしその結果やった事については、許す余地がない。
彼はもう、死なねばならない。
彼の命だけでは贖えないが、彼の命を奪わねば民はおさまらない。
生かすことを、選べない。
・・・それでも。
かつての英雄を、仲間を、見捨てたくはない。
『志を同じくする者が、いがみ合う元となることは少ないほうが良い。
アンリの末裔よ。自由をもたらす我らの同盟を導いてくれ。全力を持って支えてみせる』
この言葉も、同じ口から紡がれたのだ。
アカネイア同盟軍を任せてくれたあの時の彼も、間違いなくハーディンなのだ。
「・・・ハーディンを、闇の呪縛から開放する。
光のオーブを持つ者だけが、それを可能にする。
全軍、戦闘配置へ!!
・・・パレスに、突入するっ!!!!!」
帝国暦2年。
歴史が一つ、終わろうとしている。
そして・・・
一人の、異国の青年の運命が、動こうとしていた。
第19章 最後の決戦 終