FE 新・紋章の謎異聞 漂流傭兵 ルオ・ルスペード 作:おかのん
建国より500年を誇るアカネイア王国。
その首都パレスが、アリティア軍の攻撃によって、一日足らずで追い詰められた。
ノルダ他、周辺の村や町の者たちはアリティア軍を歓迎し、アカネイア軍や親衛隊への恨み事を次々に告げた。
出来る事なら、戦いたくはない。闇のオーブの影響を受けていると知ればなおさら。
誰にでも、暗い感情というものはある。
なにも嫌う事がない者というのは、何も心から愛してはいないだろう。
誰にも嫉妬することがない者というのは、自分を磨くことが出来ない者だろう。
それを乗り越えることでこそ、生まれるものもあるのだ。ならば、誰がハーディンを責められるというのだ。
しかし、遅すぎた。
彼の命令で命を失った者、愛する人を失った者、生涯癒える事のない傷を負った者。
そんな民たちが、すでに溢れ返っている。
それでも。
「・・・まずは、勝たねば話にならない。いくぞ!!!」
命令を受けて、パレスに猛者達がなだれ込む。
・
「くくく・・・マルス王子共がこのパレスに入り込んできおった。
愚か者どもが。返り討ちにしてくれるわ」
玉座で胸をそらすハーディンの傍らには、縛られて組み伏せられたミディアの姿があった。
「貴様ぁっ・・・
ハーディンッ!! いい加減に目を覚ませ!! ニーナ様をどこにやった!!」
「ふん、あいつが裏切るからだ。この事態を招いたのはすべてあの女だ。
俺は俺に逆らうグルニアを潰せればそれでよかったのだ。それをあいつが、覇者の証、ファイアーエムブレムをマルスなぞに渡してしまったのが悪いのだ」
「・・・皇帝の座にいながら、他国の王であるマルス王子ほども頼りにされず、敵軍の将であったカミュほどにも愛されず・・・
その事で拗ねて、世界を相手にやつあたりか。随分に大げさで、救いようもなく惨めな男だな!!」
「だまれぇっ!!
なればこの世の理が、成り立ちが、その下らなさとどれだけ違う!?
力を持つ者が、ならず者を従えるのが国の始まりだ。王などというのは、元をただせば海賊のなれの果てだ。
貴様が忠誠を誓う聖アカネイアとて、一人の盗賊が興したものなのだぞ!!」
「・・・たとえそうだとしても、どう始まったかではない。今、どうあるかだ。
暗黒皇帝などと呼ばれる貴様がどう批難したところで!」
「・・・・・・ならばその下らぬ裏付けの誇りを抱いたまま死ね!! この玉座の間に入り込んだところで、即刻貴様の首を切り落とし、王子の足元に蹴り落としてやるわ。その時の奴の顔が見ものだ!!ぐは、ぐはははははははははっ!!」
ミディアがどう言ったところで、彼の耳に届くことはないだろう。
彼女はがっくりとうなだれた。
その、瞬間だった。
「ぬっ・・・ こ、これは!?」
(『レスキュー』の杖の光!?)
ミディアは光の中に消えた。
殺せ! というハーディンの声に反応した側近の槍は・・・
石畳に突き刺さり・・・ いや、先が折れて跳ねた。
・
詠唱の瞬間、空間が輝いた。
そしてそこから、先日クーデターを率いて失敗した、ミディアの姿が現れる。
「ミディア!!」
「マ、マルス王子・・・!? こ、ここは」
「パレス内部だ。魔法で呼び出して早々に悪いが、案内を頼む」
「は、はい!」
「誰か、縄切って縄ー」
電撃戦的な城内戦闘が始まった。
毒虫や蜂を使役する遠距離攻撃魔法『ウォーム』と、傭兵部隊のコンビネーションは厄介なものではあったが、対処出来ないようなものではなかった。
牢にいって、捕まった者がいないか確認したが、罠と宝があるだけだった。
しかもそれで挟撃部隊が襲ってくるという始末。
しかしそれらも、いまや名実ともに大陸最強のアリティア軍を阻むものではなかった。
天井が高く、広いパレスは、ペガサスナイトやドラゴンナイトでも不自由しなかった。
「マルス王子、大変よっ!!」
戦闘の最中に、アイシャが駆け込んでくる。
「アイシャ? どうしたんだ」
「この先の大広間、地竜が居るの!!」
全軍に動揺が走る。
地竜がいるということは、アカネイアは、ハーディンは、ガーネフ・・・メディウスと通じていたのだ。
「・・・好都合だな」
「ルーク?」
「ハーディンがガーネフやメディウスと通じていたってことだろ。なら、心おきなく戦えるってことだ」
その一言で、恐れは闘志に変わった。
士気が落ちるのは防げた。
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」」」
地竜でさえ、アリティア軍の精鋭部隊を押しとどめることは出来なかった。
包囲し、誘い込み、幾多の魔法と雨のような矢で押しとどめつつ。
ルオの必殺のドラゴンキラーが首を叩き落とす。
そして・・・
「いよいよ、ですね。マルス様・・・」
「ああ」
残るは、ハーディンのいる、玉座の間。
闇のオーブに囚われた彼を、救いたいとマルスは思っていた。
彼のしたことは許されることではないだろう。
それでも、彼が闇に沈んだのには理由があった。
愛した人に、愛されないこと。
それが免罪符にはならないとしても・・・
マルスはそれを知ってまでも彼を憎みきることが出来るような人間ではなかった。
友のように、子のように愛した者たちを殺されても・・・
その、殺した彼の者も、共に竜の支配から戦った戦友であるから。
助ける方法は、ないのだろうか。
皆の握る武器が、震えた。
・
回ることによって敵を穿ち、投げても主たるものの手元に戻り、無限の理力が人を神に変える槍、グラディウス。
伝説の槍を操る、かつての英雄である皇帝に、勝てるのだろうか。
玉座の間の大扉が、いま、開け放たれた。
「ハーディン!!」
「ふん。きおったか。
者共、かかれい!!
来い、アリティアの屑共。
このグラディウスで、全員貫いてくれる」
やはり伏兵はいた。
しかし、一騎当千のアリティア軍の騎士たちはそれをものともしない。
マルスを守るように敵の親衛隊を蹴散らしながら、玉座に迫る。
「ハーディン、正気にもどれ。貴方は闇のオーブに心を支配されているのだ!!」
ガトーの言っていたことが本当なら、そのはずだった。彼の心はガーネフによって歪められている。
「ふはははは。勘違いするなよマルス王子。
確かに我の手に闇のオーブはある。しかし、持っている私だからこそわかる。これは人の心を変えてしまうものではない。人の真なる魂を力とし、増幅し、そして力を与えるものだ。
貴様、闇と聞いて連想するものはなんだ?
邪か。悪か。魔か。
そればかりではあるまい。
安らかなる夜の闇、辛苦を覆い隠す緞帳。日々の区切り、変わりゆく証・・・
闇であるというだけで悪にはならぬよ。
人が光の下、隠さねばならぬと思ってしまう本音、共にいるために抑えねばならぬ願い。そんなものを、なんら耐えねばならぬ事などないと教え、思うままに生きる力を与える物。
それこそが闇のオーブよ」
「なっ・・・」
ハーディンの目は、カシミア大橋で見たときのように真っ赤に血走り、爛れているかのごとくしわが寄っていた。
まるで悪鬼、悪魔であった。
「暗黒戦争初期・・・・・・
私は、ニーナを支え、ドルーアと戦っていくつもりだった。しかし、貴様が来たことで、あの戦いの象徴はお前となってしまった。
もちろん私も賛成する態度をとった。アンリの子孫であるという事実は、民どもに希望を与える。
それがいかに気に食わなくとも、私は頷くしかなかったのだ!!
そして戦後、ニーナは私を皇帝にすえながら、私に体を許さず、あの黒騎士を想い続けていた。
あの女は、俺の思いを知りながら、ただ利用した!!
あまつさえ、それでも耐えて皇帝の務めをはたしていた俺を、貴様に討伐させようとしたっ!!
どいつもこいつも、手前勝手なだけではないか!!
汚名を着せられ、殺されてたまるか。
戦災復興で受けた犠牲を、俺のせいにされてたまるか!!
俺だからこそこの程度で済んだのだ!!
あとは誰に任せるというのだ!! 誰がここまでやれる!? この先ができる!?
俺が神であるべきなのだ。俺こそが神なのだ。
それが理解できぬ低能どもは死んだほうがいい。いいや死ぬべきだ!!
つぅまぁりぃぃいいいーーーーっ・・・!!
それはぁ、人などというものは滅ぶべきだということだぁああっ!!
以前も魂の橋で聞・か・せ・て・や・っ・た・ろ・う。
骸で埋め尽くされた絶望の荒野で! 完全なる! 神である俺だけが君臨するっ!!
それこそがこの大陸の正義の姿なのだぁっ!!」
「・・・狂っている」
誰かがぼそりと呟いた。
だが、それに同意したものばかりでもなかった。
奪われたものを取り戻す形の戦は、本当にそれを成すのに長い年月がかかる。
戦とは起こすだけで恐ろしい程の糧が消えてゆくのだ。
かつてあった豊かな生活を始められるようになるまでに、志半ばで命を落とす者たちは出てくる。しかし、戦が終わっているのに、愛する者が死ぬ理不尽は、戦以上に口惜しいだろう。
それを引き受けるものが必要だった。
ハーディンは、皇帝となればその苦難を受けるとわかっていただろう。それでもニーナに選ばれたことを希望に、その身を捧げたのだ。
なのに、彼女の心には別の人間がいた。
その苦しみの全く分からぬものばかりではない。
「やめろ」
そのマルスの言葉は、誰に向けたものか。
ハーディンとも取れた。そのそしりの声の主へのものとも取れた。
「うおおおおおおおおっ!!!!」
光のオーブを携えたマルスは、闇のオーブを持つその手を目掛けて切りつけた。
闇のオーブさえ手元から離れれば、元に戻るはずだと思った。
さっき向けられた言葉が、全くの嘘でなくとも、彼がここまで心を歪めたのには、闇のオーブは無関係では無いはずだ。
「ぬるいわあっ!!」
「ぐっ!!」
振り回されたグラディウスの間合いに、マルスは圧倒された。
闇のオーブには全く届かない。立ち上る闇のオーラを少し凪いだだけだ。それもほどなく落ち着きを取り戻してしまう。
「ふん。こんなものか。アンリの子孫とやらも、大したこともない!!
竜どもの争いの生贄にされただけの、哀れな男の系譜よ!!」
ガトーの話によると、違うとは言えない。
ましてや、マルスは直系ではない。アンリは子孫を残さなかったのだから。
マルスは、アリティア軍の中で言えば、無双の強さでは全くない。
しかし、並の達人くらいの力量はあるのだ。
にもかかわらず、光のオーブを持ってさえ、相手になっていない。その事実は驚愕に値した。
「・・・五月蝿い」
シーダとアイシャがマルスを助け起こしている間、ルオが割って入った。
「アイシャ」
差し出した手に、光のオーブが乗せられた。
それは、闇と戦うという意志そのものでもあった。
「そりゃあ、ぼ・・・俺も、同じ目にあったら辛いとは思うよ。あなただけが悪いとは言わないさ。
でも・・・
マルス様は英雄たろうとしたけど、望んだわけじゃない。それでもその務めを果たした。
ニーナ様だって、御立場があった。選ばないわけにはいかなかったんだ。たとえ、自分の思いを押さえつけてでも。あなたを傷つけるかもしれなくても、そうしなきゃならなかった」
ルオは、激昂した。
「みんなが自分勝手なだけだって!?
どこを見て言ってるんだっ!!
誰もが自分の事さえ自由にならないまま、それでも決断してきたんじゃないか!!
少しでも誰かを悲しませないために、勇気づけるために!! それは貴方だってしてきたことで、解ってたはずのことだろ!?」
「小賢しいわ若造がァっ!!!!」
グラディウスから放たれる闇のオーラが、ルオの足元を凪ぐ。
しかし、光のオーブに守られたルオは捕らわれることなく突進する。
「「うおああああああああああっ!!!」」
「ルオっ!!!」
ルオはマルスに習い、腕を狙った。
しかし。
「っ!!?」
グラディウスに捌かれたと思ったメリクルソードは、まっすぐハーディンの心臓を貫いていった。
・
場の空気が、凍った。
思わず引き抜いてしまった刺し傷から、噴水のような血が噴き出す。
「ハーディンっ!!!!!」
マルスが、駆け寄る。
立ちつくす、ルオ。
ハーディンが、倒れ伏したまま、首を傾けてしゃべり始める。
「マルス王子・・・
私は・・・ 己の中の悪魔と戦い続けていた・・・
だが、私は・・・弱すぎた。
その勇者の言うとおりだ。私は確かに苦しんだ。しかし・・・
それを乗り越えていかねばならなかった。
そしてそれは、みな、している事。当たり前のことだった。
その、なんと困難なことか・・・」
「もういい、ハーディン。しゃべるな!!」
「どのみち、もう長くない・・・
ニーナを、救い出してくれ・・・
そして、私はそれでも、このようなことになっても・・・
あなたを、愛していたと・・・」
たった、二年。
アカネイア帝国と、初代にして最後の皇帝、ハーディンが君臨した期間。
まだ、ドルーアとの戦いの傷も癒えぬまま、希望とともに始まったはずの統一国家と王の末路。
「うあああああああああっ・・・・・・」
しゃがみこんで泣き伏すマルス。
「マルス・・・様・・・」
弱々しい声を出すルオ。
絞り出すような声がマルスの口から出てくる。
「最後の斬り結び・・・
ハーディンは自分から刃を受けに行ったように見えた。
あれこそが、彼だったんだと思う。
もう、それしかなかったんだ。きっと。
君は、悪くない」
そうなのかもしれない。
違うかもしれない。
どちらにしろ、取り返しがつかない。
「マルス王子・・・」
「ニーナ・・・様!?」
天幕の後ろから出てきた人影。
やつれたようにも見えない。が、暗い目をした・・・
しかし、確かにニーナ王女だった。
後ろには、マリアやレナ、そしてエリスの姿もあった。
「大義でした。私がファイアーエムブレムをあなたに託した意味、その勅命を汲み取り、ハーディンを見事倒したこと、覚えおきましょう」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、マルスはニーナ王女の心の臟をレイピアで突き刺した。
「マ、マルス様!?」
「かふっ・・・ く、狂ったのですか、マルス王子・・・」
「黙れ。下衆」
その時。
ハーディンの落とした闇のオーブ、そして残りのオーブがファイアーエムブレムに吸い込まれ、紋章の盾が完成した。
同時に、まばゆいばかりの光が溢れ、その光にさらされた姫君達は、暗黒司祭になり果てた。
「な!?」
《おのれ・・・我がまやかしが破られるとは。
それは、封印の紋章の盾か!!
ふん。こうなれば早々にメディウスを復活させ、この大陸ごと滅ぼしてやる。
我が肉体の復活は、それから行えば良いこと》
「ガーネフ・・・貴様かぁっ!!」
《せいぜい足掻くがいい。ふはははははははっ!》
嘲笑を響かせ、ガーネフと暗黒司祭は消え失せた。
「・・・さすがマルス様。あのニーナ様が偽物だとわかっていたのですね」
「・・・半分はね」
「・・・・・・え?」
「・・・偽物だろうと本物だろうと、あのハーディンの最後を見ておきながらあんな言葉を吐くような人間は、仕えるどころか、生かすに値しない。
元々盗賊の末裔だ。切り捨ててなんの問題がある。
貴族とはその血以上に、貴き魂を持つべきだ。
『あれ』は、そうでないと思った。だから斬った・・・ それも、半分だ」
「・・・・・・」
「ハーディンの後ろから漏れ出ていた、瘴気の臭い・・・ それが、生き物らしさを感じさせなかったのも半分さ。アレは『死体みたいなもの』なのが分かった」
友を弄ばれ、別の友にそれを殺させられた。
マルスにとって、それは何よりも許せぬことであったろう。
その場にガトーが着くまでの数分間、マルスの、静かで激しい怒りに、皆一様に息を飲むだけであった。
第20章 暗黒皇帝 終