FE 新・紋章の謎異聞 漂流傭兵 ルオ・ルスペード 作:おかのん
メディウスが滅びた、竜の祭壇の中心部。
次元の歪みが、紋章の盾と共鳴し、修復されてゆく。
「・・・さあ、運命の子よ。始めるぞ」
「お願いします」
「ちょ、ちょっとルオ。これから何が起こるの?」
ことここにいたって、『ルオがしようとしている事』をルオとナギしか理解していないという事実に、やっとルオは気がつく。
「ああ、説明するよ・・・ それと、
・・・ごめん、アイシャ」
「・・・!?」
何に、だろうか。
どうしてもそれは悪い想像を掻き立てる。
ルオにとって自らの世界に戻る事。それは連れて行ってほしいと言ったアイシャにとって、異世界に行くという事だ。
異世界でうまくそちらになじめない問題に直面した時、その歪みはルオに向かうのは容易に想像できた。それを厭うなら、気が変わって、『やっぱりお互いの世界を離れるのはよくない』と、置いていかれる事はありうる。
それはアイシャのためを思っての答えであるなら、ルオらしくもあるのだ。
・・・しかし。
謝罪のその理由は、全く別の所にあった。
「俺はもう、帰れないかもしれない。アイシャにこれだけ協力してもらっておいて、勝手だけど・・・
でも俺は、こうしたい」
「・・・・・・!?」
そこで、術式が整った。
ナギの声が・・・
世界に響いた。
『この大陸におる勇者たちよ。英雄戦争に関わりし兵(つわもの)どもよ。目を閉じよ。思いをはせよ。この戦いの意味と、失われた命に。
親か。子か。兄か。姉か。友か。師か。
我は神である。願いを聞こう。
黄泉の国よりの門を開こう。声を我まで届かせて見せろ。
失われてはならぬ者と自ら証を立てよ。その思いの深さこそが証。
聞こう!!』
「「「!!!!!!!!」」」
「まさか・・・」
「・・・次元の力の方向を、その歪みが戻る時にさらにねじ曲げる事で、ナギさんは、すでにおこってしまった『運命』に干渉する事が出来るんだって」
「ア・・・アカシックレコードの改変っ!? まさに・・・神!!」
「『改変』じゃないんだ。あくまで方向を変える形。でも・・・ 死んだ人のその原因までさかのぼって、それをいじれば、『死ななかった今』に変えてしまえる。
何人救えるかわからない。ナギさんが言うにはやれて十数人。だから・・・
その基準として、この世界が『救いたい』と思っている・・・つまり、生きていてほしかったと思う人が多い人、または思いの強い人からって事にしてもらった」
聞いてしまえば、いかにもルオらしかった。
そして。
「・・・その『次元の』力を・・・ 歪みが元に戻る時の力をそんな風に使ったら、ルオ!!」
「うん。俺が元の世界に戻るだけの力が残らないかもしれない」
「それで、いいの!? だって・・・」
「こんな風になってしまったこの世界をほうって戻れば、きっと後悔する。だったら、こうしたほうがいいさ」
そうだ。ルオは・・・
いつだって、放ってなんか置けないって思う人だった。
そして。
答えが降り注ぐ。
・
惜しまれた青年がいた。
カダインの術師、エルレーン。
マリクと肩を並べて研鑽の日々を生きた、しかしつまらぬ嫉妬で身を滅ぼした男。
「・・・ここは・・・」
彼が目を覚ましたのは祭壇であった。
マリクとの戦いとアリティア軍との抗争。それに敗れてから数ヵ月。
「どういう・・・ことだ・・・」
「エルレェーン!!」
扉を開け放ち、そこに現れたのは、ウェンデル司祭であった。
愛弟子に駆け寄り、涙する。
「・・・先生」
「おお、おお。神よ、感謝いたします・・・!!」
「わたしは、どうなったのですか」
「神が、お前を惜しんで下さったのだ。一度の過ちで、お前という存在が失われる事をだ。
お前は自分が平民の出である事を口惜しく思っていたな。だが・・・ そんなことに何の意味がある。貴族とはな、そもそもその土地を支配した才ある者が、その地位を一族が継ぎ続ける為に、自らを貴いのだと言いだしただけの事。
先ほど神が私に・・・世界中の人間にお告げをなされた。『先の戦争で失われた者を思え、幾ばくかの者に再び生を与える』と。
お前は、選ばれたのだ。もう一度この世にあるべきだと、神がお認めになったのだ・・・!」
ウェンデルは、こんこんと説いた。
いかにエルレーンに期待していたか、自分が貴族でないと恥じる必要などない事や、その思いにとらわれる事が身を滅ぼした、ガーネフという悪霊の話。マリクとの争いのおり、その言葉が間に合わなかった後悔。エルレーンを失った途方もないつらさ。
どんなに、お前を愛していたか、と。
(ああ、そうか)
エルレーンは悟った。自分が何をしたのか。
人は常に平等などではない。だが、その事で自らを恥じたりする必要はなかった。
俺を『貴い』と。『尊い』と思ってくれる人はいるのだ。
それが、自分を今まで磨いてきた結果だというなら、自らになんら恥じる事がないのだ。
ならば、マリクに抱いて、怒りに駆られたあの思いは何だったのか。
それこそ恥じねばならぬ事だ。
「・・・申し訳ありませんでした。先生・・・・・・!」
少なくとも、この人にこんな思いをさせてまで貫くべきものだったかと問われれば、断じて否であった。
・
「・・・にいさま!!」
「あ・・・兄上!? これは・・・
ナギ殿・・・!!」
アイオテの再来、ミシェイルはそこにいた。父を殺して覇を唱え、妹達を救うために命を落とした王は、今一度の生を受けた。
「・・・フ。なんとも格好のつかぬ話だ。もうすでに俺の存在など、たんに火種としかならぬというのに・・・っと!!」
「「にいさまっ・・・!!」」
妹二人が抱きつく。
分かりあえた途端に、失ってしまった最愛の兄。それが再び、目の前にいる。
「にいさま、無事だったのね!!
ガーネフと戦っていたから、とても心配していたけれど・・・」
「ああああっ・・・うああああああーっ」
まるでミネルバの方が幼い子供のように泣きじゃくった。
無理もなかった。幼いマリアをこれから守っていかねばという思いと、最愛の兄を眼の前で失った事実。
その重圧を解く奇跡が、おこったのだから。
誰もがそれぞれに辛い戦いをしてきた。そしてこれからも辛さからは逃れられぬかと思っていた。
どうにもならない事だらけだった。でも。
お互いがお互いを思う強さは、神に届いた。
「なあ、妹達よ。これからは、お前達の思う通りにしろ。
俺は俺の思う通りにしようとした。結果俺には何もなくなってしまった。いや・・・
お前達が残ってくれた。
マケドニアは今、アリティアの者達と、パオラ他マケドニアの勇者達が共に治めているというが、何も問題ないらしい。
驕る貴族どものみでも、他国の者どもだけでもなく、共にやれているという。王がおらぬでもな。
俺はお前達と共にいよう。先の事は分からぬが、それでも・・・
しばらくはそうさせてくれ」
ミシェイルらしくない言葉であった。だが。
泣くミネルバには、覇王も勝てぬという事かもしれない。
それを見て微笑むマリアはまさに、聖母のようであった。
・
その姿は確かに彼だった。
しかし、しかし・・・
「ロレン・・・ス!?」
ユベロの前に現れたのは、ロレンスではあった。しかし、それは魂だけであった。
『・・・王子。私はあのころすでに、癒えぬ病を患っておりました。この戦いが約一年。その間に、天に召される運命だったのでしょう。かの術で変わる運命は、どうやら戦で途切れる運命のみ。私は二つの死の運命を持っており、戦の方のくびきを逃れても、病の方でどの道死する運命であったようです』
「そんな・・・」
ならばあの時、病魔に侵された身でありながら、勝ち目のないクーデターに蜂起したというのか。
そうさせたのはとりもなおさず、グルニアの弱さとラングの非道さだ。
『しかし、今一度この魂をこの世に取り戻したおかげで、また王子に会えました。こんなうれしい事はありませぬ。
しかもこの短い間に、シリウスという臣下、マルス王子達という良き友を得て、何より王子自身、本当にお強くなられた。わしがこの身をささげてそれでも行く末を案じたグルニアに、いまや希望と笑顔が満ち溢れている。
この老骨が思い残す事は本当にありませぬ』
「うん」
声は震えていた。
本当ならすがりついて泣きたかった。
でも、彼にその体もなければ、今はそういう時ではない。
あの時果たせなかった、本当の別れをするのだ。彼の心の臟を剣が貫く音を聞いただけの、自分のいない所ですべての終わってしまうあの別れではなく。生き抜き、戦い抜いた臣下を送り、お前の理想さえ俺が叶えて見せると、そう誓う王の晴れやかなる儀式。
泣かない。泣けないんじゃなく、絶対に涙は見せない。
必要な時には、己を律する事の出来る王となる。その証に。
「・・・今までの働き、見事であった。ロレンス」
その言葉に、ロレンスは反射的に膝を折る。
その事実こそが、ロレンスを心から安堵させた。
『もったいなきお言葉。 ・・・王子、私は見ておりました。ラングを倒した日の決意を。我が国の民を害する者に、怒るのだと。
シリウスに教えていただきましたな。自らの抱く恐怖よりも、愛する者を失う事の方がより怖い。失わぬためには、強くあらねばならぬと。そして誰もがそう思っておる以上、出来うる事ならば共に理解しあって、仲良くあらねばと』
「うん。それは理想だ。
信じるに足る、この身を賭して貫くに値する理想だ」
『心のままにありましょう。その御心が貴きものである為の全ては民の幸せにつながりましょう。
ユミナ姫君やオグマ殿、シリウスにもよろしくお願いいたします。
・・・グルニア王に、良い土産話が出来ますよ』
「さらばだ」
光の粒となって消えてゆくロレンスを、ユベロは凛々しい瞳のままで見つめ続けた。
マリーシアがそっとその胸で抱きとめるまで、彼は泣かなかった。
・
彼女は。
薄暗い通路の向こうから、ただ現れた。
「ちょっと、いつまで呆けてんのよ。相変わらずのグズね」
「だっ て・・・」
「ええと・・・誰だよこの美少女。カタリナ、知り合いなのか? 紹介してくれ」
「彼女は、クライネ。私の義理の妹です。クライネ、彼は・・・」
「ルークでしょ。近衛隊の一人の」
「暁の聖騎士、ルークだ! (キラン)」
((申し訳ないけどうざい))
それは確かにクライネだった。腕も元に戻っている。
「事情は分かってんでしょ、神さまが生き返らせてくれたんですってよ」
誰かに強く望まれた結果だ。そして、英雄戦争に関わった者たちの中で、クライネを思い浮かべる存在はごく限られる。それでもクライネがここにいるという事は、その願いがどれだけ強かったかという事でもある。
つまらなそうに眼をそらすクライネだが、その頬はほんのりと赤い。
「クライネ」
「! ・・・ま、このあたしがアレで終わりってのも、ちょっとね」
「ええ、そうです。そんなの、イヤです・・・」
抱きしめた妹の柔らかさ。包み込んでくれる姉の温かさ。
そして、その強気な瞳ににじんだ涙を見て、ルークの心は貫かれた。
「唐突だが、惚れたぜ。付き合ってくれ」
「は? ・・・あたし? 何ゆってんのあんた」
「る、ルーク?」
クライネを見つめるルークは本気の目である。
「あたし元暗殺団よ?」
「乗り越えるまでもなく俺には関係ない」
「今あったばっかじゃん」
「愛に時間はいらねえ」
「あたしがあんたをなんとも思ってないつってんのよ。むしろ今現在の会話で不信感がつのってんだけど」
「惚れさせて見せるさ」
「あんた騎士でしょ? 孤児上がりの暗殺者に惚れて、おうちの事はどーすんのよ」
「欠片も未練はねえ」
「あんた自分が何言ってるか分かってんの!?」
「君さえそばにいてくれるなら、俺の幸せは決まってるんだ。なら俺のこれからのすべては、君に捧げるぜ。今を逃せば、君には二度と会えない事ぐらいわかるさ。だから、俺は何も惜しまない」
「・・・あたしのどこを、そこまで気に入ったワケ?」
まだクライネの瞳に残る涙を指ですくい、微笑むルーク。
「暁の光を受ける月は、身も心も美しくあるべきなんだぜ?」
「・・・・・・ アイネ、こいつは馬鹿なの?」
「そうですね。でも、ルークは誰にも卑屈にならないし、だれも見下さない。馬鹿かもしれないけれど、愚か者ではありません。
彼に愛されてみるのも、いいかもしれませんよ?」
カタリナは知っている。クライネは誰も寄せ付けないような態度を取りながら、実は常に誰かに愛して欲しいと思っている。
だから実は、引く事を知らないルークのような男の方が相性がいいのだ。
「なんか、拒むのも面倒だし・・・いいわ。ただし、あたしがあんたに惚れるのなんて期待しても無駄だと思うわよ」
「言ったろ? 俺は君を照らしていれば満足な暁の光さ。(キラン)それに、君もすぐにわかると思うぜ。惚れられるよりも惚れたほうが幸せなんだ。まあかく言う俺も、君に出会うまで思いもしなかったけど」
そう言って手を取り、甲に口づけをする。
「・・・マジで馬鹿じゃね? あんた」
などと言いながら、クライネは手を振り払おうとはしない。
「それよりアイネ、あたし、起きた時にあんたらとあの人を同時に見つけたんだけどさ」
示された先にいたのは、一人の女司祭だった。
・
「エレミヤ様っ・・・・・・!!」
「あ・・・アイ、ネ?」
その瞳に灯がともる。そして・・・走馬灯のように駆け巡る、目の前の二人に・・・いや、無数の愛すべき子供達に施した仕打ちの数々。
「うあああああああああああああああーーっ・・・・!!!」
「エレミヤ様、しっかりして下さい!! エレミヤ様!!」
そんな事は出来ない。
全て覚えているのだ。そのすべてが自分の心を抉る。
「あれは、ガーネフがさせた事です。エレミヤ様が望んだ事じゃない。エレミヤ様のせいじゃない!!!」
「愛していたの。生きていてほしかったの。幸せを感じてほしかったの。
だって、せっかくそばにいたのに。けれど、なのに・・・!!」
クライネが生き返ったのだ。エレミヤが復活してもおかしくない。しかし、エレミヤにとって再びの生は、尽きる事のない苦しみの反芻に他ならなかった。
「私は、私は・・・!!」
「エレミヤ様、私はガーネフに同化しかけた時に、本当の事を知りました。エレミヤ様が、ガーネフに操られていた事、本心じゃなかった事。
ガーネフは倒されました。もう・・・終わったんです」
言ってはみる。しかし・・・
それが真実でない事も分かっている。
「何も、終わってはいないわ・・・」
「そうね」
「・・・クライネ!」
カタリナも分かってはいる。けれど、それを責めるのは残酷だ。
「だって、私とこの人は運よく生き返れたみたいだけど、他はそういうわけにもいかないわ。
そもそも、思いや願いの強い順に十数人でしょ。ローローも『特定の』ローローがいなかった分、無理だったみたいだし、他にも惜しまれてる人はいたんだもの。私達はさすがにこれ以上は望めない。あの数百人を超える暗殺団、訓練で使い物にならなくなった千数百。それだけの人間が、犠牲になってるのよ。なあなあで済ませる話でいいの?」
その通りだ。その通りではある。だけど。
「けどよ」
そこに口をはさんだのは、ルークだった。
「それ、やっぱりしょうがねえよ。なあなあはよくねえけど、追求しても誰も幸せにならねえよ。
この人は自覚してるんだろ? なら後は、償うしかねえんじゃねえの?」
「・・・どういう事よ」
「・・・俺はさ、ずっと兄貴の予備だった。騎士になるのは兄貴に決まってて、俺はいつだって二の次だった。けど・・・
兄貴が治る見込みのない怪我をして、俺がなる事になった。ふざけんなって思ったぜ。俺はずっと俺だったのに、周りの都合で俺の価値が変えられたんだ。俺の意志も全部無視で。
だから俺は、試験を受けた。俺は俺の力を示して、なりたかったものになるって。そう決めたから。
この人が操られてした事は酷い事で、それがこの人のせいじゃなくて、それでもこの人が辛いのは構わねえよ。でも、泣き叫んでも今は変わらねえ。
少なくともその結果、カタリナはガーネフを倒す力の一つになって、悲劇を終わらせたぜ。
その為の犠牲としてめでたしっていうんじゃねえけど、良くも悪くも結果は出てる。もう終わってる。
あんたらが生き返った事、もうさすがに取り返しのつかない事もひっくるめて、どんどん過去になってる。
つまり何が言いたいかっつーとさ。
俺達は平等じゃねえし、世の中はいつも誰かの思惑で動いていて、どうするかは自分で決めなきゃダメだってことだ」
その言葉は、三人にとって衝撃だった。
エレミヤの言いなりだった二人と、ガーネフに『どうすればよかったのか』などと問うたために、この地獄を自ら生み出す事となったエレミヤ。
「そうです。私達は・・・ 自分で決めていくべきなんです。
ルオは、一人きりでこの世界に放り出されてからずっと、誰かに助けられて、導かれながらでもそれでも、自分で決めてきた。私にもそうしろって、ずっと言ってくれていました」
「・・・エレミヤ様、私・・・そうしてくれていたころの・・・ あたし達の事、ただ幸せにしたいって微笑んでいてくれていてた時、間違いなく幸せだった。エレミヤ様が、『自分で決めてそうしてた』頃、間違いなく救われてたよ」
「力を手に入れるってことも、本当はするべきでした。今ならそう思います。どこかで役に立てる何者かにならなければ、やっぱり生きてなんていけない、幸せになんてなれない」
エレミヤは茫然としていた。ただ愛していただけの時の方が『救えていたそれ』が確かにあった。あの苦しみと間違いだらけの中で、立派に育った二人の娘がいた。
それは愛そうとしたすべてではない。しかし確かにエレミヤが愛した娘たちだ。
自分などよりも早く、この子たちは立ちあがった。
「ふぇぇぇええええええええええ~・・・・・・」
エレミヤは、泣きだした。
罪と、後悔と、苦しみにまみれて。
まだ何も片付いていないのに。
それでもエレミヤは、愛する二人の娘に抱きしめられながら。
子供のように、泣けたのだ。
ルークは結果的に、一つ嘘をついたことになる。
泣いても何も変わらないと彼は言った。
そんな事はない。
きっと、少しだけすっきりして。
もう一度立ち上がるきっかけになる。
・
それは、ロレンスと同じだった。
ハーディンの肉体が復活する事はなかった。
その魂だけが、ニーナの元に現れる。
「ハーディン・・・どうして・・・!?
あなたの事・・・詫びたかったのに。強く、願ったのに・・・!!」
それは嘘ではなかった。ニーナの願いは途方もなかった。少なくとも、救われる十数人に漏れる事はなかったくらいには。
しかし。
恨む声が多すぎた。彼のせいで死に追いやられた者を思う声は、彼の復活を願わなかった。彼の本当の魂の声など、その怨嗟の思いに届くわけもない。そしてなにより・・・
彼の体は、ボロボロになっていた。
『私の体は、とうに限界を超えていたのです。闇に囚われて、その上で闇の力をふるうのならば問題はない。しかし、闇にあらがう思いを持ちながら闇の力を使い続ければ、その歪みは肉体にたまり、蝕んでゆく。
マルス王子達に倒された時、私は灰となって消えてもおかしくない程だったのです』
それは。
なんという精神か。
ハーディンだからこそ、この戦乱はこの程度で済んだと言えなくもない。
ガーネフはまさに魔王となり、世を滅ぼしかねない、人を恨む竜を復活させようとした。
しかし、ハーディンは最初から皇帝という世界の王でありながらも、半年ほどはまともな統治をしていたのだ。彼の長い長い孤独な戦いの激しさとはいかばかりだったろうか。
「ああ、ああ・・・ごめんなさい、ハーディン・・・」
『いえ、やはりこれは私の弱さが生んだ事なのです。貴方の心が私にない事に、私は絶望した。しかし、私はだからと言って、他の女性を抱こうという気にはなれなかった。それは、私を迎えながらも、思い人を忘れられなかった貴方と同じように。
何より、貴方とかの男の思いとて、一朝一夕の物ではなかった。ならば、私もあきらめることなどなかったのです。
先の事など分からない。貴方が私の心に触れ、心変わりする可能性がなかったわけでもなかった。
何より、私に身をまかせた後で、貴方の心がやはり私にないと知れば、私はさらなる絶望に駆られ、闇にあらがう事など出来なかった。
私を愛していない以上、私に身をまかすわけにはいかないという貴方の思いこそ、私を押しとどめたのです』
ごまかしながら生きる為にそうする者は当然にいる。その方が楽であるし、そのすべてを責める事も出来ない。
なればこそ、譲らぬその思いは、貴いともいえた。
『私は貴方を愛していた。それを後悔していない。そして・・・
貴方の心に、私はいる。私の望む形でではもうなりえないけど、貴方にとって私が、取るに足らない者などではないだけでも。
何より、私の望みは・・・ 貴方を手に入れる事ではない。貴方の幸せだ。それを与えられる者が私でないことや、私がどうにかできる願いでなかった事はさびしく思ったけれど。願ったのは、それなのだ。
幸せであってくれ。私の愛した姫よ』
「ハーディン・・・・・・!!」
何度かの騎士のことを忘れ、この人と生きていこうと思ったか。何一つも不満などなかった。敬愛してさえいた英雄だった。
あの人でない。それだけしか理由などなかった。
きっと、きっと幸せになれた。してくれた筈だ。
それでも、本人にさえどうにもならぬのが恋心というものだ。
『幸せに』
「ハーディィイイイン・・・!!!」
愛した女性に、抱え持つ真実を話せたのが、その女性の望みによるものであった事。
運命を変える途方もない願いを、自分に向けてくれたこと。
ハーディンは、満たされて逝った。
たった一年強の帝国歴は。
今度こそ潰えた。
・
もう一度出会いなおすような物語が、そこかしこで紡がれる。
その先の未来を見つめる為の別れが、そこにある。
そして。
「ルオよ。残念であるが、後はお前と同じように『歪み』に巻き込まれてこちらに来た者達で、命を失った者を救うので精いっぱいであるな」
「・・・そうですか」
「そして、お主の願いは叶わぬ」
「はい」
その時。
ズンッ!!!!!!!!!!
「なっ!!?」
「『次元震』であるの。もう、運命を変える事は出来ぬようである。そして、運命の子との別れであるな」
「・・・は?」
「歪みの力を使いきってしまったのだ。そして歪みが直るという事は、元に戻るという事。しかも歪みの力をいくらか使ったために、全く元に戻るというわけにもいかぬ」
「ごめんなさい分かりやすく結論だけお願いします」
「ルオは別の次元に飛ばされる上に元の次元に戻れるかどうかわからぬ」
「「うえええええええええ!!!!?」」
寝耳に水である。
「結局俺ここにはいられなくなるんですか!?」
「むしろ次元の力を一人で使っておればとどまれたやも知れぬ」
願いがかなわないというのはそういう意味もあったのだ。
ズンッ!!!!!!!!!!
「うわっ!!!!!」
次元震が落ち着くまで、数分。
唐突な別れまで、あとわずか。
ズンッ!!!!!!!!!
「うわあぁッ!!?」
次元震は間隔を狭めていた。
もういつ次元の歪みが修復されるか分からなくなっている。
「では、息災でな。運命の子よ」
「は、はい・・・」
もう帰れないと思っていた。
それでもずっとここにいるというのなら、アイシャやマルスと共にいれるのなら、それもいいかもと思っていたのに。
・・・ここにもいられなくなるなんて。
それでも後悔はしていなかった。幸い、心残りになるような不幸や後悔は、いくらかは解決できたのだ。
「ルオっ!!」
「・・・マルス様」
「・・・ありがとう。僕がこの戦いを乗り越えられたのは、君がいたおかげだ。
世の人は、僕に分かりやすい立場が・・・ 『アンリの末裔』という事実があるから、僕の通ってきた戦いの勝利は、全て僕が成した事のように語られている。でもそれは、おかしいと思う。君という、もう一人の英雄がいた事を、皆に認めてもらいたい」
ルオは、その言葉に、困ったような顔を浮かべる。
「いえ、むしろ今の方がちょうどいいですよ。
これから先、マルス様のお立場はもっと大きくなってしまう。その時に、皆に話を聞いてもらうには、英雄が英雄たり過ぎるという事はない筈です」
「でも、それでは・・・」
「どのみち、俺はここにいられなくなるみたいだし、俺に名声は意味がありません。だったら、マルス様の役に立ってほしいです。
共に戦った仲間と、マルス様が覚えていて下さるなら、それで十分です」
確かにそうだった。
元いた世界にも帰れず、ここにとどまる事も出来ないのだ。
「・・・ばくは、君こそが英雄だと思うよ」
「あはは」
もっと語っていたかったけれど。
「タレルオ!!」「隊長!!」「ルオ!!」「ルオさん!!」
近衛隊のメンバーや、他の仲間達の声を聞いているだけで、その時が来てしまった。
「・・・それ」
「きゃ・・・な、何!? なんですかナギさん!?」
アイシャの眼帯に、ナギの指が触れる。
「眼帯を外してみるといい」
すると。
その奥には、瞳があった。
赤と紫のまじりあった、竜のような瞳。
「あ・・・」
「アイシャ、目が・・・」
「余った力が少しだけあったのでの。オッドアイになってしまうが、ないよりよいであろ」
「「あ、ありがとうございます!!」」
目を治すという目的も、果たされたと言えるだろう。
もとより不可能と思えた事だ。これ以上を望むアイシャでもない。
「で・・・娘。聞いた通り、運命の子の行く先は、かの子の元の世界ですらない。
それでも、行くのか? 共に」
「勿論です」
アイシャはルオの腕をとる。
ルオのいた世界では、どうしてもアイシャは足手まといになってしまうと思っていた。
しかし、お互いに初めてのどこかなら、きっと助けあっていける。
何より、離れたくなどない。理由なんて、それだけでいい。
ズンッ!!!!
ズンッ!!!!!
ズンッ!!!
ズンッ!!! ズンッ!!! ズンッ!! ズン!ズンズンッ!
ズンズンズンズンズン・・・・・・
光に包まれ、同時に歪んでゆく二人。
「みんな、 さよなら!!」
「「「「ルオーーーーーッ!!!」」」」
シュガァァアアアアアアア・・・・・・
ズゥゥゥゥゥウゥウ・・・ン
そこには。
紋章の盾が静かにたたずんでいた。
それが動かされた事が全ての始まりだ。
ならば、そんな事はもう起きない方がいい。たとえ、あの英雄にもう二度と会えなくなっても。
会う事のない筈の英雄だったのだ。けれど、会えた事に後悔などない。
きっと、どんな事でもそうなのだ。失敗や過ちさえも、それを乗り越える事で誰かを助ける力になれたりする。もう二度と繰り返さないという誓いが、もっと大きな何かを導いたりする。
立ち向かったのなら、それは未来につながっていくのだ。
・・・そして。
・・・・・・そして。
続く