お正月企画三題噺シリーズ・アドヴァンスドサード   作:ルシエド

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お題は「左翔太郎」「野生児」「ブラックウォーグレイモン」
BLACK to BLACK

 黒っぽいやつに好かれやすいマン、左翔太郎。


ガイアメモリ×ガイアフォース

 ブラックウォーグレイモン。

 元は暗黒の海に存在し、デジモンの進化を抑制し、洗脳の力を中継・伝搬させる電波塔のような役割を果たしていた『ダークタワー』から作り出されたデジモンだ。

 定義次第では人形であるとも、生命ではないとも言える。

 だが確固たる意志を持ち、一体のデジモンとして確かに世界に生きたデジモンである。

 

 その背には、ウォーグレイモンにあった勇気の紋章がない。

 ウォーグレイモンにはいたパートナーもいない。

 けれども彼は生きていた。

 デジモンと人間の世界で、確かに生きていたのだ。

 

 強者との戦いのみを求め、けれども最後にそれ以外の願いを得たブラックウォーグレイモンは、子供達のために人柱となる結末を選んだ。

 戦うこと以外に何も無かった自分に、それ以外の何かができた……そこに不思議な気持ちを抱きながら、ウォーグレイモンは消えていった。

 

 そして、消えて、次に目を開けた時。

 

「お前、どっから入ってきたんだ?」

 

 ブラックウォーグレイモンは、風都の街を守る探偵事務所・鳴海探偵事務所の壁に寄り掛かるようにして、『左翔太郎』に話しかけられていた。

 

 

 

 

 

 ブラックウォーグレイモンが経緯を説明しても、イマイチ噛み合わず。

 左翔太郎がこの街の説明をしても、イマイチ噛み合わず。

 噛み合わないまま、翔太郎は納得していた。

 

「どっかの平行世界から迷い込んだんじゃね? よくあることだろ」

 

「よくあることなのか……? 人間にはよくあることなのか……?」

 

「仮面ライダーにはよくあることだ。しっかし、お前名前長いな」

 

 翔太郎はブラックウォーグレイモンに対し『なんだこいつ』と思い、ブラックウォーグレイモンは翔太郎に対して『なんだこいつ』と思った。

 

「あだ名で、グレ男でいいだろ。グレてるしな」

 

「……グレてるだと? 俺が?」

 

「グレてるわけじゃねえのか? そんな印象受けたんだが」

 

「……広義で言えば確かに、俺は人間の言う"グレてる"に入るのかもしれんが……」

 

「じゃあ当座はグレ男でいいな。いいか?」

 

「呼び名など、どうでもいい」

 

「行くところねえなら、とりあえずはここにいてもいいぞ。……っと、依頼人か」

 

 今日もまた誰かが、事務所のドアを叩く。

 事件の予感に、翔太郎は身だしなみを整えた。

 ドアを開き入って来たのは、若い女性。

 名は青山唯。

 以前、ミュージアムの後継としてメモリを売り捌こうとしていた若者チーム『EXE』の一件で、翔太郎に依頼をした子供・青山晶の姉その人である。

 

「おう、いらっしゃい。久しぶりだな」

 

「どうもこんにちわ翔太郎さなんかいるううううう!?」

 

「こいつはグレ男。気にすんな、バイトみたいなもんだ」

 

「ば、バイトですか……またなんかすごい人来たんですね……」

 

 唯がジロジロとブラックウォーグレイモンを見る。

 ブラックウォーグレイモンは目を閉じ、腕を組み、事務所の片隅で静かに佇んでいた。

 

「翔太郎さんって真っ黒なものならなんだって好きなんですか……?」

 

「いや、黒は嫌いじゃねえがその言い方は誤解があるだろ!」

 

 彼女は翔太郎が仮面ライダージョーカーに変身したところを見ている。

 つまり、翔太郎が仮面ライダーなことも、翔太郎が変身するジョーカーが黒染めの仮面ライダーであることも知っている。

 なので、ブラックウォーグレイモンを見て真っ先に思ったのは、"そういう趣味なんだろうか"であった。

 

「で、依頼だろ? 何があったんだ」

 

「最近、街で記憶を失う人が続出してるんです」

 

「記憶?」

 

「私の知り合いにも、記憶を失った人がいて……

 記憶を全部失って、猿みたいな野生児になってしまいました。

 それだけじゃないんです。

 抜け落ちた記憶が質量を持ったみたいに、街に突然現れてるんです」

 

「記憶の欠落に、記憶の出現か……こいつは調べないとヤベえ案件かもな」

 

「お願いします。この不思議な現象をどうか解決して、私の知り合いも助けてあげてください」

 

「オーケー、レディ」

 

 翔太郎は席を立ち、壁にかけた黒帽子を選び、被る。

 

「グレ男、お前も手伝え。事務所に置いてやってんだ、そのくらいはいいだろ」

 

「わかった。どうせ他にすることもない」

 

「あ、本当にバイトさんだったんですね……」

 

 白シャツ、黒ジャケット、赤ネクタイ、黒帽子の翔太郎と、黒ずくめのブラックウォーグレイモンが出立する。

 

 青年探偵と探偵デジモンという世にも奇妙なコンビが、風都の平和を守るべく歩き出した。

 

 

 

 

 

 まず翔太郎が向かったのは警察署。

 そこには翔太郎と同じ仮面ライダーで、同じく不可思議な事件を解決する警察官、照井竜がいるからだ。

 まずは警察の情報を求めつつ、街に迫る危機の認識の共有。

 常道である。

 

 ところが翔太郎に事情を説明され、ブラックウォーグレイモンを見た照井の反応は、まるで善良な殺人鬼井坂を見てしまったような反応だった。

 つまり、"自分の目を疑っている"。

 

「左、お前黒が好きすぎじゃないか」

 

「特にそういう理由なわけじゃねえってんだよ!」

 

 しかも同じことをまた言われる始末。

 警察では不審者の目撃情報が得られたものの、それ以上の収穫はなし。

 ただし、不可思議な事件が起こっているという噂は、確かに警察に伝えることができた。

 

「まあいい。こっちでも話を回しておこう」

 

「助かるぜ、照井」

 

「フィリップはまだ戻ってないのか?」

 

「ま、すぐ戻って来るさ。あんま遠出する用件でもねえしな」

 

 警察からの帰り道、ブラックウォーグレイモンは翔太郎に問いかけた。

 

「ショータロー。フィリップとはなんだ」

 

「俺の相棒さ。今はちょっと、興味持ったことのせいで県外まで出てっちまってる」

 

「相棒、か」

 

「ま、気にすんな。俺達だけでささっと事件を解決しちまおうぜ」

 

「事件の解決の仕方というのが、オレには分からない」

 

「俺の言うことを聞いてりゃ問題ねえよ。ん? あれ、なんだ?」

 

「子供だ。小学生くらいの子供が集まり、木に登った猫を見上げているな。分からないのか?」

 

「いやそれは見りゃ分かるわ!」

 

「あ、翔ちゃんだ!」

「助けて翔ちゃん!」

「あの猫ちゃん、木の上に上がって降りられなくなっちゃったの!」

 

「なんだと? よっしゃ任せろ、俺が木を登って……」

 

「いや、こんなつまらんことにそんなリスクを背負うな。下がっていろ」

 

 落ちることも恐れず、子供達のために木を登ろうとする翔太郎を手で制し、ブラックウォーグレイモンはさらっと飛んで木上の猫を拾い上げた。

 だがその"猫をあまり心配していない雑な手つき"に、翔太郎はちょっとヒヤリとした。

 

「そっと手に乗せて、そっと降りて、そっと降ろせ。そっとだぞグレ男」

 

「こうか」

 

「そう、そんな感じだ。いいぞグレ男」

 

 そして、ちゃんと言えば猫を優しく扱ってくれたブラックウォーグレイモンに、露骨にホッとしていた。

 ブラックウォーグレイモンの手で、優しく猫が地面に下ろされる。

 その背中を、翔太郎がバンバン叩いた。

 

「やるじゃねえかグレ男! お前飛べるんだな!」

 

「こんな些細なことで……」

 

「些細じゃねえさ。ほら、見ろよ」

 

 猫を助けてくれたブラックウォーグレイモンの周りに、子供達が集まってくる。

 ブラックウォーグレイモンは自分の両手に付いた鋭い爪が子供達を傷付けないよう、半ば反射的に両手を上げていた。

 

「ありがとー!」

「ありがと!」

「黒いお兄ちゃんありがとう!」

 

「決して無価値じゃねえ。そうだろ?」

 

「……」

 

 笑いかける翔太郎と目を合わせないようにして、ブラックウォーグレイモンは子供達に背を向け去っていく。

 

「オレには推し量れないものだ」

 

「ったく、素直じゃねえな」

 

 その後を追う翔太郎。

 

 子供達のお願いを聞いて猫を助けるのは、『探偵の仕事』ではない。

 

 けれども、『風都の探偵の役目』ではある。そういうものだった。

 

 

 

 

 

 情報屋から情報を買い、街の人気者や顔が広い女子高生などから聞き込みを行う。

 そうやって翔太郎は情報を集めていく。

 ブラックウォーグレイモンは感心していた。

 一度死を迎えるまでの短い人生の中で、こういった人間の努力を見たことはなかったからだ。

 

 情報を集めて組み立てていく翔太郎の捜査過程を、ブラックウォーグレイモンはずっとその横で見つめていた。

 

「翔太郎、お前は黒が好きなのか? 町の住民が度々言ってるが」

 

「黒帽子被る時が多いだけだ! つかグレ男まで言ってんじゃねえ!」

 

「それで、何か分かったのか? ショータロー」

 

「結構な数が被害になってる……らしい。

 らしいってのは、よく分かってねえからだな。

 記憶を失うって言っても、朝飯の内容を忘れただけとかも多い……

 記憶の具現化も、朝飯がまた出てきたとか、そのレベルのも多いわけだ」

 

「この街ではそれが異常事態じゃないのか?」

 

「異常事態なんだが……ビルが溶けたり人が死ぬのにも、街の皆が慣れちまったからな……」

 

「何かがおかしいんじゃないのか、それは」

 

「人間っぽくないお前に言われるとちょっと胸に来るものがあるわ」

 

 風都は随分と平和になった。

 だが、全ての悪が消えたわけでもない。

 "仮面ライダーが必要とされている街"であるということは、そういうことだ。

 

「だが、見ていてオレも大体分かった。探偵とは、人を助ける者のことなんだろう?」

 

「まあ、大まかにはそれで間違ってねえかもな」

 

「つまり、ショータローのような人間のことだ」

 

「へへっ、嬉しいこと言ってくれるじゃねえか。

 俺もこの街の涙を拭う探偵だ。半端はやれねえさ」

 

 と。

 その時。

 一人の老婆が、横断歩道の途中で膝をついてしまう。

 そこに来る、トラックの居眠り運転。

 翔太郎は周囲の人間の誰よりも速く気付き、誰よりも速く助けるべく駆け出していた。

 

(間に合わねえ!)

 

 だが、間に合わない。

 翔太郎は間に合わない。

 されど、"お婆さんを助けようとする"翔太郎の意を、横に居た彼はきっちり汲んだ。

 

 翔太郎が一歩を踏み込んだ瞬間には、彼は翼を広げ飛び上がり。

 ほんの一秒か二秒の間に、車に轢かれそうになっていたお婆さんをその場から救出していた。

 

 翔太郎が助けに行こうとして初めて助けようと考えた、とも言える。

 周りの真似をしなければ何が善行なのかよく分からない、とも言える。

 されども、結果を見れば善行であることに疑いはなかった。

 

 冷や汗を拭う翔太郎のそばに駆け寄る、女性の影が一つ。

 

「翔太郎くん!」

 

 鳴海探偵事務所の所長、亜樹子だ。

 亜樹子が翔太郎に駆け寄るのと同時、ブラックウォーグレイモンもまた、翔太郎の横にお婆さんを抱えて降りてくる。

 

「おう亜樹子。間一髪だったぜ、このグレ男のおかげだ」

 

「そうなんだーって何これ!? ドーパント!?」

 

「違う違う。うちの……バイトみたいなやつだな」

 

「え!? ちょっと! 所長に無断でバイトってどういうことよ!」

 

「まあまあ、いいじゃねえか」

 

「もー」

 

 『もー』で済ませていいのか? ブラックウォーグレイモンは訝しんだ。

 自分レベルの異形に対し、ナチュラルに街の人間が見慣れたような反応を示すので、ブラックウォーグレイモンは段々と自分の中の常識を疑いつつあった。

 亜樹子がブラックウォーグレイモンをじっと見る。

 

「翔太郎くん、黒好きすぎじゃない?」

 

「もうその話はいいんだよ!」

 

 そうしてブラックウォーグレイモンは気付く。

 自分の異形に対する反応より、左翔太郎の黒好きに言及されることの方が圧倒的に多い。

 つまり、ブラックウォーグレイモンよりも、左翔太郎の方が興味を持たれている!

 この街がいかに"普通"からズレているのか、そして左翔太郎が街の住民からいかに愛されているのか、それを思い知らされた気分であった。

 

「グレ男、その婆さんを病院に連れて行ってやってくれ」

 

「病院? それはどこだ。オレには分からん。

 ショータロー、オレの右腕に乗れ。左腕でこの老婆を抱えていく」

 

「うおっ、まさかの提案……わかった、任せろ」

 

「ねえ翔太郎くん、この人……人? 何?

 ジョーカーメモリの擬人化?

 とうとうメモリと相性良すぎてメモリが進化しちゃったの?

 付喪神みたいな?

 ジョーカーメモリ凄くないそれ!? ねえねえ翔太郎くん、どうなの!?」

 

「あーもううるせーな亜樹子!

 後で説明してやるから今は行かせろ! 急患だろこの婆ちゃん」

 

「へーい」

 

「ごめんなさいねえ、この老体がだらしないばっかりに……」

 

 ブラックウォーグレイモンが婆さんと翔太郎を抱えて飛び上がり、翔太郎の指示した方向へと飛んで行く。

 空のブラックウォーグレイモンを見ても、大した騒ぎにはならない。

 恐竜が空を飛ぶ。

 バイクが空を飛ぶ。

 そのくらいは日常的にあるのがこの風都という街である。

 たかがブラックウォーグレイモンが飛んでいたくらいで騒ぐ住民など、いるはずもない。

 

 翔太郎の前で変顔をしていた亜樹子の存在も、ブラックウォーグレイモンからすれば理解不能な何かだった。

 

「あんなにやかましい女もいるのか。人間ってのはどういう種族なんだ?」

 

「あれはなんだ、特別だ。人間の平均値計算する時にいれるとノイズになるやつ」

 

「ノイズか……変な顔をしてたな」

 

「あの変顔は例外として覚えとけ。他のレディは……まあ亜樹子よりはレディしてるだろ」

 

 そういうものなのか。

 

 ブラックウォーグレイモンは深く考えることを諦めた。

 

 

 

 

 

 捜査は進む。

 人助けを適度に挟みながらの捜査は余計な時間がかかっているようで、助けた人間から翔太郎が情報を得ていくため、何故か全く遅延が発生していなかった。

 一つ一つ情報を得て、至るべき場所へと近付いて行く。

 

 かくして翔太郎とグレ男は、地道な現地調査の果てに、街で密かに暗躍していた怪しい男の一人を捕縛することに成功していた。

 

「お前、財団Xだな」

 

「か、仮面ライダー……!」

 

 『仮面ライダー』。

 その独特の響きが、何故かブラックウォーグレイモンの耳に長く残った。

 だが、ブラックウォーグレイモンが気にしたのは、翔太郎が口にした組織名の方。

 

「ショータロー。財団Xとはなんだ」

 

「倒すべきワルって奴だ。こいつらの企みが、街を泣かせてやがる」

 

「倒すべきワル、か」

 

 翔太郎は最初からアタリを付けていた様子。

 そしてその勘はドンピシャであったようだ。

 財団X。

 世界を股にかける、死の商人と呼ぶことすら過小評価となる、恐るべき組織。

 いくつもの仮面ライダー達と戦い、多くの悪の組織を支援し、それぞれの組織の技術を吸い上げ成長し、幾度となく世界を危機に陥れるも、どんな正義の味方でも滅ぼせない大組織。

 風都の仮面ライダーにとっても、宿敵と呼べる存在である。

 

 だが、"倒すべきワル"の一言でまとめられるといえばまとめられる、そんな存在でもあった。

 

 翔太郎は捕まえた男の襟首を掴む。

 男は仮面ライダーという存在を、たいそう恐れているようだ。

 翔太郎が少し脅せば、情報を片っ端から吐いてくれそうな気配はあった。

 

「素直に吐けば、多少は待遇良くなるかもな?

 おい、今回街に何かしてるドーパントのメモリを教えろ」

 

「ふぉ、フォーゲット(Forget)だ。人の記憶を消したり、抜き取ったりできる」

 

「メモリはFか」

 

「メモリの使用者が、長期使用によって特別な個体になってるらしい。

 ハイなんとか、って。

 そいつが使うとメモリの効果が違うんだ。

 抜き取った記憶をそのまま具現化できたり、それ以上のことも……」

 

「!」

 

 記憶を使うドーパント。

 その存在を聞き、翔太郎が思い出したのはかつて戦った『ダミー・ドーパント』であった。

 

 ガイアメモリの怪人・ドーパントは、地球の記憶が封入されたメモリを使うことで人間が変身する怪人である。

 根本が記憶の力だ。

 だからか、他者の記憶やイメージからそれに沿った姿に変身し、能力まで再現する完璧な擬態を行うダミー・ドーパントなど、記憶を使う能力はかなり強力なものであった。

 

 記憶を司るドーパント。

 悪用すれば、いくらでも危険な事件を

 

「そ、そこのそいつもそうだ!」

 

「んだと? グレ男についても何か知ってんのかお前」

 

「ずっと昔のアニメのキャラの記憶を引き抜いて、具現化したんだ!」

 

「―――な、に?」

 

「だ、だから!

 肉体の組成はルナ・ドーパントのマスカレイドと同じだ!

 あれも幻想のメモリの、幻影から作った実体だから!

 記憶なんていう曖昧なものから作った実体だから、そうなるんだ!」

 

 翔太郎が振り向き、ブラックウォーグレイモンの表情を見る。

 人の抜き出した記憶から作られた作り物だと言われても、ブラックウォーグレイモンは特に大きな反応も見せず、淡々としていた。

 翔太郎は、やや焦りを見せながら、男を締め上げさらなる情報を吐かせる。

 

「てめえらの企みの、本丸はどこだ?」

 

「も、もう遅いかも。今日中には『ガイアインパクト』を起こせるって、主任が……」

 

「ガイアインパクトだと!?」

 

「実在と非実在の境界が壊せる……

 地球の記憶、人類の記憶も財団の自由にできる。

 記憶消しちゃえばどんな賢人だって、猿と変わらない野生児だ。

 更に、どんな記憶からでもどんなものでも作れる。ガイアインパクトは、革命だって……」

 

「"財団X流のガイアインパクト"か……フィリップが戻って来るのも待ってられねえな」

 

 ガイアインパクト。

 それはかつて翔太郎が倒した悪が掲げた目標であり、その後、それを受け継いだ後継達が掲げた計画群の名称でもある。

 総じて、世界人口のほとんどが吹っ飛ぶような作戦など、世界全てをひっくり返すような、地球規模のとんでもないことを実現する計画の名称として使われている。

 

 必要な分の情報を吐かせ、翔太郎は男をふんじばって床に転がせる。

 そして、ブラックウォーグレイモンに向き合った。

 ブラックウォーグレイモンは、無機物のタワーから作られ、バグのように人格が発生し、ただの操り人形だと言われ続けたデジモンである。

 作りものであるという自覚など、生まれた時から持っている。

 今の彼は、アニメの中で死んだ存在を再生しただけの、生ける死者と言えるだろう。

 

 真っ当な生命でないことを自覚しながら生きるブラックウォーグレイモンの姿が、何故か、翔太郎の目には、かつて戦った『大道克己』という男のそれと重なって見えた。

 

「なあ、グレ男、その……」

 

「俺の発生過程に興味はない。"お前は作り物だ"と言われることなど、もう慣れた」

 

「……」

 

「だが……お前がしている『探偵』という仕事とやらには、興味がある」

 

「は?」

 

「新鮮だ。お前にとっては日常かもしれんが、オレにとっては未体験のものしかない」

 

 けれど、ブラックウォーグレイモンがそんなことを言い出すものだから。

 翔太郎は、思わず笑ってしまった。

 師から受け継いだ帽子を、深く被り直し、ブラックウォーグレイモンの背を叩く。

 

「お前、探偵向いてるぜ。

 感謝をいい報酬に感じられる奴は、きっと探偵に向いてる奴だ」

 

「感謝をいい報酬に感じられる奴? オレが? 何を言っている」

 

「さっきのお前、ありがとうって言われて、悪い気がしてなかっただろ」

 

「―――」

 

 一瞬虚を突かれた様子を見せたブラックウォーグレイモンだが、すぐに元の様子に戻る。

 

「お前の、気のせいだ」

 

「そうかい。ま、いいか。さっさと事件解決しちまおうぜ」

 

 ブラックウォーグレイモンの目が、翔太郎の背中をじっと見る。

 一度一つの生を生ききったことで、ブラックウォーグレイモンの中から半ば失われていた『生の熱さ』が、彼の内に蘇りつつあった。

 

「ショータローは必要であると思えば、他人の心に踏み込んで行くことを恐れないんだな」

 

「やりたいようにやってるだけさ、俺は」

 

 帽子を指で押し上げ、似合わないニヒルな笑みを浮かべる翔太郎。

 

 ふと、ブラックウォーグレイモンは思い出す。

 

 確かに一つの世界を救った選ばれし子供達が、よく帽子を被っていたことを。

 

 ゴーグルが似合う少年の勇気をよく見ていたブラックウォーグレイモンは、子供達が身に付けていたもののことを、鮮明に記憶に残していた。

 

 

 

 

 

 正義の味方が突き進む限り。

 道を間違えず、正しい方向を目指し続ける限り。

 一歩ずつでも、確かな一歩を繰り返している限り。

 いつかは必ず、彼らは出会う。

 

 救うべき人に。

 倒すべき敵に。

 彼らは必ず巡り合う。

 涙を流す人を救い、人を虐げる悪を倒す、そのために。

 

「仮面ライダー……おのれ、またしても……!」

 

「見つけたぜ。てめえがフォーゲット・ドーパントだな?」

 

「ショータロー。こいつがお前の言う、倒すべきワルか?」

 

「下がってろ」

 

 翔太郎がメモリを構える。

 相対するは街の裏で暗躍していたフォーゲット・ドーパント。

 彼は風都を守る仮面ライダー。

 誰の力を借りずとも、街を守りきる覚悟で戦う戦士。

 

《 JOKER! 》

 

「俺の仕事だ。この街を泣かせるやつは、絶対に許さねえ」

 

 起動したメモリが、差し込まれたドライバーが、左翔太郎を戦士に変える。

 

「変身!」

 

《 JOKER! 》

 

 全身黒塗りの、黒き戦士へと。

 その名はジョーカー。

 仮面ライダージョーカー。

 

 ブラックウォーグレイモンを背後に従え、悪を討つべく駆け出すジョーカーの姿は、黒と黒のコンビゆえによく映えた。

 

 構えるジョーカー。

 グッ、と握られた拳が軋むような音を出す。

 引き絞られた腕が、グググと力を溜め込む。

 仮面ライダーに襲いかかった怪人へと、カウンター気味に叩き込まれた拳の一撃は、子供が見ても"痛そう"と思えるほどに、見事なものだった。

 

「ぐっ」

 

「風都を泣かせる奴は許さねえ。さあ……お前の罪を数えろ!」

 

 ワンテンポで繰り出される早い右ジャブが怪人の顎を打ち、顔に意識を引いた所で、顔を守った怪人の脇腹を狙って左フック。

 いい一撃が脇に入って怪人がよろめいたところに、ジョーカーのアッパーが怪人の顎を強烈に打ち上げた。

 

 流れるような連携。

 シームレスに繋がる連撃は、その全てが怪人のガードの隙間をすり抜けるように放たれる。

 スペックはフォーゲット・ドーパントが完全に上回っていたが、怪人の攻撃は一つも当たらず、仮面ライダーの攻撃は全て当たり、かつ急所へのクリーンヒットが連続している。

 

 スペック差がなければとうに勝負は決まっていたと、そう思えるほどの攻勢だった。

 

 それを見て、ブラックウォーグレイモンは思い出す。

 自分がずっと執着していた『八神太一とウォーグレイモンのコンビ』を思い出す。

 羨むように、ウォーグレイモンに戦いを挑み続けた記憶を思い出す。

 あの頃の自分になくて、相対したウォーグレイモンにはあった何かが、自分が羨んだ何かが、左翔太郎/仮面ライダージョーカーには詰まっている。そんな、気がした。

 

「『ガイアインパクト』は起こる! お前の頑張りは全て無駄だ!」

 

「させるかよ!」

 

「マキシマムドライブの威力は全て計算に入れている!

 風都の仮面ライダーのどの攻撃でも、ガイアインパクト起動装置は破壊不可能だ!」

 

 いくら押しても、守りを固めた怪人をジョーカーは押しきれない。

 更に、黒幕の言が真実であれば、発動間近の極大危険装置は破壊しきれない。

 怪人になっている黒幕が余裕たっぷりに見えることも、その発言が真実であるという最悪の現実の裏付け足り得る。

 

 敵の言うことを全部真に受けるほど翔太郎もバカではないが、彼は勘が鋭いために、その装置を自分が破壊できないことを半ば察しつつあった。

 

「ちっ」

 

 怪人の額を掌底で打ち、蹴りで吹っ飛ばして距離を取る。

 記憶をどうこうするという、財団X流のガイアインパクトを引き起こす装置はもう目に見える位置にあるというのに、それを破壊する手段がない。

 翔太郎は心中で歯噛みした。

 そんな翔太郎の肩に、グレ男が手を置く。

 

「さっきの言葉をお前にそのまま返そう。下がってろ、ショータロー」

 

「お前」

 

「オレがここにいる意味があるのなら、これは俺の仕事であるはずだ」

 

 はっ、と怪人と成った黒幕が笑う。

 

「『ガイアインパクト』は止められ―――」

 

「―――『ガイアフォース』ッ!!」

 

 一瞬。

 一瞬だった。

 たった一瞬で、ブラックウォーグレイモンの両手の間に巨大な火球が形成され、それが一気に巨大化し、投げつけられ―――黒幕が自信満々に自慢していた機械を、飲み込んでいった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()から生まれたブラックウォーグレイモンは、そうして爽快に、いっそ無慈悲なほどに容赦なく、その機械を粉砕した。

 

「なっ……バカな、このパワーは、なんだ……!?」

 

《 JOKER! MAXIMUM DRIVE! 》

 

 一瞬一瞬の判断を間違えるのが二流。

 絶対に間違えないのが一流だ。

 

 予想外の事態を目にして、怪人は呆け、戸惑い、爆発した機械を見た。

 予想外の事態を目にして、仮面ライダーは敵を見て、隙を見て、その隙を突いた。

 ブラックウォーグレイモンのガイアフォースが巻き起こした爆焔の渦の中を、突き抜けるように黒きライダーが飛んで来る。

 その足に、とてつもないエネルギーを集約し、怪人に向けて真っ直ぐに。

 

「『ライダーキック』」

 

 怪人が気付いた時には、もう遅く。

 

 ブラックウォーグレイモンの攻撃着弾からほんの一息の間を置いて、最大の力が込められたライダーキックが、怪人の胸に着弾する。

 

「ぐ―――か―――あああああああッ!!」

 

 かくして、世界を巻き込む最悪の機械は爆散し、数秒後にはその黒幕も爆散し。

 

 奇妙な巡り合わせで出逢った二人の黒いヒーローは、瞬く間に世界を救って見せた。

 

 たった一日だけの奇跡のコンビ。あるはずのなかった共闘であった。

 

「よう、世界を救ったヒーロー。気分はどうだ」

 

 翔太郎が、ブラックウォーグレイモンの背中を軽く叩く。

 

「ありがとうと言われない分、猫を助けた時の方がマシだな」

 

「はっはっは、そりゃいい! 探偵らしい感想で好きだぜ、そういうの」

 

「有象無象を倒しても虚しいだけだ。達成感などない。達成感というのは……」

 

 そこまで言って、ブラックウォーグレイモンはハッとする。

 

「……オレはもしや今、賢くない生き方をしているのか」

 

「良い生き方をしてんだろ」

 

 翔太郎が強くブラックウォーグレイモンの背中を叩き。

 

 ブラックウォーグレイモンは無言のまま、強烈に仮面ライダージョーカーの背中を叩き、しれっと強烈にやり返すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事件は解決した。

 記憶から生み出されたものはそのまま残ったが、記憶を抜き出された人達の頭には記憶が戻り、記憶の抜かれ過ぎで野生児と化した人間も自然と元に戻っていった。

 一件落着、というやつである。

 タイプライターで事件の記録をつけている翔太郎に、グレ男は静かに語りかけた。

 

「お前は、周りの人間に、長所はどこだと言われている?」

 

「あ? そりゃ、このイケメンフェイスとか。

 類まれなる推理力とか。

 ハードボイルドな振る舞いとか、そういうのがな……」

 

「戯言を言えとは言っていないぞ」

 

「たわごとぉ!?」

 

「お前の最たる長所は、戦いの中踏み込む一歩。

 相手の心に踏み込む一歩。お前の一歩には、いつでもどこでも迷いがなかったな」

 

 それは、ブラックウォーグレイモンの目に映った、彼にとっての個人的な左翔太郎への評価の羅列。ハーフボイルドな探偵への、彼なりの賞賛。

 この世界に来て初めて出逢った人間が、何でも許す聖人でもなく、何でも一瞬で解決する万能の人間でもなく、左翔太郎で良かったと、そう思っている彼の、遠回しな感謝でもあった。

 賞賛を、感謝の代わりに使っていた。

 

「ショータローは、勇気の塊だな」

 

「お、おいおい、褒めても何も出やしねえぞ」

 

「今日は世話になった。オレはもう、ここを出て行くことにする」

 

「ん? どうした、どっか行きたいとことか、何かしたいことでもできたのか?」

 

「オレもパートナーを探してみるべきかと、そう思った」

 

「パートナー?」

 

「デジモンには人間のパートナーが必要だ。オレたちは、そういう風に出来ている」

 

 たった一日のコンビ。

 たった一日の共闘。

 それは、ブラックウォーグレイモンの旅立ちにて、終わりを告げようとしていた。

 

「お前がパートナーだったら最良だったんだが……

 左翔太郎には既にパートナーがいるようだからな。なら、他に探すしかないだろう?」

 

「……まーな」

 

 デジモンと人間の関係は、パートナーと表現される。

 人間にとってのデジモン、デジモンにとっての人間。

 相互に大事にし合い、助け合い、高め合うからこそのパートナー。

 なればこそ、左翔太郎はブラックウォーグレイモンに気に入られようとも、ブラックウォーグレイモンのパートナーになれはしない。

 

 左翔太郎が地獄の底まで相乗りするパートナーは、今も昔もずっと一人だけだ。

 

「お前を見習おう。

 お前の『勇気』を。

 一匹のデジモンとして、一人のパートナーを、勇気をもって探しに行こうと思う」

 

「また顔見せろよ。あんま顔見せねえなら、心配するからな」

 

「ああ。この出会いを感謝する、勇気の探偵」

 

 そうして、ブラックウォーグレイモンはどこかへと飛び去っていった。

 

 世界のどこでも、仮面ライダーの活躍する場がある世の中だ。

 

 いつもどこかに、ブラックウォーグレイモンが戦うべき戦場があるだろう。

 

 いつかどこかで、ブラックウォーグレイモンの相棒が見つかることもあるだろう。

 

 タイプライターへの打ち込みを再開した翔太郎がドアの方に視線をやると、客ではなく、ようやく帰って来た相棒が姿を見せる。

 

「ようおかえり、フィリップ。お前がいない間、面白い奴と会ったぜ」

 

 翔太郎の話を聞いた相棒が、興味深そうな顔をした。

 

 長い話になりそうだ、と思った翔太郎は苦笑し。

 

 また会える日を楽しみにして、再会の日に思いを馳せて、瞳を閉じた。

 

 

 




 これにて、終わり。

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