物語の導入部でよくある、意識不明からの覚醒ってやつ。俺の経験から言わせてもらうと、意識が落ちたって自覚は無いし眠っている感じも無かった。
俺の場合は崖からの転落、頭部に強烈な痛みが走って眼の前が真っ暗になった。実際の意識はそこで落ちたのだろうが、俺の感覚では痛みに目をつむっていただけ。じんじんと響く痛みは続いていたし、多少和らいだかなって感じで目を開けたら病室らしき寝台の上よ。つまり、時間の経過が全く感じられなかったんだ。だから状況把握にも時間が必要だったんだけど、それよりも咄嗟に「やべえ、保険証持ってたっけ!?」と叫んだ俺は自分の大声が頭に響いて再び寝台に沈む阿呆だった。
汚い呻き声を上げる俺が落ち着くまでたっぷり五分。頃合いを見計らって差し出された水を何の警戒も無しに受け取って一気飲みできる位には冷静さを取り戻せていた。
此処が何処で、自分が誰で、今まで何をしていたのかを――
◇
その少女は王都フェードラッヘの城下町で一番の人気を誇る飯屋の一人娘として五年前に誕生した。父はいないが商魂逞しいヒューマンの母と祖父母と共に家業を手伝いながら育ってきた彼女は、多少大人びているが勝ち気で少年のような活発さの子供だった。幼い頃から接客業に携わってきたおかげで人付き合いも良く、近所に住む同世代の友人たちは種族隔てなく多い。
その日も手伝いを終えた少女がいつも通り外壁横の馬車停留空き地に向かうと既に集まっていた友人たちが何やらこそこそと話し合っていた。商人の跡取り息子であるハーヴィンのティポルトが街で噂になっている『騎士団の壁外調査』の場所を掴んだというのだ。子供にとって騎士団というのは街で見かける憲兵よりも憧れの強い職種。それが間近で見られるというなら、満場一致で彼らの方針は決まった。
興奮高まる子どもたちは秘密の壁穴へと走り、誰の目もないことを確認してすぐさま外へと駆け出した。十に満たない子供たちではあるが、中でも酒屋の息子であるドラフのダッカは種族の特徴的な体格の良さと配達業務で鍛えられた身体を生かして先頭を買って出る。それを補佐するのが八百屋の娘、エルーンのミリィだ。彼女は自前の畑で度々現れる害獣駆除のお陰か気配に敏感で、魔物が近づけばすぐさま指揮を取り安全な方向へ誘導する。なまじ腕のある子供たちが揃っていたせいか、度々外に出ては小さな冒険を繰り返していた彼らは失敗を経験したことがなかったのだ。今日の遠出もちょっとだけ、こっそり見に行くだけ、彼らはいつも通りの無謀な冒険に危機感を抱くことはなかった。
騎士団が作業をしている現場のすぐ近く、むしろ頭上といってもいい切り立った崖上の森の中。子供たちは規律を乱さず周囲を警戒する騎士団員たちの甲冑や足並みの揃った隊列を見て静かな歓声を上げていた。式典でしかお目にかかれない騎士のかっこよさを堪能したところで、好奇心旺盛な子供たちの視線は流れるように別の物へと移っていった。
「あれ、何だと思う?」
ティポルトが言わずとも全員が頭に疑問符を浮かべていた。それは騎士団に囲まれた崖にめり込むように刺さる巨大な丸い物体だった。調査団らしき学者と共に屈強な騎士たちが壁を削り掘り出しているが、飛び出ている部分だけでも成人ドラフ男性と比較すると何人分に当たるだろうか。
「おっきーい」
「光ってるから鉱石かな」
「表面が反射してるだけかもよ」
「中から地底人が出てくるんだろ?」
「ちょっと押さないでよ!」
「痛っ、あぶねーだろ!?」
子供たちの立ち位置からすれば真下を覗き込むような体勢でないと視界に映せないそれに、自然と彼らの姿勢が前屈みになっていく。我先へと前へ押し出すように詰めていく子供たちはすっかり周囲の警戒を怠っていたのだ。そして足音に気づいたミリィが知らせる前に、背後から怒号が投げつけられた。
「そこにいるのは誰だ!?」
文字通りひっくり返った子供たち。その心情は焦りに満ちていた。見つかった、どうする、逃げよう。思考は一瞬、直ぐ様彼らは駆け出した。自分たちの立ち位置すら忘れて踏み出したその足が、ただ一人、空を切るとも知らずに。
「あっ」
三人が振り返った一瞬、こちらへ向けて手を伸ばしながらゆっくりと後ろに倒れていくティポルトが見えた。
見えた、と少女は確かに感じたのだ。見ただけで、何も考えていなかった。
その証拠に、反射的に伸ばした手がティポルトの手を掴んでいても、少女にはどうすることも出来なかった。
崖下へと遠ざかる手を掴んだからといって、少女には回避する頭脳も身体能力もなく、自らも共に落ちていくだけ。
それなのに少女は――俺は、安堵していた。
後はそのまま落っこちて頭ドカーンのお星様よ。我ながらよく生きてたものだ。
隣の寝台に寝かされているハーヴィンの友人も五体満足そうだし、俺もこの程度の怪我で済んでよかったと喜ぶべきか。未だに痛む頭部を擦りつつ、傍らに佇む俺の相棒へと視線を合わせる。
「久しぶり、アイ。元気にしてた?」
ヒューマンの成人女性を外装に形作った相棒が、恭しく礼を取る。生前の趣味全開で作った綺麗系の美女はスラリとしたモデル体型でセミロングの銀髪をサラリと揺らすスーツ姿が様になっている。変わらない忠誠に、よくもまあ性別までも違う今の俺を
「保険証とか、懐かしい単語使ったなー……何年ぶりだ?」
『マスターが接続を切られる大凡二千年前までは把握しておりますが、それ以降は分かりかねます』
「待って、俺の聞き間違い?」
自分の耳が正しければ、千年単位で物事を測っていなかったか? 期待を込めて傍らの機械知生命体を見ても、表情の変わらないアンドロイドである相棒は淡々と同じ言葉を繰り返すのみ。マジかよ……。
頭を抱えてまた唸りだした俺をじっと見つめる相棒が、不調を疑う。
「強いて言えば頭を打ったせいか、たんこぶができたみたいに痛い……」
『頭部損傷は確認されておりません。記憶障害かと推測します。再度施術をされますか』
「……せじゅつ?」
『施術内容はマスターの残された記憶の転写になります。麻酔を投与後、頭部へのスキャンを施』
「もおおおおおそれ以上はいい!! 聞きたくない!!」
『イエス、マスター』
「というか、俺の意思を無視して何でそんな危ないことしちゃってるわけ!?」
『私がマスター以外の命令に従うことはありません』
「ですよねーってことは俺かあああああ!」
過去の俺、爆発しろ。
とまあ、後悔したところで仕方がない。むしろ始まらない。今やるべきことは?
「状況の整理だ。
古戦場予選お疲れ様でした。本戦も頑張ろうぜ。