あれから一ヶ月が経った。記憶が戻ったからといって、特別何か変わったかといえば……まあ俺自身は変わったけど。俺の生活に大きな変化があったわけではない。家業の食堂を手伝う毎日は恙無く続いているし、むしろ魔法を取得したおかげで子どもながら出来ることが増えたせいか忙しない。ぶっちゃけ俺が出来すぎて仕事量が倍ドンである。といっても姿は子どもの俺がホールで歩き回るには身体が小さすぎて無意味、主に裏方の仕事をこなす日々だ。今日も朝から何百食の準備をしたことやら。
そして現在、うちの食堂ではお昼のランチ戦争中である。
「日替わりBあと五皿です!」
「Aも追加ください!」
「出来上がってんのが見えねえのか!? とっとと持ってけ!」
「配膳遅いよ誰かフォロー入って!」
これでも城下で一番大きな食堂、そして人気を誇ると自負している訳だが、それにしたってここ最近の繁盛さは異常である。満席は当たり前で外の入り口横には長蛇の列が並ぶ毎日だ。営業時間中は竈の番人と化する俺に店内は見えないが、厨房の奥まで客の喧騒が届くのだからそれだけ人が密集しているのだろう。
「女将さんっ、圧倒的人手不足!」
「そんなの見りゃわかってんだよ、口より手を動かしな!」
「明日からうちの妹連れてくるんで雇ってもらっていいですか!?」
「何人でもこい! 他にも暇な家族がいたら連れてきな!!」
徴兵される家族には可哀想だが、その分の見返りはあるので安心してほしい。うちは今給金弾んでるからな。美味しい賄いもつくよ。
本日の日替わりはロールキャベツとチーズグラタンでございます。単品でも無料でパンを一個サービス、セットにするとスープとサラダが追加。大盛りはやってませんので二人前買ってね。日本じゃありえないけど、この世界の人たちは大食漢が多いから成人男性だと余裕で二人前食べていく人が多い。日替わりABセットが一番人気です。四人前食べていく猛者もたまに見かけるな。おそろしや。
どちらかというと男性客の比率が高いお昼時はやはり肉に勝敗が上がる。ラストオーダーまであと一時間だけど、ロールキャベツの残りが三十を切りそうなので早めに切り上げよう。
「キャシーさん手が空いたら今外に並んでいる人たちに明日の優先券を渡してきてもらっていいですか?」
「了解っ、クローズの札もかけてきます!」
ホールスタッフの中で一番若手のドラフ女性に声をかければ、即座に走り去っていく。たわわなメロンが揺れないその走法、まさに歴戦の伝令役ってところかな。感心していると件の彼女がトンボ返りで戻ってきた。それもかなり焦りながら。
どうしたと声を掛ける暇もない今は誰も相手にできない。唯一手の空いている俺じゃ何の力にもなれないのは解りきっている。ごめんな幼女で。何もしないのも気が引けるので、丁度ホールから戻ってきた母親を捕まえてキャシーさんを指差す。以心伝心って程じゃないけど、意を組んでくれた母親は何も言わずに向かってくれた。
「あのあのあの、今騎士団の人が外に……」
「はぁ!?」
内緒話をするように母親の耳元に手を当てたキャシーさんに視線を当てていた俺は、相棒の自動フォーカスが入るので小声でもバッチリ聞こえました。はいはい、俺のお客さんだね。ちょうどオーダーもストップしたところだし、竈から離れても問題ないかな。同じ裏方業務のスタッフに一応声を掛けてからエプロンを脱ぐ。裏口から外に出て店の入口へ回ると、すでに母親とパーシヴァルが対面しているではないか。
「稼ぎ時に邪魔をしてすまない」
「とんでもございません。うちに騎士様が一体何の御用でございましょう?」
「一つ確認したいことがある。ここの女将の娘はヒューマンの女児で間違いないだろうか?」
それ犯罪者の身柄確保とかで聞くやつー! 悪い予感しかしない言い方に、母親の鋭い眼が一気に俺を貫いた。
「あんた一体なにやらかした!?」
「ご飯奢る約束しただけだよ!」
本当かと視線で問われる。嘘は言っていない。暫し母娘で無言の睨み合いが続いたが、納得した母親が折れて溜息を吐いた。
「娘が何かご迷惑をお掛けしたのでしょう。申し訳ありません、よろしければうちで昼食をお召し上がりください」
綺麗な七十五度のお辞儀をする母親に困惑するパーシヴァルだったが、その後ろで俺が口元に人差し指を添えて手招きすると観念したように店へ入ってきた。
騎士が入ってきたことで店内がざわつく。そんな衆人環視の中で食事をしても味なんてわかるまい。うちのご飯は美味しいんだから、ちゃんと味わってもらわないとな。
ということで、ディナータイムでしか使わない個室部屋へご案内。無言で後ろをついてくるパーシヴァルを四人掛けの席へ着かせて、すぐにカトラリーを並べていく。ランチタイムは日本で言う食堂形式だから本当はこういうサービスは無いんだけど、今回は特別。
「今日はロールキャベツとチーズグラタンなんだけど、どっちがいい?」
「……」
「わかった、適当に持ってくるよ」
怪しんでいるのは当然だとしても、此処まで来たなら返事くらいしてくれてもいいのに。まあいいけどさ。厨房へ走ってABセットとグラタンを少なめに盛った別皿をトレーに乗せ、パーシヴァルの元へ戻る。途中で母親が挨拶に行こうとしていたのが見えたけど、ご飯食べ終わったら呼ぶからと言えば納得して接客に戻っていった。食事中に訪ねるのは失礼に当たると思ってくれたのだろう。
個室の扉を開けたらぎょっとした顔で腰を上げたパーシヴァルが見えた。大人でも大変な量を危なげなく運ぶ俺に驚いたかな。見た目はただの幼女だもんな。難なくテーブルへ配膳していくのをソワソワしながら見ている様子に、警戒心はどうしたと言ってやりたい。
二人分の食事を準備し終えたら、俺も向かい合うように座って手を合わせる。料理に手をつけずこちらを伺うばかりのパーシヴァルを気にもせず自分のグラタンを頬張った。美味い。今日のホワイトソースも完璧だ。何百人分のソースを何時間も練って作り上げた俺の腕の筋繊維は今甦った。はー、幸せ。
熱々のチーズを伸ばしては匙にかぶりつく。食事に夢中な俺はすっかり客人のことを忘れていた。いい加減痺れを切らしたパーシヴァルが苛立ち気に口を開いた。
「お前と対峙した後、俺は城の医務室で目が覚めた。部下は皆、口を揃えて帰還中に俺が倒れたのだと言う。その時にはもう調査団の解散は決定していた。対象の遺物が消失していた、誰もがこの目で見たと……全てお前の言う通りになっていた」
だろうね。大方予想通りなのと、こちらの知り得ていた情報とも相違ない。優秀な相棒にかかれば聖晶獣対策の一切無い城なんて鍵のかかってない家も同然。潜入盗聴し放題、どこぞの貴族が鬘だったなんて要らない情報まで耳に届いた。
「日を改めて騎士団で捜索したが遺物は発見できず、その後も遺物に関しては一切の情報が途絶えた」
無駄骨を折ったようでお疲れさま。あの日は街の傍まで戦艦を移動したけど、今は安全な島を見つけたのでそちらに移動済み。騎士団には悪いが絶対に見つからないと断言できる。場所さえ登録すれば私はいつでも転移可能なので問題ない。こんな便利な技術を何で空の民は継承しなかったのだろうな。実に勿体無い。
などと思考を広げていた俺はパーシヴァルの目からは上の空に映ったことだろう。
「嘘偽り無く答えろ――お前の目的は何だ?」
ここまで話して何の反応も見せない俺に眉間の皺を深くしたパーシヴァルが怒気を含んだ声で尚も問い詰める。
「返答次第では……」
「店内の人間を人質にでもするつもり?」
ピクリと眉が動いたのがわかりやすく見えた。それに俺は口角を上げて匙置く。今度こそしっかりと相手の目を見て口を開いた。
「一ヶ月も経ってから接触しに来たってことは、私のことも大方調べ済みでしょう。私が至って普通の子どもで、家族が大好きってことも。そして、人質に取れると踏んだから態々この時間に店にやってきた」
当たってるかな? と笑顔で問えば言葉が喉に詰まっている様子。清廉潔白な騎士様に酷なことを聞いちゃったかな。
パーシヴァルのことだ、予め独自に調査して
「ねえ、貴方には私がどう見える?」
「……どう、とは」
「さっき食事を運んできた時、心配そうに見守る貴方からは私がただの子どもに見えていたんでしょ? というか、調べている時もそうとしか見えなかった。だから直接話して、何の問題もなければこれで終わろう。そう結論を出したから会いに来たんじゃないのかな」
「その様な推論に至るお前をどうやってただの子どもに見ろと?」
「ははっ、まったくもってその通りだ」
笑い飛ばす俺とは反対に、頭を抱えて溜息を吐くパーシヴァル。さすがイケメン、憂い顔も格好いいとかズルイな。悩みすぎて円形脱毛症になってしまえ。
『頭髪除毛の呪いをかけますか』
モテない元メンズの僻みです本気にしないでください……。
『呪いを掛けなくてもすでに衰弱しておりますが』
あー確かに、目元にうっすら隈できてるじゃん。騎士の仕事もあるのに私のことまで調べたらそりゃ寝る時間を削るしかないわな。可哀想にと思ったけど、そもそも俺のせいだったわ。謝罪の意味も込めて回復魔法でも掛けておくか。予備動作なしだとまた斬り掛かられそうだから、わかりやすいようにしておこう。
「ちょっと手出して」
「……」
「大丈夫、悪いようにはしないよ。この前もそうだったでしょ?」
この前も、と言った途端に渋い顔をされたが、観念して左手を伸ばしてきた。利き手じゃない点にまだ警戒心を感じるけど、確実に絆されてますな。うわ幼女強すぎない? 外見補正ってすげーわ。
手を取ってから回復魔法を行使。一瞬の奇跡に驚く暇は与えない。害を与える魔法じゃないってことはすぐに判ったのだろう、睨みが呆れに変わったのを見てまた俺は笑った。
「お前は魔女なのか?」
「なるほど、そうきたか」
それよりも! ちょっと騎士様、うちのご飯に一切手をつけないなんて言語道断。一口食べれば目が飛び出る美味さがわかるというのに。特に俺が苦労して練ったホワイトソースは絶品だぞ。これまでの質疑応答で無害だと判断しただろう、さあ遠慮せず!
期待を込めてじーっと上目遣いで見つめる。幼女の渾身の一撃に勝るものなし。パーシヴァルは恐る恐る匙を握って料理を口へ運んだ。しっかりと咀嚼して飲み込むまで見届けて俺は満足。味がわかれば後は残さず食べてもらえる自信があるからな。
匙を使う手は止まらなくなったが、眉間の皺はそのままのパーシヴァルは納得がいかないとはっきり顔に書いてある。
「魔女でないならお前は一体何なのだ」
「五年前にフェードラッヘで生まれてこの城下街で育った食堂の娘だよ」
「解りきった答えは求めていない」
「それ以外だと、そうだなあ……」
転生者? 異世界人? どれもこれも信用度の足りないものばかりだ。もはや存在そのものが嘘くさいんだよな、自分で言って悲しいけど。んー……当たり障りのないものでいうと。
「過去と未来がちょっとだけわかる、とか」
「やはり魔女ではないか」
「違うんだけどなー」
「魔女ならば先日の件も星の
そういえば魔女は未来を変えないとかありましたね。でも俺は魔女じゃないから未来視なんて出来ない。俺が知っているのはただの知識だ。
未来を、これから続く俺の人生は好きに生きると決めている。
「ねえパーシヴァル、お父君はまだ存命かい?」
問いかけに即座、テーブルナイフで俺に斬りかかったパーシヴァルはその腕を伸ばした状態で静止する。大声も上げられると困るので口も塞いじゃおうね。こちらへ前のめりで身を出しているパーシヴァルの唇を優しく指でなぞる。目だけはしっかりと射殺さんばかりに睨んできているが、二回目なのでそこまで怖くない。
敢えて呼んでいなかった名を口に出した。それはお前を知っているぞと暗に含んだとも取れる。ウェールズか、はたまた父親か。自分の記憶だけ残したのもそっちが狙いとか思ったのかな。そんな深く考えてやったつもりは無かったけど、結果的に上手く事が運んだのも確かだ。
ウェールズでは幽世に関する研究が城の地下で行われていたはずだ。それはパーシヴァルの父親から長兄アグロヴァルまで継がれ、後に破壊される。パーシヴァルがフェードラッヘに居る今ならまだ研究室は存命しているに違いない。
てっきりもう死んでいるかと思っていたが、この反応を見るからに生きているらしい。よかった、それなら間に合いそうだ。
「近々ウェールズのお城に忍び込む予定だから」
記憶を得た俺には一つの目的があった。それは、ルシファーと再会すること。とりあえず一発殴るのは当たり前として、俺の失った管理者権限だが新たな管理者として登録し直す唯一奥の手が存在する。その為には創造主であるルシファーの認証が必要なのだ。おかげで関わりたくもない主人公たちとの接触も必須、となるとパンデモニウムも然り。覇空戦争を知らない今の俺では赴けない場所だ。行けないなら、場所を知っている現地民を喚べばいい。
関連書籍を手に入れるついでに、アグロヴァルが後を継ぐ前に負の遺産も片付けておこうという善意です。泥棒したくないから奉仕活動で釣り合い取ろうとか思ってないよ。ほんとだぞ。
「ふふ、安心しなよ。って言っても信用できないよね。これ前回と全く同じパターンだし」
ニコニコと眺めるだけの俺にやがて諦めたのだろう、視線から敵意が抜けた。指を一振りして拘束を解く。
解いた瞬間にまた襲いかかるかとも思ったが、予想は外れ、座り直しておとなしく食事を再開し始めた。表情は険しいままだけど。さっきので確実に敵わないと理解したかな。
「次の休みっていつ?」
「……」
「返事がないならこの後すぐに連行しちゃうけど」
「……七日後が非番だ」
「前日の勤務は何時に終わる?」
「夕刻には宿舎に戻っている。……貴様、何を企んでいる?」
「なら六日後の夜中、北門近くの噴水広場に集合ね」
今度は一体何だと怒鳴りだしそうな口を先制して魔法で押し留めて私は笑う。
「こっそり出てきてね。急な里帰りとか知られたくないでしょう?」
今日で四象終了ですね。作者はクロム鉱取り尽くせませんでした。ショップのヒッヒは交換し終わってるので問題ないのですが悔しいです。イベントは20時終了ですのでミッションは昼休み中に頑張ろうと思います。