いつかルシファーを一発殴るために   作:ぱせり

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『報告。対象が合流地点へ移動を開始しました。到着予想時刻は三十分後です』

 ペンを握る手を止めて、俺は現時刻を確認するも未だ日付すら越えていない。約束は夜中と曖昧な表現をしたが、それでも人目を避けるには早すぎる。城下は人口密度が格段に高い。田舎や地方とは違い街の明かりは朝まで灯っているし、寝静まる時間も相応に遅い。

 騎士団の宿舎を抜け出すタイミングが今しか無かったか、それとも私が子どもだからと気を使ってくれたのか。……いや、無いな。あれだけ人外感を出しておいて今更まともな子ども扱いをしてくれるはずがない。

 とりあえず俺も出るかと、時間潰しに纏めていた日報を片付ける。最近の売上増加に比例して仕入と経費の項目も増える一方、事務処理を担当していた祖母の手が回らなくなってしまった。把握漏れも多く見兼ねて俺が手伝ってからは何故か俺の担当となり、毎夜風呂上がりに机と向き合う生活だ。確実に子どもの仕事量じゃないぞと不満はあるが、適材適所なので不本意だが受け入れている。

 丁度筆記用具をしまい終わった時、控えめに部屋の扉を叩く音がした。相棒から事前に母親が向かってきていると知らされていた俺は躊躇いなく訪問者を迎える。

「明かりがついてるからもしかしてと思ったら、こんな時間まで起きて何してたの?」

「ちょっと事務仕事してた。でも今終わったところだから」

「早く寝なさいよ。今はあんたが店の要なんだ、無理して倒れられでもしたらあっと言う間に閑古鳥さ」

「さすがにそれは言い過ぎ……」

 とも思えない、という続きを無理やり飲み込んで。

 えーと、俺が今掛け持ちしてる仕事が……昼の日替わりメニュー決め、仕込み作業の指示、事務仕事に仕入れ業務等など。風邪でも引いて寝込んだら店終いしそうだ。健康には気をつけようと固く決意する。

「まあ明日お休み貰うし、一日中寝て過ごすつもりだから」

「昼過ぎても起きてこなかったら叩き起こしに行くからね」

「ご飯食べてからもう一回寝直すならいい?」

「グウタラしないで子どもらしく外で遊び回っといで!」

「それじゃあ休みにならないじゃん……」

 おやすみと母親に就寝の挨拶をして扉を閉めた。では宣言通り布団へ、とはいかない。寝巻きから普段着へと手早く着替えてコートも羽織っておく。後は扉へ人避けの術を掛ければ完成。

「登録座標、北門前噴水広場へ転移」

『イエス、マスター』

 

 フェードラッヘは比較的温暖な気候の島だが、それでも夜は冷え込む。暖房設備など殆ど整っていないこの時代、防寒具対策をしっかりしなければ夜半に外出など出来るものではない。

 待ち人が来るまでの時間潰しに俺は噴水の縁で寝そべって夜空を見上げていた。今日は雲一つない快晴。さすが空に浮かぶ島、星が近いのか街灯の明かりにも負けずに輝いている。その輝きに負けない強い赤色が視界に映り込んだ。

「こんばんわ、騎士様。いい夜だね」

 返事はなく、黒い外套を纏ったパーシヴァルが私に手を伸ばした。有り難くそれに捕まり身体を起こす。

「子どもがこんな時間に夜遊びとは感心せんな」

「固いこと言いっこなしだぜ、パーさん」

「誰がパーさんだ」

 背中に付いた砂を払おうと腕を伸ばそうとしたら、それを察したパーシヴァルがささっと優しく払ってくれた。正直この子供の体だと腕の長さが足りない等不便が多いので助かる。

「じゃあ早速、と向かいたいところだけど」

 先にこれを渡しておくね。そう言いながら俺はポケットから金属製だが細身の腕輪を取り出した。

「なんだこれは」

「一言で言えば便利なモノ」

「巫山戯ているのか?」

 馬鹿馬鹿しいと吐き捨てるも素直に腕輪を装着してくれる辺り、実は結構ツンデレだよね。段々パーさんの扱い方がわかってきた気がするよ。基本的に善人だから悪いことじゃなければ聞いてくれるし。

「ほらほら、試しに何でも言ってみてよ」

「そんなことより、これからどうやってウェールズまで行くつもりだ?」

『隠蔽迷彩投影後、ウェールズ領内の安全なポイントへ転移。目的地まで飛翔術で向かう予定です』

 驚いた顔で周囲を見渡すパーシヴァルに俺はにんまりと笑う。俺に言ったつもりが脳内から返答があればそりゃ驚くわな。

「これは一体……遺物か?」

「まあそんなようなものだよ」

 渡した腕輪の正体はこれから隠密行動をする上で絶対に必要となる味方識別の為に俺が船から持ってきたアイの携帯端末だ。現代だと確実に過去の遺物(アーティファクト)扱いされるだろう一品だが、勿論性能に制限はかけてあるので悪用されても問題ない。パーシヴァルに限ってそんなことはしないだろうという信用もある。逆にこんな怪しさ満点のものを拒否らずに身に着けていてくれる確率の方が低いと思っていたのだけど、宛が外れてよかったよかった。

「お前自身が怪しい存在だというのに、渡してくる物がそうでないと?」

「ぐうの音も出ないわ」

「お前を警戒するのも今更すぎる上に、これ以上怪しんだところで何か進展がある訳でもない。それより、いつまで此処にいるつもりだ?」

 そうだった、いつまでも遊んでいる暇はなかったんだ。俺はアイに命じて転移魔法を展開する。パーシヴァルもしっかり範囲に入っているのを確認して、念のために手も繋ぐ。身長差がありすぎてちょっと背伸しないと届かなかったのが悔しい。それを察して屈んでくれたパーシヴァルの優しさが更に腹立たしい。絶賛成長期なのだが今日から毎日牛乳、いやカルシウム食品を食べようと決意した。

『警告。カルシウムの摂取だけでは身長を伸ばすことは不可能です。効率的な成長の促進には――』

「うるさい! たくさん食べて動けば大きくなるだろ!? あとパーさん隠してるけど笑ってんのバレバレだからな!!」

 俺を見ないように首を反らしているが反応で丸わかりである。やり場のない怒りについ癖で地団駄を踏むが深夜に近所迷惑だとパーシヴァルに抱き上げられてしまった。しかも所謂お姫様抱っこである。ので仕方なく硬い甲冑の胸元をポカポカと殴ることにした。精神は大人のつもりだけど、やっぱり子どもの身体に引きずられるんだよな。幸いパーシヴァルは子どもに寛容な方なのか、頭まで撫でられる対応に俺の怒りは羞恥心も合わさって許容量オーバーです。恥ずかしすぎて顔が上げられない。

「お前もそういうところは年相応なのだな」

「……どこからどう見ても幼気な女の子ですぅー」

「不貞腐れても可愛いだけだぞ」

 我ながらこんな生意気な子どものどこに可愛げがあるというのか。本気で言っているのなら眼科に行くことを勧めるぞ。

 そんなやり取りの合間に転移は無事完了していた。アイのアナウンスに顔を上げればもうそこは見慣れた町並みではなく、鬱蒼と茂る森の中だった。魔力の残滓で僅かに周囲は照らされているが、ほぼ暗闇に近いこの場に留まるのは一目で危険とわかる。

「ときにパーさんや、飛翔術の経験は如何程で?」

「有るわけ無いだろう」

「んとね。術式はこっちでやるから難しく考えずに飛ぶイメージをしてみて。おすすめはジャンプしてそのまま上に飛ぶ感じで」

「ふむ、こうか?」

 俺を抱えたままトンと跳躍した彼は、そのまますんなり森の木々を飛び越え上空へと浮上した。人に抱えられて飛ぶなんてこと久々すぎて思わず変な声を上げてしまったわ。せめて飛ぶ前に一言ください。心臓に悪いから、マジで。

「えーと、ウェールズの方角は……」

「ここからだと北だな。このまま向かって問題は?」

「ないよ。強いて言うなら手を離してほしい」

「痛かったか?」

「ちがーう! 私も一人で飛べるの!」

「それならこのままでもいいだろう」

 どうやら離すつもりはないようだ。ムスっとしながらお言葉に甘えてパーシヴァルの身体に凭れ掛かる。先程から俺の反応で遊ぶ悪い大人め。存分にイスの刑に処してやろうぞ。

 垂直立ちよりも僅かに前のめりな体勢でウェールズへと飛び始めたパーシヴァル。その飛翔術に不安定感は一切なく、俺は抱えられた腕の中から景色を楽しむ余裕さえあった。あ、山の中腹辺りに龍脈はっけーん。ふむふむ、資源豊富で中々よさげな環境ではないか。また機会があればじっくりとウェールズも探索したいものだ。

 脳内でアイに場所をマーキングしてもらいながらあちこち視線を向けていると、グンと高度が上がる。山を迂回するよりも飛び越える方が早いと判断したのだろう。そして山を越えた先、視界に飛び込んでくるのは城壁に囲まれた街並み、中心部に位置する城の姿だった。

「あれがパーさんの実家?」

「そうだ。どこに降りればいいんだ?」

「屋内に入れるところがいいな。ていうかさ、なんかパーさん急に警戒心薄くない?」

 普通もっとこう、魔物を相手するみたいに一歩引いた距離から接するものだろうに。この前のやりとり忘れたの? 今から向かうのは貴方の故郷ですよ? 家族に何されるか不安じゃないの?

 俺の疑惑の目線にすっかり眉間の皺が取れたイケメン顔が呆れたようにこちらを向く。

「俺は今夜こっそり里帰りに行く。それだけだろう?」

「それがただの名目だってわかってるくせに」

「だとしてもだ。お前は嘘は言わないし約束も守る。事情はどうであれ、誠実であろうとする姿勢は好ましいものだ」

「……買い被りすぎて後で泣いても知らないよ」

「その時はお前を切るしか無いな」

 勝てっこないってわかってるくせに、よく言うぜ。

 何事も無ければいっそ今日の記憶ごと消して、パーシヴァルには元の生活に戻ってもらうのもいいかもしれない。だがここまできてそれは無理だろうと脳内で鳴る警鐘が告げている。

『警告。蓄積情報(データベース)に存在しない反応を感知』

「敵対反応は?」

『ありません。侵入に問題なしと判断します』

「なら予定変更は無しだ。このまま進む」

『了解。隠蔽状態を維持します』

 このやり取りも端末を渡したパーシヴァルには筒抜けだ。放たれる真横からの威圧に俺は毛穴が広がる感覚を覚える。自分の故郷でこれから確実に何かが起きるとわかった以上、気配が険しくなるのも当然だろう。伝わってくる緊張を解すように、俺は彼の頬へ手を添えた。

「言ったでしょ、安心してって。過程はどうであれ、パーさんの害にはならないよ」

「……不安しか無いが、その言葉を信じるぞ」

「まっかせなさーい!」

俺はぺたんこの胸を叩いて大きくサムズアップして見せた。




お久しぶりです。光古戦場お疲れさまでした。次は風古戦場ですね。毎日グリニキをボコってます。琴落とせェ……。
『000』の後編楽しみです。エンディング次第でプロットががが。

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