IS〈インフィニット・ストラトス〉 剥奪人形の選ぶ道   作:エヴァンジル

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第十話 スタートライン

 

 ――――モグモグモグモグモグモグ……ゴックン。

 

「ごちそーさまでした~」

 響は両手を合わせ食事を終える、その表情は満面の笑みでお腹いっぱい食べた事の何よりの証明と言えた。

「ごめんねみんな~、ごはん運んでもらって~」

「良いって、怪我の事もあるけど三日も寝てたんだ。急に身体を動かさない方が良いからな」

「そうだな、皇は無茶をしすぎる節がある。傷を治す為にしっかり食事を取ら無ければならないとは言えその身体で食堂まで行くには距離がある、傷が悪化しないとはかぎらんしな」

 響が眼を覚ましたのはラウラとの試合からすでに三日経った日の夜だった。

 幸い食堂は閉まっておらず響の悲鳴を聞いて駆けつけた一夏達が食堂から部屋まで響の為に食事を運んでいたのだ。

 一夏と箒は響が食べ終えた食器を部屋の机の上におく、そこにはすでに天井まで達した食器の山がある床にまで置かれていた。

「無事に意識が戻って何よりですけれど……」

「寝起きにこんだけのご飯を食べるってどうなのよ?」 

 セシリアと鈴も代わる代わる両手で持てるだけの食事を運んでいた、十往復した時点で何回行き来したか数えるのを諦めた事を響は知らない。

「食べてなかったのは三日分だよ? これでも一日半くらいの量じゃないかな~……明日も食べられなかった分を取り返さなきゃだね~!」

「食欲があるのは良い事だと思うけど……響、食べ過ぎは身体に毒だからね」

「は~い」

 響の底なしの胃袋と衰えない食欲に苦笑をもらすシャルル、そんな彼女の心を知ってか知らずか響はいつも通りの間延びした声で返事を返す。

「しかし、一体その身体の何処にこれだけの量が入るというのだ……明らかに質量の問題が」

「う~ん、おれにもわからないよ。でも、ボーデヴィッヒさんでも驚くような事なの~?」

 響は向き合うようにベッドのフットボードの位置に座っているラウラに今では定番となってしまった質問を投げかける。

「うむ、この食事の量は明らかにおかしい。我が隊の全員が決死の覚悟で胃袋に詰め込んでもこの域には達しないだろう」

「そっか~、おれの胃袋ってどうなってるんだろうね~」

「一度詳しく調べる必要があるかもしれんな」

「それは嫌だな~、最近は検査とか手当とかばっかりだからね~」

 響はベッドの横にあるサイドテーブルから痛み止めの薬を手に取り水で流し込む。

 粉薬である為、舌を抉るような苦みを感じながらも飲み下し一息つく響。

「ところでボーデヴィッヒさんは身体とか大丈夫なの~?」

「「「「「「………………はぁ~」」」」」」

 その言葉と同時に一夏達はそ揃って呆れたようにため息を溢した。

「ど、どうしたの~?」

「私が言う事ではないがお前といざこざを起こした人物がいるというのにその話題を持ち出すのが食事を終えてから……しかも、身体の事まで気遣うとは普通ではないぞ」

「そ~? 次は気をつけるよ~」

 補足的説明としてはラウラがいたのは食事の最中ではなく響が痛んだ身体を固い床にたたきつけて叫び声を上げた辺りからいた、一夏達と一緒に駆けつけた物のそれ以降も今のように何もなかったように自然な会話を続けこうしてやっとラウラとの間で起きた問題に話が移ったことになる。

「……すまなかった、皇」

 ラウラは椅子から立ち上がり深々と頭を下げた。

「今回の試合も、それより以前のぶしつけな態度と非礼の数々……本当にすまなかった」

「うん、いいよ~」

「「軽っ!」」

 ラウラの今までの非道な行いを考えれば誰しもがそう簡単に許せるような事ではなかった事をされたはずなのだが響は特に怒っている様子はみせず即答で和解の意を述べた。

 その響の反応に驚いた一夏と鈴が素っ頓狂な声をもらす。

「ちょっとちょっと! あんたが一番の被害者なんだからもう少しくらい怒りなさいよ!」

「そうだぞ、少しくらいは怒らないと男っぽくないぞ!」

「そう言う問題じゃないわよ、馬鹿一夏!!」

 鈴は一夏の的外れな指摘に一夏の後頭部めがけて平手を叩きつける。

「そ、そんなこと言われても起きたらボーデヴィッヒさんが一夏達と一緒に来てくれて心配もしてくれたしもういいかな~って……思ったんだけど……駄目……だった?」

「駄目とかという問題ではないと思うが……」

「皇さんは優しいというか、単純というか」

 箒とセシリアも納得しているとは言えない表情を浮かべていた。

「謝罪の意味も込めて私にできる事なら何でもやるつもりだ、遠慮なく言いつけてくれていい」

 ラウラも何かしろ罰を受けなければ引き下がるつもりはないようだが響としては同じ歳の女子、しかもクラスメイトである彼女に無理矢理何かをさせようなどとは思っていない。

(どうしよ~、普通は怒るところなんだろうけど……)

 自分としては試合そのものに負けてしまったもののラウラとの勝負自体には勝つ事ができた。

 つまりラウラが自分に因縁をつけてくるような事態にはならないことが約束されたことになるのだ、そして残っていた問題としては一夏に対する態度だけだったのだがこうして互いに気を許しているような二人を見た時点で全ての問題が解決したと思った。

 思ったのだが……

「ほら、こうして心配してくれたしたくさんご飯も運んできてくれたし、あと謝ってくれたし……おれとしてはもう充分なんだけど~」

 響は困ったような表情を浮かべ全員の顔をチラチラと見る、何とか一夏達が納得するようなちゃんとした答えを返したつもりのようだった。

 そんな響の気持ちをくみ取ったシャルルが援護射撃を行う。

「響らしくて良いんじゃないかな」

「シャルル」

「結局僕達は最後まで見てるだけだったし……当事者である響がボーデヴィッヒさんとの問題を解決したって思ってるなら僕達が言う事は何もないもん」

「ありがと~、シャルル」

「響、お礼を言うのはちょっとおかしいんじゃないかな」

「でも、ありがと~」

 響は場の雰囲気が暗くなるような事にならずにすみホッと一息つく。

「「「「「………………」」」」」

(…………あれ~?)

 一息ついたものの一夏達は浮かない顔で響を見ていた、気まずい雰囲気にならないよう協力してくれていたシャルルも暗い表情を見せていた。

「みんなどうしたの~? そんな暗い顔して」

「あー……その、なんて言うかな」

「……うむ」

 一夏と箒は互いに目配りをしながらラウラを見つめる。

「なんていうかさ、その聞いちゃったのよね」

「……申し開きもありませんわ」

 二人の視線に耐えかねて口を開く鈴、そんな彼女を庇うようにセシリアも会話に加わった。

「聞いたって何を~? それに何で謝ってるの?」

「響……あのね」

「うん」

「僕達、ボーデヴィッヒさんから響の……昔の事聞いちゃったんだ」

「昔の事って……」

 その言葉で響はシャルル達がなぜ浮かない表情を見せているのかがわかった。

 だが、響は暗い表情をするどころかいつも通りの屈託のない笑顔でシャルル達の居心地の悪さを払拭する。

「あー、小さい頃に親に虐待されて捨てられちゃった時の事だね~。それで施設に保護されてその後に今の父さん達に引き取られたんだけど、そこまではもう聞いた~?」

「「「「「「軽っ!!??」」」」」」

「何か予想した通りの反応でおもしろいな~」

 響はにへっと口元を弛め小さく笑う。

 その表情から衝撃的な事実が話されるとは到底思えなかった、響自身が隠していた事でありながらそれをこうも簡単に公にされてはシャルル達は呆気にとられるしかなかった。

「おもしろいな~って……響は何ともないのか?」

「何ともって言われても……、その時の事覚えてないしね~」

「覚えていない? どういう事だ皇……!」

 箒は響の何気ない口調に質問を返してしまった事に気づき慌てて右手で口元を押さえる。

「そんなに気にしなくて良いよ~、とはいっても一夏とシャルルにはほんのちょこっとだけ話しちゃってるんだよ」

「俺達に?」

「……もしかして、転入初日に更衣室でISスーツに着替えたときの事?」

「正解~、あの時に話しても良かったんだけど時間なかったしそれにギクシャクしちゃうかな~って思ったから。そこは同じ『男子』のよしみで許してよ」

「許すも何も怒ってないよ、響には響の事情があったんだし」

「俺もだ」

 シャルルと一夏は静かに頷く。

「それで話の続きなんだけど、覚えてないって言うのは虐待が結構酷かったみたいなんだよね~。おれを見てくれたお医者さんがその時の恐怖心の影響で忘れた……頭の隅に押し込めただったかな? まあ、どっちでも良いんだけど」

 響はにこやかに自分の生い立ちを部屋にいる全員に語っていく。

 響の口から出される重く暗い過去、一夏達もそれぞれ誰にも言えない、言う事ではない問題を抱えてはいるものの響のそれは悲惨さが飛び抜けていた。

 シャルルと一夏が見た響の身体に刻み込まれた様々な傷跡。

 刃物による切り傷、熱による熱傷、打撃による打撲……それら全ての傷跡は子供の頃の事故によるものだと誤魔化したものの実際には実の親から受けた非人道的な虐待の証拠なのだ。

「「「「「「………………」」」」」」

「それで肝心のその時の事を憶えてないからこんな感じに育ったんだ、まあ本当の子供じゃないおれを育ててくれた今の両親のおかげだと思うけどね~……だから、みんながそんな顔する事じゃないよ?」

「それでも……何かできないかって、考えちまうんだよ」

「もしも……ではあるが」

「そうよ、それくらいしても良いでしょう、別に……」

「そうですわ、こうして同じ学舎にいるのですから」

「響は何時だって誰かを心配して助けてくれる……僕達だってそうしたいんだよ」

「……お前の心を傷つけるような事を言った事をこのまま何もせず終わらせる気はない」

 響はまるで自分の事のように悔やんでくれている一夏達の表情に悲しくはなったがその反面嬉しさも感じた、そしてこの嬉しさをちゃんと伝える事ができれば今度こそこの沈みきったこの場の重い空気を改善できると思った。

「う~ん、でも覚えてない事を何時までも気にしてしょうがないし……それに」

「それに?」

 響は腕を組み自分の心を温かく包み込んでくれた日々を思い出す。

 他人である自分をここまで育て上げてくれた両親、その二人の間に生まれた妹、そしてこの学園で出会った掛け替えのない仲間達……。

 それが今の自分を、『皇響』という人間を形作る全てだと思うから……。

「それに、こうして一夏やシャルル達に出会えて今すっごく幸せだよ!」

 響は何の偽りのない緋色の瞳を全員に向ける。

「一夏はどんな大変な目にあっても絶対に自分の信念を貫き通す、だから格好いいし一緒に遊んでくれるし、それにここぞと言うときは頼りになる」

「……何か照れるな」

「篠ノ之さんはちょっと怖いところもあったけどちゃんと周りの事を気遣ってくれてるしそれに間違った事は断固拒否! って姿勢が男のおれでも憧れるもん、あと美人さんだしね~」

「む、そ……そうか」

「凰さんは、いつも元気だよね~。なんか見てるだけで元気を貰ってる気がするし口じゃ馬鹿とか変態とか言うけどなんだかんだ言って心配性な所がある、むーどめーかーだっけ

?」

「そ、そんなつもりはないわよ。あんた達が心配かけさせるんじゃないの!」

「オルコットさんはちゃん目標のために努力を惜しまない頑張り屋さんよ~、あとたくさんお菓子くれるからいい人~」

「お、お菓子はともかく褒められるのは……良いものですわね」

「シャルルはこの学園で一番話しやすいかもだね、雰囲気が優しいって言うか大らかっていうか……ほら、怪我したときはご飯食べさせてくれたしさりげなくフォローもしてくれたし」

「あ、あれは僕も響に助けて貰ってたから。僕も何かしてあげたかったっていうか……」

「ボーデヴィッヒさんは……」

「私もか!?」

「えっ? そうだよ。ボーデヴィッヒさんはちゃんと自分が悪い事をしたなって思ったら謝れるから何が正しいのかって判断できる大人な感じかな~? なかなかいないよ? たった数日で仲が悪かった人達と仲良くなれる人なんて」

「お前が言うなら……そうなんだろうな」

「うん! みんな、おれにない良いところばっかりもってるよね~」

 基本的に身長とこの子供っぽい外見がネックになりかっこつけようとしても決まらないことが多々ある、その点一夏や箒は日本男児に大和撫子という言葉が似合う。

 鈴やセシリア、そしてラウラは女性であるため身長が低くても問題ない、そしてそれぞれが個性的な口調と性格をしているがそれも彼女達の魅力の一部でしかない。

 シャルルに至っては曖昧な感じでしか褒める事ができなかったが異性として十分魅力的な美少女である、男ではない事が知られていたなら堂々と褒めたい所である。

「えっとね~、他にもあるんだよ。えっとえっと~……ちょっと待って、ありすぎて何を言えば良いかな~」

「「「「「「もう良いから!!」」」」」」

「そ~?」

 響はポヤポヤとした表情を浮かべながらシャルル達の長所を答えようとしたが肝心のシャルル達が褒められた事に対して頬を染め照れまくっていた。

「響、お前って照れるって事ないのか?」

「何で~?」

「いや、褒めるのだって結構照れるもんじゃないか?」

「ふ~ん、そういうもんなんだね。おれとしてはそう思ったから喋ったんだけど……今度から気をつけるよ~!」

「別に気をつけなくても良いけどな」

 一夏は自分が言った言葉の意味をわかっていない響に苦笑をもらす。そして箒達は顔を合わせ響に聞こえないよう話し合っていた。

(……皇はわかっていないな)

(そうね、あれは将来絶対女を泣かすわよ)

(確かに、褒めるという行動に全く照れを感じてないようですし)

(あれでは逆に皇をテレさせる女がいるかどうかも気になる)

 この女の園とも言えるIS学園でも響は一夏と並び人気があるのだ。

 それは異性としての人気ではなく弟、もしくは癒し効果のあるマスコットでである。とはいえ異性として思いを寄せているものが全くいないと言うわけではないだろう。

 綺麗なものには綺麗と伝え、可愛いものなら可愛いと愛でる。褒め言葉がストレートであればあるほど年頃の少女としては嬉しいもの、そんな乙女達が集まる場所での響の発言はかなりの影響力がある。

 もしかしたらいずれは『ス、ストライクッ!!』という女子が何時現れてもおかしくないのだ。

「あはは……」

 その事に気づいているシャルルは何とも言えない複雑な表情を浮かべていた。

(はぁ~……篠ノ之さん達は一夏が好きななのはわかってるけどそれでもライバル多そうだなぁ、ただでさえ僕は男の振りをしてるから女の子らしいアピールなんてできない。でも……)

 

『い、いや、ただ、シャルルは笑うと可愛いいから思わず見とれたというか~……』

 

(響は僕の事、可愛いって言ってくれた……ちゃんと女の子として見てくれてるって事だよね)

 それ以外にも着替えやシャワーを浴びようとするときも不自然にならないよう何かしらの理由を付けて部屋を出て行く。

 そうした気遣いをしてくれるのは嬉しい、嬉しい反面響の負担になっているのではないかという思いもあった。

(……このままじゃ、駄目だよね)

 シャルルは意気消沈と言った様子で俯いた。

「シャルル? どうしたの~」

「ううん、何でもないよ!」

「そっか~、なら良いんだ……?」

 顔をうつむけていたシャルルが気になり声をかけた響だったがふと鼻をひくつかせる。「どうしたんだ、響?」

「いや、汗臭いかな~って。ほら三日も眠ってばかりだったし……」

 響は首元のシャツを掴み匂いをかぐ、注意して噛まなければわからない程度のものだったがさすがに除しが四人(+一人)がいる空間では気になる。

「それなら、今日は大浴場が使えるぞ。学年別トーナメントが終わって後にやっと使えるようになったんだぜ!」

 風呂好きの一夏が嬉しそう手振りで浴場の中を説明する。

「中も結構広くてな、お湯の温度も丁度良いし入った方が良いぞ!」

「そうなの? じゃあ、入ってこようかな~」

 響は恐る恐るといった感じで身体を動かしてみる。

 食後に飲んだ痛み止めが話している間に効いてきたのだろう、シャルルに抱きつかれた時に感じた痛みよりもだいぶ軽いものだった。

「手伝うか?」

「いいよ、ご飯を運んでくれたし。それに一夏はもう入ったんでしょ?」

 響は一夏のラフな服装を指摘する。

 上はなんとプリントされているかわからない和英英語が付いたTシャツに下は黒のハーフパンツ、髪も少し濡れているようにも見えた。

「もう一回くらい入っても構わないぜ」

「さすがにお風呂まで手伝ってもらうわけにはいかないよ~、ただでさえ特殊な趣味の子達が眼を光らせてるし。一回入った一夏と一緒に入ったら……」

「……やめとこう」

 響と一夏は表情を青ざめさせていたがその会話を聞いていた箒達は黙って僅かに頬を朱くしていた、もしかしたらその手の話に興味又は理解があるのかもしれない。

 そうは思いたくはないが……。

「と、とにかく一人で大丈夫だから、行ってくるよ~」

「おう、それじゃ俺は千冬姉に響はいつも通りだったって伝えとく。この時間帯ならさすがに帰ってきてるだろうしな」

 ラウラの件に関する事で事後処理に終われている為、起きたら伝えに来てくれと頼まれていた事を思い出す一夏。とはいってもこの時間帯はすでに就業時間も過ぎている、部屋でくつろいでいるかもしれない。

「では、私達はこの食器の山を片付けるとしよう」

「そうね」

「これだけの量を運ぶのは骨が折れそうですわね」

「問題ないだろう、四人もいればすぐに終わる」

「ごめんだけどお願いね~…………四人?」

 響は後片付けを申し出てくれた箒達に感謝の言葉を述べようとしたがラウラの人数に対しての発言に眉を寄せる。

「デュノアはまだ入っていないだろう、皇と一緒にゆっくりしてくればいい」

「こっちはあたし達でかたしとくから」

「えっ、ちょ、あのっ……ま――」

 何も知らない箒と鈴に事情を説明しようとしたがそううまくいかない。

 シャルルの事情は一個人である自分では女の子である事を隠す事が精一杯。だが、それがシャルルのIS学園における命綱でもあった。

「そうですわね、皇さんは大丈夫と仰っていましたが何かあってはいけませんし」

「頼んだぞ、デュノア」

「う、うん」

 何とか理由を付けて反対しようとした響だったがそれよりはやくシャルルが箒達に返事を返してしまう。

「………………」

「響、とりあえず行こうよ。使用時間もそんなに残ってないし、ね?」

「……だね~」

 そう答えるのが精一杯の響だった。

 

 

「………………」

「………………」

 息が詰まるような沈黙の中で響とシャルルは脱衣所で固まっていた。

(どうしてこうなるのかな~……って、おれがすぐに起きなかったからだよね)

 ラウラとの戦いの後、三日間眠っていたのは一夏達との話で間違いようのない事実。もしあの試合の後、気を失わずに過ごせていたなら一夏に手伝ってもらいゆっくりのんびり大浴場のお湯をたんのうできたであろう。

 響はシャルルに聞こえないようため息を吐いた。

「シャルル、先に入って良いよ~」

「えっ? 響はどうするの?」

「一緒にはいるわけにはいかないもん。おれはシャワーで良いよ、シャルルはゆっくり汗と疲れを流してきなよ~」

 一夏とは違い自分はお湯につかれなくても問題ない、汗を流させれば良いだけだ。

 しかし、シャルルは女の子である。男子としてなりすましている分湯船につかりゆっくりと疲れを流す事はできていなかったはず……ならば、今回は湯船につかる権利を譲り次の機会まで待てばいい。

 そうすれば一緒に入ることなくゆっくりとできるし、もし一夏が一緒に入ろうと言っても自分から誘いシャルルと入らないように誘導すれば大浴場の使用条件に関する問題も解決できる。

「い、いいよ。僕は脱衣所で待ってるから……それにずっと寝てたんだから身体をほぐす意味でも入った方が良いと思うな」

「う~ん、そう言われればそんな気も……」

 確かに同じ姿勢で寝ていたのか打撲による痛みとは違う痛みが関節から感じた。

 動かす事に問題はないものの固まった筋肉をほぐすには湯船につかるのは最適とも言える。

「じゃ、お言葉に甘えて入ってくるよ~」

「う、うん。僕の事は気にしなくて良いからね」

「ありがと~」

 響はシャルルの視界に入らない場所まで移動し服を脱ぐ。

 痛み止めが効いているおかげで思ったよりもスムーズに服を脱ぐ事ができた響は脱いだ服をきちんとたたんでから大浴場の扉を開いた。

「うわ~、一夏が言ったとおり広いや!」

 大浴場にはその名の通り大人数が入っても大丈夫なように大きな湯船が設置されていた、そのほかにも大きさは僅かに小さくなるもののジェットバスが着いたものもあり更にはサウナや打たせ湯まで完備されていた。

「シャルルを待たせちゃ悪いし早くすませちゃお~」

 響は手早く身体と髪を洗い湯船につかる。

 少し熱めのお湯が擦り傷や切り傷に染みるがそこは我慢して身体を湯につける。

「し、しみるうぅぅ~。 でも、思ったより傷が塞がってる」

 響はお湯につかっている自分の身体の状態を確認してみた。

 ラウラから受けた攻撃は相当なものだった、血が出るような傷もあったはずだが今は傷口が塞がっておりふやけてもまた開く様子はない。

「……傷の治りが早いのは小さい頃から知ってたけど、これだけは感謝だね~」

 何処で何をしているかもわからない血の繋がった実の両親、彼等の記憶もないぶん怒る事も怖いと思った事もない。会ってみたいと思った事もない相手に感謝を述べるとは我ながらおかしいと響は両手でお湯を掬いこすりつけるようにかけた。

「やっぱりおれって少し変わってのかな~、一夏達のあの様子だともう少しひねくれて育っても文句は言われなかったかも」

 ひねくれて育てばここにいなかっただろうからそこは自分を引き取ってくれた両親に感謝だ、こっちの両親なら離ればなれで会えなくなっているとはいえ連絡先は聞いている。感謝の気持ちを述べたいのなら今すぐにでもできだろう。

「……そう言えば、父さん達はどうしてるんだろう。シャルルやボーデヴィッヒさんの問題で電話するの忘れてた」

 自分から連絡を取ろうとすると何かしろ問題が起きてしまうため忘れてしまう、そして向こうからも連絡が来た事がない。

 学園側からも何も情報が入ってこない以上、問題なく暮らせてはいるのだろうが少しはその手の情報が欲しい事に代わりはなかった。

「便りがないのは元気な印、だっけ?」

 響は誰もいない浴場で小さく呟く。

 今ここで心配しても何も変わらない、抱えていた問題の一つは確実に解決した。残っている問題も自分の行動と考え方次第で何とかできる状況になってきている。

「……やっと、スタートラインに立ったんだ。あとは前を見て進むだけ」

 響は首に付けている白銀のチョーカーに触れる、防水加工も施されているため湯船の成分でも錆びる事はないのでずっと外すことなく付けていた。

「打鉄のおかげでやっと戦う力を、戦えるだけの力を身につけられたんだ……これなら父さん達に何かあっても護れるかもしれない」

 そうすれば数ヶ月前のようにまた家族四人で会う事ができるかもしれない、一緒に暮らせるようになるかもしれない。

「もっと、もっと頑張らなくちゃね~。そしたらまた、みんなで……」

 響の眼が何処か脱力した目つきに変わる。

 お湯につかっいることで身体の凝りがほぐれ虚脱感を味わっているのだろう、それに加え大切なものを護れる力を手にした安堵感と熱気が運んでくる心地よい圧迫感に知らない内に張っていた気も緩んだ証だった。

(……はぁ~……、このまま……寝ちゃおうかな~……)

 とはいえシャルルを待たせている事を思い出した響はブルブルと頭を振り湯船から立ち上がる。

 

 カラカラカラ……

 

(……ん~? 何か音が聞こえたよーな……?)

 普段の響ならすぐにある人物が入ってきたという可能性を思いついただろうがなにぶん睡魔が襲ってきている状態の響の頭は脱力状態、湯気の向こうに見えるシルエットに首を傾げる事しかできなかった。

「お、お邪魔します!」

「へ……」

 響の眼に映るのは湯気の向こうから一糸まとわぬ姿のシャルルだった。

 その身体には当然タオルを当てているが所詮は薄手のスポーツタオル、濡れたタオルの向こうから透けてみる肌色を理解できず気の抜けた声をもらす。

「…………シャルル?」

「やっぱり、手伝った方が良いかなって思って来たんだけど……」

 タオル一枚でしか自分の身体を隠せていない事に恥ずかしさを感じているのかシャルルの頬は真っ赤に染まっていたがその中で宝石のように蒼い瞳が少しずつその視線を下に向いていた。

「あの、……その、前……見えちゃってるよ……」

「―――!?」

 シャルルのその一言に響の意識が一気に鮮明となり音速を超える速度で湯船につかる。

「シャルル!! 何で!? どうして!! 入って来ちゃったの!!!」

 今更だが響もシャルルの裸を見てしまった事に気づき同時に彼女に背を向けた。

 しかし、響の脳裏にはシャワールームから出てきたときの見事なまでの裸体が鮮明に思い出され響から冷静さを奪う。

「シャルル!! 何で!? どうして!! 入って来ちゃったの!!!」

 また、同じ言葉を繰り返すほどに。

「だから、響が身体洗うの大変かもって思って……」

「終わったよ、髪も身体も洗い終わったからだいじょーぶ!!」

「うん、そうみたいだね」

 慌てふためく響をよそにシャルルも湯船につかる。

 しかも気配で自分の傍に近づいてきている事がわかる。

「もう充分ゆっくりしたから、今上がるから、シャルルもゆっくり――」

「ま、待って!」

「はい!?」

 意外に思えるようなシャルルの大声の制止に響は驚き立ち上がろうとして動かした足を硬直させた。

「響に……話しておきたい事があるんだ、だからまだいて欲しい」

「わ、わかった~」

 響はシャルルに背を向けてはいるもののそれでも決して前回の二の舞にならないよう必死に眼を瞑っていた。

(みない見ない観ない視ないミナイみない見ない観ない視ないミナイデスヨオオオオ!)

 しかし、視覚を閉じた事で響の耳にはシャルルの微かな息づかいが届く。

 背中越しで異性がいるという事実だけでも響の心臓はオーバーヒート寸前なのだがそれに拍車を掛けるように背中に柔らかな何かが当たる、正確には押しつけられたと言うべきか。

「……響」

「ひゃい!! らんれしょ!?」

 耳元でシャルルの声が聞こえ思わず裏声で返事を返してしまった。

 コレでは動揺している事が丸わかりなのだがそんな事に構っている余裕は今の自分にはない、自分の背中に感じる柔らかな弾力。

 これは間違いなくシャルルの胸、そして押しつけられた豊かな双丘から伝わってくる心臓の鼓動。自分と同じようにシャルルの心臓もその鼓動を早めている。

(一体何がどうなってるのおぉぉ! 夢、コレは夢ですか! 夢ですよね!?)

 自分の問いかけに答えてくれるものは誰もいない、ただ自分を抱きかかえるように腕を前に回しているシャルルの柔らかな肢体の感触と耳にかかる僅かな吐息、何より何の混じりけのない彼女が纏う甘い匂い……。

 それらが響の意識を今まさに刈り取ろうとしていた。

「前に……部屋で話した事なんだけど」

「へや……? あ~、学園に残ったらって話だっけ……」

 真剣さが伝わるシャルルの声に響は意識と崩れかけた理性を取り戻した、頼ってくれて良いと言ったが一度でも彼女の助けになれたかは疑問である。

「うん……僕はここにいようと思う、今はここにいるしかないって言うのも大きいけど」

「………………」

「でも……ここに響がいるから、一緒にいてくれるから……それが一番の理由かな」

「そ、そうですか~」

「フフ、何で敬語なの?」

「な、何でって……」

 この密着状態の中で意識と理性を保つには何かしろ気がそれるような事をしなければならない、敬語など同世代で使うような事はない為少しでも不慣れな事をすればと思ったのだが……。

「それに……決めた事もあるんだ」

「決めた事?」

「僕の在り方かな、響が教えてくれたんだよ。忘れたの?」

「え~と、え~と……」

「本当に響は鈍感なんだね、僕じゃなかったら今すごく怒られてるよ」

「う~……ごめんよ~」

「いいよ、許してあげる。でも条件があるんだ」

「条件?」

 シャルルの言う条件がいったい何なのか気になり聞き返したが何故かシャルルは自分を抱きしめる両手に力を込める。

「あ、あのじょじょ条件って……」

「その……ふ、二人きりの時だけで良いからシャルロットって呼んで欲しいんだ」

「あ、それが本当の名前なの?」

「うん、大好きだったお母さんが付けてくれた……僕の本当の名前」

「わかった……これからもよろしく~、シャルロット」

「うん!」

 自分の後ろでシャルロットが嬉しそうに返事をしていた事がわかった。

 振り向いてみる事はできないけれどきっとあの思わず見惚れる笑顔を浮かべているに違いない、響はそんな彼女につられるように屈託のない笑みを浮かべた。

「あ、あとさっきはありがとう」

「さっき?」

「うん、僕達に……昔の事を話してくれてた時にさりげなく僕の事を男の子として話を続けてくれて」

 自分でも気づく事が遅れてしまった自然な気遣い、何気ない日常的な会話が一番秘密を漏らしてしまう危険があるのだが響はその些細な所まで気を遣っていてくれた。

 このようなアクシデントに見舞われたがその事が嬉しくてお礼を言いたかったシャルロットは無事に(?)お礼を言葉を伝える事ができてホッと一安心だった。

「アレくらいしかできないけどおれにできる事があったら言ってね~、シャルロットを助けるって約束したんだし……それにシャルロットのおかげで最後まで戦う事ができたんだから」

 響は自分の胸の前で指を絡めているシャルロットの手を感謝の意を込めて優しく手を重ねる。

 ラウラのISがその姿を豹変した時、間違いなく避難する事が正しい選択だった。

 それでもシャルルは自分を戦わせてくれた、勝てるかわからない戦いを自分が勝つと信じて……。

「ううん、僕だって響がいてくれてたからこうして女の子としての自分を取り戻せたんだもん。お互い様だよ」

「そっか~」

「そうだよ」

 響はシャルロットの手から感じる温もりに笑みを溢しす、今の会話でシャルロットが前向きな心を取り戻してくれた事を理解したが、同時に今も変わらず危険な状況下にいる事を思い出した。

「シャルロット……そ、そろそろ離れてくれると嬉しいな~。このままだと気絶しそう……だよ……」

 話をしている間は気にならなかったがくっついている事を気にしてしまうともう駄目だった、背中に感じる確かな膨らみがどうしても気になる。

 幸い欲望よりも自制心や羞恥心の方が遙かに勝っているのか響の意識はそう言った邪な感情が生まれる事はなかった、むしろこのままでは心臓が緊張のあまり破裂してしまい心地よい感触と共に天国に召されてしまいそうだった。

「あ、ああ! うん! そうだね、僕も身体と髪洗っちゃうね!?」

「そうして~」

 シャルルも自分が何をしてしまったのかをここでやっと自覚したのか水音を立てながら慌てて響から離れる。

「こっち見ちゃ駄目だからね!」

「見る勇気なんてないよ~」

「……響なら良いのに」

「何か言った~?」

「な、何でもない」

 何か聞こえた気がした響だったが過度の密着で意識が朦朧としていた彼にシャルロットの爆弾発言が届く事はなかった。

 その後響達は時間がなかった事を思い出し大浴場を後にし部屋へと戻った。

 部屋に向かう途中で響は風呂場での気まずい雰囲気を引きずらないよう何気ない会話を続けた、シャルルも大胆な行動を取ってしまった事実に話し始めた時は眼を合わせようとしなかったが部屋に着く頃には普段通りの彼女に戻っていた。

「おやすみ~、シャルロット」

「うん、おやすみ響」

 いつものように就寝前の挨拶を交わし床についた二人。

 シャルルはシーツを身体に掛けてしばらくすると規則正しい呼吸を繰り返して眠りに落ちた、その一方で響は三日間の熟睡と大浴場での出来事が祟りすぐに眠る事ができなかった。

(うぅ~、眠れない。こういう時って羊を数えれば良いんだっけ~?)

 その日、響は部屋に爽やかな朝日が差し込むまで眠りにつく事ができず悶々とした夜を過ごしたのだった。

 

 

 

(……何で教室のドアが壊れてるのかな~?)

 四日ぶりの登校で響が最初に眼にしたものは無惨に壊れた教室の扉と焦げ跡が残る教室の床だった。

 焦げ後が残っていた場所は一夏の席がある場所だった、その為何か知っているだろうと一夏に質問をしてみたが……

「今は聞かないでくれ……また、殺されそうになるから」

 疲れ切った表情を浮かべた一夏にそれ以上聞く事ができなくなった響は隈ができている眼をこすった。

「ふわあぁぁぁぁぁ~……ぬみゅいですね~」

「一段とって感じだな? 寝不足か?」

「うん、三日も寝てたら……眠れなくて~」

「まあ、当然だよな」

 三日間も寝ていたのなら一晩眠れなくてもおかしくはない。

 一夏もその事をわかっているのか苦笑をもらす。

「所でシャルルはどうしたんだ? まだ来てないみたいだぞ」

「あ~。朝起きたら用事があるから先に行ってて、て~」

「ふーん、何だろうな用事って」

「……さあ~」

 一夏に相づちを打つようにとぼけて見せたものの昨日の事が気まずくて一緒に登校できなかった事を隠した。

 実際、食堂から戻ったときもいつの間にかいなくなっていた。

 先に言っていてと言われたわけではなく置き手紙にそう書かれていたのだ、どんなに鈍感な人物でも自分と同じ事を体験すれば顔を合わせにくいからという意図をくみ取る事ができるはず……。

(……これからしばらくは大変かもだけど、シャルロットが女の子だってばれないよう精一杯手伝わなきゃ。そうすれば自然とうち解けられる……かな~)

 ベッドに横になる前までは問題ないようにも感じたのだが……やはり相手は異性であり自分と同じ思春期の女の子、男の裸を見て裸を見られては思うところがあるに決まっている。

「はぁ~……」

 身体の方はかなり回復したものの精神面ではこの先も気を張り津透けなければならないだろうと思いため息が溢れる。

「み、みなさん。おはようございます」

 いつの間にかHRの時間になっていたようで真耶が教室の中に入ってきた、何故か足下が覚束ない様子で歩いていた。

(珍しいな~、山田先生も寝不足なのかな?)

 響は重い眼をこすり眼を覚まそうと頬を軽く叩く。

「……その様子だと皇君も覚悟はできてるみたいですね、早く教えてくれれば先生も大変な事にならなかったのに……」

「覚悟って……?」

「今日も皆さんに転入生の紹介を……紹介というか、もう挨拶はすんでいるというか……」

「「「「「「?」」」」」」

 響だけでなく一夏やクラスの全員が真耶の言っている事がわからず首を傾げる。

「とにかく、……入ってきてください」

「はい、失礼します」

(……あれ、この声……って)

 熱くもないのに額から汗が流れ落ちる響、顔色も見る見るうちに青くなっていくのがわかる。

「シャルロット・デュノアです、皆さん改めてよろしくお願いします」

 ぺこりとスカート姿のシャルロットがお辞儀をする。

 響以外の全員が眼を点にしてシャルロットを見つめる、クラス全員が戸惑いの表情を浮かべる中、響は机に突っ伏した。

「ええっと……デュノアくんはデュノアさん……ということでした」

「……え?」

「「「ええ?」」」

「「「「「「「「「「えええええええ!?!?!?」」」」」」」」」

(……何で自分からばらしちゃうの……)

 響は騒ぎの原因が自分である事を知っている為耳を塞ぎ誰とも眼を合わせないようにする。

「デュノア君って女……?」

「おかしいと思った! 美少年じゃなくて、美少女だったわけね!?」

「って、皇君! 同じ部屋だったんだから知らないってことは……」

 クラスの目が一斉に響に向く。

「………………」

 このとき誰もが納得するような言い訳を考える響ではあったが、決定的にまずいことに気付いた女子がいた。

「ちょっと待って! 昨日って確か、男子が大浴場使ったわよね!?」

「あっ、響! そうえば昨日、一緒に風呂にいったよな!」

(ああ! それは黙っててほしかっよおぉぉ!)

 女子達の自分を凝視する力が更に増す。

「み、みみ、みんな!? なに考えてるのかな~? シャルロットとは何もなかったよ! ねっ! シャルロット?」

 なんとか平静を保ってシャルロットに話題をふったのだが……。

「……え、えへへ……」

(なんで!? なぜに顔を赤くして照れ笑い!? ばれちゃったね、みたいな!? 少しは弁解してえぇぇっ!)

「なっ、なんで!? なんで二人とも顔赤いの!?」

「まさかお風呂で……!」

「そっ、そんな! 越えちゃったの!? イッちゃったの!?」

 何の話をしているのかと響が話を切り上げようとしたがそれよりも速く妄想にかき立てられた女子の声が響く。

「そ、それでシャルロットさん。皇君の体つきどうだったの!?」

「ちょっとあんた達、もっと大事な事聞きなさい! 大きさはどのくらいだったの!?」

「何を聞いてるの~!!」

 最初に聞かれた事ならまだ誤魔化して答えられるかもしれないが二番目に涎を流しながら質問する女子は明らかにピンポイントでねらい打ちにしてきていた。

「えっと……その、お」

「だめええええええええええ! お嫁さんもらえなくなるどころかお婿さんにもなれなくなるからああああああああ!!」

 律儀に答えようとしたシャルロットの声を絶叫で遮るもクラスの空気は変わらなかった。

「うふふ~。ひっきーも狼さんだったんだね~」

「なっ、違っ……お、落ち着いて! みんなの想像してるようなことは起き――」

 不意にシャルロットと視線が合ってしまい脳裏に大浴場で刺激的な対面をしたシャルロットがある一点を見つめていたときの事を思い出してしまった響。

「う、う……」

 響の緋色の眼が潤みだし目尻から滝のように涙があふれ出す。

「うわああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」

 響は惜しげもなく鳴き声をあげ教室を飛び出していった、十五歳の男子としてはなんとも情けない姿ではあったがそれでも『可愛いから良し!』という女子達の声に唖然とするしかない。

「……お前達、あまり皇をからかうな。立ち直るのに時間が掛かる」

「「「「「「はーい」」」」」」

「デュノアも馬鹿正直に答えなくていい、お前が見たものは黙っておいてやれ」

「は、はい」

「……響のやつ、これから大変だな」

 世界でたった二人だけの男性操縦者、その内の一人皇響はIS学園に入学して早三ヶ月……未だに癒し弄られ泣かされるマスコット的立場から脱却できていなかった。

 

 

 

 

 

 

 ――某所ラボ内。

 

 

 ピッ、ピピッ、ピッ……ピッピピピピッ……。

 表示される膨大な情報を信じられない早さで処理する独りの女性。薄暗い研究所のなかにいるのは彼女独りだった。

「ふむふむ、訓練機から専用機に変わったのは驚いたけど順調に力を身につけてるみたいだねー。それにとっても良い子に育ってくれて嬉しいなー♪」

 彼女の口調には、驚きよりも喜びとか嬉しさの方が強く表れていた。 大体、驚きなど一ミリも含まれていなかった。

「響ちゃんとあの子の単一能力は常時瞬時加速かぁ、でもまだ序の口みたいだねー?」

 ディスプレイに表示されつづける新たな情報を眺め、すぐに処理する。

「限界までシステムを稼働させたらどうなるのかな? う~ん、たーのしみー♪」

 そう言ってにんまり笑う彼女は、とても不思議な格好をしていた。

 空のように真っ青なブルーのワンピース。それはさながら童話『不思議の国のアリス』のアリスである。エプロンと背中の大きなリボンが目を引く。

 それ以上に目(特に男の)を引くのは、今にもはち切れそうなぐらいまで引っ張られている白いブラウスの隙間から見える、豊満な胸の膨らみだ。

 頭にはウサミミのカチューシャ。

 端的に表現すると一人『不思議の国のアリス』状態。

「やっぱり、実際に見てみないとねー♪ それに――」

 ここでどことなく和風テイストの着信音がなる。それはずっと前から彼女が待っていたものであった。

「こ、この着信音は……!」

 ピッ……。

「もすもす、終日? はぁーい! みんなのアイドル、篠ノ之 束だよ♪」

 電話こそ切れなかったが、何か血管が切れるような音が聞こえた気がした。

 何も言わないと電話を切られる気がして、というかもう切りそうだったので、必死で相手をひき止める束。

「わあ!? 待って待って! 切らないで箒ちゃん!」

『……姉さん』

「やーやーやー、我が妹よ~。うんうん、用件はわかっているよ? 欲しいんだよねー、君だけの専用機が」

 束は電話の向こう側にいる箒に話しかけながら、後ろを振り向く。

「もちろん用意してあるよ。最高性能にして規格外、そして白と並び立つもの、その機体の名は――」

 

 

 ―――――――――『紅椿』

 

 

 




ようやくラウラとのバトルまで書き終えることができました~
 響君の専用IS『打鉄・天魔』を出すときは斬新さが足りないかと思いましたがチートになりすぎないよう押さえて出してはみたものの……できる限りそうならないよう続けていければと思いますw
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