IS〈インフィニット・ストラトス〉 剥奪人形の選ぶ道   作:エヴァンジル

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第十一話 皇響の休日・その一

「はああああああああああああ!」

 六月最後の休日。

 IS学園第二アリーナ、そのフィールド上を滑るように滑空する白銀の機体を纏う響。

 その速度はかつて訓練機だったとは思えないほどの速さでターゲットへと突き進み二叉の大刀を振り下ろす。

「ふむ、基本速度にはなれてきたようだな皇」

「くっ」

 渾身の力を込めた一撃を避けられ響は今度は距離を取らずにあえて接近戦を挑む。

 『鳶葵』の刃は無数の剣閃として放たれる、ラウラとの戦いで見せた動きよりも速度は無いがそれでも流れるような身のこなしを見せる。

 だが、そんな見違えるような体運びと太刀さばきを見せる響の攻撃を難なく躱す一人の女性。

 長く美しい黒髪を後ろで束ね学園指定の教師用ジャージに身を包む千冬、ジャージの上からでもわかるほどの豊かな胸と細い腰、一切の無駄をなくした体躯で彼女は生身のままでISを纏う響と剣を交えていた。

「どうした? 私はここだぞ。一撃くらいは当ててみろ」

「は、はい!」

 片方がISを駆り片方が生身という異様とも思える状況ではあったが第一回モンドグロッソ優勝者にして世界最強の称号『ブリュンヒルデ』と呼ばれるIS操縦者、その輝かしい経歴は飾りでなくた類い希ない才能と弛まない訓練で培われた剣術で響を圧倒する。

 それを証明するように格下である響が相手とはいえIS操縦者を相手にして千冬は汗一つ流さず息一つ切れていなかった。

(うぅ~……どうやったら織斑先生に攻撃が当たるんだろ、何度やっても躱されちゃう)

 『打鉄・天魔』のスペックは第三世代級、その速度は比べるまでもなく生身の人間を遙かに圧倒している……はずなのだが、千冬はその速度を見切り身体を僅かに反らすだけで自分の攻撃を避ける。

 何度か躱しきれず剣を受け流された事もあったがそれも常識の範疇を超えていた。

(剣術の達人なんだからそういう事もできると思うけど……何でIS用の近接ブレードでそれができるんだろ~?)

 しつこいようだが千冬は生身なのだ、人が生身で扱うには過重量であるIS専用の武器を苦もなく振るい高速の剣戟を受け流すなど攻撃を避けるよりも難易度が高い。ましてや武器を振るえている事自体信じられない現象である。もしかしなくても自分の攻撃も真っ正面から受けたとしても受け止められるのだろう。

 そんな奇想天外な模擬戦闘を始めてすでに一時間……、響の心は挫けそうだった。

「はあ……はあ、はあはあ……織斑先生。ギブア……ップ~……」

「何だ、私はまだやれるぞ」

「織斑先生が……規格……外なん……ですよ~」

 響は打鉄を待機状態に戻しフィールドに座り込んだ。

 これだけ長い時間ISを起動し続けたのは初めてと言う事もあったが千冬に攻撃が当たらない焦りとIS操縦者として全く成長していないのではないかという疑心暗鬼に体力も消耗していたようだった。

「……まあ、お前は病み上がりのような物だし私の鍛錬に付き合わせてすまなかったな」

「いえいえ~、おれも……まだまだだなってわかりましたから~」

 千冬のような人間かどうか疑わしい人物と自分を比べるのもどうかと思うがこの方が身も心も引き締まる気がする。

(まさか朝の特訓してるときに織斑先生に声をかけられるとは思ってなかったけど……まあ、最適化してくれた打鉄になれなきゃって思ってた所だったし、丁度良かったのかもしれないな~)

 性能アップした打鉄になれる事ができただけでなく切り札である単一能力『一騎当千』を使わなければ今までと大して変わらないという事が確認できた。

 今の自分がどの位置にいるのか……それを確認できたのは大きな収穫でもある。

「悲観する事はない、どこぞの生徒よりも成長が早いうえに伸びしろもある……順調にいけばこの学園で上位のIS操縦者になれるだろう」

「ほ、ほんとですか! ……って、一夏にはほんと厳しいですね~」

「誰も一夏とは言ってないぞ」

「でも、織斑先生がこの学園でおれと比べるのって一夏くらいしか……」

「……一夏とはいっていないぞ」

「はい」

 何か気に障るような事でも言ったのだろうか、響は千冬の不機嫌な眼差しに理不尽という言葉を思い出す。

(別にからかったわけじゃないけど……一夏の話をすると先生って怒る……とは違う感じがするな~。照れてるとか……?)

 響は腕を組みうなり声を上げながらどうして千冬の不機嫌(=照れてるだけ)になるのか悩む。

 別段悩むような事ではないが……。

「ところで今日はこの後予定でもあるのか?」

「う~ん――って、はい。一夏と一緒に臨海学校の準備で街まで……それがどうかしたんですか~?」

「お前は忘れているかもしれんが護衛の事だ」

「……覚えてますよ~」

「……貴様、本当に忘れていたな」

「………………」

 響は気まずそうに視線を逸らし口を噤んだ、千冬も怒っているわけではないのでそのまま話を続ける。

「今まではお前を狙ってくる工作員や企業スパイを警戒して外に出す事はなかったが今日からは同伴者がいれば自由に外出していい、もちろん外出届をだして許可がおりたらだがな」

「同伴者は誰でも良いんですか~?」

「ああ、だができるならISの操縦に限らず対人戦でも対応できる者なら尚良しだ」

「わかりました、それじゃ部屋に戻って着替えたら出かけてきま~す」

「気をつけてな」

 響は額から流れる汗を拭いながらピットへと向かう、その後ろ姿を眺めていた千冬は響の姿が見えなくなった後、響が向かったピットとは反対のピットへ向きなおる。

「……山田先生、データの方は?」

『はい、計測完了しました』

 千冬以外誰もいないアリーナの大型スクリーンに真耶の姿が映し出された、彼女がいたのはピットの制御室。そこで響と『打鉄・天魔』のデータを計測していた様だ……それも響には秘密で。

『皇君の身体は完全に完治、専用機となった打鉄とのリンクにも問題はありません』

「そうか」

『ISとのリンク率は専用機になった事でより高くなるのは当たり前の事ですが、でも……』

 真耶は自分の手元に映っている響の稼働データを見て戸惑っていた。

『専用機を手に入れたからと言ってたった数ヶ月前まで軍事戦術の知識、武道などの心得もない上にIS操縦も素人同然だった皇君が……代表候補生に匹敵する戦闘データを出すなんて、とても信じられません』

「……ああ、直に戦った私が一番驚いてる」

 千冬は手にしていた近接ブレードを突き立て小さくため息を吐いた。

 朝の鍛錬とはただの口実だがその後の稽古と称したデータ採取が目的であった手合わせで取れた響の戦闘データ、稼働時間は除いたとしてもISの起動・展開の速度、安定した出力維持……それに加え授業で教えた剣術・体術の域を超えた洗練された動き。

 そのどれもが代表候補生であるシャルロット達と同等の数値を見せたのだ、通常時でこれなのだからもしもう一度響がラウラと戦う事になったとしても単一能力がなくても今度はまともな試合になるほどの成長をみせたのだ。

(信じがたいがあいつは戦う度に強くなっている……それも驚くべき速さで)

 一夏もたった二度の起動でセシリアを追い詰める所まで行ったがそれはあくまでセシリアが油断した結果だ、現に一夏はあれ以来『零落白夜』という一撃必殺攻撃をもってしてもセシリアやシャルロット達代表候補生に模擬戦でも勝ち星は挙げていない……それを踏まえて考えても響の成長速度は異常だった。

 まるでこちらの思惑通りに力を身につけているのではないかと錯覚すら感じてしまう。

「山田先生」

『はい、織斑先生』

「今回のデータは全て破棄、IS委員会に提出する記載書類はボーデヴィッヒ戦までのもので作成を。単一能力に関してはまだ自分の意志で使えないようにと報告を……あまり目立ちすぎるのもまずい」

『わかりました』

 データの計測が終わった後も千冬と真耶は互いに深刻な表情を向けながら響に関する報告書について話し合うのだった。

 

 

 

 

 予期せぬ千冬との訓練の後、響は自室へと戻り汗を流し制服に着替えていた。

「ふぅ~……疲れた~」

 響は制服に着替え終わると同時に自分のベッドへと倒れ込む、普段から身体は動かしてはいてもISの訓練だけはなかなかなれる事がなかった。

 今回はそれに拍車を掛けるように専用機となった打鉄の慣れない操縦に千冬の泣きたくなるような手ほどきの様な訓練があったためだろう。

「……それにしても、一夏がもう出かけてたなんて予想外だよ~」

 シャルル改めシャルロットが女である事を公表したため箒と同室になっていた一夏と部屋を交換したのだ。

 シャルロットは何処か残念そうに隣室に移ったのだが響としては何の気兼ねもなく生活できるようになり一安心といった状態。それでも響が一人で居るとシャルロットが部屋に遊びに来るので寝不足になるという事以外はさほど変わった事はない。

「まあ、篠ノ之さんに連れてかれたなら仕方ないか~」

 自分が部屋に戻ってきた時、朝の九時前だというのに一夏の姿はなかった。

 食堂にでも行ったのかと思ったがベッドの上に書き殴ったような文字で置き手紙が置いてあった。

 

『すまん響。箒に臨海学校の準備を手伝ってくれって言われたから先に行く、何か急いでるみたいで断ろうにもこと………………』

 

 そこで字は途切れていた。

「……無事に帰ってこれるのかな~」

 書きかけの置き手紙を見る限り箒は誰よりも先に一夏を連れ出したかったのだろう。

 セシリア達の邪魔が入る前に一夏との距離を埋めるべく行動に移したのだろうが……まさかここまでアグレッシブに攻めるとは素直ではない彼女にしてみれば珍しい事だ。

「でも、買い物どうしよ~……織斑先生は同伴者がいればって言ってたけど」

 朝九時という時間は朝食を取るには遅く出かけるには少し早い、何とも行動しにくい時間帯でもある。

「誰か誘うにしても他に約束なんてしてないからな~、……一夏に電話して頼みたいけど篠ノ之さんの邪魔するのも悪いよね~」

 響はベッドの上で仰向けになってため息を吐く。

 基礎トレーニングやISの訓練を使用にもさっきやってきたばかり、それに予定していた買い物にも行けずじまい……いきなり時間ができてしまっては何をすればいいのかもわからない。

 そんな事を考えている内に横たわるベッドのフワフワモコモコの感触に瞼が重くなる響、窓際という事もあり暖かな陽光と訓練の疲れが合い余って響を眠りに誘おうとする。

「……このまま寝ちゃお……か…………………………くぅ~」

 ものの数秒で眠りに落ちた響。

 

 コンコン……コンコン……

 

 響が寝てしまったとほぼ同時刻、部屋のドアをノックする音がなる、当然の事だが寝ている響に聞こえるはずもない。

 その後も何度か誰かがノックを繰り返すも誰も返事は返さない。

「……響、一夏。いないの?」

 恐る恐るといった様子でドアを開け室内を覗き込んできたのはシャルロットだった。

 鍵が開いているというのに返事がない事を不審に思ったのかドアを開けて入ってきたようだ。

 シャルロットは寝ているとは知らない響とここにはいない一夏に声をかける。

「二人とも……入るよ」

 それでも返事は帰ってこない、シャルロットは申し訳なさそうに声を上げ部屋の中に入る。

「響……、寝ちゃってたんだね」

 シャルロットが部屋に入って眼にしたのは気持ち良さそうな表情を浮かべ規則正しい寝息を立てて眠る響だった、その姿はとても十五歳の少年の姿ではなかったが彼女は柔らかな笑みを浮かべる。

「一夏と出かけるって言ってたのに寝ちゃうなんて、一夏は何処に……ん?」

 寝ている響の姿を見ていたシャルロットだったが彼の手に一枚の紙が握られている事に気づく、シャルロットは響を起こさないようそっと紙片を抜き取る。

「……出かけようとしたけど一夏を箒に取られちゃったんだね、そうなると臨海学校の準備をどうしようか悩んでる内に寝ちゃったってところかな」

 一夏が残した短い置き手紙に眼を通したシャルロットは何が起きたのかだいたい理解したようだ。

 ちなみに箒達とは女である事を明かした日からすぐ仲良くなり名前で呼び合う中になっていた。

「箒、いつもの稽古を早めに切り上げてたから何かあったのかと思ったけど……こういう事だったんだ」

 置き手紙を綺麗に畳み制服のポケットにしまうシャルロット。

 この手紙をセシリア達が見つけたら大騒ぎになるだろうと思い隠したようだ。

「みんなには悪いけど響を起こしちゃうよりは良いよね?」

 誰に言ったわけでもなかったが自然と疑問系になる。

 あえて言うなら自分のすぐ傍で眠っている響に聞いたのかもしれない。

 でも……

「……すぅ……すぅ……」

「気持ち良さそうに寝てる……」

 シャルロットは響の寝顔を良く見ようとベッドに腰掛けた。

「響って男の子なのに可愛い顔してるよね、髪も真っ白でさらさらしてて……」

 シャルロットは寝ている響の髪を撫でるように優しく梳かす、指の間を通る傷みの無い髪の感触にため息を溢した。

「何の手入れもしてないって言ってたけど……羨ましいよ、僕が男の子で響が女の子だったら絶対告白してると思う」

 自分は何を言っているのかと思わず苦笑してしまう。

 響が女で自分が男という事は絶対にない、むしろ響が男で自分が女である今……彼に好意を抱いているのだからはっきり言って問題にもなっていない。

(好きって……面と向かって言えたらいいのに)

 シャルロットは響の前髪を静かに払いその下に隠れていた顔を見つめる。

(響がいなかったらきっと僕は……僕のこの学園での生活は辛い事ばかりだったかもしれない)

 誰にも自分の秘密を言う事もできず辛い事があっても誰にも相談できない、そんな日々を送れば遅かれ速かれ自分の心は父親の都合で与えられた会社存続の重圧と責任、そして男とい装い嘘をついて生きている罪悪感に押しつぶされていただろう。

「響が僕を助けてくれた、だから僕は僕でいられるんだよ」

「……ん、……すぅ…………」

「ふふ、響も一夏に劣らず鈍感だからこれから大変そうだね」

 シャルロットは手を滑らせるように響の頬に触れる。

「わあ、肌もスベスベしてる、お化粧の乗りも良さそう……それに唇だって柔らか……」

 シャルロットの蒼い瞳が響の小さな唇に釘付けになる。

「…………寝て、るんだもんね」

 何処か緊張した表情を浮かべ声を震わせるシャルロット。

 しかも挙動不審に室内を見回す。

 もちろん部屋には彼女と寝ている響しかいない。

「ま、前は……おでこだったけど……今度は……」

 寝ている隙にしてしまうのは卑怯かもしれない。

 でも、いったんその事を考えてしまってはもう意識せずにはいられなかった。

 柔らかさと張り、そして適度な潤いがある自分の唇を指でなぞるシャルロット。その姿には少女の儚げな可憐さとけっしてみだらではない一種の妖艶さが滲み出ていてた。

「ほんとは恋人同士になってからだよね……」

 それでも確かめたい。

 自分の好きな人の唇がどんな感触なのかを。

「……ごめんね、響」

 シャルロットは頬を朱く染め意を決したように眠っている響に顔を近づける。

「…………………」

 シャルロットは静かに眼を閉じ唇を近づける、閉じた瞼の先には響の唇がある。

 そう思うと心臓が高鳴り頬が熱くなるのを感じた、自分でも何をしているのかと思ってしまうが止めようとも思っていない。

 そんなシャルロットと響の唇が重なろうとした瞬間――

 

   バアアァァン!!

 

「うわぁ!」

 部屋のドアが壊れたのでは中と言うほどの大きな音を立てて開かれた。

 シャルロットはその音に驚き慌てて響から離れすぐ横にある一夏のベッドに座り込む。

「一夏さん! 今日はわたくしとお買い物に行きませんこと!!」

「一夏! あたしと一緒に買い物に行くわよ!!」

「一夏! 私の嫁として買い物に付き合え!!」

「しぃー!!!!」

 慌ただしく部屋の中に入ってきたのは一夏と一緒に臨海学校の準備をしようとしていたセシリアに鈴、そしてラウラだった。

 何も知らない三人にシャルロットは静かにするよう右手の人差し指を自分の唇の前でピンッと伸ばす。

「あ……申し訳ありませんわ」

「ごめんごめん、寝てるなんて思ってなかったのよ」

「すまん」

 セシリア達は顔が赤いシャルロットの顔を見て怒っているのだろうと勘違いして小声ですぐに謝った。

 実際は寝ている響に『キス』しようしているところに乱入された為、恥ずかしさで朱く染まった頬をしていただけであるが……

「……すぅ……すぅ……すぅ……」

 響が起きる事はなかった。

 これだけ大きな音を立てても起きないのであれば早々眼が覚める事はないだろう。

「もぉ、入ってくるなら先にノックしてからにしてよ」

「すみません、でも睡眠の妨げにならなかったようでなによりですわ」

「ほんとねー、これで起きないんだからある意味才能よね。役に立つかわからないけど」

「それよりも嫁は何処にいる、一緒に臨海学校で使用する装備を準備したかったのだが」

 ラウラの言葉にセシリアと鈴も部屋の中を見渡す、シャワールームの中も確認する徹底ぶりだった。

「い、一夏なら僕が来た時にはいなかったよ。響も寝ちゃってたから……一人で買い物に行ったんじゃないかな?」

 シャルロットは置き手紙の事は言わずに一夏がいない事を伝える。

「そんな、わたくしを誘ってくださらなかったなんて!」

「何一人でいってんのよ、あいつは!」

「まったく、嫁としての自覚が足りないな」

「あはは……」

 シャルロットはすごい剣幕で怒りを露わにする三人に乾いた笑いを溢す。

 今更本当の事をいっても怒りは治まらないだろうし下手をしなくても怒りが倍増するのは目に見えていた。

「それでシャルロットさんはどうしてこちらに……まさかシャルロットさんも一夏さんを!」

「ないない、それはないわよセシリア。シャルロットは響に決まってるじゃない」

「そうだ、シャルロットの嫁は皇と決まっている」

「そうでしたわ」

「ちょっとみんな何を言って――!」

 シャルロットはしどろもどろになりながら否定しようとしたがそれよりも早くセシリアが彼女の両手を握り、鈴とラウラが肩に手を置いた。

「見ればわかりますわ」

「見ればわかるわよ」

「見ればわかる」

「~~~~~~!」

 三人の言葉に何も言えなくなるシャルロットだった。おそらくここにいない箒もシャルロットの気持ちに気づいているだろう、気づいていないのは鈍感同盟の一夏だけ。

「しかし、一夏さんがいないのでは長居は無用ですわね」

「そうね、あたし達は一夏を探さなくちゃいけないし」

「これ以上いては邪魔になるだろうから」

 セシリア達は会話もそこそこにシャルロットと響を残し部屋を出て行った。

 彼女の邪魔になるだろうとの判断は正しい物ではあったがキス未遂になってしまった状態で置いて行かれては何ともいづらいシャルロットだった。

「はぁ~……びっくりした、いきなり入ってくるんだもん。驚いちゃったよ」

 シャルロットは気持ちを落ち着けようと胸に手を当て深呼吸を繰り返す。

「……よし、もう一回してみよう……こんなチャンス二度とないかもしれないもん」

 セシリア達に邪魔される前とは違いシャルロットの眼に躊躇いはない、恥じらいこそあるものの『キス』することに迷いはない様子だった。

 シャルロットはもう一度響に寄り添うようにベッドに座り顔を近づける。

「………………響」

 今度は成功するという予感に頬を朱く染め自分の唇に当たる微かな吐息に鼓動が高鳴るシャルロット。

 震える唇を響の唇に重ねようと息を止めた……が、

「あらあら、外国の子ってやっぱり大胆なのね」

「はいっ!」

 不意に耳元で聞こえた声に返事を返しながらもシャルロットは再び響から離れた。しかし、ドアの開く音も聞こえず人の気配も感じなかった分余計に混乱する。

「あ、あの……え、ど、どうやって中に……というか、あなたは……」

「私の事は気にしなくても良いわよ、通りすがりの生徒会長だから」

「通りすがり?」

 部屋の中に入ってきたのだから通りすがりではないと言いたいシャルロットだったが彼女の眼には楯無の持つ扇子が映っていた。

 ――『千載一遇』という文字が書かれておりシャルロットが置かれている状況を示している事がわかる。そして、悪戯な笑みを浮かべていた楯無は何もなかったように出口であるドアに向かう。

「それじゃ、お姉さんはこの辺でおいとまするわね。本当は響君に頼みたい事があったんだけど……ねっ♪」

 楯無は扇子で口元を隠しながら小悪魔めいたウィンクをシャルロットに送る。男であればその仕草だけで心を射貫かれてしまいそうになる、そんな魅力的なものだった。

「あ、あのですね……これは」

「いいのいいの、私は何も見なかったから。でも、大人すぎるのは止めてあげてね。じゃないと響君には刺激が強すぎるだろうから」

 意味ありげなセリフだけ残し楯無は部屋を出て行った。

 その言葉にシャルロットも頬を朱く染めているだろうと思ったが頬は赤とは反対の色で染まっていた。

「大人すぎるのは……響には刺激が……強すぎる……」

 青ざめた表情で寝ている響の傍まで歩み寄るシャルロット、顔色だけでなく声も緊張ではなく動揺で震えている。

(もしかして響……生徒会長さんと……『大人なキス』を……!)

 眼がみるみるうちに潤みだし今にも泣きそうな面持ちを見せるシャルロット。

 彼女が脳内で想像している事など一切ないのだが、シャルロットは止まらぬ妄想に声を失い響の小さな口を見つめる。

 ……何故、『大人なキス』というそんな考えに行き着いたのかは恋する乙女のなせる技なのかもしれない。

「僕も……」

 響の口は空気を取り込む為に僅かに開いている。

 楯無のいった大人すぎる口づけをするには好都合な状態だった。

「僕も……し、舌を……」

 シャルロットは楯無に対抗心を燃やしているのかしなくてもいい事を、響の為を思えばしてはいけない事をしようとしている。

 それがわかっているのにもかかわらずシャルロットは顔をこれ以上ないほどに赤くし涙まで流しながら響の口元に意識を集中し僅かに開いた唇をゆっくりと近づけていく。

「せ、積極的にいかなきゃ……僕も女の子だって響に意識してもらえないなら……!」

 涙に濡れる蒼い瞳に十代少女の決意が宿る。

 そんな決意をするように仕組まれたとは考えてもいないのだろう、シャルロットはギュッと眼を瞑り響の唇目掛け顔を近づけ――

「いるか皇。朝の件でお前に話したい事が……」

「………………」

 声と共に部屋の中に入ってきたのはシャルロットと響の担任である千冬だった。

 これまでにない集中力が徒となったのかシャルロットは千冬が再三ノックしていた事に気づかなかった。

「何をしている、デュノア」

 シャルロットの行動を問い詰める千冬ではあったが、重々しいため息を吐きながら額に手を当てる彼女の姿は全てわかったと言いたげな物だった。

「あ、あの……響の寝顔を……見てました」

 ゆっくりと響から顔を離すシャルロット。気まずさと度を超した行動を千冬に見られてしまい自然と正座で話を続ける。

「……まあ、お前がそう言うならそうなのだろう。決定的な証拠があるわけでもない」

「すみません、これは……魔が差したというか、生徒会長さんに負けられないというか」

「生徒会長? ……楯無の事か、あいつめ面倒毎を増やしてくれる」

「し、知ってるんですか?」

 千冬はIS学園の教師である。生徒会長という役職の生徒を知らないわけがないのだが今のシャルロットにはいつもの判断力は消えていた。

「あいつがお前に何を言ったのかは知らないが皇とはお前が考えているような関係はない。あいつは人をからかう癖があるからな……あいつの言葉をあまり真に受けるなよ」

「そ、そうだったんですか……よかった~」

 シャルロットは大きくため息を吐き安心した表情を浮かべる。

「ところで、皇は起きそうか」

「えっ、どうでしょう? さっきセシリア達が来た時は凄い音を出しても起きませんでした……まだ起きないと思います」

「そうか、話があったのだが……また後で来る事にしよう」

「ぼ、僕が伝えておきましょうか?」

 自分のした事を特に罰するような事をしなかった千冬に少しでもお礼を、と考えたのかシャルロットから提案が出る。

 少しだけだが落ち着いてきているのか冷静さを取り戻し始めていた。

「これは皇に直接伝えなければならない事だからな私から伝える事にする。あと私は山田先生と一緒に街の方へ出かける、皇が起きても私が来た事は知らせなくても良い。夜にでも伝えるさ」

「わかりました」

「ではな」

 千冬は踵を返しドアノブを握り、そこで立ち上がったシャルロットに振り向く。

「……不純異性交遊は程ほどにしておけ、そうでなくても皇は子供だ。もう少し互いに理解した上で行動を起こすようにしろ」

「……はい、すみませんでした」

「わかればいい」

 酷く疲れたため息を溢し千冬は部屋を出て行った、残されたシャルロットは一夏のベッドに腰を下ろし後悔の念にかられていた。

 千冬のおかげで危機的状況(冷静に考えれば自分も響も大変気まずくなる)を脱する事ができた、これからはもう少し自制心を強く持たねばとシャルロットは深々と頭を下げた。

「……ふああぁぁ~……」

「響、起きたの?」

 寝ていた響の大きなあくびが聞こえシャルロットは響の傍に座り直す。

 三度目の正直ならぬ四度目の正直、とはさすがにならずシャルロットは眼を擦り起きようとしている響の顔を覗き込む。

「起きられる? まだ、午前中だから寝ていたいなら寝てられるよ」

「ん~?……しゃるろっと?」

「そうだよ、僕だ――よっ!?」

 響はまだ寝ぼけているのか自分の顔を覗き込んでいるシャルロットの問いかけに返事を返さなかった、変わりに左手を彼女の頬に添える。

「ひ、響?」

「……おはよ~、しゃるろっと~……」

「っ!?」

 寝ぼけながらも響はシャルロットに満面の笑みを浮かべ挨拶を返す。

 起きたばかりの無防備なあどけない笑顔、それは無邪気さや可愛らしさを通り越した純真無垢な表情。それを見る事ができるのは響と一緒に生活をしてきた家族を覗けばシャルロットと一夏だけ……。

 しかし、今響が見せている表情はシャルロット達でも見た事がないものだった。

 高校生になれば目覚ましで起きれるようになる、しかも同室しているルームメイトがいればちゃんと起きなければと気を張る。

 それが今の響には無いのだ。つまり、シャルロットが見ているのは響の素の表情であり誰でも見る事ができる様なモノではない。気を許した友人でも見る事はできないはずだ。

 過剰表現すれば選ばれた者、家族や『恋人』でなければ見る事のできない至高の素顔。

 しかも、今は響の手がシャルロットの頬に触れている。見るものによっては眠っていた王子様がお姫様の口づけで起きるおとぎ話の一場面に見えただろう。

 とはいえ、響はシャルロットのキスで起きたわけではないが。

(……今の僕にはこのくらいで丁度良い、かな)

 その事実に気がついたシャルロットは嬉しそうに笑みを浮かべ自分の頬に触れる響の手に細くしなやかで、柔らかな手を重ねるのだった。

 

 




 お気に入り登録されてくれている方、気ままに読み進めていてくれた方、お久しぶりです!
 これまで定期的な投稿ができるようがんばって参りましたが、オリジナル展開だとなかなかうまくいかないものですね(汗
 仕事の合間に何とか打ち終えたので投稿させていただきます<(_ _)>
 また、間が開くかもしれませんがなにとぞ応援と感想・評価お願いいたします!!
 
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