IS〈インフィニット・ストラトス〉 剥奪人形の選ぶ道   作:エヴァンジル

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第十八話 ターニングポイント

 

 大座敷部屋に移動した響達。専用機持ちと教師陣が勢ぞろいしたその部屋には大型の空中投影ディスプレイが浮かんでいる。

「二時間前、ハワイ沖で試験稼働を行っていたアメリカ・イスラエル共同開発の第三世代の軍用IS【銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)】――福音が制御下を離れ暴走。追撃機を撃墜及び振り切り監視空域から離脱した。」

 千冬の語る内容に一夏の肩が震えたのが見えた。代表候補生のシャルロット達はこういった事態の訓練を積んでいるが、一夏はあくまで一般人だ。動揺するのも無理が無い。

(何だろう……何か、何か変な気がする)

 そんな中、響だけは海岸から戻り束と離れる事で身体の震えが治まっていた。

 一夏と同じように響も一般人なのだが暴走した福音の話を聞いても彼が怯える様子はい、むしろ今回の暴走事件について何らかの違和感を感じている程の落ち着きを見せている……まるで篠ノ之束の方が恐ろしかったと言うように。

「その後の追跡の結果、福音が時間にして五十分後ここから5キロ先を通過する事が分かった。この事態に対し、学園上層部からの通達により我々がこの事態に対処することになった。教員は付近の海域の封鎖を行う。その為に、専用機持ちにこの事態にあたって貰う。これは銀の福音と教員の使う量産型ISでは性能差が激しい為だ。ここまでで質問は?」

 手を挙げたのはシャルロットだ。彼女もまた、険しい顔をしている。

「福音が暴走した原因は何なんですか?」

「今も調査中との事だが原因は不明だ」

「なら、直接わたくし達が止めるしかないという事ですわね……目標ISの詳細なスペックデータを要求します」

 セシリアもシャルロットに続き手を挙げる。

「わかった。但しこれは最重要軍事機密だ。決して口外するな。情報漏えいがあった場合、この場に居る全員が査問委員会にかけられ最低でも二年間の監視が付けられる」

 全員が頷くのを確認するとディスプレイにデータが映る。銀の福音。広域殲滅を目的とした特殊射撃型IS。攻撃と機動に特化しており、最高速度は二四五〇キロを超える。格闘能力は未知数。

 明かされたデータを元に教師と専用機持ち達全員が相談を始める。しかし何分データが少なく、行き詰ってしまう。

(広域殲滅を目的にした機体ならオルコットさんと同じようにオールレンジ攻撃が出来るって事だよね。スペックデータを見る限り格闘能力は未知数だけどこの武装と性能なら接近戦に持ち込むのが一番安全、だけど……)

 響も福音のデータに目を通し自分なりの対策を考えていた。しかし、その表情は他の誰よりも険しい。何より響の眼には福音の暴走に対する戸惑い以外にも気がかりを感じている節がある。

「このまま戦闘に入るのは危険だと判断します、偵察は行えないのですか教官?」

「無理だな、この機体は今も超音速飛行を続けている、最高速度を考えれば福音とのアプローチは一回が限度だな」

「一回きりのチャンスですから一撃必殺の攻撃力をもった機体で当たるしかありませんね」

 真耶は響達の中で一夏に眼を向ける、彼女につられるようにその場にいた全員が一夏に視線を集める。

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺が行くのか!?」

「「「「「当然!」」」」」」

 いきなりの抜擢に驚きを隠せない一夏の言葉に箒達は声を揃える。

(……やっぱり、一夏が選ばれるよね)

 一夏の専用機『白式』にはエネルギー無効化攻撃である『零落白夜』が備わっている、例え相手が競技用ISに比べればエネルギー総量は軍事用ISが上とはいえエネルギーは無限ではない。

 しかも今回は正真正銘の実戦でありなおかつ一度きりしかチャンスがないのならこの場に多種多様の専用機があっても一夏が最前線に赴く選択肢しかない。

(でも、『白式』の燃費を考えるとエネルギーは全部攻撃に回さなくちゃいけなくなる。……そうなると福音に追いつける速度が出せてなおかつ近接戦闘のサポートが出来るのは――)

 響は強くなる胸騒ぎに唇を噛みしめる、海岸で返事を返した箒の姿が頭から離れない。

「織斑、これは訓練では無い。実戦だ。もし覚悟が無いのなら、無理強いはしない」

 一夏は慌てた様だったが、千冬の言葉で覚悟を決めたのだろう。その眼に闘志が宿る。

「やります。俺にやらせてください」

「よし、それでは具体的な内容に入る。意見がある者は直ぐに伝えてほしい。皇、お前もだ」

「わかりました」

 しかし、千冬もシステムの危険性を知ってか容易に響を選ぶ事はなかった。

「この中で最高速度を出せる機体は誰だ?」

「それなら私のブルー・ディアーズが。強襲用高機動パッケージ《ストライク・ガンナー》が届いております。これには超高感度ハイパーセンサーもあります」

「超音速下の戦闘訓練は?」

「二十時間ですわ」

 セシリアの回答に響達は頷く。これ以上の適任は無いだろう。

「よしならばオルコットが織斑をポイントまで連れて行き、織斑の『零落白夜』で目標を落とす。パイロットに関しては――」

「ちょーと待ったーーーーーーー!」

 突然声がしたかと思うと天井の板が外れそこから束が顔を出した。

「ちーちゃん! そんなのよりももっといい作戦がここにあるんだよ!」

(……束博士、何でここに?)

 響は再び震えだした身体を押さえる様に両手で身体を抱きしめる、この悪寒の原因はやはり束が関係しているのだろうが今はその事を考えている暇がなかった。

「出ていけ。山田先生、室外へ強制退去を」

「は、はい!」

 真耶が慌てて束を捕まえようとするが、するりとそれをかわすと束は千冬に詰め寄った。

「ここはね、断・然! 紅椿の出番なんだよ! なんて言ったって、紅椿の展開装甲ならパッケージなんてなくても超高速起動ができるんだからね!」

 ハイテンションで騒ぎながら束が空中ディプレイを幾重にも呼び出す。

「紅椿はね、展開装甲って言う第四世代のISの装備なんだよ!」

 ざわっ、と室内に動揺が走る。それもその筈だ。現在世界では第三世代の試験一号機が出来た段階なのだ。それなのにそれを無視した第四世代の登場。これはIS開発の知識がない響と一夏でも分かるほど異常な事だった。

「白式にも一部使ってたんだけどねー! それを紅椿には全身に組み込んじゃいました! これで最大稼働時にはスペックデータは倍プッシュ! これぞ、第四世代型の目的である、即時万能対応機って奴だね。私がもう作っちゃったよ。ぶぃぶぃ」

 束は笑いながら言うが、周りはそれどころでは無い。誰もがこの事実に唖然と、そして呆れていた。第三世代型はそれこそ、多くの科学者達、そしてテストパイロット達が努力と研究を重ねて開発を続けている。この場にいる専用機持ちだってそうだ。セシリア、鈴、ラウラの機体は第三世代。最新鋭にして、更なる発展を目指す為の試験機に近い。彼女達もその搭乗者となった事に誇りを持っている。

 しかしそう言った努力も想いも、天才の行動一つで無意味になってしまう。これほど馬鹿な事は無い。

 気まずい沈黙の中、束は何故周りがそんな顔をするのか分からないのか首を傾げている。それを打ち破るべく千冬が声を上げる。

「全員、集中しろ。紅椿のデータは分かった。確かにこれなら作戦は可能だ。束、調整にはどれくらいかかる?」

「お、織斑先生!?」

 驚いたのはセシリアだ。状況からして自分が参加するものだと思っていたのだ。

「オルコット。パッケージの量子変換インストールはしているのか?」

「い、いえそれはまだ……」

 痛いところを突かれセシリアが勢いを失う。それを横目に束はピースを作る。

「因みに紅椿なら七分もあれば余裕だね♪」

「よし、ならば白式と紅椿の二機で――」

「お、おれは反対です。この件はオルコットさんに任せるべきだと、思います」

「んー、どうしたのかな、ひー君? 心配しなくても束さんの作った箒ちゃんの専用機は――」

「皇、理由を述べてみろ」

「ちーちゃん!?」

 千冬は先を促し束が声を上げるがそれを無視した。千冬の声を遮って自分の意見を口にしてしまった以上は喋らなければいけない、響は喉を鳴らし口を開く。

「り、理由は搭乗者である篠ノ之さん……です」

「なんだと!?」

 響の言葉に箒が反応する。響は気まずそうに箒を一瞥するがそれでも口は止めない。

「篠ノ之さん……は高速機動の訓練を受けた事ある?」

「そ、それは無い。だが、それ位――」

「代表候補生のオルコットさんでさえ二十時間も訓練を積んでるんだよ? 今日受け取ったばかりのISでの高速機動の実戦なんて無茶だよ」

「しかし一夏だって高速機動は初めての筈だ!」

「だったらなおさら経験者のオルコットさんと組んだ方が良いと思う。一夏が作戦から外せない以上は……おれが一夏と同じ立場に立ったら、そうする」

「私では役不足だと言いたいのか!」

「……おれが言えてた義理じゃないけど……そういう、ことかな」

「皇、貴様!」

 激昂した箒が響に飛びかかろうと立ち上がるが、それを千冬が止めた。

「落ち着け篠ノ之。ならばお前の案を言ってみろ」

「今回の作戦は一夏とオルコットさんのペアで挑むべきだと思います、確かに機体性能は束博士が一から手がけた『紅椿』のほうが上ですけ。けど、相手が射撃型のISである以上近接型ISだけだと苦しいと思います」

 超音速で動いている相手に近接戦闘だけで挑むのはかなり危険だ、一度しかないチャンスを確実な物にするには箒にも言った様に的確なサポートが必要になってくる。

 なれない機体に普段と違う好戦的な様子……今の箒では命の危険がある戦場に向かうのは危ない気がする。

「オルコット。量子変換にはどれくらいかかる?」

「武装を通常のままで、機動性のみに限定すれば最速で15分で出来ますわ」

 細かい作戦の打ち合わせを含めれば時間としてはギリギリだろう。しかし出来ない時間ではない。

「確かに一理ある。命令も福音を優先的に対処するようにとの事だが……」

「ちーちゃん! そんなの大丈夫だよ。私の紅椿なら問題ナッシングだから余計な機体は要らないよ」

「き、機体の性能だけでは不安材料が残ります。織斑先生」

「もぉー、ひー君はほんとに心配性だねー。大丈夫! 束さんの計算ではいっくんと箒ちゃんの勝率は九十%こえてるから♪」

「で、でも……」

 のれんに腕押しとはこのことを言うのだろうか。

 作戦における不安材料と失敗した場合の危険性を訴える響の言葉を束はにこやかに笑顔を浮かべ天才としての言葉で受け流していた、どこか虚しさが漂う空気が室内に充満する。そんな中、シャルロットが手を挙げた。

「織斑先生。僕も響に賛成です」

 きっ、と箒がシャルロットを睨む。しかし彼女も揺るがずに真っ直ぐに見返した。

「響の言う通り、ここはやはり経験のあるセシリアとコンビを組むのが良いと思います」

 シャルロットの意見に何人かが頷く。しかし教師の一人が口を開いた。

「しかし、篠ノ之博士は誰もが認める稀代の天才です。その博士が作った最新鋭の機体なら問題ないのでは?」

「確かに。それにスペックデータを見る限り、失敗する確立は非常に低いですし」

 教師陣の何人かが束に賛成をする。しかしそれはどこか、束の機嫌を損ねたくないという感情が見え隠れしていた。その堕落した態度に響は最後の不確定要素を言い放つ。

「確かに束博士や先生方の言うようにスペックデータを見れば可能だと思います。それに篠ノ之さんはおれより操縦技術も高いです。でも……その、……作戦がうまくいった後の事を考えればやっぱり篠ノ之さんは出ない方が良いと思います」

「うまくいった後の事だと? 任務が成功したのならそれで良いではないか!」

「あの、さ……篠ノ之さんがが手にしたのは第四世代ISなんだよ? この世界でたった一機しかないどの国にも所属していないあの天才篠ノ之束博士がつくった最高性能で規格外の機体、そんなISとその操縦者の君を世界政府が黙って放っておくとは……おれには思えないんだよ」

 一夏と同じように女にしか扱えないISを動かしてしまった異例として学園に入学した自分だからこそ言える事だった。

 IS学園が独立国家のような立ち位置でもISの生みの親が一から作り上げた最高性能の機体、それはどの企業・国も喉から手が出るほど求める『存在』……現段階で束が造った『紅椿』は束以外の科学者達にしてみれば机上の空論のモノだ。いつ現実に出来るかも分からなかったそんな空論が今現実に形をなしソレを扱う事の出来る操縦者までいる……それを手に入れる為なら秘密裏に行動を起こすだろう。例え不正が明るみに出たところでそれに勝る技術情報は手に入る……そして体面を保てなくなった国が起こすのは最悪の場合『世界規模の争い』である。

「! ……それは」

「それにこれは極論だけど、被害が篠ノ之さんだけに出るなら良い、良くないけど。でも、一夏達はどうするの? 一夏達なら篠ノ之さんが助けてって言えば助け手くれると思う、それはおれも同じだよ。……でもそうなれば一夏達も危険に巻き込む事になるよね?」

 響はわがままを言う子供をあやすかのように箒を窘める。しかし、その言葉は子供どころか大人顔負けの内容である。

 束の機嫌を損ねたくないと言った教師達よりも遙かに先を見据えた考え、何より箒個人と一夏達の安全を考えた正当な意見は何処にも間違いはない。

「………………」

 響の真摯な言葉に箒は黙り込む。しかし、彼女に取っては闘える力がありながら戦場に行けない事は苦痛であるはず……このまま引き下がってくれればと願いつつ響は話を続ける。

「……だから少なくとも今回、篠ノ之さんが出撃するのは反対です。今回の作戦が終わったら『紅椿』をどうするか考えた上で彼女の安全の確保を優先した方が――」

「はいはい! そこまで~、そんな事はこの束さんがさせないし、箒ちゃんと『紅椿』なら大丈夫大丈夫! それに、これ以上は時間がもったいないよ~」

「っ!? あなたは自分の妹を危険にさらすきですか、束博士!!」

 自分の思いがどうしても通じない束に声をあらげる響、このまま話を続ければ束に掴み掛かるのではないかと言うほどに。ここまで嫌悪を全面に押し出した彼の姿を今まで見た事がなかったシャルロット達は声を失った。

「『その危険から護るために』専用機を持ってきたんだよ、ひー君そろそろ聞きわけてくれないと束さんも怒っちゃうぞ? ぷんぷん!」

「束博士……どうしてそんなに篠ノ之さん達を闘わせたが――」

「――今回の件は先の通り織斑と篠ノ之が対処するものとする」

 束に噛みつかんばかりの勢いで抗議を続けようとした響の声を遮るように千冬の凛とした声が部屋の中に響く。

「ちーちゃん!」

「………………」

 束が喜び、箒もまたその顔が緩む。一方響は何も言わずその千冬の出した答えを聞いていた。

「目標の撃墜及び操縦者の保護を目的とする、織斑と篠ノ之は準備に入れ!」

『はい!』

 やっと作戦が決定し千冬が指示を飛ばしていく。再び騒がしくなった室内、そこで束は響にまるでこうなる事が変わっていたように満面の笑みを浮かる。

「私のISにも箒ちゃんにも力があるからさー心配しないで見ててね、ひー君!!」

「………………」

 響は無言。それを気にもせず束は箒の元へ歩いていった。一人残された響。その手はきつく握りしめられ震えていた。それは千冬の決定か、束の言葉ゆえか。

 それとも自分が考える最悪の結末が本当になってしまうのではないかという恐怖なのか……。

(束博士しか作れない第四世代ISなんて学園に持ち込んだらそれこそ過剰な戦力が集まってるって言われてもおかしくないのに。ただでさえ、自分や一夏の事があって代表候補生と専用機が学園に集中してるのに……もし、世界政府の人達がIS学園を危険分子だって判断したら――)

 そんな中。ふと自分の右手が急に暖かい手で包まれた。

「響、血が出てる」

 シャルロットは一本一本、解くように響の握りしめられた指を開きハンカチを巻いていく。

「あ……ごめん」

「ううん。それよりも大丈夫?……って言っても響は大丈夫って言うよね」

 ふふ、と安心させるような笑顔で笑いかけられる。

「響が何でそんなに怒っているのか……僕にはその理由は分からない。だけど響が何かに苦しんでいるなら僕はその助けになりたいと思う。それは忘れないで」

「……あ、ありがと~……シャル」

 自分でもどうして束をこれほどの嫌悪を抱いているのか分からない響。

 初めてあった瞬間から彼女の声を聞く度に、姿を見る度に……まるで身体の中から虫がはい出てくるかのような恐怖とそれに混じって今まで感じた事のない怒りがこみ上げてくる。

 しかし、それでも笑いかけてくれるシャルのそんな姿が響に冷静さを取り戻させる。

「皇」

「は、はい~」

 千冬に声をかけられた響はシャルロットのお陰もあって普段通りの彼に戻っていた。

 だが……

「顔色が悪いぞ、大丈夫か?」

「あはは~……束博士にくってかかっちゃって今頃ですけど、その、凄い事したな~って」

 シャルロットのお陰で冷静になれたもののあの世界が認める天才に反抗してしまった事実が頭をよぎる響。

「ちょっと気疲れしただけですから~」

「………………」

 気疲れしただけ、と響は言っていたが千冬は彼が束に怯えていた事に気づいていた。その原因は分からないまでも響の精神状態に強い影響がある、千冬は少しだけ考え込む仕草を見せたがすぐに響に指示を出す。

「皇、今日は体調が悪いようだな。お前は専用機持ちだが今回の作戦には参加しなくていい、部屋で休め」

「えっ、でもシャル達はここに居るんですよね~?」

 響は動く気配がないセシリア達に眼を向ける。作戦が決まったとは言え不測の事態に対応すべくここに残っている事はすぐにわかった。

「お前は専用機持ちだが一般人だ。織斑の場合は機体特性を考えて外す事は出来んが……そんな顔をした者を戦場に出すわけにはいかない」

「……そんなに酷い顔してますか~?」

「ああ、まるで死人のようだ」

 その言葉はのまま響の表情を現していた。

 青ざめた頬に何処か力のない緋色の瞳に乾いた唇……額にも汗が滲んでおり、緊張状態から解放された影響なのか動きも鈍く散漫だった。

「何かあれば呼ぶ、それまでは寝ていてもかまわん」

「わかりました~、それじゃお言葉に甘えます~」

「うむ」

 そう言うと千冬は作戦の指揮に戻っていった。

「僕もここに残るけど……一人で部屋に戻れる?」

「うん、大丈夫~……少し疲れただけだから~」

 響は心配いらないと言うように笑みを浮かべる、表情は何処か硬いもののそれでも束に大声を上げたような鬼気迫った様子は見受けられない。

「それじゃ、おれは部屋に戻るよ~。でも、何かあったらすぐ呼んでね~」

「うん、わかった。その時は呼びに行くから……響もゆっくり休んで」

 響は返事をする変わりに力のない笑みを浮かべ大座敷部屋を出ていった。

「響、大丈夫かな。……この作戦が終わったらすぐに様子を見に行こうかな」

 シャルロットは響の弱々しく縮こまった背中を見て胸騒ぎのようなものを感じたが「気のせいだよね」と、千冬達の元へ歩いていくのだった。

 

 

 

 

 

「はあ~」

 旅館の客室、布団も引かずにISスーツのまま畳の上に寝転がりその天井を見上げながら響は大きくため息を吐く。しかし、その重い吐息の原因は分かりきっていた。

(……何で、あんなに怒っちゃったんだろ~)

 束に対する原因不明の悪寒……。

 自分でも不思議なほどに彼女を嫌っている事が自覚できるのだ。敵意と言っても良いかもしれない。

 柔和な微笑みから眼を逸らしたくなる、親しげな声に耳を塞ぎたくなる……なのに心はその反対。

 束の微笑みを眼に焼き付けようとする、彼女の声を忘れないように憶えようとする。

 怖いはずなのに怒りが沸き上がる、自分の中の相反する感情と行動に響は疑問を感じられずにはいられなかった。

 だが、それ以上に心に引っかかるのは束の海岸での一言。

 

 

『私が知ってるひーくんは『まだ』髪が黒かったもんね』

 

 

(おれは……束博士と会った事が、あるんだよね~。きっと……)

 そう思えてもその時の記憶は全くない。

 出会った事があるにしても確実に言える事は皇家に引き取られる前、それも実の両親の虐待によって失ってしまった以前よりも前に。

(でも、いったいどこで……いつ束博士と会ったんだろ~……本当の両親の事、何か憶えてたら調べる事もできたかもだけど……父さん達は、何か知ってるのかな~……)

 響は寝返りをうち携帯が入っている鞄を見る、今は体調不良という事で休ませてもらっていたが連絡を取ろうと思えば今すぐにでも出来る。

(……ううん、本当に束博士の勘違いかもしれない。それに世界には自分に似た人が三人はいるって言うし~……もしかしたらおれの聞き間違いかも……)

 考えれば考えるほど疑問が強まる一方で答えが見つからない気がかりを考える事をやめた、シャルロットの事でも答えが分からず保留した事があったがそれとは違う事を理解していた。

 問題の質が根本的に違う、しかも答えがある事を直感的に感じてはいても何かが邪魔をして自分と束の間にある何らかの答えを導き出す事が出来ない。

 響はむくりと起き上がり広緑へと近づき窓の外に広がる景色を眺める。そこに広がっていたのは暗く重い自分の心とは反対の美しい光景が広がっていた。青い海と空、そして日の光に照りつけられた砂浜。

 そんな光景を見ても響の表情から不安は消えない。

「一夏達は大丈夫かな~」

 部屋の時計で時刻を確認する響、指針が示す時間は既に一夏達が作戦を開始している時間だった。

「……もう福音と闘ってる、よね」

 福音との闘いで勝敗の鍵を握るのは一夏と『白式』の『零落白夜』である。

 しかも最初の一撃で仕留める事が出来なければ一気に不利になる、それは第四世代機『紅椿』の驚異的な性能を持ってしても同じだ。

 作戦模索時に見る事が出来た『福音』のスペックデータは第三世代機、第四世代機である『紅椿』を下回るモノだった。だが、篠ノ之束お手製のISに劣らないモノがあった。

 それは絶対的なエネルギー量の差、軍事用であるために搭載されているエネルギー総量は競技用に設定されている自分達のISとは比べものにならない。

 束が箒のために用意した『紅椿』でさえ競技用に設定されていた……。

「本当に成功率が九十%以上でも……規格外の性能なのは分かるけど、それでも無茶だよ~」

 ましてや相手は操縦者の制御を一切受け付けていない暴走機……確実に命の危険性がつきまとう。

「危ない事がわかってても実の妹を闘いに送り出すなんていったい何を考えて――」

 いくら世界最高の天才でも考えが甘いのではないか、そんな不満を口にしようとしたとき響の中で何かが引っかかった。

「……危ない事がわかってた……?」

 あの時、あの人はなんと言っただろう。

『『その危険から護るために』専用機を持ってきたんだよ』

 そう、自分と口論したとき……彼女は確かにそう言った。

 その危険とは何か?

 第四世代機の操縦者になり注目を浴びる事になる箒を世界の私利私欲に動く者達から護るため――

「……違う」

 『紅椿』の力を悪用されないようにというならそもそも持ってくる必要がない。

 仮に今回の暴走事件が起きなかったとしてもIS学園から離れたこの臨海学校で持ってくる意味は? 専用機を渡したかったなら学園でも構わないはずだ、むしろIS学園からの援護を受けにくい場所で受け渡しする利点はない。

 世界中が血眼になって探していなかで堂々と姿を見せているのは何故か? 第四世代機という空想の産物を作り上げた唯一無二の制作者、そしてその操縦者。

「篠ノ之さんと『紅椿』を……目立たそうしてる? そしたら世界から注目された危ない事にも巻き込まれやすくなる……?」

 箒は束の妹、それだけで保護プログラムが適用されている程の重要人物。本来なら不用意に目立つべきではない。しかし、束の言う危険はこれではない。

「でも、危ないのは今だよね? ならその危ない事が起きるってわかってた……? だから篠ノ之さんの専用機を持ってきた? だとしたらどうしてそれがわかったの?」

 響は混乱する思考に身震いする、今考えた仮定が全て本当だとしたら束の目的がなんなのか見当がつかない。

 目立つ事が狙いなら危険を冒してまでするような事ではない、むしろ箒と一緒に人目の前に出ればそれだけで良い。

 つまり現状では束が箒に専用機を渡し偶然起きてしまった暴走事件を利用する必要は無いはず。

 こんな回りくどい方法をとる意味がない事は当の本人が理解していないはずはない。

「他に目的がある? ……わかんない。わかんない……いや、でも……こんな事本当にする……? 勝つ事が出来れば良いけど負けちゃったら元もこうも…………っ!」

 混乱の中で必死に状況を整理しようとする響の脳裏に学園でのある一幕の光景がよぎった。

 

 

『おれに専用機ですか~?』

『ええ、そうですよ。君は訓練機とは言え正体不明のISを撃退した四人の内の一人ですからね、そろそろ専用機の準備をと考えているんですよ』

『学園長は君が代表候補生二人と世界最強の弟が手こずった所属不明機を破壊した……って事にしたいの』

『皇が国家が選び出した代表候補生でも撃退できなかったISを退けたとなれば勝手が変わってくる』

 ――代表候補生二人が手こずり最強の称号『ブリュンヒルデ』をもつ千冬の弟で世界の注目の的である一夏よりも上の実力を持つ……それだけ響には彼自身が考えている以上に箔がつく。

『その事実があればお前を狙う者達も迂闊に手出しできなくなる、何せお前は私の弟よりも強くたった数回の操縦訓練で代表候補生に匹敵するだけの実力を身につけるほどの天才。そこに専用機が加われば――』

『君の安全はより磐石なものになるってことだよ、響君』

 

 

「束博士は自分の眼の届くところで……篠ノ之さんと一夏の安全を確保しながら『福音』の暴走を止めたっていう箔をつけようとしてる……の?」

 第四世代機を与え例外である織斑一夏と共に『福音』を落とさせることで、注目を浴びせながらも世界最高の天才にして天災である自分と、世界最強のIS操縦者と血縁者という繋がりがあれば世界は互いに牽制しあい自然と単独で動く事がほぼ不可能になる。

 そうでなくても情報社会の現代で一度流れ出た情報は止められない、仮に止められる者がいたとしたらそれはたった一人……篠ノ之束一人だけ。

「……なんでこんな事、するのかな……それさえ分かれば……何か、何か分かる気がするのに――!」

 眉を寄せガラス一枚隔てた向こう側に広がる砂浜に眼を向けていた時、響は砂浜を歩いているある人物の姿に眼を見開く。

 そこにいたのはこの世界の誰よりも特徴的な服装に身を包んだ女性……。

「……束博士、どうして外に? 今は作戦中のはずじゃ……織斑先生達のところにいるはずじゃ……」

 『紅椿』の調整があったとしても短時間で終わったはず。

 その調整が終われば作戦をとる千冬の元へと戻っているものと考えていた響に彼女の姿は衝撃を通り越して理解不能だった。

「篠ノ之さん達の状況を知るには織斑先生達と一緒にいた方が良いはずなのに……」

 響は増え続ける疑問に頭が追いつかず眼を回しそうになるが束が砂浜を歩きどこかへ向かおうとしている事に気づく。

「……あっちは建物とかは無いはずだよね。あるのは……森だけだったような、何をしに行くんだろ?」

 響は束が森へと姿を消した時、胸に言い表せないざわめきを感じ部屋を慌てて飛び出す。

(この感じ……砂浜で束博士を見たときと同じ、ううん……もっと強くて濃い、そんな嫌な感じがする)

 響は知らず知らずのうちに額から頬に流れ落ちてきた汗を拭いながら束の後を追った。

 この時、千冬に何らかの形で自分の行動を伝えるべきだったというのに今の彼からはそんな冷静さは残っていなかった。

 響自身も気づかない焦燥感が彼の足を束の元へと向かわせる……そして響だけでなく彼を護る立場だった千冬と真耶、共に闘う仲間であるシャルロット達が見逃してしまった響のほんの僅かな違和感。

 それが今日この日彼等が冒した最大のミスだったと気づくのは僅か数十分後の事だった。

 

 

 




 やっと更新する事が出来ましたー!!
 今回はシリアスでいければと思い書いてみましたが何処まで上手くシリアスに出来ているか不安です(-_-)
 こういった展開は苦手な方なので文章的におかしな部分があると思います。
 指摘の方を頂けたら参考に推敲してみたいと思いますので批判などの感想も遠慮無くどうぞお願いします!
 最後に前回の更新から間が空いてしまって申し訳ありませんです……とは言え、また間が空きそうな今日この頃~
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