IS〈インフィニット・ストラトス〉 剥奪人形の選ぶ道 作:エヴァンジル
時刻は十一時半。
七月の空はこれでもかと言わんばかりに海岸をその眩い光を降り注ぐ。
そんな砂浜で作戦決行時刻と同時に一夏と箒は互いに一瞥し待機状態の『白式』と『紅椿』を展開する。
「来い、白式!」
「行くぞ、紅椿!」
その声と共に二人は光に包まれ同時にISを纏う、姿を現したのは呼んだ名の通り白と紅のIS。展開と同時に起動したPICによる浮遊とパワーアシストが正常に機能した事を確認した一夏達は表情を引き締めた。
「俺はエネルギーの殆どを攻撃に回さなきゃならないから移動は頼んだぜ」
「本来なら女の上に男が乗るなど私のプライドが許さないが、今回は特別だぞ」
作戦の性質上、移動の全ては箒が担当する。一夏はその彼女の背に乗って福音と接敵、『零落白夜』の一撃で撃墜しなければならない。
一撃必殺が不可欠の作戦と考えれば一夏と白式には僅かなエネルギーの消費でもまずいのだから。
『織斑、篠ノ之、聞こえるか?』
ISのオープン・チャネルから千冬の画像が映し出され二人の耳に声が届く。
一夏と箒は頷きながら返事を返す。
『今回の作戦は一撃必殺による短期決戦だ、あまり気負いするなと言いたいところだが気を抜きすぎるなよ』
「了解」
「織斑先生、私は状況に応じて一夏のサポートをすればいいでしょうか?」
『そうだな。しかし、無理はするな。お前は専用機を受け取ったばかりで試験運用も実戦経験もない。束が造ったとは言え何かしろの問題が起きるかもしれんからな』
「わかりました、出来る範囲で支援します」
千冬の言葉に対する箒の応答は一件落ち着いているように見える。だが、その姿を見ていた一夏は彼女が何処か浮ついているように見えた。
一夏は規格外の力を持った専用機を手にした喜びを隠しきれず頬を僅かに弛めている箒に不安を感じた、このままでは何か良くない事が起きるのではないか……と。
『――織斑』
「は、はい」
箒を見つめていた一夏に千冬が声を掛ける、しかも先程まで使っていたオープン・チャネルではなく個人回線に切り替えて。
一夏は通信回線の突然の切り替えに慌てながらも設定変更しながらも返事を返す。
『篠ノ之はどうも浮かれているようだ……あの状態では作戦に支障が出るかもしれん。いざというときはお前がサポートしてやれ』
千冬は一夏の不安と箒の喜悦を見逃さず冷静に指示を出す。
その中で一夏に箒のサポートを告げているという事は同時に一撃必殺で決めきれない可能性を忘れるなと言う注意でもあるのだろう。
相手は競技用ISを超える性能とエネルギーを有する軍用機である、一撃必殺を目的とする作戦ではあるものの千冬も大座敷部屋でのやりとりを気にしているのだろう。
束の用意した『紅椿』なら作戦の成功はかなりの確立で成功する、それは千冬も分かっていたが普段から人に声を荒げる事の無かった響の様子と口にした不安要素は決して無視できるようなモノではない。
「わ、わかりました」
『頼むぞ……では、これより作戦を開始する、始め!!』
再びオープン・チャネルに切り替えると同時に千冬は作戦決行の号令をかける。
「行くぞ、一夏」
「おう」
箒は一夏を背に乗せたまま一気に上空三百メートルまで飛翔した、その速度は瞬時加速と同等かそれ以上……その脅威の加速力に言葉を失う一夏だったが振り落とされぬようしっかりと箒の肩に捕まる。
(くっ、これが《雪片二型》と同じ……その完成型の力なのか!)
その特性上、『紅椿』の展開装甲はパッケージのインストール無しで攻撃、防御、軌道の全てに対応できる仕様になっている。
今はスラスター部分の装甲だけだがコレが全展開となればいったいどれだけの出力になるのか一夏には想像もつかなかった、それ以外にもこれだけの性能を発揮しながらもISの展開を維持していられるだけの膨大なエネルギーをどこから歳出しているのかすらもわからない。
『紅椿』の底知れぬ性能に言葉を失う一夏をよそに箒はものの数秒で目標高度の五百メートルに上昇し福音の索敵に取り掛かる。
「暫時衛生リンク確立……目標の現在位置を確認。――見つけた! 一気に行くぞ、一夏」
「ああ、頼む!」
箒は更に『紅椿』の展開装甲を解放し瞬く間に福音の元へと飛翔する、その中で二人のハイパーセンサーに目標である福音の姿映る。
『銀の福音』と言う名に相応しくその全身に銀を纏う機体が。
(響の打鉄も同じ銀色だっけ……でも、機体の特性は全く逆だな)
頭部からはい出るように広がる巨大な一対の翼。本体同様銀色の輝きを放つそれは、アメリカ軍から提供された情報に寄れば高出力の大型スラスターと広域射撃武器を融合させた次世代兵器の一つであり自分達が危惧していた新システムでもある。
見た目もそうだが実際に戦闘で使用されるのは今回が初となる、そのせいでデータを見る事はできた者の武器とシステムの特性は完全に把握できてない。
一夏達が一撃で決める事が出来なければ窮地に立たされるのは必至だ。
「見えたぞ、一夏! このまま一気に加速する、目標との接触まであと十秒だ!!」
「わかった!」
一夏は箒の肩から手を離し更に加速した『紅椿』の背でバランスを取ると同時に単一能力を発動させる。
高速で動く福音との距離をどんどん縮めながら一夏は《雪片二型》を上段に構える。
……五、四、三、二、一――!!
「うおおおおおおぉぉぉぉぉ!」
『零落白夜』の出力を安定させ一夏は自分の間合いに福音を捕らえると同時に気合いの込めた叫びと共に《雪片二型》を振り下ろすのだった……
森の中へと消えた束を追って同じように森の中に足を踏み入れた響。
そこは夏の照りつける日差しを遮る深い森、完全にとまでは言わないものの太い幹から伸びる枝とその先に茂る葉で出来た日陰は気温の高い空の下よりも遙かに快適な温度だった。
「ま、迷っちゃったかな~」
しかし、そこはやはり森。同じような木ばかりが立ち並んでいる為か響は森の中に入ってしばらくして迷子になってしまった。
「えっと、確かあっちの方向から来たと思ったんだけど……」
旅館の部屋で海を眺めていたとき、この森に入る束を見て追いかけてきたところまでは良かった。だが、すぐ後ろを追いかけたわけではないので束を尾行する事は出来ず見つける事も無理そうなので一度来た道を引き返そうとしたのだが……いったい何処に入り口があったのか憶えていない。
「うぅ~、こんな事になるなら目印か何か付けとくんだった~」
響は鼻声混じりで辺りを見回す。
自分の眼に映るのは何処を見ても木、木、木である。既に暴走した福音を止める作戦が開始されている時間に箒と『紅椿』のサポートを千冬と一緒にしなければならない束を見て咄嗟に探しに来てしまったが……まさか、高校生になって迷子になってしまうとは思ってもいなかった。
これでは見方によっては実年齢高校生の森探索ではなく見た目の通り子供が親とはぐれてしまい必死に探しているようにしか見えない。
ここで『打鉄』を起動させてしまえば良いだけなのだが、休めと言われたのに無断で外に出た上にもし近くに束がいたら尾行(未遂)がばれてしまう事になる。とは言え、このままでは自分の様子を見に来た誰かが部屋に自分がいない事に気づき千冬に報告するはず……その時点で厳しいお仕置きが待っているのは言うまでもないだろう。
「はぁ……今日は朝から良い事無いや~」
響は眉間に皺を寄せ大きくため息を吐いた。肩もがっくりと落ちている。
考えても見れば響がため息と共に溢した愚痴も概ね正しい。
専用機の運用をいざ始めようとした時、束が響達の前に現れ箒の専用機を疲労した。その間ずっと響は束を見ると怒る原因不明の震えと嫌悪感に悩み、彼女の意味深な言葉に困惑し言い表せない不安を抱いた。その上、副因の暴走という突発的事故に対する自分と束の姿勢の違いに憤りシャルロット達にいらない心配まで掛けてしまう……眼が覚めて数時間でコレでは響でも気が重くなり運の無さに文句をつけたくなるのも仕方のない事である。
「とにかく、束博士を見失っちゃったし……旅館に帰る事だけ考えよ~」
気を取り直して森の中を歩き始める響、本来なら見知らぬ土地、場所で迷った場合は動かない事が常識的な行動ではあるがこの森はけっして広いわけではない。まして海辺に隣接している、方向は分からぬくとも歩いていればいずれ海に出るだろうという楽観的な考えではある物の出口を目指して歩く響。
……もっとも、広くもない森で迷った彼では脱出出来るかどうか定かではない。
「………………」
たった一人で森の中を彷徨う響は特に何か喋る事もなく片すら森の中を進んでいく、歩いている方向に何があるのか方角その物も分からないが足を止める事はなかった。
(迷っちゃったっていってもこうしてゆっくりと森の中を歩いたのって初めてだよね~、そう考えると何か新鮮……かも…………?)
森の中を歩くという初めての体験に胸が躍る――とは反対の、何処か懐かしいそんな印象を感じた響。
(……最近、何処かで……森を歩いた気がする……。あっ……これってあの時見た夢に似てるかも~)
奇妙な既視感を感じた響ではあったがどうしてそう思ったのか思い当たる事を思い出す。それは先月行われたタッグ戦、そのラウラとの試合で数日間寝ている間に見た赤い夢だった。
(あの夢も、確かこんな森の中を走ってた……おれだけじゃなくて、知らない人達と一緒に……)
そう見覚えのない森で、顔も分からない誰かと……。
それでも一人が男性でもう一人が女性だという事は何故かわかった不思議な夢。
眼に映るのは暗い森、黒い影でしかない人物、そして最後に見たのは赤黒い空……。
「………………」
夢をたぐり寄せる響の眼に力はない、どことなく脱力した印象を見せる光を失った瞳。まるで夢遊病者のような響はいつの間にか足を止める、立ち止まろうとしたのではなく自然と止まり……
(……何かから逃げてた……でも、何かから逃げてたのかわからなかった。覚えてるのは、真っ赤な空と暗い森で――――ッ!?)
そんな響の視界が血のように赤く染め上げられる。
眼に見える森の突然の変化に響は眼を見開く、その瞬間血のように赤かった世界は殺気までと変わらない暗い森に戻る。
その変化は一瞬の出来事、響が世界の変化に驚く前にそれは赤い色を消す。今起きた事がまるで何もなかったかのように。
「き、気のせいかな~……今、一瞬夢みたいに木と地面が赤かくなったような……」
響は眼を眼をこすり何度か瞬きをしてみる、そのあともう一度森の中を見渡してみるモノの彼の緋色の瞳に映る景色に変化はない。
「……あ、あれ~……?」
何度見返しても目の前に広がる景色に変化はない、あるのは日の光が届かない暗い森だけで夢で見た赤い世界ではない。
「疲れてるのかな~……早く森から出て旅館にもど――」
『――――――――――!』
再び歩き出そうとした響の耳に歓声のような声が届く。
「今のは?」
「――しっ! そ……だぁー♪」
「束……博士?」
響は僅かに聞こえる声に耳を傾けながらゆっくりと声がする方へと足を進める。向かう先にあるのはより深い森、今までよりも更に木が生い茂り光を遮る……そんな暗所だからこそ響の眼に目印と言っても言いある物が映った。
(電子モニターの光……しかも)
その光に近づくにつれて聞き取りにくかった声がはっきりとそしてモニターを眺めている人物の姿もちゃんと眼で確認できるようになった。
そこにいたのは響の予想通り束だった。また、身体が震え出すものの距離が離れているためそれほどではないのか彼女に近づく響の足運びはまだしっかりしている。
「よしよし、良い感じだよー。その調子でハッスルだよいっくん、箒ちゃん!」
(束博士も二人の様子をちゃんと見てるみたいだ。でも、どうしてこんな森の中に来たんだろ~?)
そんな事を疑問に思いながらも響は束に声をかけようとする。
本心では作戦会議の事もありあまり話しかけたくはなかったモノのこの森から出るには自分一人では駄目だ、ここはこちらの今すぐ旅館に戻りたいという意見は通らないかもしれないが今は彼女に頼るしかない。
「た――」
「これで箒ちゃん達が一手間掛けて暴走させたISを止めてくれれば束さんの思い通りの展開になってくれるねー」
「――っ!」
束の言葉に響は出かかった声を飲み込み近くの樹木に身を隠す、隠れた木その物は太くはないモノの小柄な響が隠れるには充分な幹の太さを持っていた。
まだ二人の間に距離はある、今のところ束が響に気づいた様子もない。
(今の、どう言う事? 暴走させたって……福音を、束博士が? そうしてそんな事!?)
福音の暴走は偶発的に起きた事故じゃない、その事実と犯人が近くにいる。しかもその犯人は篠ノ之束……突然浮かび上がってきた真実に響は動揺と混乱に唾を飲み込む。
(篠ノ之さんと紅椿を目立たせたいからってこんな危ない事をするなんて……目的は何なの? 何時から計画を? 軍用のISを暴走させるなんて芸当を一手間って言える時点で普通じゃないけど……こんな事実行するなんてほんとに普通じゃない!!)
響は白銀のチョーカーに触れ束の元へと駆けだす、打鉄の展開時間はコンマ数秒。展開と同時に『鳶葵』を両手で握りしめ一夏達が映る電子モニターを見ている束の背に切っ先を突きつけた。
「……束博士、あなたはいったい何をしてるんですか」
「ふむふむ、着いてきてたのはひー君だったのかー。巻けたと思って安心してたんだけどさすがの束さんも一本取られちゃった?」
「気づいてたんですか?」
「もちろん、ひー君は気づかなかったかもだけどこの森は人の感覚を狂わせる超音波を流してるから絶対わたしの所にはこれないように設定してるんだよ。まあ、ちーちゃんみたいに無心で動く事が出来れば関係ないんだけど……ひー君ってもしかして達人さんになっちゃった? お! 今の動きは良かったよ、さすが箒ちゃん♪」
「………………」
自分が福音を暴走させた事が響にばれてしまったというのに束の声にうろたえた様子はない、それどころか『鳶葵』を突きつけられている状態でありながらモニターに映る一夏達と福音の戦いを見物する余裕を見せている。
「……束博士、今すぐ福音を止めてその操縦者の人を解放してください」
「今良いところなんだよ? それにもう少しで終わるからもうちょっと待っててくれないかなー」
「待てません! 今すぐ暴走を……いえ、福音の強制操作をやめてください。でないと……」
「でないと、束さんに乱暴してちーちゃんの前に突き出すぞー……で、良いのかな?」
「………………」
束自身が口にした言葉を肯定煤様に響は『鳶葵』を握る手に力を込める。束も響の答えが分かったのかため息を溢した。
「まったく、ひー君は強引なんだから。でも、そんなところも束さんは大好きだから安心してね☆」
「ふざけるのはやめてください、それより早く福音を」
「うんうん、わかってるよー。でもね、これでも束さんだって女の子なんだよ?」
「っ!?」
それは響が今までに体験した事のない動きだった。
響は『打鉄』のハイパーセンサーとパワーアシストによって生身の人間を簡単に無力化できる状態にあった、それこそ今までの日々で培った技術は間違いなく響自身を幾度となく助けてきた。
「女の子にこんな危ないモノを向けるのは駄目だよー」
そんな響の眼に映る束お動きは何の変哲もないもの、何の違和感も感じさせず静かにゆっくりと高い場所から低い場所へと流れる水のように自然で……ただ響の方へ振り返りその流れのまま左手一本で切っ先を向けている『鳶葵』を何の衝撃も感じさせず払う。
「だからちょっとだけ、お・し・お・き♪」
「な――――ッ!?」
そして響が束の不可思議な動きに驚嘆した瞬間、響の幼さが残る表情は苦悶に歪み『打鉄』ごと吹き飛ばされ背後に立ち並ぶ木に激突する。
「がっあ……!?」
木に激突した大きな音と一緒に漏れる響の声、それは束が響に向きな追ったときに突き出された右拳が響の腹部にめり込み超重量のISごと殴り飛ばされたからだ。
「な……ぐぅ………っ!???」
「まったく、こんなか弱い女の子に武器を向けちゃ駄目だよ。次からは気をつけてね!」
(何……が、どうなって……!?)
響は腹部に走る激痛に耐えながらハイパーセンサーを通して流れてくる情報に我を疑った。
――シールド維持困難、絶対防御機能の阻害を対峙目標から確認。
(シールド防御が無効化……されたの? そんな、一体いつの間に……でもそんな事より……問題なのは……っ!?)
今の攻撃に対してシールドが機能しなかった事には驚いた響、だが目の前にいるのはISの生みの親である。自分には想像もつかない何らかの方法でISの機能に干渉してシステムを阻害してくる事くらい簡単にできるだろう。
しかし、それ以上に問題なのは篠ノ之束が生身で『打鉄』を展開している自分を苦もなく殴り飛ばした事だった。
(いくら何でもこんなの出来るわけ……ない、もしかして眼に見えないISとか……そうじゃなかったら……)
響は地面に膝を付きながらもこの異常な状況の解を模索する、とは言えすぐに束が響の疑問に答えるかのように話を続けた。
「おぉ~、ひー君はすごいねー。今のは肋骨が折れてるはずなんだけどねー、凄く痛いはずなのに束さんがどうやってひー君を殴り飛ばしたのか考えてるんだねー♪」
(……おれの考えてる事は全部、お見通しって……天才ってこんなに凄いの……)
響は右手で『鳶葵』を地面に突き立て左手で痛みが走る腹部を抱えるように立ち上がる、束の言う通り少し動いただけで響の表情は苦痛に歪み額からは脂汗が流れる。
「うんうん♪ そんな頑張りやさんなひー君にはちーちゃん以外誰も知らない秘密を教えてあげるね!」
「……ひみ……つ……っ」
「あのねぇ、私ってば天才天才て言われちゃうんだけどねー、それって思考とか頭脳だけじゃないんだよー」
束は自慢げな笑みを浮かべ腰に手を当て胸を張った。
「――肉体も、細胞単位でオーバースペックなんだよ」
「もう……何でも、有り……なんですか」
響は息を詰まらせながら何とかそれだけ言う事が出来た。
しかし、束の脅威以外の何者でもない台詞を予想していたかのように右腕一本で『鳶葵』を構え直す。
「あれぇ? 予想してた反応と違うねー、ちょっとがっかりぃ」
「何となく……分かって、ました」
臨海学校に来る数日前に同じような体験を千冬が自分に実戦して見せた、今の束の言葉を全部本当の事だとすれば生身で彼女に対抗できるのは千冬だけになる。
「束博士に対抗できるとしたら……織斑先生くらい、ですよね」
これだけは確信を持って言える。
いとも容易く『打鉄』のシステムに干渉しただけではない、ISによって数倍、十数倍に強化された身体能力をモノともしない戦闘能力は確実に千冬に匹敵もしくは凌駕している……はっきり言って何の躊躇いもなく全力で攻撃できたとしても今の自分では止める事はできないだろう。
「たったこれだけのやりとりでそこまで答えを導き出すなんてひー君は頭良いねー。この調子だと思ってたより早く戻っちゃうかもだねー」
「……? 戻っちゃうって……何の事ですか」
「うーん、どうしよーかな……って、ひー君は気にしなくて良いから。どうせいつかわかることだし」
(……何を、言ってるんだろ……この人……)
作戦会議の時もそうだったが全く自分の意志が通じていないような感覚、話を聞いているはずなのに聞き流し何事もなかったように違う話を続ける彼女との会話はどうやっても慣れる気がしない。
(でも……今は……)
成立しない会話を気にしている余裕も時間もない、早く束を何とかしなければ一夏達に危険が及ぶ……響は歯を食いしばり闘う事だけに意識を集中させる。
――シンクロ率百パーセント、単一能力『一騎当千』発動!!
ハイパーセンサーにその一文が点滅すると同時に響と『打鉄』は眩い白銀の光を纏う。
「おー! それがひー君とその子の単一能力だねー! ちゃんと直に見てみたかったんだー」
(くっ……これもお見通しなの、だけど迷ってる場合じゃないや)
ラウラを飲み込んだ暴走ISが響にして見せたように、響は腰を落とし居合いの構えをとる。それは束との実力差を少しでも埋めるために今の響に出来る唯一の方法だった。
現に実力差がある相手に長期戦は不利、ましてや生身でISと渡り合え実力も超一流……戦術、戦略、戦況分析と何一つ勝てる要素がない。
自分が勝てる要素があるとすればそれはたった一つだけ。
「確かに今のひー君が私に勝つには実力の差を埋めるだけのスピードを活用するしかないよねー、常時瞬時加速なら出来ない事もないかもぉ」
「……おれは、あなたを傷つける事になっても止めます」
一夏や箒の事だけではない。今ここで彼女を止めなければきっと大変な事が起こる……そんな不安と予感が響に剣を取らせる理由でもあった。
「私を傷つける事になっても、ねぇ……ひー君は相変わらず優しい子だねー」
「………………っ!」
その束の言葉は間違いなく自分の事を知っている事を示唆していた、それも自分が知らない、覚えていない幼少の五年間を。
響は問いただしたい衝動を抑え込み『一騎当千』の高速を生かし一気に束との距離をつめ『鳶葵』を腰元から彼女目掛けて抜き放った。
「――――!?」
その動きは肋骨を折られたダメージがあるとはいえ今までのどんな動きよりも早く滑らかで代表候補生で一学年筆頭でもあるラウラが見ていたなら太鼓判を押す程のもの。
生身の、ただの人間では防ぐ事もできない必殺の一撃。
しかし、その成長著しい響の視界に映ったのはその一撃を後方に跳んで躱した束でも生身で『鳶葵』を受け止めた彼女の姿でもなかった。
彼の緋色の瞳が捕らえたのは空を拒むかのように生い茂る森の緑豊かな葉で遮られた頭上だった。
(何……で……?)
そして次の瞬間再び響は腹部に強い衝撃を受け吹き飛ばされ地面を転げ回り倒れ伏した。
「今のはなかなか良い動きだったよー、私じゃなかったら危ないところだったねぇ、ぶぃ!」
(……ねちゃ……駄目だ……)
響は揺れる意識に歯止めを掛けようと俯せで倒れたままではあったが束を見上げる、そこには自分の攻撃を何の問題にもしていなかった束の姿があった。
実際、今の響では何が起きたのか理解するだけの余裕も冷静さもない。
響の視界が束から頭上に切り替わったのは彼女が響の顎を打ち抜いたからだ。
これまでに例をみない見事な動きを見せた響を上回る体捌きで居合いをかいくぐり響の懐に潜り込みその細い右手で掌底を繰り出し響が何が起きたかを理解する前に今度は左の正拳を繰り出したのだ。
このたった二擊の攻撃で響の意識は揺さぶられ戦闘不能にさせられたのは紛れもない事実である。
「さて、ひー君はおねむの時間だよー。後の事は束さんにおまか――あれっ!?」
(……束博士が、驚いて……る)
『鳶葵』を突き付けられても単一能力を見せつけても一切動揺する事の無かった彼女が驚きの声を上げた、その今までにない束の反応がほんの僅かだが響の意識をつなぎ止める事に繋がった。
「もぉー! 密漁船がいたなんて計算外だよ、これじゃ箒ちゃんを華々しくお披露目できないよ」
(やっぱり……束博士の目的は……篠ノ之さんをIS乗りとして…………)
「むぅ、仕方ない。こうなったら意切り直すしかないね、でもでも、このまま何もせずに逃げるとちーちゃんに気づかれちゃうかもだし……ここはいっくんに墜落してもらおう!」
(仕切り直し……一夏に、何を……?)
かろうじて意識をつなぎ止めている響の耳に届く束の声は途切れ途切れでその全てを聞き取れないでいた。
「ちゃんと加減をして絶対防御が発動するくらいにしておかないとねー、出力だけは高いし。間違ってもいっくんを殺しちゃわないようにしないと」
(絶対防御……、いち……か、ころし…………そん、なの……させ……ない!)
断片的に聞こえてきた彼女の言葉に響は薄れゆく意識の中でさえ立って戦おうと足掻く、しかし揺らされた脳と腹部のダメージでは思うように動く事など出来ずただ地面にはいつくばりモニターを見つめる束の後ろ姿を見る事しかできなかった。
(何とか……織……先生に……みんな……つたえ……なきゃ…………?)
一夏に迫る危機を千冬達に伝えなければ懸命に眼を瞑るまいとする中で響の眼に信じられない物が映り込む。
(……いつの……間に……あそこ……に?)
響が見たものは黒い髪の小さな少年だった、丁度束と響の間に膝を着くように座り込んでいた。
今まで束と戦う事ばかりで気づかなかったのか、それとも経ったいまここに姿を現したのかはわからない。それでも響は目の前にいる少年の元へ残った力を振り絞り這うように近づいていく。
思うように動かない体でもうすぐ消えてしまいそうな意識を総動員して少年へと向かう響。
(束博士が……気づ……に……さ……なきゃ……)
響は身体に走る傷みに声をもらしながら少年の元へと辿り着く、少年は自分のすぐ後ろに響が来ている事に気づいていないのか小さな身体を小刻みに振るわせていた。
(ない……て、るの……でも、今はにげ……て……)
この状況では慰める事も連れて逃げる事も出来ない、出来るのは千冬達の元へ逃げるよう伝える事だけ。この子が束に気づかれることなくこの場から離れる事が出来ればまだ間に合うかもしれない。
響はこの絶望的な状況の中で一抹の希望を託そうと泣きじゃくっている少年に右手をさしのべ、そっと肩にふれ――――
『呪われろ』
「――えっ?」
そのたった一言が理解できず声をもらす響。
泣いているはずの子供が口にするには場違いな、それでいてその言葉に相応しい怨嗟が込められた声。
小さくて、静かで、細くて、冷たくて今にも消えてしまいそうな声。
それでいて気を失いかけているのにも関わらず、この場にはっきりと、明確に響いた確かな熱量を込めた声。
まるでこの世界に絶望し一抹の希望もないと罵るかのような……何の混じりけのない哀しみと憎しみが込められ限りなく黒に染まった詛呪の言葉。
その声を最後に響の意識はそこで途絶えた。
「もぉー! 密漁船がいたなんて計算外だよ、これじゃ箒ちゃんと紅椿を華々しくお披露目できないよ」
計算外の問題が起きてしまった事に歳不相応に頬を可愛らしく膨らませる束、そんな彼女の後ろに傷つき倒れた少年がいなければ誰しもが仕方ないと苦笑をもらしていただろう。
(いくらちーちゃんが優秀でも周りの人間がゴミ同然だとこんな事も起こるかー、ちーちゃん達が居なかったら今すぐ消しちゃっても良いような奴らばかりだけど今回は大目に見てあげよ。うん♪ 束さんやっさしぃ!)
声に出さなかったものの束は危険きわまりない考えをしながらモニターの向こうで暴走していると思わせた福音と戦っている一夏と箒に眼を向ける。
「むぅ、仕方ない。こうなったら意切り直すしかないね、でもでも、このまま何もせずに逃げるとちーちゃんに気づかれちゃうかもだし……ここはいっくんに墜落してもらおう!」
ただでさえ、響がここに来た事で自分の完璧だったはずの計画に僅かな綻びが出ている。本来なら響はここにいない、福音を打ち落とし意気揚々と帰ってくるはずだった二人を迎え入れる予定だったのだから。
「ちゃんと加減をして絶対防御が発動するくらいにしておかないとねー、出力だけは高いし。間違ってもいっくんを殺しちゃわないようにしないと」
束は専用の投影型ディスプレイを呼び出し福音に施した戦闘プログラムの書き換えを始めた、密漁船を護る為に最高の演出とチャンスが駄目になってしまったのだ。ここは一夏を打ち落とされその怒りに奮起した箒に福音を落とさせる、戦闘では邪魔も入るだろうがそこはISを知り尽くした自分の手に掛かれば何の問題もない。
もし箒が拘束されるような事になっても助け出し『いっくんの仇を討とう!』と言えば箒は必ず戦場へ向かう。
「次の準備を整えないとねー」
鼻歌交じりでディスプレイと共に浮かび上がったキーボードを操作していく束、その様子からはすでに次の戦いのシナリオはできあがっている事が伺える。
――ガシャ……
束の鼻歌に混じり金属が擦れる音が森に響く。
それは響がゆっくりと立ち上がる音だとわかった束は大きく肩を落とす。
「……あ……ああ……」
「はあー、ひー君諦めが悪すぎる男の子は格好悪――――!」
すでに響は気を失っていると思っていた束にしてみれば三度立ち上がった彼に半ば呆れ気味になっても仕方がない。
だが、束が眼にしたのは自分が知る『皇響』ではなかった。
「ああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァッ!」
束が振り向いた先にいたのは美しく眩い輝きを放っていたISを纏う響ではなく、意志を持っているかのようにまとわりつくどす黒い光を垂れ流す何か。
「…………あちゃー、これは予想してなかったよ」
突如豹変した響と『打鉄』の姿を眼にした束はディスプレイをかき消し今まで見せた事のない緊迫した表情を浮かべる。
そしてその表情の中で細く鋭い視線には悲哀のようなものが混じり込んでいた。
「もしかして全部思い出しちゃったのかな? それとも君の怒りに、君の抱える『闇』が反応したのかな?」
「グッ……ウ……ア……ア……」
束の声に反応しているのか響と『打鉄』を包み込む黒い光がその鈍い輝きを強めていく。
その光から感じられるのは限りなくわき出る怒りとむき出しの闘争本能だけ……今の響には意識どころか理性すら残っていないようだった。
「少しだけなら相手をしてあげる。どっちにしても君を止めないと私の計画は壊れちゃうしね…………何処からでも掛かってくると良いよ、哀れなお人形さん」
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
今の響が束の挑発を理解したとは思えなかったが、そんな彼女の言葉を合図にしたかのように響は『鳶葵』を剣の型などお構いなしに乱雑に構え常時瞬時加速による最大速力最大戦力で束に飛びかかり剣を振り下ろした。
その瞬間、束だけでなく緑豊かな森を黒より暗く、深い漆黒が爆音と共に飲み込んだ。そしてその溢れ出た漆黒の光は森を蹂躙するだけでなく雲一つ無い空へと立ち昇る。
それの空へと昇る黒柱はまるで青い空を貫こうとする一本の巨大な剣に、この世界に反旗を翻すかのよ為に掲げられた刃に見えた……。
お久しぶりです!
シャルさんと響君のイチャラブ要素が全くない展開に辛さを感じていますが読んでくださっている方ももう少しシリアスにお付き合いくださいませ<(_ _)>
今回のお話は今までで一番オリ主である響君の秘密を全面に押し出している……ように駆けてるか心配ですがここから原作に沿いながらもオリジナル展開の確信を混ぜていけるよう更新していきたいと思います。
では、また次回とかw