IS〈インフィニット・ストラトス〉 剥奪人形の選ぶ道 作:エヴァンジル
ラウラとのいざこざの後、響はシャルルに連れられ保健室に向かった。
幸い保健医の教員がいてくれたおかげで滞りなく手当を受ける事ができた響。
「じゃあ、後は痛み止めの注射を打つから少し待っててもらえる?」
「はい、お願いしま~す」
響はテーピングで固定された右肩をさすりながら返事を返す。
「よかったね、すぐ処置してもらえて」
「うん、それにしても折れてもないのにこんなに傷むもんなんだ。知らなかったな~」
肩の脱臼などした事はない、小さい頃の記憶が曖昧であるため断言できないが覚えている日々の記憶を辿ってみてもこんな痛い思いをしたのはほとんど無い。
「まあ、軍隊でもなければ脱臼するような事もしないしね。あんまり動かしちゃ駄目だよ」
「わかってる、でもこれじゃお風呂には入れないや。今日は濡れたタオルで身体を拭くくらいかな~」
身体を拭くだけでも汗のべたついた感触や匂いは取れるものの訓練の疲労は拭えない、普段から寝てはいても今日は痛みのせいで寝付けないかもしれない。
「そういえばありがと~」
「なにが?」
「ボーデヴィッヒさんの時、シャルルがあの子の気を引いてくれたから冷静になれた。あのままシャルルが割り込んできてくれなかったら絶対返り討ちになってたから」
「そう? 特に何かしたわけじゃにけどどういたしまして」
「うん、シャルルはほんと良いやつだな~」
「良い……やつか」
響の言葉にシャルルの表情に影がさす、今の言葉に気を悪くするような要素は無いはずだがシャルルは落ち込んだように瞳を伏せた。
「シャルル?」
「……ううん、何でもない」
「そっか~」
響は急に暗い表情をしたシャルルに戸惑った。
(何か元気ない、訓練の疲れでも出たのかな~)
緊張感漂うあの場にいたのだ闘っていなくとも疲労しても仕方なかったかもしれないと響はシャルルに先に部屋に戻って良いと伝える事にした。
「シャルル、先に部屋に戻っていいよ。まだ時間かかりそうだし疲れただろ~」
「けど」
「皇君」
響の事を心配してかシャルルは残ろうとしていたが保健医が手に何も持たずに帰ってくる。
「ごめんなさいね、痛み止めの薬をきらしてて今から医薬備品室に行かなきゃならないの。悪いんだけど少しここで待っていてくれる? すぐに戻ってくるから」
「わかりました~。俺の方はまだ時間かかるからシャルルは戻ってて良いよ、シャワーも浴びたいだろうしさ」
「……それじゃ先に戻ってるね」
「うん、おれも注射打ってもらったら帰るから~」
「じゃあ、また後でね」
「は~い」
響は左手をひらひらと振りながらシャルルと保険医を見送ったのだった。
「……。はぁっ……」
ドアを閉め、寮の自室に戻ると同時に盛大な溜め息をつくシャルル。
無意識に出たその息の深さに本人も驚いた。
(良いやつ、か……一番言われたくなかった言葉だよ)
シャルルの頭の中では響の言葉が反芻している。
彼は自分が今置かれている状況も、そんな事を言われるような存在でない事も理解している。故にその言葉がシャルルを苦しめていた。
(……シャワーでも浴びて気分を変えよう)
シャルルはクローゼットから気着替えを取り出してシャワールームへと向かった。
「思ってたより早く終わったな~」
保健室で右肩の痛みに顔を歪めていた響だったが痛み止めの注射を打ってもらったおかげでだいぶ楽になっていた、肩を固定されているため腕もあまり動かせないものの有事の際にはテーピングを剥がせばそれなりに動かせるだろう。
(それにしても一夏とボーデヴィッヒさんの問題はどうしたらいいんだろ?)
教員が介入してくれたおかげで大事にならずにすんだのはよかったがアリーナから出ていくラウラの様子を思い浮かべるとまた今日のような事が起きる可能性が大きい。
一夏の傍には常に箒とセシリアに鈴そして自分とシャルルの誰かが一緒にいるとは思うがああも周りの目を気にも留めず宣戦布告をされては簡単に止める事ができない。仮に正式な形で許可がおり一夏が挑発に乗ってしまったら彼女は遠慮しないだろうし一夏も降参しない気がする。
(二人ともその気になったら止められるのは織斑先生くらいかな、闘ってみた感じ多分ボーデヴィッヒさんが学年最強……俺じゃ足元にも及ばない)
闘ったと言っても一分にも満たない短い時間だった、それに加えハイパーセンサーによる補助があったにせよラウラは目の前の敵に集中していた状態から背後から仕掛けた自分の攻撃に反応し回避行動をとり避けたのだ。
一夏とセシリア達が闘った姿を直に見たからこそセシリアと鈴よりもラウラの方が実力的に上回っている事がわかった、下手をすればセシリアと鈴が二人がかりで闘っても危ないかもしれない。
(しばらくは授業で模擬戦とかもないし今日の騒ぎは織斑先生の耳にも届いているはず……そう考えればあんまり心配しなくてもいいのかな)
響は大きくため息を吐きながら肩を落とす。
結局の所、響には起きてしまった騒ぎを冷静に分析する事しかできない。今までもそうだったが学園内で起きてきた問題や事件に置いて騒ぎの中心・核心に迫る事はできても最後の仕上げ、つまり解決する方法を実行できるだけの力がないのだ。
セシリアとのクラス代表戦では一夏の健闘により和解。
鈴のクラス対抗戦では一夏と鈴が相手の足止めと敵データの収集、セシリアが無人機へ致命傷とも言えるダメージを与えた。この時、何かできたと言えばセシリアが一夏達をピットに運ぶための時間稼ぎ……そして偶然の賜で無人機を停止させただけ。
先の一夏とラウラの揉め事ではラウラのあまりな言いぐさに我慢できず横は入りした結果返り討ちにあい一夏とシャルルに助けられた。
(こうして思い返してみると……何もできてないや、こんなんじゃ専用機をもらっても自分の身一つ護れない)
自分が専用機を持つ事で家族の安全をより強固になる、そう伝えられたときはホッとしたがこうも後手に回り結果を残せないのではまた今回の二の舞になるのはわかりきっていた。
護るために闘っても護られ、護るための力を手にしても自分すら護れない。ISという世界最強の兵器を手にしていても無力な一般人……その事実が響の心をどんどん重くしていく。
「このままじゃ、駄目だ……護るどころか助けになる事もできない」
響は左手をきつく握りしめ無力感に悩まされる。
この学園に入学する事になったのは偶然に偶然が重なった結果でしかないが力がない事は偶然ではなく揺るぎようのない事実だ。
「少しでも強くなろう、今のおれにはそれしかない」
最愛の家族を護るために共に切磋琢磨する仲間と前に進むために。
響は重くなっていく心に火を灯すように下がっていた顔を上げる。
「あれ?」
その眼に映ったのは自室の扉だった。
(いつの間にか戻ってきてたんだ……もしかしてここでぼーっとしてたのか)
響は慌てて周りを見るが彼以外誰もおらずしょんぼりしていた姿を見られる事はなかったようだ。
「よかった~、こんな姿誰かに見られたらそれこそ元気だせってあやされるところだった~」
響は見られなかった安心しながら自室の扉を開け部屋の中に入った。
「ただいま~。って、あれ? シャルル?」
とっくに帰っていると思っていた同居者の姿が見当たらない。
「もう食堂にいったの――」
――ガチャ
「もう、ボディーソープ切れて――きゃ!」
「へっ!?」
響は不意に音のした方へ顔を向けると、シャワールームのドアからある人物が慌てた様子で飛び出してきた。
響はちょうどシャワールームの前にいたので飛び出してきた人物とぶつかりそのまま押し倒されるように床に倒れ込む。
『………………あれ?』
響は自分を押し倒すように乗っている人物に声を漏らす、彼女も同じように声を漏らす。
その人物はシャワーを浴びている途中だったのか何も身につけて折らず、その事に気づいた彼女は顔を赤くしていき大声をだそうと口を開けようる。
(まずい!!)
響は彼女の口を左手で塞ぐと同時に眼を瞑った。
瞼の裏に少女のあられもない姿が焼き付いてはいたが何とか状況を打開しようと言葉をまくし立てる。
「聞きたい事は色々あるけど、今は声を出さないでくれ。大変な事になるから!!」
ウェーブのかかったブロンドの髪。
碧色の綺麗な目。
美少女とも美少年とも言える整った顔立ち。
そのまぶしささえ感じる同世代の女子のあられもない姿に響の思考はいつ砕け散ってもおかしくない。
「……ん」
「手は話すけど喋らないで、あとまだ動かないでね」
「…………」
眼麗しい少女は静かに頷く。
「……もしかしなくても、シャルル?」
「う、うん」
「なんで、その~……、は、は、裸で……出て来たの?」
「ボディーソープが切れてて……、あの……、すぐに取って戻ればいいかなって思って」
「そ、そうか。それじゃ……、おれが取ってくるよ……だから、その……」
何とか指示を出そうとする響だったが未だに抱き合っているせいで考えが思うようにまとまらない。
「その、あれだ! シャワールームに入ってくれ……ると助かる」
「わ、わかった」
響はシャルルを見ないように両眼を覆い隠す。シャルルも音を立てないよう静かに離れる。響は動揺のあまり力が入らない足に鞭をいれクローゼットの方へ歩き出す。
シャルルもシャワールームの中に入ったようなので響はボディーソープを手にしてシャルルの元へと戻る、もちろん扉の前までだが。
「こ、ここに置いておくから~……」
『うん……ありがと』
「ど、どういたしまして……?」
こんな時にどういたしましてと言ってる場合では無いと思うのだが響の視界が不意に揺れる。
(あ……あれ? 眼が……まわ……りゅ…………)
事故又は不可抗力とはいえ始めて見た同年代の少女の肌、その映像が響の頭の中で何度もフラッシュバックしあまりの緊張と高揚感で響の意識はそこで途切れた。
響が気絶してから一時間、彼が眼を覚ましたときに部屋にいたのは見覚えがありすぎる美少女だった。
声や顔立ちだけならいつものシャルルと同じだったが、上気した頬が艶やかな雰囲気を醸し出し華奢な体から強調される胸のふくらみはどう見ても女の子そのものだった。
チッ チッ チッ
(お……重い、空気が重いよ~)
気まずい雰囲気のまま対面して座ったものの、それから何か発展する訳でもなくただ闇雲に時間が過ぎるだけだった。途中、響も何度か話をしようとしたがシャルルも全く同じタイミングで声を出してしまい、結局何も言えずに終わる事を繰り返す頃数分。
響は意を決して声を出した。
「その、シャリュリュさん!」
意を決したとはいえ緊張のあまり呂律回らない響。
「え、ちょ、響? 大丈夫!?」
「うん……。ちょっと舌が……」
まさかこんな形で出鼻をくじくとは思っていなかった響は両手で顔を覆い恥ずかしさに耐えた。しかし響が顔を押さえながらうつむいていると、上の方からクスクスと笑い声が聞こえだす。
「ん? どうしたの~、シャルル?」
「あ、気を悪くしたらごめん。でも、こんな時に舌噛むなんて……フフッ!」
「わ、笑わないでよ~。おれだって緊張してるんだから」
「なんで響が緊張するの。もしするとしたら僕の方だよ?」
「いや、女の子と話すのは……その緊張するもんなんだよ~!」
「……だよね。うん、男と思ってた人が実は女だったんだから当然だよね」
響はシャルルの落ち込んだ表情に慌てて口を噤んだが既に遅くシャルルの気持ちが沈んでいくのがわかる。
(ああ、こんな時一夏がいてくれたら…………いても無理だ~)
響はここにいない一夏に一方的な戦力外通告をだしながら深呼吸をして気持ちを落ち着ける。そして今度は噛まないようにゆっくりと話す。
「……やっぱり、シャルルは女の子……だったんだね~」
「やっぱり、か」
シャルルは少し困ったような表情を浮かべる。それは間違いなく響が自分の事を女だと気がついていた事に関してだった。
「何時から気づいてたの?」
「何時って言うか……最初にあった時に女の子が男の制服着てるって思った~」
「それじゃ最初から?」
「えっと、確信……ていうかもしかしたら本当にって思ったのはシャルルがISスーツに着替えたときかな。む、胸とかは無かったけど骨格が女の子かな~って」
「骨格かぁ」
「うん、子供っぽいおれでも男だと肩の辺りが女の人に比べればがっちりしてる、腰回りも男はくびれにくいのにシャルルは柔らかい曲線だったしあとは筋肉の付き方とか……」
冷静になった今考えればシャルルが女であると断定できる要素は幾つもあった。だが、それを言い出せなかったのも間違っていたらと言う迷いから出たもの。ハッキリと女の子だという度胸もなけれあば間違っていた場合気まずくなると言う年相応の人間関係を壊したくないという思いからでもあった。
「あはは、響には隠しきれなかったんだね。一夏は気づいて無いみたいだったのに」
「あ~、一夏は仕方ないかも。篠ノ之さん達の好意に気づかないくらいだから~」
「確かにそうだね」
互いに一夏の鈍感ぷりに小さく笑みを浮かべる、一夏は周りにいる者の変化には割と敏感なのだが自分に向けられた好意にはまったく気づいていた無い。それは悪い事ではないのだがそれでもどうにかならないものかと思ってしまう事が多い。
「……いくつか可能性は考えてるけど、どうした男の振りなんてしてたの?」
可能性として確実なのは世界に二人しかいない自分と一夏と接触する事。でなければ女の子であるシャルルが男装をする必要はない。
「実家の方からそうしろって言われて」
「実家? デュノア社に?」
「そう。僕の父はデュノア社の社長。その人から直接の命令なんだよ」
響の眼に表情に影が滲みだすシャルルが映る。
「……命令?」
「うん。僕はね、愛人の子なんだよ」
シャルルの言った言葉でどんな扱いを受けるのかは容易に想像できた、想像はできたが部外者がとやかく言っていい事ではない。響は黙ってそのまま話を聞く事にした。
「引き取られたのが2年前。ちょうどお母さんが亡くなった時にね、父の部下がやって来たの。それで色々と検査をする過程でIS適応が高い事が分かって、非公式ではあったけれどデュノア社のテストパイロットをやる事になってね」
出て来た言葉をただただ聞き入れる響。それ以外に、今の響には何も出来ない。
「父にあったのは二回ぐらい。会話は数回ぐらいかな。普段は別邸で生活しているんだけど、一度だけ本邸に呼ばれてね。あの時はひどかったなぁ。本妻の人にひっぱたかれたよ。『泥棒猫の娘が!』ってね。参るよね。母さんもちょっとくらい教えてくれたら、あんなに戸惑わなかったのにね」
あはは、と乾いた笑い声しか出ていない。
無理して笑おうとする顔や生気の無い笑い声、そうしないといけないシャルルの心情は自分にはわからない。簡単にわかるとは言ってやれなかった。
「それから少し経って、デュノア社は経営危機に陥ったの」
「デュノア社って量産型ISのシェア世界3位じゃ……?」
「そうだけど、結局リヴァイブは第二世代型なんだよ。ISの開発っていうのはものすごくお金がかかるんだ。ほとんどの企業は国からの支援があってやっと成り立っている所ばかりだよ。それで、フランスは欧州連合の統合防衛計画(イグニッション・プラン)から除名されているからね。第三世代型の開発は急務なの。国防のためもあるけど、資本力で負ける国が最初のアドバンテージを取れないと悲惨な事になるんだよ」
(前に第三次イグニッション・プランの次期主力機をイギリスとドイツ、イタリアのISで選定中ってニュースでやってたっけ……)
「ただでさえ遅れに遅れての最後発だから第三世代型を作るには圧倒的にデータも時間も不足していたんだ。しかもなかなか形にならないせいで政府から予算を大幅にカットされたの。そして、次のトライアルで選ばれなかった場合は援助を全面カット。その上でIS開発許可も剥奪するって流れになったの」
「……なるほど~、つまりシャルルはデュノア社の経営危機を何とかする為の広告塔、そして俺達のISのデータを取るために送り出されたってことだね~」
予想していたとおりの答えに呆れる。シャルルも目線をそらし、苛立った声で続ける。
「そう、同じ男子なら日本で登場した特異ケースと接触しやすい。可能であれば本人達のデータも取れるだろう……ってね」
こうして蓋を開けてみれば実に簡単で理にかなっている。
特異ケースの自分達とIS技術の発達している日本製の専用機データは後れを取っている国からしてみれば是が非でも欲しいモノ。たとえそれが手に入らなかったとしても、交友関係さえ持っていれば何かの際に役立つ可能性も出て来る。
一時しのぎの策だったとしても充分な効果は見込めるだろう。だが、響はある事に気づく。
(今の話は本当の事だと思うけど……でも、だったら何で……この方法なんだろ~? 世界政府やマスコミにばれる事を考えれば仮初めの御曹司じゃリスクが大きすぎる。IS学園に三年間いなきゃいけないわけだし普通に考えてみても無謀。この事が公になれば会社に利益がないどころか下手をしなくても潰れちゃう)
響は答えが出ない疑問に頭を悩ませた。
(答えが出ないんじゃなくて……無い? 利益とリスクを天秤に掛けてもシャルルを送り出すのは綱渡りだし、会社にとっての起死回生の一手じゃないならシャルルをIS学園に入れる意味は……?)
考えれば考えるほど深みにはまる予感を感じ響は話を戻す。
「……企業スパイってやつだよね、初めて見たよ~」
「そんなところかな。でも、響ににばれちゃったし、きっと僕は本国に呼び戻されるだろうね。デュノア社は、まぁ……潰れるか他企業の傘下に入るか、どの道今までのようにはいかないだろうけど、僕にはどうでもいい事かな」
「そっか……」
「あぁ、何だか話したら楽になったよ。聞いてくれてありがとう。それと、今まで嘘ついてごめん」
緊張感が切れたのか、シャルルは座っていたベッドに後ろから倒れ込んだ。その声は清々しさより、むしろやけになったような印象を受ける。
「あのさ、シャルル。答えは分かってるけど聞いてもいい?」
「なに?」
「父親の事、嫌い?」
「………うん」
遅れて返ってくる返事はハッキリとした声だった。それがシャルルの本心なのだと理解できた。
「今僕がこの学園に通えてるのも、衣食住に困る事がないのもあの人のおかげではあるけど、母さんのお葬式にも来なかったあの人を僕は好きになれないよ」
「……ごめん」
「え?」
言った事がよく分からなかったのか、上半身をあげて疑問の声を上げるシャルル。その声に応えるかのように響も本心を語る。
「おれは……両親に愛されて育ったから、君の辛さも大変さも簡単にわかるって言ってやれない。わかるって言ってやればシャルルも少しは楽になるかもしれない……でも……」
響の言葉を決して同情から出たものではない、何の偽りのないありのままの心が純粋にシャルルという少女の事が心配であるが故の発言だった、例え彼女でなくとも響は同じ事を想い伝えただろう。
言い方は悪いが彼女以上に不幸な目に遭っているモノも世界には五万といる、だがここで不幸自慢をしたりしたところでなんな意味もない。響にも人に話せないような事などいくらでもある、それこそ口に出したくも無いような醜悪で悲哀に満ちた事でさえ……。
響の辛辣な表情にシャルルは同じ境遇に立たされた者だけが分かち合う事ができる感情に気づいた。そしてなによりそれが本当に自分の事を考えてくれているのだと。
「その気持ちだけで充分だよ」
「……だから、おれにできる事をしようと思うんだ~」
「響が……できること?」
「シャルルはこの学園にいたい?」
「……無理だよ。遅かれ早かれこの事はフランス政府にばれるだろうし、そうしたら僕は代表候補生の座を下ろされて牢屋入りとかだろうし」
「それでいいの?」
「良いも悪いも無いよ。僕には選ぶ権利がないから仕方ないよ」
また生気のない笑顔を作っている。もうあれが当たり前になってしまう程使って来たのだろう。
しいて言えば『今のシャルル』は『自分』と同じだった。
今いる環境が、選んだ道が全てであり当たり前だと思っている。彼女はそれを笑う事で受け入れている。今は大丈夫でもいつかは潰れてしまうのは眼に見えていた……つぶれかけている自分を知っているから。
「……だったらさ、ここに居ればいいんだよ~」
「え?」
「特記事項第21、本学園における生徒はその在学中においてありとあらゆる国家・組織・団体に帰属しない。本人の同意がない場合、それらの外的介入は原則として許可されないモノとする」
入学する際に嫌という程読まされた規則事項や校則。
一ヶ月以上たった今でも暗記している程一夏と一緒に詰め込まされたけど、今はこれが良い方向に転じた。
「――つまり、この学園にいれば、少なくとも3年間は何もされない。それにおれ誰にも喋らないで黙っていればすむことだもん」
実際、シャルルが女の子であるのを知っているのは自分だけ。なら黙っていれば当分の間はシャルル・デュノアは『男』で通せる。
「……響」
「ん~?」
「よく覚えれたね。特記事項って55個もあるのに」
「……憶えなきゃ何されてたか」
「一体何があったの」
黒服の厳つい人ばかりの部屋で読まされた事を思い出す響。一応、政府関係者の援助を受けているとはいえ研究材料にされるとか言われ兼ねない状況では死に物狂いで憶えるしかない。
「と、とにかく! シャルルはこの学園にいたい?」
ただ真っ直ぐにシャルルを見つめる響。その眼に陰りはなく聞きたい答えがわかっているが故の輝きだった。
その問いにシャルルは目を閉じ、再び開いた時はもう曇りはなかった。
「うん、僕はこの学園にいたい。響と、みんなと一緒にいたい」
微笑みながらそう答えたシャルルの顔を見て、響は今日、初めて女の子としてのシャルル・デュノアの笑顔を見た気がした。
「そっか、それなら良いんだ」
「えっ?」
響はシャルルが笑ってくれた事に安堵しシャルルの前で状態をかがめる。
「今は笑ってるけど、落ち込んだときとか嫌な事があったらこうするといい」
響は無邪気な笑顔を浮かべ両手ででシャルルの頬に手を触れ親指で唇の端を押しあげる。右手は動かしにくいものの肩より上に上げようとしなければ痛みも出ない。
「ひゃ、ひゃに!?」
「こうして笑った顔を作れば自然と笑えるよ、シャルルは笑ってる方が可愛いんだから暗い顔はダメだぞ~」
響は一層笑みを強めたあとシャルルの頬から手を離す。
「……ありがと、響」
うっすらと涙が浮かんだシャルルの笑顔。周りに纏っている優しい雰囲気がそれを引き立てている。そのせいかシャルルがとても可愛く見える。心臓の鼓動がはやくなっているのがわかる。
「さ、さ~! おれにも手伝えることがあったら手伝うから。遠慮無く頼むと良い……よ?」
何故か上から目線名自分の発言に思わず首を傾げる響だった。
「うん、そうするよ。ありがとう響」
響は話を切り上げて時計を見ようとしたらシャルルと目が合った、恥ずかしさを憶えた響は慌てて眼をを背ける。
「ん? どうしたの?」
「いや……!」
心配そうにシャルルは顔をのぞき込んでくる。響は思わぬ光景に後ろへ飛び退く。
(心配してくれるのはありがたいけどその角度だと、その……)
「と、とりあえず、は、離れて、シャルル」
「どうして?」
「そ、その~……む、胸元が」
そういうとシャルルは一気に頬を染めて自分から離れて胸元を隠す。
「え、えっち! ……響も男の子なんだね……」
「ご、ゴメン……」
シャルルの抗議の眼に素直に頭を下げる響。しかし、それと同時にある事が発覚してしまった。
(おれもって……やっぱり、子供扱いされてたんだ……はあ~……)
響は深いため息を漏らし黙り込む、ふと時計を見てみると、もう夕食の時間になっていた。
「えーと、シャルル」
「な、なにかな!?」
「おれ、シャワールームで身体拭くから先に食堂に行ってて」
「え? 食堂?」
「うん、だってもうこんな時間だし~」
シャルルも響につられるように時計を見る。
「気づかなかった、でも一緒に行かなくて大丈夫?」
「大丈夫だよ、それよりちゃんと着替えてからだよ~。その格好だとすぐに女の子ってばれちゃうから」
「あ、うん。そうだね」
「じゃ、そう言う事で」
響はクローゼットからタオルを取り出しシャワールームへと逃げ込むようにはいる。
異性であるシャルルの事を意識してなのかそれとも自分が口走ってしまった事に対する照れなのか……響の頬は僅かに赤みを帯びていた。
「……本当にありがとう、響」
シャルルも響と同じ様に頬を染め小さく感謝の言葉を呟く。
その声は響きに聞こえる事はなかったとしても思いはちゃんと届いただろう。
シャルルは身支度を調え食堂へ向かった、部屋を出る時の顔はどこか清々しく男も女も関係なく見惚れる程の笑顔だった。
「何してるんだ、一夏~?」
シャルルが部屋をでてしばらくして響は食堂に向かう途中に両手に花状態の一夏に遭遇した。
「響か! 助けてくれ!?」
「む、皇か」
「あら、皇さん、夕食ですか?」
「うん、そだよ~」
日常的に行われている一夏争奪戦にも見慣れ慌てることなく返事を返す響。
「そ、そうか、だったら響、一緒に食べないか?」
「ごめん、一夏! シャルルを待たせてるからすぐにでも行かないといけないんだ。今日は篠ノ之さん達と一緒に食べて!」
「う、わかった」
「そうだな、皇の言うとおりだな」
「そうですわね、さすが皇さん、よくわかってらっしゃいますわ」
「それほどでもって……」
響は一夏の右腕を抱きかかえている箒の右手に握られているモノに眼を向ける。
「篠ノ之さん、それって……?」
「ん? ああ、実家から送ってもらったんだ」
袋の紐を解いて、ほらっ、と握っていた刀を見せる箒。
(いや~、ほらって言われてもどうして真剣なんか持ってる……って、そうか、ここIS学園は『どこにも所属していない国』だからか。真剣を持っていても捕まることもないんだ)
「皇も使いたいときは貸してやる」
「いえ、結構です!」
少しずれた箒の言葉にかぶりを振る響。
「それじゃ、シャルルも待ってるし」
「おお、また後でな」
「うん、一夏もしっかり二人をエスコートするんだよ~」
一夏達を追い越して食堂に早足で向かう響。
この時間帯は学生達が一斉に食堂に向かうため出遅れればかなりの時間を待たされる事になる。今回はシャルルが先に来ているので例え彼女が食べ終わっていたとしても場所の確保はできる。
「今日は何食べようかな~、右肩がコレじゃ使いにくいし」
腕を上げる事ができない以上、行儀は悪いが器の近くまで口を近づけて食べるしかない。そうなると麺類は選ばない方が良いだろう。響は丼物のメニューからカツ丼と親子丼、最後にネギトロ丼の食券を買い食堂のおばちゃんに手渡し頼んだメニューをお盆にのせてもらった。
片手で運ぶ事を考えるとコレが精一杯だった。
(コレだと少ないけどすぐ寝ちゃうつもりだし我慢しよ~)
響は先に来ているはずのシャルルを探す、結構な人数が居るためすぐ探せるかどうか心配になったがそれは杞憂に終わる。
「響! こっちだよ」
「シャルル」
声の聞こえた方に視線を向けると食堂の一番奥のテーブル席にシャルルの姿があった。「お待たせってもう食べ終わってるね~」
「うん、響と違って小食だからね」
「たくさん食べるのは認めるけど、比べるような事でもないんじゃないかな~」
「そうだね」
シャルルは拗ねたような表情を浮かべた響を見てクスクスと笑い声を溢す。その笑顔にぎこちなさはなく自然な笑顔、部屋でのやりとりでできてしまった気まずさは微塵も感じられなかった。
「じゃあ、ご飯を食べ終わったらすぐ部屋に戻るから」
「僕もここにいるよ」
「えっ? ご飯食べ終わったんでしょ」
「そうだけど、一人で居るのも落ち着かないしね。今はこうして人が多いところにいた方が良いかなって」
響としては落ち着きを取り戻したようにも見えるが彼女の中ではまだ正体がばれてしまった事やこれからどうするのか、具体的に決まったわけではないので胸の内では心に不安が残っているのかもしれない。
「すぐ食べちゃうから」
「急がなくても良いよ、ご飯は食べ終わったけど話くらいはできるしね」
「それもそうだね~」
響はシャルルの言う事ももっともだと思い食事を始めようと箸に手を伸ばしたがそこである失敗をした事に気がつく。
「箸、使えないんだった~」
「あ、利き手右だもんね」
試しに左手で箸を使ってカツ丼の肉を掴んでみたがポロッと落ちてしまう。
「……スプーン取って――」
「あ、あのさ響!」
「な~に、シャルル?」
響はシャルルに呼び止められ席に座り直すも呼び止めたシャルルは何故か響との距離を詰める、それこそあと少しで肩が触れ合うくらいに。
「ぼ、僕が食べさせてあげるよ」
「…………はい?」
シャルルの提案に理解が追いつかない響だったがそんな彼を置いてシャルルは箸とカツ丼の器を手に取る、フランス人でありながら箸を器用に使いこなしカツを掴み響の口元に運ぶ。
「……あの~シャルルさん、これは……どういった……?」
「た、食べさせてあげるよ。はい、あーん」
「あーん!?」
響の脳内に最近見た事があった映像が浮かび上がる。
つい先日、一夏が箒に唐揚げを食べさせた光景だったがまさか自分がそれを体験する事になるとは思ってもいなかった。
確かに『はい、あーん』を美少女にしてもらうなぞ一生の内でそうそう体験できる事ではない。周りから見れば利き腕の使えない自分を気遣う心優しいルームメイトがご飯を食べさせてくれているようにしか見えない。一部の人種の間では脳内で自己完結して違う意味合いで見る女子生徒がいるだろう。
だがしかし! 現状では皇響しかシャルル・デュノアが『女の子』である事を知らない。
(何でこうなったのかな~)
自分に頼ってくれとは言ったモノのご飯を食べさせてくれとは言っていない、この発言自体が世のモテナ――出会いのない紳士達を敵に回しているのだが当事者である響はそれどころではない。
(この年であーん? 可愛い女の子からあーん!? 周りの視線が集まってる中であーん!! 見せしめ? 見せしめなのかな!? だとしてもいったい何のミセシメー!!)
「た、食べないの?」
「た、食べたいけど……そのですね~」
響は横目で周囲の様子を伺う、近くに誰もいないものの気配で少し離れたところから自分達を見ている人物達が居る事に気づく。しかも――
「見てみて! デュノア君が皇君にご飯食べさせてる!」
「ほんとだー、何か見てて微笑ましいわね~」
「私もあーんされたいなぁ」
等という囁き声がハッキリと聞こえてくるのだ。
そんな状況で何事もないように『はい、あーん』を受け入れられる胃はあっても度胸は響にはない。
(う~……カツおいしそうだな~、食べたい。食べたいけど、あーんは恥ずかしい。どうしたら~)
「ほ、ほら響。早くしないと冷めちゃうよ」
響は食欲と羞恥の板挟みに遭い響は頭を混乱させるが恥ずかしそうに上目遣いでこちらを見るシャルルの姿に拒否権が無い事を悟る。
響は唾を飲み込みながら一大決心の後、シャルルが差し出しているカツをゆっくりと口に含み租借し飲み込んだ。周りから黄色い声が飛んだが聞こえない振りをする。
「お、おいしい?」
「うん、おいしいよ。で、でもあとは自分で――」
「じゃ、次はごはんね。はい、あーん」
響が恥ずかしがりながらも食べてくれた事が嬉しかったのかシャルルは直視できない程の輝きを放つ笑顔をみせ今度はご飯を響に食べさせようとしていた。
「また!」
「またもなにも……こんなに残ってるよ」
「全部、『あーん』する気なの!?」
「え、そうだけど……駄目?」
「駄目、じゃないけど……どうして?」
「……お礼、かな」
「お礼?」
「うん」
シャルルはは一旦ご飯を丼に戻し周りに聞こえないよう声を潜める。
「部屋で僕を元気づけてくれたし、女の子だってこと黙ってくれるって言ってくれたし……そのお礼。それに、これからたくさん頼っちゃうかもしれないから……前払い的な?」
(何で語尾が疑問系なの~!)
響は眼に見えない涙を流しながらもシャルルなりの謝礼としてご飯を食べさせてくれているのだと無理矢理自分を納得させる。
「だから、その……あーんしても、いいかな?」
「わ、わかった~。……あ、あ~ん」
不安そうに見つめてくるシャルルに嫌だとは言えず響は口ごもりながらも大きく口を開ける。
「そ、それじゃ次は――」
シャルルはひな鳥のように口を開けている響にご飯を運ぶ。
結局、シャルルの『はい、あーん』は最後まで続けられ終始女子生徒の目に映る。中には一夏達の姿もありどこかほのぼのとした顔を浮かべ見物していた。
(いっそ殺して~!)
食べ終わる頃には響の心は嬉しさ以上に恥ずかしさに充ち満ちていた。
――――――――――
「皇響」
誰もいないアリーナの観客席でラウラ・ボーデヴィッヒは静かにその名を呟いた。
「……あの小動物が」
教官の経歴に傷を付けた男、織斑一夏のことばかりに意識がいって、もう一人の操縦者の事を忘れていた。
「…………」
しかし、どうしても理解できない。あの男の実技訓練記録を見たが、一般生徒と同程度の成績でありながらあの男は躱す事ができなかったとは言え至近距離での砲撃を右肩で受け止めた。それどころか気を失っていなかったとしてもすぐに反撃に移ることができる精神状態ではなかったはず。
――なのに。
「……何故だ」
あの男は、気後れすることなく剣を振るった。
圧倒的な実力差がある事がわかったはずなのに逃げることなく向かってきた。
「……何故、貴様が……!」
織斑一夏を排除しようとすればあの男が立ちふさがるだろう。
――むしろ、好都合だ。
「……誰が敵だろうと教官の汚点となりえる者は排除する」
「強さ」がどういうモノなのかを教えてやる、例え肉を抉ろうと骨を折ろうと、容赦なく叩きのめす。
そして無様に怯え許しを請う姿を見る者達全てに晒してやる。
「皇響――!」
織斑一夏共々、貴様を排除する――。
基本原作の流れですがちょこちょこ変えていこうかなと思います。
少しでもシャルロットさんの可愛さを壊さないよう努力してみますw
そして駄文を読んでくださっている方感謝です!!