IS〈インフィニット・ストラトス〉 剥奪人形の選ぶ道 作:エヴァンジル
前例のない形態変化を見せた響が映るモニターを見つめるシャルル達は未だに放心した状態だったが千冬だけはすぐに冷静さを取り戻していた。
(皇ならと期待していたがまさか訓練機を専用機に変化……いや、進化させるとは考えてもいなかった)
モニターに映し出される『打鉄・天魔』のスペックデータは第二世代、しかも第一形態でありながらその性能は現存する第三世代機に匹敵するモノだった。
それに加え単一能力まで体得してしまった。
(この現象、一夏と同じISを動かす事のできる男……だけでは説明がつかん。アイツがいたら喜んで飛びついていただろうな)
かつて四百六十七個目の、最後のコアを置いて姿をくらました天才にして天災の名を持つ親友……、篠ノ之束がいればと考えつつもISを生み出した彼女でも自分が見ている異常現象を解明できるとは思えなかった千冬。
(未だに一夏と皇がISを何故操縦できるのか原因も判明していないというのに、ここに来てまた問題が増えるとは……)
千冬は歯を食いしばり響を見つめる。
もしかしたら自分の知らない何かが動いている、そんな不安が千冬に焦りを感じさせていた。
待機室でそんな深刻な流れになっているとは知らない響は『鳶葵』を手にフィールドを、アリーナの空を縦横無尽に駆け回っていた。
「おのれ! こんな、こんな馬鹿げた事があってたまるか!!」
ラウラは大型のレールカノンを響に向けて乱射していた。
しかし、その攻撃は虚しくも当たる事はない。それは彼女の射撃技術が低いのではなくただ単純に響の動きが今までとは比べものにならない程の速度で実行されている事実に他ならない。
(は、速すぎだよぉ! これじゃ身体が、持た、ないぃ!)
響と打鉄の単一能力『一騎当千』……それは今回の試合経験を優先した結果であるのか、それとも響とラウラの実力差を埋める手段として確立したのかはわからなかったがその能力は常時瞬時加速による高速戦闘だった。ブースターもそれ専用に増設され今までのような瞬時加速の連続使用とは違い身体への負担は少ない筈なのだが……
(力を貸して欲しいって言ったけどこれは貸しすぎだよねぇぇぇぇぇぇぇぇ!)
その動きは周りが見ればラウラの攻撃を躱し簡単にあしらっているように見えていたが信じられない加速による圧力に響の傷ついた身体は悲鳴を上げていた。もちろん今までに体験した事のない高速移動に心も折れそうになっている。
……はっきり言って使いこなせていないのだ。
(あんなに格好つけて挑んだのに、……と、とにかく今は戦いに集中しないと感覚が違いすぎて攻撃のタイミングがずれちゃう。動くのは速くなって助かるけど……どうしたら)
ここで動きを止めればラウラの攻撃の餌食になる、かといってこの単一能力を解除してしまえば打鉄の性能が上がったとはいえ勝てるかどうか怪しい。
エネルギーも形態変化と同時に回復しこの能力のエネルギー消費は極めて低い、つまり低燃費で使い勝手の良い能力ではあるのだが自分がそれについていけない。
(今の状態で斬り合いは無理っぽい……そうなるとアレしかないよね!)
響は圧倒的な加速力に涙を浮かべていたが何とか泣くまいと眼を細めラウラを視界に捕らえる。
(打鉄はともかくおれの方が持たないよ……これで決着がつけれれば!)
響はラウラに突撃する形で打ち出される砲弾を躱しつつ『鳶葵』を左脇に構えその刃がラウラに当たるよう両腕で固定する。
「こちらに突っ込んできただと……まさか!?」
「そのまさかだよぉぉぉぉ!!」
響は何とも情けない涙声と共にラウラと突撃、ブレードによる斬擊が当たると同時にすぐに距離を取りもう一度ラウラへと飛びかかる。
一撃離脱の繰り返し、今の響に高速戦闘に慣れている時間も余裕もない。そんな彼が取れる戦法としてはこれ以上にないモノだった。
「ぐっ! ちょこまかと――ぐあっ!」
幾重にも白銀の軌道を描きながら響は攻撃を繰り返す、速度その物に眼がいきがちだが使い慣れない能力を即席の作戦とはいえできる限りの適応を見せる響の対応力の高さは眼を見張るものがあった。
ラウラも歴戦の強者、常時瞬時加速の速度に慣れてきてはいるがAICの発動を試みようとする度に響の刃を鍛え抜かれているとはいえ華奢な身体に受ける。
その様子を見ている箒達は待機室で同じ光景を見ている一夏達よりも大きな衝撃を受けていた。
「専用機になってぶっつけ本番の戦闘でしょ! なんであんな動きができるのよ!?」
「まったくですわ、皇さんの器用さ……才能と言った方が良いかもしれませんが呆れてしまいますわ」
「だが、あの専用機と常時瞬時加速が実力の差を埋めてくれている。このまま何もなければ……勝てる!」
ラウラを中心に光の奔流を思わせる白銀の閃光が描く無数の軌道、その圧倒的な速度が二人の力の上下を逆転させていた。
この光景を見ている一夏や箒達だけでなくアリーナにいる観客全員が勝敗の行方に息を飲む。
(このまま押し切れれば……いける!)
訓練機の専用機への換装、単一能力における高速戦闘に一撃離脱の安全策……最後の方は少しだけせこい気もするがこれだけの要素があれば勝てる、響は確かな手応えを感じていた。
その一方でこれまでにない屈辱と敗北感を感じている者がいた。
他の誰でもないラウラだった。
(こんな……こんな所で負けるのか、私は)
相手の力量を侮っていた。それは間違い無く私自身のミスだ、だが……
(私は負けられない! こんな、強さの意味を曖昧にしようとする小動物如きに)
ラウラ・ボーデヴィッヒ。それになる前の私の識別記号は、『C-0037』。
人工合成された遺伝子から作られ、鉄の子宮から生まれた。
ただ戦いのため生み出され、育てられ、鍛えられた。
だが『ヴォーダン・オージェ』との不適合により、私はIS訓練に遅れを取り、嘲笑と侮蔑、『出来損ない』の烙印を受けた。
しかしそこから救い出してくれたのが、織斑教官だ、だから――許せない。教官を変えてしまう、教官の弟を。
そして、その排除を阻むもの全てを。だから――
(力が、欲しい)
どくん、ラウラの中で『何か』が蠢く。
そして、それは低く陰湿さを感じさせる声でラウラに甘い花の蜜様な魅惑的な問いを示す。
『汝、自らの変革を願うか?より強い力を欲するか?』
言うまでも無い事だ。
力が得られるのなら。そして、それを得られるのなら、空虚な私など、くれてやる!
だから――
「寄こせ! 力を……比類なき最強を!!」
Damage Level......D.
Mind Condition......Uplift.
Certification......Clear.
《Valkyrie Trace System》......boot.
「あああアアアアアァァァァッ!!」
何かの問いかけに答えた瞬間、ラウラが絶叫すしそれと同時に彼女のIS『シュヴァルツェア・レーゲン』が放電を放つ。
「あれ……は……」
そう言いかけた響だったが、台詞は途中で止まる。
なぜなら、ラウラの機体が自分の打鉄と同じように形態移行に入ったからだ……いや、それはもはや『変化』と言って方が正しいかもしれない。。
バリバリバリッ!!
『シュバヴァルツェア・レーゲン』から激しい電撃が放たれる。観客の歓声が悲鳴に変わった瞬間背筋が凍るのがわかった響。
彼の眼に映るのはラウラのISがドロドロに溶けていく異様な光景。そして、溶けたISは黒い塊に姿を変えラウラを飲み込んだ。そこからさらに形を変え、どこかISの雰囲気を漂わせながら、まったく別物の『何か』に変形した。
響はこの事態を危険だと直感した。そして、このままでは何か取り返しのつかないことになるということも混乱する頭のどこかで理解していた。
「……すごく、嫌な感じ……でも、この感じどこかで……」
ISと呼ぶには不気味で、奇妙なそれ見る度に畏怖を感じ眼を反らそうとする響。しかし、不思議な事に食い入るように緋色の瞳を変貌を遂げたラウラに戻す。
アリーナの空で成り行きを見守っていた響だったが胸の中でざわめく心に気を取られているせいかその眼に陰りが見て取れ高度も下がりフィールドに着地した。
「……懐か、しい……違う……にげ……なきゃ? 何から? ……おれ、何を言って……?」
焦点が遭ってない瞳でISという概念に無理矢理収まろうとしている兵器を見つめる響。そんな響の決定的な隙に気づいたのか黒のISはその手に刀剣を呼び出し響へと襲いかかる。
「前だ皇!!」
「――っ!?」
箒の悲鳴にも似た呼びかけに響は意識を取り戻し迫ってくるISに気がつく。
朦朧としていた意識を立て直しはしたものの打鉄とのシンクロ率が低下し『一騎当千』
の発動が解除されていた。
「しま……」
響は横凪に振り払われた刃を咄嗟に『鳶葵』で受け止めるもその攻撃の重さに堪えきれずフィールドに叩きつけられるように激突する。
「ぐっ……ゆ、油断したかな。ツゥ!?」
響はすぐに起き上がろうとしたが今の攻撃で限界を迎えたのか身体が思うように動かなくなってきていた。
(まず……早く、立たないと……)
ガタガタと震える手で起き上がろうと必死にもがくも黒のISは武器を上段に構えていた。
「………………!」
響はハイパーセンサーに映るその動きと武器にまた言葉を失った。
敵の手に握られていた武器それは――
(――『雪片』……!)
千冬のかつて振るった刀。世界最強の、『ブリュンヒルデ』が手にしていた武器。しかも武器だけでなくその姿も千冬の専用機である『暮桜』に告示していた。
「まさか……織斑先生のコピー?」
ISによる他操縦者の動きを再現するなど可能なのか、疲労と混乱にとらわれた響は黒のISが武器を振り下ろそうとしているのに動こうとはしなかった。
そんな響を無視して黒いISは何の他姪らもなくその刃を彼の脳天へと振り下ろす。
(かわせな――)
「やめろおおおおぉぉぉぉ!」
響の耳に聞き覚えのある声が届く、黒いISもその声に反応を見せ攻撃を止め声のした方向へ向き直る。
「……一夏!」
「響から離れろ、この大馬鹿ヤロー!!」
白式に身を包んだ一夏はピットから一目散に飛び出し黒いISがもつ雪片の発展型『雪片二型』による『零落白夜』の刃を振り下ろす。
『――――!』
しかし、黒いISは臆することなく居合いに見立て刀を構え中腰の体勢をとった、その必中の間合いから放たれる必殺の一閃。
それは紛れもなく千冬の太刀筋だった。
「このっ!」
その太刀筋を知っていた一夏は相打ち覚悟で放った一撃に意識を集中させるがそれよりも早く黒いISの斬擊が決まる。
「ぐっあ!」
「一夏!」
その光景に呆然としていた箒が声を上げる。
「響! そこから動かないで!!」
「シャルル!」
箒の悲鳴をかき消すようにシャルルはアサルトライフルによる牽制射撃で黒いISを響から引き離し間に割り込む、その隙に一夏も箒の手を借り体勢を整えていた。
「千冬姉の真似なんかしやがって……ぶっ飛ばしてやる!」
「落ち着け一夏! 今は皇の安全を確保する事を優先すべきだ」
「っ!」
響はシャルルに手を貸してもらいながら立ち上がる。
そんな中で箒や一夏が自分を逃がそうとしている事を知り響は思わず声を荒げる。
「ま、待って! おれはまだ戦えるよ!」
「安心しろ皇、私達もアレと戦うつもりはない。見ろ」
「あれは……」
箒に促され自分達と距離を置いている黒いISの上空に眼を向ける響。そこにはシャルルの専用機の元となった『ラファール・リヴァイブ』に搭乗する学園教師達の姿があった。
「あとは先生方に任せれば全て終わる……お前は充分戦った、誰も逃げたなどとは思わない。一夏も一人で勝手な行動は取るんじゃないぞ」
「わ、わかってる……」
釘を刺された一夏は納得がいっていない表情を浮かべていた、箒が言っている事は間違いなく正しい。
「私達は皇を保健室へ……いや、この傷だと医務室の方が――」
「――響、まだ戦えるだけの力は残ってる?」
「シャルル……?」
シャルルは医務室へ向かおうとしていた箒達の意見を遮り響に戦闘継続ができるかどうか確認を取る。
「何を言っている、シャルル!」
これには箒だけでなく響も戸惑った。そんな二人を一夏だけが苦笑し様子を見ていた。
「ど……どうして?」
シャルルも一夏達の様に助けに来てくれた、なら立つ事もままならない自分を戦わせてくれるなんて考えてもいなかったから。
「ピットの待機室でね、一夏に言っちゃったんだ……響は諦めてない。だから信じて待ってあげなきゃ駄目だって、だって大事な友達で大切な仲間だもん」
「シャルル……」
シャルルは響を支えていた手を離し『鳶葵』を持つ響の右手を握りしめる。
「勝って、勝って……ちゃんと戻ってくるんだよ。僕は響が……勝つって信じてる」
「…………うん、勝ってくるよ……絶対に!」
シャルルは『勝つ』という決意を込めた響の声を聞き安心したような笑みを浮かべる。それを見ていた箒は戦おうとする響を止めようと歩み寄る。
「お前達は何を言っている! その身体で何が――」
「箒、ここは響の好きにさせたやろうぜ。響や俺、それにシャルルは男だからな……どうしても引けない時があるんだって」
「男の意地とでも言うきか!? わざわざ危険に身をさらすなど馬鹿がすることだぞ!!」
『それが男というものだ、お前も知っているだろう篠ノ之』
「お、織斑先生まで!?」
一夏の横やりでも止まらなかった箒の力みが千冬の一言で抜ける。
『皇』
「は、はい」
『私はお前ならと期待しているが……やれるか?』
通信回線から聞こえてくる千冬の言葉、それは間違いなく自分の戦いを続けさせてくれる許可だった。
「はい、大丈夫です。……まだ、戦いたいです」
『わかった、教師部隊はその場で待機。皇響の試合続行という形で進める、私が戦闘不能と判断するまでは手出しは無用です』
千冬の指示で黒いISを囲んでいた教師陣は千冬の指示に戸惑いながらも従う、すると黒いISがすかさず響を攻撃目標としてロックオンする。
『……あちらもお前との決着を望んでいるようだな』
「相手はボーデヴィッヒさん、ですから……意識がないにしてもきっとこうなってると思います」
自分がラウラと戦うために力を求めそれに打鉄が答えてくれた、それと同じようにラウラのあの姿も同じく願いによって引き起こされた。
そんな確証はない、だがきっとそうだと感じる。
自分が大切な人達を護れる強さを、どれだけの劣勢に置かれ恐怖と向き合っても逃げ出さない強さを求めた事と同じ。ラウラは崇拝に近いその感情で千冬の様な、千冬そのものの強さを求めていたのだから。
(きっと、これが求める強さの違いなんだろうな~……だから戦って何が正しくて何が間違いなのかに気づけるのかもしれない)
だからこそ自分も負けられない、歩いてきた道が違うように求める答えも違う。
自分の選んだ道が正しいと信じ正しくあってくれと願う、なら今の自分にできる事はたった一つ。
「おれが勝って……おれが欲しかった答えを手に入れる、だから行きます!」
『ああ、勝ってこい。もし負けた場合は明日からの一週間、食堂でのメニューの追加……つまりおかわり禁止だ』
「そ、そんな~……そんな事されたら三日で死んじゃいますよ~」
『それが嫌なら勝て。以上だ』
「うぅ……大変な事になっちゃたよ~」
目の前の危険よりも明日からの食料確保が重要だ……と、嘆く響の姿を見ていたシャルル達はそろって呆れたような安心したようなそんな笑みを浮かべる。
「ふふ、絶対勝たなくちゃいけなくなったね響」
「はあー……こういう時の響って大物なんだか抜けてるのかわからないよな」
「全くだ、しかし戦う許可が出てしまった以上私は止めん……」
シャルル達からも不思議と緊張が抜け普段の授業のような空気が生まれていた。
「こっちは死活問題なんだから~、まあ……でも、行ってくるよ」
響は堅さのない自然体のままラウラへと歩みを進める、今の自分が動けるとした後一撃。その一撃で勝負が決まる。
(次の一撃……この新しい刀の機能も使って何とか押し切る、できれば打鉄にまた手伝って欲しいけど……)
歩きながら自分の姿を見てみるも先程までのような白銀の光は見受けられない、集中力が切れてしまったせいで単一能力の発動も消えた。もう一度あの状態になれれば楽なのだが……。
(エネルギーはまだ残ってる……でももしかしたら打鉄が使わない方が良いって押さえてくれてるのかもしれないなぁ)
高速戦闘の感覚になれていない以上、疲労した身体と扱いきれない速さでは繊細な動きが要求される接近戦には不向き。その状態で戦闘は危険だと言う可能性を示唆しているのかもしれない。
(なら、残ってるのは『鳶葵』の剣戟射出機構だけ……一撃でも叩き込む事ができればあのISのエネルギーを削って戦闘不可能にできるはず、ここが正念場だ!)
響は千冬の姿と力をコピーしたISの前に立ち『鳶葵』を下段に構えトリガーギミックを握り込む。
その瞬間、二叉に分かれた刀身が零落白夜と同じ蒼い光に包まれる。
(撃ち出すだけじゃなくて、留めておく事もできるんだ……便利だな~)
響は敵ISの一撃必殺の間合いの中にいるというのにそんな事を考えながら口元を弛める。自分でもおかしいとは思っているが自然と笑みが溢れる。
(打鉄が力を貸してくれてるからかな? それともシャルルや一夏達が信じて待ってくれてるからかな? ……怖くない、大丈夫だって思える)
響は腰を降ろし相手が動くのを待つ。
先に動けば負ける、良く聞く勝負のうたい文句ではあるが響にそのつもりはない。ただ、傷ついた身体では速く動く事はできない……ならば相手の動きを見てからの攻撃。カウンターとは言わないまでもそちらの方が充分勝機はあった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
たった数秒の沈黙、それが長い時間に感じた。
互いに相手の動きを探り僅かな隙を見せれば即決着……その張り詰めた空気がアリーナ全体を包み込む。
「………………」
『………………』
響と黒いIS、二人は無言でにらみ合い構えを崩さない。
しかし、先に動きを見せたのは響だった。
それは攻め込んだというわけではない、ただ静かに一呼吸だけ息を吐いただけの事。
息を吐くと同時に響の身体から僅かに力を抜けたのを見抜いた黒いISは流れるように
腰を落としそして爆発的に間合いを詰め雪片で居合いの一撃を放とうとする。
息を吐く、それは端から見れば大げさな動作ではない。
だが、達人級の剣の腕前をもつ千冬の力をコピーしたのならその僅かな所作でも充分すぎる隙だった。
「かかったね!」
『!?』
黒いISが刃を放とうとした瞬間、響はイタズラが成功し喜んでいる子供のような無邪気な笑みを浮かべ下段に構えたままトリガーを放す。
ドガアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァン!!
『!!』
下段に構えられた『鳶葵』の切っ先からエネルギー刃が地面に放たれえぐり取った土が噴煙の様に舞い上がり響達を包み込む。
それはごく初歩的な戦法でありアニメや漫画でもよく使われる苦し紛れの苦肉の策。
『鳶葵』の新機能、しかも制限が四発しかないその内の貴重な一発を目眩ましに使ったのだ。
これは黒いISだけでなく二人を見守っていた観客全員も予想しておらず呆気にとられた、しかしその戸惑いが響の勝機へと繋がる。
「はあああああっ!!」
『――!』
視界を塞がれた黒いISの背後から蒼い刃が姿を表し防ぐまもなく叩き込まれる、『断空』によって強化されたその一撃は瞬く間にシールド・エネルギーを削っていく。
響は土煙が晴れない中、ブースターを最大出力まで一気に跳ね上げ煙の中を飛び出す。
鮮明に鳴った響の視界の先には自分がさんざん叩きつけられたアリーナの壁が迫っていた。
「これで、決まりだよ!!」
響は残った二発分のエネルギー刃を打ち込み『鳶葵』を振り抜く、放たれた蒼い刃は黒いISを飲み込みながらアリーナの壁へと突き進み爆音と煙をあげる。
その瞬間、アリーナの遮断シールドが破壊されたが幸い生徒達は余波を経過して避難していた様だった。
響は崩れるようにその場に倒れ込んだがハイパーセンサーに映る敵ISのエネルギーが底をついた事を確認した。
「ハアハア……、言ったでしょ。格好悪くても見苦しくても最後まで……戦うって。悪役みたいな勝ち方だけど……許し――ボーデヴィッヒさん!」
響は煙の中で黒いISがその形を失っていくのをその眼で捕らえたがそれと同時に中からラウラが姿を表すのも見えた、彼女の足下には『断空』で砕け散った装甲の一部が転がっておりエネルギー刃の熱が残っているのか鈍い赤みをおっていた。
「あのまま落ちたら大怪我だよ!」
響は助けようとしたが試合が自分の勝利で終わった事で緊張の糸が切れ起き上がる事すらできなかった。
「だ、誰かボーデヴィッヒさ――」
「任せろ!!」
響が助けを言い終える前に一夏が瞬時加速でラウラの元へ颯爽と駆け寄り落下する彼女を抱きかかえる。その姿は中世の物語を見ているようで白い騎士が囚われのお姫を助け出した、そんな光景に思えた。
「よ、よかった~」
響はラウラが怪我をすることなく無事に助けられた姿に安堵したが同時にある事に気づいた、ハイパーセンサーで二人の様子を見ていたが何か喋っている事がわかる。
一夏は持ち前のいい顔をキリッとさせ喋っており抱えられているラウラは何処か惚けた表情を浮かべていた。
(……あれ? もしかして……フラグ立てちゃった、んじゃない……いち……か……?)
響はこの先起こる苛烈を極めるであろう一夏争奪戦が頭によぎりつつも緊張からの解放と蓄積した疲労とダメージで眠るように気を失ったのだった。
「――ハアハアッ! ……ハア……ッ」
暗闇が支配する見覚えのない森の中を走っていた、顔も名前も知らない男女に手を引かれ息の続くかぎりひたすらに。
何故、走っているのだろう。
何故、こんなにも怖いのだろう。
何故、逃げているのだろう。
(……逃げてる?)
自分への問いかけで更に疑問が増える。
逃げている、それは怖いから。怖いものから走って逃げている。
(一体何から……?)
「――――――!」
「――――――!?」
「う、うん!」
後ろに何があるのかと思い振り向こうとしたら声をかけられ自分の意志とは反対に視線が二人に戻る。
しかも……
(口が勝手に……動く!)
「――――――」
男が何かを言ってる。
顔も身体も黒い影のようになものに包まれて口元しか見えない状態、だというのにどうしても声が聞こえない何を喋っているのかわからない。
まるでテレビのノイズが耳元で走っているような感覚だった。
(何を言って?)
顔の表情を見る事はできない、それでも必死に何かを喋っている事だけ声の質からわかった。
(わからない……なんで、こんな……にも)
胸を締め付けるような悲哀が嗚咽となって溢れ口が自分の意志とは関係なくまた動き始める。
「■■■さん、■■■さん……ぼくを置いてにげて!」
(また……というか、僕って……俺の事?)
響は自分の意志とは関係なく声を出す、もちろん子供の頃の自分が。
「ぼくが、がんばれば、■■■さんも■■■さんも助けてくれるっていってたよ。痛いこともしないってじっけんもすくなくするって……」
(名前が……それに、痛い事? 実験? おれは何を言って……)
次々と自分の口から飛び出す言葉に戸惑う響、幼い頃の思い出の中にこんな赤い光景はない。
「だから、だから……」
今度は声だけでなく涙まで流れてくきた、どうして自分はこんなにも懸命にこの二人を逃がそうとしているのだろう。
響は止めど流れる涙と嗚咽を堪えきれず息が切れる。このまま走り続けるのは無理だと思った時、視界が白い光に包まれ耳を劈くような爆音が聞こえる。
同時に身体が宙に浮く感覚が響を襲う。
「――――――はっ!?」
その瞬間、響の眼に映ったのは赤い夢ではなく見覚えのある白い天井。
「ここ……、俺の……部屋……?」
響は首だけを動かし部屋の中を見る、部屋の中には自分以外おらず荒い息と時計の針の音だけが響いていた。
「ゆ……夢?」
響は先程まで起きていた事が夢だとわかり安堵のため息を溢す、同時に自分が大量の汗をかき破裂するのではないかと思えるほど心臓が鼓動を刻んでいる事に気づく。
「……気味の悪い夢だったな~、あんな夢見るなんて……やっぱりボーデヴィッヒさんと戦ったから?」
ラウラの容赦ない攻撃に突如変化を見せた彼女のISとの戦闘、あの時に感じた恐怖と不安が見せた夢なのかもしれない。
「そう言う事にしておこ~」
不意に喉の渇きに気づいた響は身体を起こそうとしたが途端に激痛が走り思わず自分の身体を抱きしめるように抱える。
「あいたたた~……試合でボコボコにされたの忘れてた、それに前の傷も治ってなかったし……うぅ、自業自得とはいえ辛いな~」
全身の痛みに耐えながら響はベッドから下りる。
「はぅ!」
身体を動かす度に腕と足にまるで鋭い針を差し込まれたような痛みが走り、疲労が残っているのか視界が揺れる。医務室や保健室ではなく自室にいるのだから命に別状はないのだろうがここまで痛みが酷いと不安になってくる。
「シャ、シャルル~……いないの~? いないよね~? いたら助けてくれてるもんね~」
明かりの消えた部屋の中を響はゆっくりと静かに、それこそ深夜に泥棒に入った盗人の様に音を立てないように歩く。窓の外に広がるのは美しい星空と優しい光を帯びる満月、こんな状態でなければゆっくりと見ていたかったが今はそれどころではない。
別に起きた事を隠したいわけではない、そうしなければ歩けないほどに響の身体はダメージを負っているのだ。
「あぅ……はぅ……ひぃ~」
何とも情けないうめき声を上げながらも響は部屋に備え付けられている簡易キッチンまで辿り着く事ができた。
早速からからの喉を潤そうとコップに水を汲みゆっくりと飲み干す。食道を通り空っぽの胃に広がる水の冷たさが熱を持った身体を冷やしてくれる。
「お腹すいたな~」
傷と疲れのせいで熱が上がっている上に空腹だった響は体力を付けるために何か食べるものはないかと備え付けの冷蔵庫を開けて見る、中には買って飲んでいなかったジュースと調理が必要な食材が数種類。
「……この身体でなくても、料理は作れないしな~」
主に食べる専門で生きてきた、母からも少しはできるようになっておいた方が良いと言われていたが習ったのは掃除と洗濯で肝心な料理スキルは習っていない。
「料理スキルほぼゼロのおれじゃ……シャルルが戻って来てくれるまで待つしか――」
空腹に心が折れそうになった響だったがそんな彼の祈りが通じたのか部屋の扉が静かに開かれシャルルは部屋にはいると同時に明かりを付ける。
「あ、おかえり~」
「…………ひ、響?」
「あのね今起きたんだけどお腹すいてて……ごはん作ってくれないかな~?」
「………………」
響は何とか両手を眼前で合わせ申し訳なさそうに笑みを浮かべシャルルに食事の準備を頼んだのだが肝心のシャルルが無言でしかも涙目になっていた。
「シャ、シャルル……さん?」
そんなシャルルの様子に気づいた響は怒らせてしまったかと不安になる。
「あの、駄目なら良いんだ。シャルルも試合の後で疲れてるもんね……だから、その、ごめんよ~。食堂まで行ってごはん食べて――」
「し……から」
「え? なに~?」
シャルルが俯きながらも涙声で何か喋っている事に気づき響は痛む身体を懸命に動かしシャルルの傍に寄った。
「ど、どうしたの~、眼にゴミでも入った~?」
響はシャルルから感じる異様な圧力に怯えながらも何とか声をかける、自分に非があるのなら素直に謝りたいのだが彼女に何かしてしまった覚えはない。
「しん……し……だから」
「しん、し……紳士がどうかしたの~?」
「――――っ!」
「ひぃっ!」
怒っているような雰囲気ではないものの迫力のある涙目で睨み付けられ響は小さく声をもらす、後ずさりをしたかったができるだけ身体を動かしたくないためその場に止まる。 ……が、その判断は数秒後間違いだったとわかる。
「し・ん・ぱ・い! すっごく心配したんだからね!!」
「はい――いぃぃぃ!?」
涙目で抱きついてきたシャルルを躱す事ができず響は咄嗟に受け止めた……が、今の自分の身体で受け止める事などできるはずもなくシャルルに押し倒される様な形で倒されそれはそれは堅い床に後頭部と痛みきった身体を強打する。
「ひぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
響はあまりの痛みに生きてきた人生の中で一番大きな叫び声をあげる。そして、ベッドから起きずにシャルルが帰ってくるのを待っていれば良かったと涙するのだった。
明けましておめでとうございますm(_ _)m
新年最初の投稿になりまーす、お正月中にゆっくりと打ってみましたがきっと誤字脱字が有ると思います。読んでくださっている方、いつものように寛大な心で読み飛ばしどうしても「ダメだ、気になる」と言うは遠慮無くバッシングをどうぞ!
そして感想と評価をいただけたら幸いですw