提督一家と愉快な鎮守府の日常《完結》   作:室賀小史郎

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そのメイドは天使だった

 

 秋も終わりが近づき、夜は冷え込むようになった泊地。

 興野提督が預かる鎮守府も同じで、寒い夜には既に湯たんぽを使っている者も。

 

 相変わらず、鎮守府では興野夫婦の愛娘あがのを中心に時が流れている。

 数々の作戦や任務を遂行している艦娘たちにとって、あがのという存在はまさに心のオアシス。

 なのであがのがいくつになっても、そのオアシスは消えることはない。

 

「いらっしゃいませー☆」

 

 そんなあがのが5歳になると、あがのもお手伝いに精を出す。

 今日は土曜日。そんな夜は執務室がその日の夜限定で『ダバダバー』となり、お酒を提供する。

 因みに出産やその後の育児で暫く閉店していたが、あがのが2才になった頃から提督と能代たちによって復活をした。これはあがのが夜泣きをしなかったのも大きい。

 

 酒飲みの艦娘たちにとっては馴染みの深いこの時間も、あがのがお手伝いとして店に立つようになったら酒飲み艦たち以外にも多くの艦娘たちがこぞって天使を拝みにくるようになった。

 お手伝いと言っても、あがのはお料理などをガラガラ(明石特製の子ども用台車)に乗せて運ぶくらい。でもあがのにだけお客(艦娘)たちはチップ(10円玉)を弾むので、5歳のあがのにとってはいいアルバイトだ。

 因みにアルバイト中のあがのは鳥海お手製の子ども用メイド服(クラシカルな物で全体的に赤い生地を使っていてエプロンは白)を着用し、髪は能代のように二つの三つ編みおさげにしてある。更に今宵のあがのは髪色に合わせたの黒の猫耳カチューシャを装備しているため、今日はチップが多く、エプロンにある2つのポケットが歩く度に大きく揺れている。

 

「なんめいさまですかー?」

 

 あがのの問いに来店したゴーヤ・イムヤ・ヒトミ・イヨは揃って『4名』だと告げると、あがのは「はーいっ☆」と元気にお返事して空いているソファーテーブルに案内する。そうすればこれだけで4人からチップが舞い込んでくるのだ。

 

「あがのー」

 

 ゴーヤたちからチップを貰い、「ありがとー☆」と言ってホクホクでいるあがのを母親が呼ぶと、あがのはポケットをチャリチャリ鳴らして「なぁに、おかあさん?」と母親の元へ行く。

 

「お金でポケットがいっぱいになっちゃったから、プテラノドンのリュックに入れようね」

 

 阿賀野が約70センチ程のリュックを見せて提案すると、あがのは「わかったー!」と言ってプテラノドンのリュックに付いているチャックを開けて、ポケットに入っていた多くの10円玉をジャラジャラと入れ込む。

 

 プテラノドンのリュック……これは矢矧が約2年の歳月を掛けて作った物。パッと見はプテラノドンのぬいぐるみだが、翼の付け根に肩に掛ける紐があるので抱いてよし、背負ってよしの品物なのだ。お腹の部分にソフトボールが3つは収納可能なポケットがあり、翼部分の中には低反発素材を使っているため触り心地もいい。なので今ではすっかりあがのの1番のお気に入りのぬいぐるみである。

 何故にプテラノドンなのかというとーー

 

「あがのちゃんは、プテラノドンのどこが好きなの?」

「それはね、ひとみおねえちゃん! おそらとべて、とりさんよりもおおきくて、あたまがとんがってるから!」

 

 ーーらしい。

 あがのは動物も好きだが、恐竜も好きであがのが3歳の時に酒匂からプレゼントされた恐竜の図鑑をよく眺めている。その中でも1番のお気に入りがプテラノドンであり、矢矧が姪っ子のために最高のぬいぐるみをプレゼントしようと素材から拘り抜いて作り上げたのがこのプテラノドンリュックなのだ。

 プテラノドンと言ってもその見た目はかなりラブリーな物で、くりくりとした真ん丸なお目々にお腹は白でそれぞれの手足を模したフェルトは茶色、開いている口の中は赤いがそれ以外はピンク色である。

 そんなプテラノドンのぬいぐるみリュックを背負うメイドさんあがのは実に愛らしい。リュックが大きいためアンバランスだが、そこがまた愛らしさを増長させている。

 まさにこの世に降臨した天使そのものでーー

 

「はぁぁぁぁぁっ♡」

 

 ーーこのように矢矧は使い物にならない程にメロメロになっている。

 シャチや犬のぬいぐるみに敗北を喫してからの苦節約2年。血の滲む努力によって編み出されたプテラノドンのお陰で、矢矧はこうして報われたのだ。

 

「あがのちゃん、その子のお名前はなんて言うの?」

 

 プテラノドンを背負ってご機嫌にクルクルと回るあがのに、イムヤが質問するとーー

 

「このぷてらろろん……ぷーてーらーのーどーんちゃんのおなまえはねー、どんちゃん! ぴんくのどんちゃんだよ!」

 

 ーーなんとも可愛らしい答えが返ってきた。しかも1発でプテラノドンと正しく発音出来ていないところがまた愛くるしく、あがの特有のネーミングセンスも健在なのも相まってより可愛さが増している。

 

「へぇ、どんちゃんか〜♪ 可愛いお名前ね〜♪」

 

 イムヤは思ったままを返したが、「うん?」と顎に手をやったイヨが「まるでカップ麺の名前みたい。赤とか緑とかの」とつぶやいたため、イムヤは思わず口に含んだ水を吹き出して水の弾幕を張る羽目になった。幸いあがのの方には飛ばなかったし、イムヤが身体能力を活かして即座に後ろを向いたので床しか濡れずに済んだ。

 

「げほっげほっ! ちょっと、勘弁してよ……げほっ」

「うぇ、ごめんっ。まさかこうなるとは思わなくて……」

「イヨちゃん、めっ……」

「でもイムイムが上手く方向転換したし、水もちょっとだったからもう拭き終わったでち♪」

 

 ゴーヤの素早い対応で床は拭かれたが、あがのは咳き込んだイムヤを心配してその背中を優しく撫でてあげていた。

 

「イムヤおねえちゃん、だいじょうぶ?」

「えぇ、大丈夫よ。ありがと……」

「イヨおねえちゃん、ひどいねー?」

「ええ、酷いわねー」

「だ、だから悪かったって……仕方ないなぁ、1杯目はイヨが奢るよ」

「やった♪ なら浮いたお金はあがのちゃんのチップにしちゃお♪ はい、あがのちゃん♪」

「わぁ、ありがとー!」

 

 その後もあがのはこんな感じで順調にチップを集め、プテラノドンのお腹はみるみる膨れ上がるのだった。

 

 ーーーーーーーー

 

 夜も更け、ダバダバーも閉店時間を目前にする。

 でも実はこの時間が1番のピークを迎えるのだ。

 何故ならーー

 

「すぅ……すぅ……」

 

 ーー疲れた天使がソファーの上でプテラノドンを抱っこして夢の中へと飛び立つからだ。

 それはもう艦娘ならば誰もが一目見ようとやってくる。なのでこの時が1番のピーク。

 

 お手伝いと言ってもいつもならとっくにあがのは寝ている時間。なのであがのは電池切れのおもちゃの如く、自分が十分に満足したらこのように眠ってしまうのだ。

 そんな天使を拝もうとこぞってやって来る艦娘たちが列をなし、その多くが癒やされて自室に帰っていく。

 ただし大声は厳禁。仮に起こしてしまった場合はあとに並ぶ者たちに睨まれるからだ。なので写真撮影も当然禁止で、撮影していいのは青葉のみ。因みにその写真は『天使の寝顔』というタイトルのアルバムに保存されており、資料室で閲覧することが可能。

 ただこれはデータはあっても販売は厳禁。何故ならあがの本人がそれ相応の年齢になった時に物凄く恥ずかしく思うだろうし、それを艦隊の多くが持っているとなれば居た堪れなくなるだろうと提督が考えたからだ。

 

「よく寝てるなぁ、あがの」

「今日もいっぱい遊んだからねぇ」

「みんなからチップも沢山貰ったしね♪」

「チョコパフェも食べてたしね〜♪」

 

 そんな天使を夫婦と義妹たちは優しく見守っている。1人ダメな叔母馬鹿が鼻から真っ赤な姪っ子LOVEを流して床に転がっているが、それももう見慣れた光景だ。

 

「娘が笑ってて、仲間たちも笑ってる……こんなに幸せなこたぁねぇな。歳のせいか、最近こういう光景を見てるだけで涙が出そうになるぜ」

「あはは、慎太郎さんは泣き虫さんだもんね〜♪ 泣きたくなったらぁ、いつでも私の胸に来てね〜♡」

「その時はな。今はそんなことしねぇよ。まだみんないるし」

「え〜? キスもぎゅ〜もみんなの前で出来るのに〜?」

「それとこれは別だっての」

 

 そもそも今だからこそ人前での行為は慣れたが、流石にみんなの前で泣くのはもう見られたくない……そう提督が思って苦笑いしていると、そのせいで上がった頬を妻に軽く指で突かれた。

 

「何すんだよ……?」

「私の可愛い旦那さんって思ったら、つい♡ えへへ♡」

「可愛いのは阿賀野だろ、ったく」

 

 不意な一言に照れ、提督はそっぽを向く。しかしすぐにそれは妻の手によって戻され、戻されたと同時に口をキスで塞がれる。

 あがのが生まれる前は矢矧のハリセンが問答無用で火を噴いていたところだが、いいのか悪いのか、今では何も飛んでこない。

 それをいいことに阿賀野は娘が自分の手を離れている間に、うんとこのようにイチャイチャするのだ。子どもは出来ても、その心はずっと変わらずに夫を愛しく想っているから。

 

「っはぁ……えへへ、慎太郎さんとキスしちゃった♡」

「自分からしておいてそのセリフかよ……」

「いいでしょ〜?♡ 今は私だけの慎太郎さんだもん♡」

「はぁ……俺の妻は聖母かよ」

「慎太郎さんだけの阿賀野だよ〜♡」

 

 こいつぅ、きゃあっ……と戯れ合う夫婦。いつも通りと言えばいつも通りだが、能代と酒匂からすれば『ガチ勢の視線が怖いので止めろください』と言いたいところだ。

 しかしそれを阻む者はいない。阻めるとしても高雄か電、飛鷹くらいなもので、その者たちはこの場にはいないのだ。

 

「ねぇねぇ、慎太郎さん、キスして〜♡」

「さっきしたろ。しかも自分から」

「足りないの〜♡ それにするのとされるのとじゃ違うの〜♡ 分かってるくせに〜♡」

「……ほれ、ちゅっ」

「ん〜っ♡」

 

 ちゅっちゅ、ちゅっちゅと艶めかしい音がする中、能代と酒匂はもう耐えられぬとばかりにバーの片付けに逃げる。

 カウンター越しにそんなことをしているのなら、もういっそのこと『どちらかがどちらかの隣に行ってやれ』と誰もが思っていた。

 

「んぅ……」

 

 しかし、あがのがちょっと目を覚ますと夫婦はすぐに親の顔に戻る。

 

「お、あがの起きたか?」

 

「ん〜……おとうさん、だっこ……」

 

「ん〜? いつの間にあがのは赤ちゃんに戻ったんだ〜?」

 

「おへやにもどるまででいいの〜……だっこ〜……」

 

「お風呂も歯磨きもちゃんとするんだぞ?」

 

「うん〜、するぅ〜」

 

 そこでやっと提督はあがのの元まで行って抱っこする。

 すると今夜はお開きということで、行列もスッと引いていった。もちろん、寝惚けてるあがのの「またね〜」というご挨拶付き。もうこれだけで艦娘たちは癒やされる。

 

「提督、片付け終わりましたよ」

「お、サンキュー、のしろん、さかわん」

「あがのちゃんがまた寝ちゃう前に司令たちは早くお部屋に戻って? 執務室の施錠はあたしたちでやるから」

「ありがとう、2人共♪ それじゃあ、お疲れ様♪」

 

 こうして興野一家は仲良く執務室をあとにした。

 そんな一家を見送り、残された能代と酒匂はとある方へ生温かく残念なモノを見るような眼差しをやる。

 

「ふへへへ、わらひのめいっこ、しゃいこ〜……♡」

 

 その先には未だ幸せそうに床に転がされている矢矧がいた。

 

「能代ちゃん、矢矧ちゃんどうする?」

「ソファーに移動させて、毛布被せておけばいいじゃない? これくらいで風邪引く玉じゃないもの」

「能代ちゃん、矢矧ちゃんの扱い雑になったよね〜」

「だって自業自得じゃない? そういう酒匂だって結構矢矧に対して雑じゃない」

「順応してきたんだよ〜♪」

 

 あの酒匂ですら、この変わり様。能代は心底矢矧はあがのLOVEで変化したのだと痛感した。

 

 結局のところ、矢矧はそのまま執務室で夜を明かし、本人は姪っ子パワーで次の日もピンピンしていたというーー。




知人のお子さんがプテラノドンのぬいぐるみリュックを背負ってて可愛かったので、書いてみました!

読んで頂き本当にありがとうございました!

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