艦娘たちがゆったりと過ごせる夜。
夜間任務に向かう部隊以外は英気を養う。
そして一家はといえば、今夜はあがの(5歳)がお泊り会で高雄がいる重巡洋艦寮1号室へ行っているため、夫婦は久々の夫婦の時間を満喫しようとしたが、
「……あが、のが……私の、あがのが……ううっ、えぐっ、ふぐぅ!」
「あーあー、悔しかったんだな」
「矢矧〜、そんなに泣いてたら目が腫れるよ?」
このキングオブオババカの矢矧の襲来によってそんな雰囲気も消し飛んだ。
矢矧が何故夫婦の前でこんなにも泣き崩れているのかというと、理由は唯一。あがののお泊り権を高雄に奪われたからだ。
奪うと言っても、お泊りはあがのの一存で決まる。故に矢矧は一番あがのの近くにいることをいいことに、また自分の部屋にお泊りに来てもらおうとそれとなくアピールし続けていたのだ。
しかし子どもにそんなアピールが通用するはずもなく、あがのからは『やはぎおねーちゃんのおへやはまえにおとまりしたから、いかないよ』とはっきりと言われてしまった。
矢矧にはその言葉が、今までで受けてきた攻撃の中で一番のダメージになった。
勿論、あがのに攻撃なんて意図は微塵もない。しかし子ども故のその発言は鋭利な刃となって矢矧の胸ぐらを深く深く突き刺したのだ。
「そもそもよぉ、一番やはぎんのとこに泊まりに行ってるんだからそんなに落ち込むなよ」
「他のみんなからは不公平って言われてるしね。というか毎回毎回こうなる度に私たちの部屋に来て泣いてないでよ」
夫婦からの正論に矢矧は鼻を啜りながら力なく相槌を打つ。
夫婦は夫婦でこのどこまでも姪っ子命の矢矧が心配だった。
もしもあがのが反抗期や思春期で矢矧に冷たくあたった時には、この叔母はどうなってしまうのか、と。
「あがのが寄ってくる内は相手してやってくれたらいいが、やはぎんは過干渉なんだよ。もう少しあがののことを考えてやれ」
「……ぐすっ」
「矢矧が私たちの娘を愛してくれるのは嬉しいけど、あがのにとってそれが押し付けに感じるようになったらどっちにもいいことないのよ?」
「うん……っ」
しょぼくれ、一向に泣き止まない矢矧。
そんな矢矧を夫婦は苦笑いし、
「いつもありがとうな。あがのを大切に思ってくれて」
「私たちもそんな矢矧を大切に思ってるから、もう泣かないで」
優しい言葉と共に矢矧を両側からそっと抱きしめた。
矢矧はそうされて『嗚呼、この二人は本当にあの子の親なんだな』と、思い知る。
自分みたいにうんと甘やかし、過剰に干渉したがるのは間違いなのだ、と。
「ごめんなさい……それと、ありがとう」
「おう、気にすんな」
「そうだよ、家族だもん♪」
「ええ」
「んじゃ、あがのの代わりに今夜は矢矧が俺と阿賀野に挟まれて寝るか」
「え」
「いいわね! それで明日は一緒にあがのを迎えに行こう! きっとあがのも喜ぶわ!」
矢矧が何も言わない内に夫婦は勝手に事を決めて進めていく。
そんなところが自分の愛する姪っ子にすごくそっくりで、夫婦が瞬く間に布団を敷き終わる頃には矢矧も笑みを零すのだった。
ーところ変わりー
「ママー! ぎゅーっ!」
「はーい、ぎゅー♪」
その頃あがのはというと、重巡洋艦寮の1号室で大好きなママとラッコごっこをしてハイテンションだった。
ラッコごっことは、親役が仰向けに寝転び、その上に子役が覆い被さるといったシンプルなもの。
更にこの状態から、
「艦載機、出動ー♪」
「きゃあきゃあ☆」
組体操の飛行機に移行可能。
あがのがラッコごっこをしてほしいと強請れば、この飛行機も込みである。
「あがのちゃん、すっごく喜んでますね」
「ママに遊んでもらってますからね」
「…………かわいい♡」
そんな二人を同室の古鷹、筑摩、羽黒はお茶を嗜みながら微笑ましく見詰めていた。
ただ羽黒に至ってはあがのの可愛さにやられ、かわいいボットになっている。
「でも、飛行機やるとあられもないですね……」
「私たちからだと高雄の黒いシルクが丸見えですからねぇ」
「…………あがのちゃんの水玉模様もかわいい♡」
「ちょっと、聞こえてますよ。そこはスルーしてください。ワンピースだからこうなってしまうんです」
高雄は制服と同じ色の膝下丈のワンピースパジャマをいつも愛用しており、よって飛行機をするれば自然と下着が見えてしまうのである。そしてあがのもまた高雄に合わせて赤いワンピースパジャマなので、角度によっては見えてしまうのだ。
「ちくまおねーちゃんのえっちー♪」
「女の子同士だからセーフでーす♪」
あがのの言葉に筑摩はにこやかに返す。あがのに至っては『えっち』の意味すら理解してない。よく似た場面で母が父に『えっちー♪』と言っているのでそれを真似ているだけである。
「さて、次は何をしましょうか?」
「みんなでおままごとするー!」
高雄の問いにあがのは力強く返すと、持ってきたどんちゃん(プテラノドンのぬいぐるみリュックサック)のお腹のチャックを開けて、そこからおままごと用の玩具を取り出した。
「役割はどうしましょうか?」
筑摩の問いにあがのは「うーん」と熟考する。
そして一人ひとりの顔を数秒見詰め、
「ふるたかおねーちゃんはおねーちゃんやく!」
「いいよー♪」
「はぐろおねーちゃんはおとーさんやく!」
「分かりました……はぁ、かわいい♡」
「ちくまおねーちゃんはまおんなやく!」
「まお……え、ええ、分かりました」
「それでママはママやくで、あがのはあがののやくー!」
「……やりましょうか」
おままごとの役割分担は決まった。
はたしてこれでおままごとなのか、と疑問を抱くかもしれないが、子どもの考えていることなので深く考えてはいけない。
ーーーー
「おとーさん! だっこー!」
「はぁい、抱っこしまぁす♡」
あがのの可愛さにメロメロの羽黒は、言われたままあがのを抱っこする。
設定によるとママは今お仕事(任務)に行っていて、父と娘たちがお留守番しているんだとか。
「こんにちは〜」
するとそこへ間女役の筑摩がやってくる。
「おとーさん、このひとだぁれ?」
「近所に住んでるお父さんの同僚の奥さんだよ」
「こんにちは、お隣の奥さん」
「こんにちは」
羽黒のとんでもない後付け設定に古鷹も筑摩も高雄も内心で驚愕するが、みんな平静を装って話を進めた。
「あらあら、かわいい娘さんたちですね」
「ああ、自慢の娘たちさ」
羽黒は興野提督を完全に真似て筑摩へ言う。流石に声の低さまでは真似出来てないが、仕草や物言いはまさに提督そのもので、高雄たちは思わず舌を巻いた。
「それよりお前はなんでうちに来たんだ?」
「分かってるくせに……悪い人」
「きっつ」
羽黒と筑摩の迫真の演技に古鷹が思わず言葉を零す。
当然、筑摩に睨まれた。
「古鷹ちゃん?」
「は、はい、ごめんなさい」
「……次はないですよ?」
「は、はひ」
古鷹は思わず震える。何せ羽黒も筑摩も提督裏ガチ勢。よってあがのは二人にとっては娘同然。なのでおままごとだろうとなんだろうと演技に手を抜くなんてことはありえないのである。
「ママ、早く帰ってきてー」
そこにあがのが爆弾を投下。
高雄は『この子はこんな修羅場が好きなの?』と困惑しつつ、言われた通りこの会話の輪に入っていった。
「ただいま戻りました、提督……あら、お隣の奥さん、どうしたんですか?」
「あら、やっと帰ってきたんですか。相変わらず、こんな素敵な人を放っておいて、仕事一筋の方ですね」
「……任務ですので」
「任務、ね。その間、旦那さんと娘さんたちは寂しくしてるのに、よく働けますね」
「任務の遂行は家族の安全にも繋がりますから」
筑摩の容赦ない口撃に高雄は毅然と立ち向かう。
一方で父親役の羽黒は提督みたいにオロオロし、古鷹はそんな羽黒からあがのを預かり、お目々とお耳を丁寧に塞いでいた。
「あの、筑摩さん」
「なんですか?」
「演技に熱が入り過ぎなんですが……あと羽黒さんも」
「え、でもこれくらいしないと修羅場は出来ませんよね?」
「わ、私はただ司令官さんの真似をしているだけで……」
まさにカオスという言葉がお似合いな場面。
「ねぇねぇ、あがのちゃん」
「なぁに、ふるたかおねーちゃん?」
「お姉ちゃん、今夜はあがのちゃんがお泊りにくるから、プリン作っておいたんだけど」
「プリン!」
「おままごとやめてプリン食べたいなぁ……いい?」
古鷹がそう言えば、あがのは当然何度も何度も首を縦に振って同意した。
「じゃあ、みんなにプリン食べようって伝えてきて」
「はーい!」
古鷹のこのファインプレイに高雄は内心サムズアップする。
それからはみんなでプリンを食べ、絵本を読み聞かせ、先程のカオスが嘘のような穏やかな夜を過ごしたのだった。
因みに次の日の朝、矢矧が朝イチであがのの迎えに来たが、あがのから「はやくきすぎ」と文句を言われ、ヤがつくムチャのように大地に横たわることになったーー。
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