「ん〜、やっぱり戦艦が相手だと避けるのも一苦労だったクマ〜」
「んなこと言って、魚雷命中させて一隻を大破させたにゃ」
「それは多摩もだクマ!」
「照れるからよすにゃ♪」
あっはっは!ーーと昼過ぎの空の下、埠頭の桟橋に上がって高笑いするのは球磨と多摩。そんな姉たちを後ろから微笑ましく、そして誇らしく、そしてそして恥ずかしく思って見守るのは末っ子の木曾である。
今回は興野提督率いる軽巡洋艦艦隊が他所の鎮守府の艦隊と演習を行い、相手戦艦六隻に対して勝利してきたところ。
旗艦はいつもならば阿賀野であるが、今回は別任務に赴いているためその座は阿武隈に譲っている。
そんな阿武隈はというと……
「ふぇ〜、せっかく提督から旗艦に任命してもらったのに戦果あげられなかったよ〜!」
……満足の行く働きが出来なかったご様子。
とは言っても阿武隈本人は先制魚雷と魚雷二発で計三隻の戦艦を中破させ、かすり傷一つ受けなかった。
しかし阿武隈としては華々しい戦果をあげた仲間たちが羨ましいのだ。
「阿武隈ちゃんは立派な役目を見事にやりきったわよ。ね、鬼怒ちゃん?」
「そうそう! 阿武隈の指示のお陰でみんな回避行動もスムーズに出来たし、必要以上に被弾しなかったもん!」
それでも姉の由良と鬼怒は末っ子の働きを高く評価し、頭を撫でたり顎の下を軽く擦ってあげたりとうんと可愛がる。
一方でーー
「木曾もよく姉ちゃんたちのフォローをしてくれたクマ! 姉ちゃんは鼻が高いクマ!」
「木曾が相手の注意を引きつけてくれたお陰で多摩たちが魚雷発射に集中出来たにゃ。ありがとにゃ、木曾」
「俺は俺に出来ることをしたまでだ……♪」
ーー木曾も木曾で姉二人から可愛がられていた。
口ではクールな言葉を返す木曾であるが、尊敬する姉たちから送られた言葉が嬉しくて、根は甘えん坊である木曾の顔は緩みきっている。
「おう、結果見たぞ。よくやってくれたな」
「みんなおかえり〜!」
そこへ提督が娘あがのを肩車してやってきた。もちろんそんな父娘の隣には矢矧と能代が侍り、あがのが万が一落ちそうになっても大丈夫なように陣形を組んでいる。因みに今日のあがのの髪型は山風のように高い位置のハーフアップでこれまた山風のように赤いリボンが動物の耳のようになっている。
提督が登場するとーー
「あ、提督さ〜ん♡ 愛しい愛しい由良ちゃんのために来てくれたの〜?♡」
「は? そんなの球磨のために来たに決まってるクマ。寝言は寝て言えクマ」
「にゃ? 二人して虚しい勘違いはよすにゃ。卑しいクマとキツネは山へけぇるにゃ」
ーー何ということでしょう。これまでの美しい姉妹愛に溢れていた光景が、提督の登場によって阿修羅三人が降臨した修羅場と化したではありませんか。
これには矢矧たちも他の姉妹たちも苦笑いを禁じ得ない様子。
「お疲れ様。もう酒匂が補給室へ連絡を入れてくれてるから、行けば補給出来るわよ」
そして何も見えてない、聞こえてない、言いたくないの矢矧は清々しい表情で阿武隈たちに声をかけると、みんなして『う、うん……』と頷いた。
「はい、あがの〜、お姉ちゃんたちにお帰りのタッチ♪」
一方で能代は阿修羅三人と対峙する提督の元では危険と判断して、最優先救出人物あがのを素知らぬ顔で抱っこしてきて阿武隈たちとタッチさせる。
「おかえり、きぬおねえちゃん!」
「ただいま〜、あがのちゃん!」
はい、タ〜ッチ☆と仲良くタッチし合うあがのと鬼怒。
「あぶきゅみゃおねえちゃんもおかえりー!」
「ただいま、あがのちゃん♪」
タッチ♪と微笑ましくタッチし合うあがのと阿武隈。3歳のあがののお口ではまだ阿武隈という単語の発音が難しいため、崩れてしまっているが阿武隈はそんなあがのも『可愛いなぁ』とご満悦。
しかし、
「あぶきゅみゃおねえちゃんのかみのけキラキラ〜☆」
「あわわ、前髪はやめてよ〜!」
いつまで経っても前髪を前にするとこちゃこちゃにされてしまうので、そこは困っている。それでも髪が綺麗なことを褒めてはもらっているため、阿武隈本人も強くは注意出来ないのだ。
「こらこら、相手が嫌がることはするんじゃねぇ。阿武隈姉ちゃんが泣いちまうぞ?」
「あぅ、ごめんなさぁい……」
そこへ木曾が優しく仲裁に入ると、あがのは素直に阿武隈へ謝る。なので阿武隈も前髪を整えながら「いいよ♪」と笑顔であがのを許した。
「ん、それじゃ、俺とも」
「おかえりタッチ〜☆」
パチンと元気にタッチをする。それはそれは何とも平和で微笑ましい雰囲気であるがーー
「由良の提督さんから離れろっ、交尾前の発情雌熊と雌猫共!」
「雌狐が狐語でうっせぇよ。そんなだから提督から避けられるんだ、ボケ」
「そうにゃそうにゃ。それに一番! 年中! 発情してる狐が言うにゃ! 多摩たちは提督と数少ないスキンシップをしたいだけにゃ!」
ーーこちらの修羅場は苛烈を極めていた。
提督は提督で止めようとはしているものの、この状況では止めることは皆無である。
しかも先程までは三つ巴の争いをしていたのに、球磨と多摩が既に共闘路線をしいているのは姉妹のコンビネーションの高さを物語っていた。
「あぁ、もう! 落ち着けよお前ら!」
『じゃあ三人のうちから選んでよ!!!』
矛先が自分に向いた途端、提督はグッと怯む。しかしここでの妥協は更なる火種を生むため、提督はいつもの行動に出た。
「俺は誰も選ばねぇよ! それでも選ぶならあがのだ!」
そう、娘を選ぶことでこの戦争に終止符を打つことが可能なのだ!
一方であがのは大好きな父親から抱っこされる形なので、当然「キャッキャ♪」と大喜び。
「ぐぬぬ……娘には勝てないクマ……」
「完敗なのにゃ……」
がっくりと両膝を突いて悲しみに暮れる球磨と多摩。
しかし、
(遊びにしたって限度があるぞ、姉ちゃん……)
木曾からは呆れた視線を注がれていた。
「由良だっていつでも提督さんの子どもを孕む準備出来てるのに……」
由良は由良でいつもの?ように女の子が子どもの側で発してはいけないワードをつぶやいて嘆いている。
しかしそこは矢矧が素早くあがのの耳を優しく塞いだのであがのには聞こえてない。
「由良姉、諦めろとは言わないけどさ〜……もう少し考えて発言してくれると鬼怒嬉しいなぁ」
「そんなこと言ってるから発情雌狐って言われちゃうんだと思う……」
一方、鬼怒も阿武隈もこういう時は由良に容赦ない。由良の恋は出来るだけ応援したいが、提督が困るようなことを実の姉がしているのはちゃんと注意するのだ。
「もうこうなったら何が何でも愛する提督さんからーー」
由良がゆらりと提督の元へ近寄ろうとした瞬間、
「ーー阿賀野の提督さんに何をする気なのかな〜?」
戻ってきた阿賀野が絶対零度の笑みで由良のすぐ背後に佇んでいた。
みんなしてこれはヤバイと思った。阿賀野は本気で怒ると笑うからだ。
阿賀野が本気で怒っている理由……それは由良が娘の前で目にも止まらぬ早さで提督のズボンのベルトを手にしていたからだ。幸い提督のふくよか体型のお陰でズボンはずり落ちてない。その上で能代も後ろからズボンを掴んで落ちないようにしている。
「何ってナニすんのよ、阿賀野ちゃんばっかりズルいから……ね"?」
対して鎮守府最強の阿賀野に怯みもしない由良はグリンと視線を阿賀野へ向けて、そう言い放った。
まさに一触即発。鎮守府最強の道化師とホークアイがぶつかれば……神通と長良が本気でぶつかるより危険度が跳ね上がる。
「ちょ、二人共落ち着いて!」
矢矧が声をかけるも阿賀野と由良はバチバチと火花を散らす。
「二人の姉なんだから何とかしろクマ!」
「このままだと鎮守府が消し飛ぶにゃ!」
球磨と多摩はすがりつく勢いで阿武隈と鬼怒へ由良をどうにかするよう請うが、
「あぶぅあぶぅ……」
阿武隈は恐怖で縮こまり、何故か『あぶぅ』としか声を発せなくなっていた。
「おい、阿武隈ヤバイぞ!? てか、もう壊れてるじゃねぇか!」
木曾が急いで阿武隈の肩を抱いて背中を擦ってやるのに対し、
「いや、これは新たなコミュニケーションでなんとかあの二人とコンタクトを取っているのかもしれない」
鬼怒は大真面目に明後日の方向へ推理を巡らしていた。
「大真面目にボケてる場合かよ!!? てか、お前もめっちゃ膝笑ってんのに良くこのタイミングでボケかませたな!!? 芸人の鑑だな!!? でも俺ら艦娘だから!!? ボケても誰も笑わねぇから!!!!!」
木曾が渾身のツッコミをすると、それを聞いていた周りの何名かは『木曾のツッコミも素晴らしい』と内心で感心しきりである。
こんなカオスな状況を誰がどうやって鎮めるのか……それはーー
「えぇい、控え控え! 控えおろう!」
「控えおろう!」
『この笑顔が目に入らぬかっ!!』
「にぱぁ〜♪」
ーー鎮守府の
阿賀野と同じ任務に就いた酒匂と夕張が機転を利かせてどこかの黄門様張りに演出すると、あがのの屈託のない笑顔を前に阿賀野も由良も毒気を抜かれた。
これには他の者たちも安堵のため息を吐き、改めてあがのの可愛さは平和の象徴だと再認識するのであった。
ーーーーーー
そのあとはいつものように時が流れ、何事もなかったように夜となる。
平時であり、今日は執務もいつも通りの量だったので、一家は食堂で夕飯を済ませたあとで揃って本館の部屋へと戻ってきた。
「お腹いっぱいになった?」
「なったー!」
「3回もおかわりしたもんな〜♪」
今日の夕飯は一家してみんなと食堂で食べた。何故なら食堂の夕飯メニューがあがのの大好物である間宮・伊良湖印の煮込みチキンハンバーグだったから。
なのであがのも子ども用のお茶碗ではあるが3度もおかわりしたのだ。しかもあがのにだけ特別にエビフライ付きで、ハンバーグには旭日旗と日章旗(日の丸)のダブルフラッグが掲げられていたのだから、あがののテンションもそりゃあハイってもんだ。
「おとうさん、おとうさん」
「どうした?」
「おふろ!」
「お〜、んじゃ用意してくっから待ってろ〜」
「は〜い♪」
あがのは元気に返事をすると、父親の膝の上から降りて今度は母親の膝の上に移る。
そんな娘の頭を提督は優しく一撫でしてから、のそのそと風呂の湯を沸かしに向かった。
提督が部屋から出ていくとーー
「おかあさん」
「なぁに?」
「もうゆらママとケンカしちゃメだよ?」
ーーなんと昼間のことで娘からお叱りを受けてしまう。しかも父親の前では言ってあげないという気配りに、阿賀野は心の中で今日一番の感動を受けた。
あがのももう色んな事柄が子どもなりに理解出来るようになっている。そして普段から優しい由良と優しくて大好きな母親がケンカするのは嫌なのだ。
「あしたね、あがのもいっしょにゆらママのところにいってあげるから、ちゃんとなかなおりしよ?」
「うん、そうするね」
「やくそく!」
「うん、約束しま〜す」
「じゃあゆびきりする!」
「は〜い……ゆ〜びき〜りげ〜んま〜ん♪」
「うしょついたらたかおママのむすめにな〜る♪」
『ゆびきった!♪』
歌に任せて指切りをした阿賀野だったが、我が子が己に課してきたペナルティの衝撃に内心驚く。
しかしその『こうかはばつぐん』で、阿賀野は絶対に明日由良の目を見て仲直りしようと誓った。
一方、あがのは由良に対しても食堂で両親の知らぬところで指切りを交わし、由良にはもし嘘をついたら『ゆらママのこときらいになる』というペナルティを課したため、由良の方も阿賀野と仲直りしようと誓っていた。
因みにどうして両親の知らぬところで指切りが出来のかというと、あがのが自分から『ゆらママのところにいってくるから、きちゃメ』と夫婦を牽制したから。
子どもとは親が思っている以上に人のことを見、子どもなりに考えて行動を起こすもの。
阿賀野は娘の成長を喜びつつ、心の中で無闇に怒らないようにしようと思うのだった。因みに由良もあがのに余計な不安を抱かせないために、節度あるスキンシップをしようと肝に銘じた。
「風呂湧いたぞ〜」
「は〜い、おかあさんもいっしょにはいろ!」
「うん、いいよ〜♪」
「おとうさんのせなかはあがのがあらうから、おかあさんはおとうさんのおなかね!」
「は〜い♪」
こうして一家は少し狭いが3人仲良く風呂に入り、今夜は仲良く川の字で明日を迎えるのだったーー。
余談だが、阿賀野と由良はちゃんと仲直りし、あがのとの約束を見事に果たしたという。
ということで、あがのはやはり正義!ってことが分かりましたね!
読んで頂き本当にありがとうございました!